表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SHIELD  作者: ミヤモト リオ
第二話 冒険者編
13/13

第一話 後 依頼《ケース2》

 ――不意に、風が変わった。


 汗を何日も放置したような、独特の臭い。

 獣臭である。

 鼻の先に僅かに感じたそれに、三人は同時に反応する。

 双子はローブを翻し、その下から一対の短剣を取り出す。

 柄頭にわずかな装飾が為されただけの、見た目には全く同じものである。

 それを、セルナは通常通り――即ち順手で。

 エレナは逆手で持ち、腰を落として構える。

 シルトは背負った大盾を身体の前に構えた。

 その直後、それは、前方右の方からのっそりと姿を表した。

 三体いるそれらは、全身毛むくじゃらの人型をしている。

 身長は人間二人分程か。べちゃりと潰れた丸顔を持ち、その中央にただ一つ突き出た鼻がある。

 豚とは大分違った面持ちだが、これこそが豚鬼だ。


 ――基本的に、鬼種は人類に恐れられ、忌避されてきたが、中でも豚鬼の忌み嫌われ方は群を抜いている。

 まず、臭い。

 先程は獣臭と表現したが、実際はただの悪臭である。鼻の曲がるような、と書いておくのが最適だろうか。

 次いで、その性質。

 これが最も大きな原因だろう。

 実際の危険度は大して高くないが、この種族――――人間に対して性欲を抱くのである。

 しかしながら、奴らが人間を陵辱することはまずないと言っていい。

 何故か。


 ――早いのである。

 そして、連射はできない。


 つまり、人間が抵抗している間に満足してしまうのである。

 そんな情けない種族であるから、忌避というより侮蔑に近い扱いではあるものの、それでもやはり醜悪な外見の魔物に性的な目で見られるというのは嫌なものである。

 偶にかけられる(、、、、、)こともあるというのも大きな原因なのだが。


 ――とまあ、そんな次第で、女性冒険者は基本的にこの魔物を狩ろうとしない。

 では何故今回彼の双子がこの依頼を請けることにしたかと言えば、そこには割と単純な理由がある。

 今の時期、豚鬼は繁殖期の直後だからだ。この季節は、奴らによる性的被害が各段に減る。女性冒険者達も、精神的に忌避はあれど、この時期ならば――と豚鬼の討伐に乗り出すのだ。


 ――さて、そういう背景のもと、シルトと対の剣は、件の魔物と対峙している。

 発情期は過ぎ去ったにも関わらず独特の獣臭を撒き散らす豚鬼を、シルトは鼻面に僅かに皺を寄せて睨みつける。

 性的に落ち着いた――所謂賢者的状態にある魔物達にとって、人間は性別に関わらず己の命を脅かす敵でしかない。

 毛むくじゃらの潰れた顔を歪め、威嚇の声を発する鬼達。


 そのまま、間を空けずに飛び出してきた。

 見た目に合わぬ俊敏な突進。そこから、勢いを乗せてその太い腕を唸らせて殴りかかる。

 対応するのは無論、シルトである。

 逸らすことなどしない。

 その盾を以て、真正面から、自分の二倍はあろうかという図体の持ち主が放つパンチを受け止めた。

 バガン! と巨大な効果音。思わぬ衝撃に硬直を強いられる魔物の元へ、双剣を携えた双子が走り込む。

 魔物の足を踏み台にして左右から同時に飛び上がり、その剣を腕へ突き立てる。


 ――しかし、豚鬼は一体ではない。

 後ろの二体が最初の一体目――以下Aとしよう――から一拍遅れて行動を開始していた。


 Aが攻撃を防がれた時には、既に残ったBとCはAを挟んでシルトの両斜め前に立っていた。

 双子がその二体を無視したのは、果たしてシルトに対する信頼か――或いは自らの回避能力への自信か。


 シルトは瞬時にB、Cの内どちらが早く双子に手を出すかを確認。電撃の如き踏み込みで右へ飛び出し、身体を一度左に捻り込むようにしてから――大きく右に回転する。

 振り抜かれた盾は、Bの殴打と正面衝突。お互いが逆側へと弾かれる。


 シルトはその慣性を利用した。

 重い盾を無理に制動させず、左側へと自分ごと跳んだのである。

 そこに、丁度よくCの拳が飛び込んでくる。


 ――一連の動作が終わった時には、双子はAの両腕をズタズタにし、さらにそれを踏み台にして頭上を飛び越え、両手の剣を背中に突き立て、自分が落ちるのに合わせて切っていた。

