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SHIELD  作者: ミヤモト リオ
第一章 学園編
11/13

第九話 決別と、物語の終わり

また独断です。

 シルトにはその瞬間、何が起きていたのか理解できなかった。

 ただ呆然と、目の前の光景を凝視することしか、できなかった。

 目を見開いたロディアが、自分の胸元を見下ろした。ごぼ、と口から何かがこぼれる。


 そんな彼女の背中から、何かが出ている。

 『それ』は赤く濡れていた。

 『それ』は鋭い金属だった。

 『それ』は――――生命を奪う、凶器であった。



「な――に、してやがるッ!!!」


 最初に反応したのはアルバだった。瞬間的に抜刀、斬りかかる。

 微笑のままの少年ヴァイスは、後方へ飛び退ってそれを回避した。ずるり、と剣が抜け、ロディアの体が崩れ落ちる。

 そこまで経過した時点で、シルトは漸く意識をはっきりさせた。ロディアとアルバを見比べて、一瞬だけ逡巡する。

 ――アルバにまで大怪我(、、、)させる訳には行かない。

 シルトも前に出、右手の盾を握り締める。


「ははっ、アルバさんも面白いね」


 烈火。憤怒を顕わにして両手の剣を振るアルバの、嵐のような攻撃は――しかし、悉くがかわされ、捌かれる。ヴァイスの持つ剣は片手用の長剣。取り回しは悪いはずだ。アルバの速度と勢いで振るわれる攻撃を捌くには些か不利なように見えるが、彼の技量はそれを容易に覆す。涼しい顔をしている。

 シルトはアルバを押し出すように飛び込んだ。ロディアを背にして盾を構える。いつもと同じ、彼が隙を作ってアルバがとどめを刺す作戦だ。タックルのような形でヴァイスに飛び掛るが、彼は大きく跳び退って距離を取った。詰めようとして足に力をこめるシルトだったが、その直前でヴァイスが声を上げた。


「ごめんね。今日はもう十人に達しちゃったから、君たちは殺せないんだ。――シルトさん、アルバさん。貴方達はまた今度。もっと強くなってから、ボクと殺し合いをしよう」

「なっ――――待て!」


 いきり立ったアルバが追おうとするが、それよりも早く――瞬きする間に、ヴァイスは姿を消していた。通常の光景ではない。数秒ほど二人は周囲を警戒していたが、その後すぐにロディアへと駆け寄った。


