三話 ザンネンだったナ!
三日連続のエンカウントである。
もはや都市伝説というよりは、放課後限定の定期連絡に近いものになりつつあった。
「ふ、ふふふ……今日こそ終わりダ、ニンゲン」
日暮れ時、公園の木陰からヌッと現れたレツちゃんは、いつになく自信に満ちあふれた笑みを浮かべていた。
黒マスクの上からでもわかるドヤ顔。先端が桃色のツインテールを誇らしげに揺らし、オーバーサイズのアウターの裾をくいくいと引っ張っている。
「やあレツちゃん、今日も可愛いね」
「話を聞けッ!」
威嚇のキレは日に日に増しているが、いかんせん俺の面食いフィルターによって威力が相殺されている。
今日も今日とて、綿毛のような肌と大きな目が夕闇に映えてめちゃくちゃビジュがいい。レツちゃんの顔面を見るだけで、一日の授業の疲れが吹っ飛ぶというものだ。
「で? 今日はどんな方法で俺を怖がらせてくれるの?」
「フフン……甘いぞ、ニンゲン! 今日は『とっておきのヒミツ』で、オマエを震え上がらせてヤル!」
腕を組み、胸を張るレツちゃん。
メンタルを打ち砕く秘密。一体なんだろうか。「実は俺の寿命があと三日」とか「実は俺の背しろに恐ろしい霊が憑いている」とか、そういう怪異っぽい呪い的な話だろうか。
「へえ、気になるな。教えてよ」
「クックック……後悔しても遅いぞ。人間の男という生き物のアサハカな妄想を、根底から叩き折ってヤル……!」
レツちゃんは不敵な笑みを深める。俺はごくりと唾を飲み込んだ。
そして、溜めに溜めてから――ガバッと、羽織っていたオーバーサイズのアウターと、中に着ていた地雷系シャツの胸元を豪快に押し開いた。
「見ロッ!!」
バサァッ!
夕風が吹き抜ける中、露わになったのは――白く華奢な胸元だった。
驚くほど滑らかな肌。浮き出る鎖骨のラインは芸術品のように美しく、そして……完璧なまでに、平坦だった。
膨らみなど微塵もない。どこをどう見ても、男の身体つきだった。
レツちゃんは胸元を全開にしたまま、勝ち誇った顔で鋭い八重歯を覗かせた。
「ボク、オトコ。ザンネン!!」
ドヤァ……と効果音が聞こえてきそうなほどのドヤ顔。
まるで「美少女だと思ってデレデレしていた愚かな男子高校生が、絶望と恐怖に打ちひしがれる姿」を確信しているかのような顔だ。
緊張のせいか、やっぱり少しカタコトになっているのが死ぬほど愛おしい。
「フフッ……どうダ? ぜつぼーしたか?」
レツちゃんは高らかに言い放ち、俺の反応を待った。
——残念?
何が?
俺の頭の中で、その言葉が虚空を彷徨う。
実は男? まさか、それがとっておきのヒミツ? 昨日お姫様抱っこした時に骨格で大体察してたし。
というか、百歩譲って知らなかったとしても、だ。
目の前にいるのは、黒髪ツインテールが似合いまくる極上の顔面を持つ存在。
白肌、潤んだ瞳、八重歯、ドジっ子、威嚇ポーズの可愛さ一億点。
属性が「美少女」から「地雷系男の娘怪異」にシフトしたところで、この顔面の強さが一ミリでも損なわれるとでも思っているのだろうか?
むしろ——男の娘って、属性として盛りすぎでは???
「ねぇ、レツちゃん」
「ン? どうだ、ぜつぼーのあまり声が出ないか?」
「『残念』って、何が残念なの?」
「……ハ?」
俺のあまりにも予想外な問い返しに、レツちゃんのドヤ顔がピキッと固まった。
「何が残念って……ボク、男だぞ? 女の子じゃないんだぞ? オマエ、ボクのこと女だと思って口説いてたんダロ!?」
「いや、顔が良ければ性別とかどうでもよくない?」
「どうでもよくない!! 大問題だろ!!」
レツちゃんはバッと胸元を隠し、信じられないものを見るような目をして後ずさった。
「待って、もう少し落ち着いて見せてよ。さっきの鎖骨ライン、めちゃくちゃ綺麗だったんだけど」
「見せるかッ! ヘンタイ!」
「変態じゃないよ、ただの重度の面食いだよ。俺のストライクゾーン、顔さえ良ければ性別も人間かどうかも超えていくから」
「自慢気に言うな!」
「ってか、男の子なら呼び捨てでも違和感ないよね。ね? 『レ・ツ』」
俺はレツちゃんとの距離を詰めるべく、ゆっくりと一歩を踏み出した。
レツちゃんは「ひっ」と小さな悲鳴を上げて壁際に下がる。
その途端――
ポタッ。
俺の鼻から、温かい液体の感覚が伝わってきた。
「ん?」
指先でぬぐってみると、鮮やかな赤。
——あ、やば。
あまりの顔面の良さと、照れ顔の破壊力と、男の娘という属性の盛りすぎ感、そして大胆不敵に露出した胸元に、俺の脳内キャパシティが限界を迎えたらしい。
「あ……」
「……?」
俺が鼻血を拭っているのを見て、レツちゃんがピタッと動きを止めた。
真っ赤だった顔が、今度は一気に青ざめていく。
「ち、血……!」
「ああ、ごめん。レツが可愛すぎて、ちょっとのぼせちゃったみたい」
「うわぁ……」
レツちゃんは本気で引きつった顔になり、自らの両肩を抱きかかえてジリジリと後ずさった。
「な、ナニ……コイツ……狂ってル……っ!」
「狂ってないよ、愛だよ愛。レツへの溢れんばかりの情熱だよ」
「ソレが怖いって言ってるんだヨーッ!!」
レツちゃんは悲鳴を上げると、クルッと背を向けた。
「帰る! バカ! 変態! 鼻血男ッ!」
「あ、待ってよレツ! 鼻拭いたらすぐ追いつくから!」
「来るナァァァッ!!」
タタタタタッと、昨日よりも心なしか素早い足取りで、レツちゃんは路地裏をダッシュで逃げていく。
そして、曲がり角のところで――
ドシャッ!
「あがッ!?」
案の定、壁に肩を強くぶつけて豪快に転び、涙目で俺を振り返りながら霧となって消えていった。
……本当に、最後まで完璧な可愛さだな。
俺はポケットからティッシュを取り出し、鼻に詰めながら一人ごちた。
「男の娘か……」
夕暮れの街に、俺の満足げな溜息が白く溶けていく。
「最高だな」
障害が減ったどころか、レツちゃんの魅力が爆上がりしただけの素晴らしい一日だった。
俺は鼻にティッシュを詰めたまま、非常に清々しい気分で家路についたのだった。




