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SHIELD  作者: ミヤモト リオ
第二話 冒険者編
12/13

第一話 前 前兆

大変遅くなりまして申し訳ございません。

前半です。


 金属同士がぶつかり合う。

 火花が散り、高い音が、尾を引いて洞窟内に反響する。

 断続的な剣戟を響かせるのは、二足歩行の細長い身体、突き出した鼻面と縦に裂けた瞳を持ち、全身を漆黒の鱗で覆った魔物。名を《蜥影シャドウリザード》という。危険度はDランクである。

 場所は《蜥蜴大穴》の三階層。魔物に相対するのは、赤黒いコートを羽織ったひとりの男。その右手に巨大な盾を持ち、左手は添えるように右手に置いている。

 剣を手に持った魔物は、幾度となくその剣を振るっていた。だが、それが敵を切り裂くことはなく、攻撃の悉くは敵の持つ楕円形の大盾に遮られていた。

 募った苛立ちを剣に乗せて、蜥影は渾身の一撃を振り下ろす。

 ――また弾かれた。

 しかし、今までとは違う。それまでは軽く受けるだけだった相手が、盾を叩きつけるようにして攻撃を跳ね返したのである。

 結果、蜥影は思わぬ手応えに姿勢を崩す。手を大きく上げ、身体の前面を敵にさらけ出す。

 大きな隙。その瞬間、敵は大盾から手を離した。


「シッ――」


 腰の後ろに手を回し、そこにある短い剣を抜いて構える。余計な装飾など一切ない、無骨な武器がぎらりと鈍色の光を放つ。

 間髪入れず、男は飛び出した。

 体重を込めた一撃。それは一直線に蜥影の心臓に突き刺さ――らず、半身になった蜥影の身体の前面を浅く切るに終わった。盾を捨てた愚かな相手に、爬虫類の魔物は勝利を確信したかのように目を細め、同時に再び剣を振り下ろした。

 だが、それも決定打にはならない。短剣を持った手を跳ね上げた男が、なんと短剣の柄で剣の腹をはじいたのである。

 またも隙を作る蜥影。今度こそは、と男は左手を柄に添え、身体ごと押し込むようにして蜥影の左胸にそれを突き立てた。致命傷。男は身体を弛緩させてずしりと重みを伝える冷たい爬虫類の体を蹴って剣を抜き、返り血を拭って鞘に納めた。

 ふぅ、と軽く息を吐いて、落ちた大盾を拾い上げる。

 被っていたフードをまくり上げて、男――十九歳になった少年シルトは、戦闘で乾いた唇を軽く舐めた。



 ◆◇――――◇◆



 ロディアが命を落とし、アルバが学園を出て貴族を殺すようになってから二年が経っていた。シルトはナザニアに言われた通りに学園を卒業し、冒険者ギルドに登録した。しかしランクはDと、学生時代から伸びがない。

 それもそのはず、その圧倒的な防御力から怪我をすることはまずないが、低すぎる攻撃力のせいで強い魔物を相手にすることができないのだ。

 元よりアルバの攻撃力とロディアのサポートを前提として鍛えてきた。高々二年程度でどうにかなる訳がない。

 結果、彼は難易度の低い依頼をこなしながら日銭を稼ぐ、漫然とした日々を送っていた。

 アルバを探す手掛かりを探していない訳ではない。拠点こそ王都に置いているが、様々な場所へ向かって情報を集めている。

 ――無論、芳しくない。

 どころか、彼自身の冒険者としてのランクの問題も相まって、まともな情報を入手出来ていなかった。

 ギルドの受付は、度々『パーティーを組め』と忠告してくる。シルトとは顔見知りのその受付は、誰に聞いたのかロディアの件を知っているらしく、しかしそれでも、或いはだからこそシルトの安全を気にかけてくれる。だから、強く拒絶出来ない。

 彼の言うことはもっともだし、実際に行きずりで共に行動したパーティーに固定メンバーとして誘われたこともあった。だが、シルトにはどうしても、それがロディアへの裏切りに思えた。

 一時的なものならば、ゼマをはじめとした知り合いと組むこともあるが、シルトにとって自分のパーティーは――自分の居場所は、今でもアルバやロディアと共にあるのだ。他のパーティーに所属するのは、精神的に大きな抵抗があった。

 自分が甘ったれているのは分かっている。冒険者にも、学生にも、死は常について回る問題だ。それを乗り越えられない者は死ぬだけである。


「はぁ――」


 ギルド近くの公園の長椅子に腰掛けて、軽く溜め息を吐いた。

 決定力にかけるシルトでは一度の戦闘にかかる時間が長い為、依頼の消化速度が遅い。今日の依頼では運良く魔物との遭遇率が低かったので昼過ぎに戻ってくることができた。

 しばらく考えた末、彼はもう一度依頼に向かうことを決めた。日をまたぐことは必須だろうが、野宿をすれば宿代も浮く。脇に置いた盾を持ち上げ、コートのボタンを軽く撫でてから歩き出す。

 ギルドに入ると、閑散とした木製の室内にある巨大な掲示板が目に付いた。そこには何枚もの紙――依頼書が留められている。シルトはそこに歩いて行って紙を確認する。

 丁度、Dランクの短期依頼があった。

 『迷宮を出たはぐれ魔物の討伐』。場所は王都のすぐ近くの森だ。対象は《犬鬼(コボルド)》の群れ。これならばシルトが一人でも完遂できる。ふっ、と軽く息を吐いて、その紙に手を伸ばし、