 息は――まだ、ある。


「ロディア!」


 抱き起こしたアルバの呼びかけ。それを聞いて、ロディアは小さく笑って見せた。


「アルバ……? シルトも、そこにいる……?」

「うん。いるよ」


 シルトは彼女の手を握った。弱い力で、微かに握り返される感覚があった。


「しっかりしろ、まだ大丈夫だ」

「駄目よ……自分の身体だもの。分かるわ」


 そこで、彼女はごぼりと血を吐いた。アルバが彼女の名前を呼ぶ。


「ごめんね。誓い……守れなくて」

「馬鹿なこと言うな……お前は死なない」


 アルバの言葉に根拠は無い。止血したところでどうにかなるものではないし、この中で治癒魔術を使えるのはロディアだけだ。

 それでも気分は和らいだのか、ロディアはまた、少し笑う。


「ふふっ……分かってるわ。……シルト」

「……なに?」

「コート、大事にしなさいよ……」


 シルトは不意に目頭に熱さを感じた。それを声に出さないように、喉に力を込めて声を出す。彼女の手を握っていないほうの手で、コートを握り締める。


「……当たり前だよ。ロディアに貰った大事なものだ」


 ロディアはまた笑い、咳き込んで血を吐く。シルトは彼女の手を握る力を少し強めた。


「それから、アルバ……。アンタはもっと自分の身体を大事にしなさい……」

「ああ……分かった……!」


 吐き出すように応えるアルバは、彼女の手を自らの額に押し当てている。

 自らの握る手から、段々と温度が抜けていっていることに、シルトは気付いた。

 その手を抱き寄せて、彼は強く目を瞑る。


「ねえ……死にたくないよ」


 ――聞こえた声に、顔を上げた。


「どうして、急にこんな目にあわなくちゃいけないの……?」


 ロディアの目から、涙が零れ落ちていた。しゃくりあげて、同時に吐血する。


「が、は……死にたくないよ……助けてよ……!」


 彼女の静かな命の叫びに、シルトとアルバの目の端からも、涙が零れる。

 仰向けに倒れた彼女の胸に空いた穴が、次々に血を――彼女の命を、減らしていく。


「どうして……私なの……? それも……私を殺すのが、魔物じゃないなんて」


 彼女の言葉には、自分の身体に剣を突き立てた少年への怒りはない。ただ純粋に、死への恐怖が――自分の命が果てることへの悲しみだけがあった。


「……ごめんね」


 唐突に謝られて、二人は目線で疑問を投げた。


「最期の最後で……こんなこと聞かせちゃって」

「馬鹿、言うな……!」

「もう……駄目みたい。……二人とも……ちか、い、まもれなくて、ごめん……」


 瞼が落ちる。ゆっくりと閉じられて――――


 ――――握った手が、するりと落ちた。


「ロディ、ア……?」


 呆然と呟くも、返事がない。

 静寂。

 彼女の声は、もう聞こえない。

 彼女の血は、もう流れない。

 彼女の笑顔が見られることは――もう、ない。


 ――迷宮に、慟哭が響く。



 ◆◇――――◇◆



 ――どうやって学園に戻ったのか、シルトはよく覚えていなかった。

 ただ、全身に出来たいくつもの浅い傷が魔物との戦闘があったことを教えてくれる。そして、いつの間にか持っていた依頼の品である《万薬草の根》を提出して、依頼を完了させていた。

 こんなものを探している余裕などなかったはずだが――とアルバを見ても、シルトと同様に俯いているだけだ。

 談話室に座って、無言で時間が過ぎる。

 ロディアが死んだことは、既にナザニアに伝えてあった。彼女は一瞬だけ顔色を暗くしてから、すぐに今後のことについてを決めに教師会に向かっていった。

 そのまま、身じろぎもせずにどれだけの時間が経過したか――沈鬱な表情のゼマが、シルトとアルバに声をかけた。


「……お前たちに、客だよ。こんなときに悪いとは思うが……適当に相手してやってくれ」


 彼の様子から、恐らく相当揉めたようだった。しかし折れたのは彼だったらしい。

 『客』とやらの姿を見て、シルトはゼマが折れた理由を知った。


「遅いぞ。僕のことをここまで待たせるとは、いい度胸じゃないか」


 べたついた輝きを放つ銀髪と、嫌味で傲岸な顔つきの男。

 レイウス・リクタスである。

 一度シルトが殴り飛ばして以来となるが、懐かしさは毛ほども感じない。更に今回は念のためか、後方に浅黒い肌の巨漢を二人従えている。最悪なタイミングでの訪問に、シルトとアルバはただでさえ暗い顔色を更に暗くした。

 

「はは、その様子じゃ見事に失敗したみたいだな」


 ――?