 ちょうど、落下の速度を抑えるような具合だ。


 一撃一撃は浅いながらも、その手数は相当なものである。


 全身の毛を血に染めたAは怒りのままに叫びを上げ、両腕をやたらめったらに振り回した。


 ――それに一瞬でも気を取られたのが、ミスだった。

 仲間がいるという状況が油断を生んだのか、或いは豚鬼という格下の相手に慢心があったのか。


 Aの暴れる勢いに慌てて距離を取った双子の、妹の方――エレナの着地地点は、Cの目の前だった。

 そして、その身を守るべきシルトは――Aを挟んで対角にあった。

 完全に、位置取りの失敗。

 豚鬼の剛腕が空気を唸らせる。

 それは咄嗟に地面を転がって回避行動を取ったエレナを掠っただけだったが、それでも華奢な彼女は軽く吹き飛ばされた。


「エレナッ!!」


 セルナの悲鳴が響く。ごろごろと数メートルも転がってからエレナは、うまく受け身を取ったのか、大きなダメージはないように見受けられた。

 しかし――運の悪いことに、そこは腕を滅茶苦茶に振り回すAの射程圏内である。

「グォァ―――」

「シルトさんっ!」


 豚鬼が腕を振り上げるのと、セルナが走り出すのは同時だった。彼女の意図を察したシルトは、己の身体ごと盾を彼女に向ける。

 駆け込んできたセルナが盾に足をかけ、膝を曲げる――同時に、シルトは全身の筋肉を躍動させて盾を振り上げた。


 跳躍――否、それは最早飛翔である。

 高々と舞う銀髪の少女は、その容姿も相まって、まるで本物の妖精のように見えた。


 しかして、妖精は己の敵に牙を剥く。

 身体を横に傾け――激しく回転しながら、落下していく。

 何物にも等しく働く重力は、時として圧倒的な暴力を生み出す。

 高く飛び上がったセルナに目を奪われていたAは、無慈悲に首を切り落とす断頭台(ギロチン)を幻視したことだろう。


 スタッ――と軽やかな音を立てて、セルナは俯き、片膝を立てて、右手を地面に付いた姿勢で着地する。


 彼女がその顔をゆっくりと上げ――直後、Aの首筋から、鮮血が噴水のように吹き出す。

 潰れた顔の真ん中の目が、ぐるりと裏返った。


 仲間を殺された。

 BとCが激昂の声を上げる。そして、その腕を振り回しながら突撃してきた。


 それを危なげなく捌きながら、シルトは内心で驚愕していた。

 ――この双子は、強い。

 少なくとも、このままCランクにおさまるようなタマではないだろう。

 防御力に不安は残るものの、それを補う程度に高い回避能力を持っているし――先程のエレナが受けた一撃は、超至近距離から放たれたものであり、それをかする程度で済ませたのは驚嘆すべきことである――何より攻撃が多彩だ。

 短剣というものは、威力が低い分手数も多く、小回りが利く。武器による防御は出来ないが、様々な状態から攻撃が出来る。

 小柄で、筋肉も多くない双子は、その特性を最大限に活用していた。


 ――シルトが隙を作り、双子が攻撃を入れていく。小さな隙も、この二人には有用な攻撃の機会だった。すぐに豚鬼は全身を切り傷だらけにされた。


「とどめ――行ける?」


 シルトの問いかけに、首肯してみせる二人。


「じゃあ、まずは右から――!」


 丁度よく放たれた一撃を見据える。

 集中状態で遅れた世界の中、シルトは盾を豚鬼の身体の内側から外側へ向けて、タイミングよく振るう。

 見事に身体の前面を晒す。無防備な首筋に、セルナが剣を突き立てた。

 どうと倒れ伏す豚鬼。残るは一体。


「……どいて」


 シルトが隙を作る前に、エレナが前に出た。

 振るわれた拳を潜るように回避――引き戻される前に、ひらりと飛び上がって首筋に着地。

 右手の剣を振り上げる。


 振り下ろした先は――眼球。


 ぶちゃ、と嫌な音。

 エレナはその場で立ち上がり、突き立った剣の柄を踏みつけつつ後方へ宙返り。

 優雅とも言える身軽さで地面へ戻る。

 脆い眼球から脳までをグチャグチャにされて、生きていられる生き物などいない。

 数秒間直立した姿勢で固まった後、最後の豚鬼はゆっくりと後方へ倒れた。

 そこに近寄って、剣を引き抜く小柄な少女。その顔には、僅かながら愉悦が見て取れた。

 グロテスクな死体を見て微笑むその姿は、死体の醜悪さの所為か、ぞっとするほどの色気があった。


 シルトは底知れぬ寒気に、小さく身震いした。



 ――――何はともあれ、依頼は終了である。日も暮れかけているから、三人は手早く討伐証明の為に鬼の首を切り落とし、迅速に撤収する。

 王都に程近い森だった為、彼らが門を潜った時刻も、まだ夜中というには早い程度の時間帯だった。

 三人で、特に会話もなく歩く。自分達と同じように、日帰りの依頼をこなしてきた冒険者達の姿もちらほらと見られた。

 全員、向かう先は同じ場所である。

 自分達が背負った豚鬼の首の血生臭さに、周囲の者達は顔をしかめていた。


 ――不意に。


「あれ……対の剣のお二人と……もしかして、シルト、さん?」


 三人に声がかかった。

 どこかで聞いた覚えのある声である。

 一体誰だったか、声のした方へ顔を向ける。

 二人組の冒険者のようであった。大柄ながら、暑苦しさを感じさせない男と、小柄な――ともすれば双子よりも小さな少女。

 どうやら、声をかけたのは少女の方であるらしい。シルトはその顔をしばらく見つめ、瞠目した。

 疑い混じりの声が漏れる。



「フィスタ……か……?」



 二年ぶりに見る、ロディアの妹分が、そこに居た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