「あ」


 隣から出てきた小さな手とかぶった。

 気配の察知を怠ったか。シルトは内心慌てながら隣を見る。灰色のコートと、そのフードを目深に被っているせいで性別がわからない。だが、とりあえず小柄であることはわかる。


「……すみません」

「あ、ああいえ、大丈夫です」

「どうぞ」


 ここは彼女――彼? 声からして彼女だろうか――に譲るとして、シルトは今日は間借りしている部屋に戻ろうかと踵を返した。そのまま散歩ほど歩いたのだが、そこで唐突に、後ろから声をかけられた。


「あ、あの。すみません。その大きな盾……壁役(タンク)の方ですよね?」

「え……あ、ああ、そうですけど」

「パーティーメンバーは、どちらに……?」


 言って、閑散とした建物内を軽く見渡すフードの人物。ギルドの中には赤ら顔の男が数人集って放しているが、少なくともシルトのパーティーメンバーには見えないだろう。


「ああ、僕はソロで活動してるんですよ」

「そうなんですか……」


 シルトのような明らかな壁役の人間がソロで活動することは珍しい。しかしフードの人物は深く詮索するつもりはないようで、軽く頷いてから顔を上げた。

 フードを取ると、その下からは可憐と表現するのが相応しい顔立ちの少女が現れた。


「あの、あたし達と一緒に依頼を請けてもらえませんか?」

「え……」


 耳より少し長い程度の短めの銀髪を揺らして、少女は首を傾げるように頭を下げた。

 シルトは少し悩んだ。正直なところ、短期とは言え共同で依頼を請けるのは気が引ける。しかし、共同で請けた方が安全ではあるし、報酬も効率がいい。しばらく頭の中で計算をしてから、答えを出す。


「……わかりました。一緒に行きましょう」

 少女の顔がぱっと輝く。

 それから、思い出したようにシルトに再び不安げな顔を見せた。


「あの……あたしの妹も連れて行っていいですか……?」

「ああ、はい、大丈夫です」


 また、少女は嬉しそうに微笑んだ。冒険者をやっているということは最低でもシルトと同年齢の筈なのだが、とてもそうは思えない無邪気さである。

『――あはは、シルトさん、面白いね!』

 ――真っ白な少年が脳裏に浮かぶ。


「――っ」

「あ、あの」

「っ、ああ、大丈夫です。それから、一時的とはいえパーティーを組むわけだから、お互い敬語はなしで行きま――行こう」

「あ、はい。……私はセルナ。よろしくね」

「僕はシルト。よろしく」


 聞けば、向こうの二人はCランクのパーティーであるらしいから、犬鬼の討伐よりも難易度の高いものを請けても問題がないということになった。結局、Cランクの依頼『《豚鬼(オーク)》の討伐』を請けることにした。

 受付で、共同で依頼を請ける旨を伝え、受注の証にサインと拇印を記す。パーティー『対の剣(クロスエッジ)』と、冒険者『シルト』の名が紙に記され、身分を証明して契約は完了。

 依頼の場所が場所なので、二人は直ぐに出立することを決定した。ギルドの外で待っているというセルナの妹に事情を説明するということで、シルトはセルナについてギルドを出た。


「……ええっと、あそこです」


 セルナの指す方を見れば、彼女と同じ灰色のコートで姿を隠した人物がいる。フードからのぞく髪が陽の光を反射してきらりと光った。

 シルトの前に立って、セルナはその人物のもとに歩を進める。


「戻ったよ」

「……その人は?」


 フードの下から、青い瞳がこちらを覗く。シルトはその仄暗さに、思わずたじろぎそうになった。


「単独の壁役の人がいたから、共同で依頼を請けたの」

「そう」


 呟くように言って――或いは本当に独り言だったのかもしれない――少女はほんのわずかに頭を下げた。


「エレナ」

「シルトだ。よろしく」


 シルトも返礼する。それじゃあ行こうか、と促して、三人は王都の門へと歩き出した。



 ◆◇――――◇◆



「――あの、シルトさんは、学園の卒業なんだよね?」

「ああ、うん」


 道中、セルナはシルトを気遣うようにして声をかけた。

 その理由は彼らの横で静かに歩を進めるエレナの重苦しい雰囲気にあるわけなのだが、恐らく彼女はこれが通常運行なのだろう。シルトはと言えば、双子の激しい温度差に軽く驚いてはいたが、どちらかといえば二人がギルドに登録する基準である十九歳に達しているのかが気になるところだった。そこに満たなくても学園の生徒なら請けることは可能だが、そうであれば学園を経由した依頼を請けることになる。もしも二人が十九歳未満であれば、彼女らと共に依頼を請けたシルトも面倒な手続きを受けることになる。知らなかったで済ませられるほど単純な問題ではない。


「あの、シルトさん……?」

「――ああ、いや、なんでもないよ。少しぼけっとしてて」

「そうですか」


 訊ねるべきか。そう考えれば当然答えは是なのだろうが、安易に質問するのは少し気が引けた。

 一般的な冒険者であればここで迷わず質問する筈だが、シルトにはどうも、周りに気を使いすぎるきらいがあった。

 まあ――二人は見た目から判断すれば十六歳程度にしか見えない。これまで組んだ相手が聞いてきただろうから、大丈夫だろう。




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