 顔を上げる。にやにやと鼻に付く笑いをしている貴族の顔がある。

 彼はそのいやらしい顔のまま、再び口を開いた。


「――あの依頼は僕が回したのさ。お前たちが請けるのは分かってたからね。いいザマだ」


 黒い血が滾るのを自覚した。

 視界が真っ赤に染まった。その貴族の顔を見据えて――


「がっ」


 気が付けば、その貴族は後方に吹き飛んでいた。

 ――殴ったのは自分ではない。シルトは自分の横を見た。そこには肩で息をするアルバがいる。

 巨漢がいきり立った。アルバに掴みかかろうと足を踏み出す。

 シルトは右の男の前に立って、自分をどかそうとした拳を受け止める。驚いたように自分を見る男の腕を押し返し、シルトは開いた腹に思い切り膝を叩き込んだ。崩れ落ちる。

 アルバも瞬時に左側を片付けていた。レイウスの顔に恐怖が浮かぶ。

 アルバはその目の前に歩いていった。


「――お前かッ! お前がやったのか! お前なんかの所為で――ロディアは!」

「な、なにを」


 言葉は途中で途切れる。馬乗りになったアルバが何度も拳を振るった。

 最初こそ「や、やめろっ」と抵抗していたレイウスだが、徐々にそれが悲鳴に変わって行き、ついにはひゅーひゅーと息を漏らすのみになっていた。失禁している。

 返り血と自分の血に塗れた拳を、アルバは尚も振り上げる。シルトはその腕を後ろから押さえた。

 振り返って視線で問うアルバに、首を振る。


「それ以上は駄目だ。死んでしまうよ」

「――殺してやるんだよ」


 その目に明確な殺意を宿して、アルバはレイウスを睨み付けた。


「駄目だよ」

「……殺すべきだろう。こいつの所為でロディアは!」

「分かってる!」


 被せるように言い放つ。アルバは怯んだように口を閉ざした。


「でも……殺してしまったら、僕たちはこいつと同じ所まで堕ちる。憂さ晴らしにしかならないんだよ」

「――それでもいい。俺はこいつに死んでもらわないと、気が済まない」


 シルトの手を振り払う。腕が再び振り上げられた。


「がっ――」


 ――シルトは、目の前にあるアルバの顎を蹴り飛ばした。

 横に倒れこんだアルバが、シルトを睨みつけて立ち上がる。


「……何のつもりだ」

「自分の親友に、人を殺させる訳には行かない」


 アルバは拳を握った。腰を落とす。

 ――やる気か。

 シルトも僅かに足を開いた。


「……チッ」


 濃密に殺意を込めた視線をレイウスに向けてから、アルバは踵を返した。


「……アルバ」


 呼びかけにも足を止めず、彼は寮の中へと戻っていった。

 シルトはしばらく彼の後姿を眺めていたが、それが見えなくなると倒れたレイウスに近寄った。

 そして、その胸倉を掴み上げる。辛うじて意識はあるらしい腐れた貴族の顔に向かって、彼は言った。


「僕だって、お前のことは殺したいくらいだ」


 右の拳を思い切り振り抜く。意識を失った貴族の顔を一瞥もせずに、シルトは学園の外に向けて歩き出した。向かう先はフィスタの引き取られた孤児院である。ロディアが偶に外出の許可を取って向かっていたに付いていったこともあるので、場所もわかっていた。

 一人で現れたシルトを見て、フィスタは訝しげな表情をした。


「こんにちは。……どうしたんですか?」

「……ロディアが、死んだ」


 は? と聞き返す声がした。「冗談ですよね?」苦笑いのような顔。

 シルトは黙ったままだ。

 「嘘、でしょ?」と呟く。黙り込んで動かないシルト。フィスタの顔にじわじわと絶望が広がっていく。

 顔を歪めて、彼女はくずおれた。


「……どうして、ですか?」

「……迷宮で、殺された」


 沈んだ声で応えるシルト。一瞬の間を置いてから、フィスタはハッと顔を上げた。


「まさか――私が出した、依頼ですか?」

「……知ってるのか?」


 ――聞けば、ロディアは依頼を請ける前にここに来ていたらしい。フィスタの名前で、薬の素材を欲しているので、心配したということだった。その際に「私が請けるわ」と意気込んでいたらしい。


「私の、せいだ……」


 ぼそり、と呟き声。「私のせいで、ロディアさんは……!」泣き崩れる。シルトはその目の前で、悲壮な表情のまま俯いていた。彼女のせいではないと、言ってやるべきなのはわかっている。だが、シルトにもそんな余裕はなかった。しばらく立ち竦んだままでいた後、彼はしゃくりあげるフィスタの頭を抱きかかえた。彼女の髪に顔をうずめて、自分も涙を堪える。フィスタの手が彼のシャツを掴んだ。ぎゅ、と引かれる感覚。


「ぅ、う、ぁぁああああああああ!」



 ◆◇――――◇◆

 


 学生が迷宮で死ぬことはそう珍しいことではないが、人間に殺されることは稀だ。

 だからこそ、ロディアを殺した少年のことは何かしらの対策が取られるはずだ――と、シルトもアルバも思っていたのだが。


「――モンスターによる死亡?」


 呆然と呟いたアルバの言葉に、ナザニアは神妙な顔で頷いた。

 ロディアが殺されて、翌日。時刻は昼間を過ぎた頃。食事も喉を通らない二人はナザニアの研究室に呼び出されていた。


「ああ。今回の件はそういった扱いになる。……無論、お前たちの言いたいことはわかる。だが、これは特殊な例なんだ。納得しろとは言わない」

「……理由は、言えないのか?」

「ああ」

「……そうか」


 ぎり、と歯をかみ締める音がした。

 アルバはポケットに手を突っ込むと、そこから白い封筒を取り出す。

 『退学届』――と、書いてあった。

 それを、ナザニアに向かって突き出す。

 シルトは自分の斜め前に立つアルバに視線をやった。

 驚きがないかといえばそんなことはないが、予想していたことではあった。今回の件はあまりにも不可解だし――何より、人間に対する復讐を考えている以上、学園に居るというのは都合が悪い。相手の存在が揉み消されるようなものならば尚更だ。

 ナザニアは自分の胸元に突きつけられた封筒を一度目をやってからアルバの顔をじっと見、再び封筒に視線を戻した。


「……前から思っていたが、こういう時は担任に出しておけ」

「ここで一番世話になったのはあんただ」


 ナザニアは複雑な表情をした。


「……まあいい。学園(ここ)を出て、どうするつもりだ?」

「自分で秘密を探るさ。何がどう特殊な例なのか、知っておかないと納得がいかない。……そして、あの餓鬼を探し出して殺す」

「……そうか」


 静かに受け取って、彼女はそれを懐に仕舞った。

 退室する。

 しばらく黙って歩いていた二人だったが、先を歩いていたシルトが不意に足を止めた。


「ちょっと来てくれ」


 シルトはアルバを寮の屋上に連れて来た。


「……あれ、嘘だろ?」

「嘘……だと?」

「いや、嘘というより――あれが全部じゃない」

「……」


 黙り込んだアルバに、シルトは言葉を続けた。


「アルバ、君が、あの貴族を殺すのを止めたとは思えない。……その為にも、学園を出ようと思ったんじゃないか?」

「……だったら、お前はどうする? 言っておくが、引き止められてやるつもりはないぞ」

「どうするべき、なんだろうね。……はは、自分がどうすればいいのかも分からないなんて、とんだお笑い種だ」


 自嘲の笑みを浮かべて、シルトは自分の足元に視線を落とした。

 視界に映りこんだ自分の手が、強く握り締められていることに気づいた。


「そうだな……。やっぱり、僕は君を止めよう。もしも貴族を殺して、捕まってしまったら間違いなく死刑になる」

「それもいいさ。……誓いを覚えてるか?」

「誓いなんて、大層なものじゃないだろ。あれはそう――ただの約束だよ」

「『大きくなっても一緒』。……もしかしたら、俺たちもあの時に死んでおくべきだったのかもな」


 馬鹿なことを。シルトは握った拳を構えて、腰を落とした。驚いた顔をするアルバに、言う。


「今、君を止めたところで、また出て行こうとするかもしれない。けど――ここで出て行くのを指を咥えて見て、後で後悔するのだけは御免だ。ロディアだけじゃなくて、君まで喪うなんて、冗談じゃない」

「そうか。……なら、久しぶりに、本気で喧嘩をするのもいいかもな」


 アルバも拳を掲げた。


「……そうだね」



 殴り合い――最初は確かにそうだったのかもしれない。

 だが、気がつけばそんな次元の話ではなくなっていた。彼らの間に入る存在はもういない。

 その悲しみを、怒りを、痛みを。

 全て拳に込めて、撃ちだす。



 ――気がつくころには血まみれで、疲労を感じたころには足が震え、太陽が傾いた頃には痛みも感じなくなっていた。

 そして、夜も更けて。

 二人とも立ち上がるのが精一杯な程になっていた。

 それでも、眼光だけは鋭く相手をねめつけている。

 方や行かせるものかと。

 方や邪魔をするなと。


 足を一歩。

 腕を引く。

 殴る。


 一瞬の硬直。

 倒れたのは――――シルトである。


 膝から崩れ落ちて、彼は倒れこんだ。

 その前で、アルバはぐらりとよろめく。――が、倒れない。


 その足を引きずりながら、彼は扉を出て行った。



 ◆◇――――◇◆



 ロディアは殺され、アルバは学園を出奔し、シルトは残った。

 アルバはレイウス家の人間を皆殺しにし、その後も数多くの貴族を殺していった。

 彼の名は指名手配書に載り、命を狙われる身となった。

 シルトはそれを知ったが、アルバがどこに居るのかは分からない。彼を探す。これは確実にやらなければならないことだが、探して見つけて――そしてどうするのか。殺しを止めさせるのか。今更彼の罪が覆ることはない。

 「ひとまず冒険者になれる年齢まで学園に居てはどうか」。ナザニアはそう言った。目的もない状況で後ろ盾なく一人きりになって、どうにかなるほど甘い世界ではない。

 結局、彼は学園に残ることにした。


 これにて、彼ら三人の物語は終わり。

 再び動き出すのは、二年後。シルトが学園を卒業し、冒険者となってからのことである。


 ここからは、一人と一人の物語――。



これで第一章は一応終了。


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