十六話 カゼ
頭が重い。喉の奥が少しイガイガして、視界がじんわりと熱を帯びている。
いつもなら体を動かしたくてたまらないはずの時間帯だが、今日は大人しく自室のベッドで横になっていた。
体温計の数字は三十七度五分。ただの軽い風邪だ。一晩ぐっすり眠れば治る程度のものだが、大事をとって今日は学校を休んでいた。
「……はぁ。レツ、そろそろ痺れ切らしてる頃かな」
放課後の時間帯。いつもの帰り道を通らないことを、あの可愛い怪異はどう思っているだろう。
そんなことを考えて目を閉じかけた、その時だった。
コンコン、と小さく窓ガラスを叩く音がした。
「……ん?」
二階にある俺の部屋の窓。カーテンスリットから覗いたのは、夕暮れの赤に照らされたツインテールだった。
俺は慌てて体を起こし、鍵を外して窓を開けた。
「……ヨシダ」
「レツ……? 来てくれたの?」
窓枠を軽々と乗り越えて室内に入ってきたのは、案の定レツだった。
アウターのフードをかぶり、黒マスクの上から大きな瞳をこれでもかと見開いて俺の部屋を検分している。
「べ、別ニ。オマエが珍しく来ないから、様子見に来たダケだッ!」
「ふふ、ツンデレだなぁ。でも、すごく嬉しいよ。……あ、でも、あんまり近づいたら風邪が移っちゃうよ」
俺が手をかざして制そうとすると、レツちゃんは不満そうに「む」と眉をひそめた。
そのまま躊躇なくベッドの縁に近づき、ちょこんと腰を下ろす。
「ボクたち、カゼ引かない」
「そっか。怪異って風邪引かないんだ、強いなぁ」
俺が弱々しく笑うと、レツは冷たい手をそっと伸ばし、俺の額にペタリと触れてきた。怪異特有のひんやりとした体温が、熱を持った肌に心地いい。
「あつイ……。熱があるのか……?」
「うん、ちょっとね。でも大丈夫だよ」
「ニンゲン……ヨワイ……」
レツちゃんの声が、すっと小さくなった。
自分の小さくて白い手と、俺のたくましいはずの手を見比べる。
いつもなら、無駄にフィジカルが強く自分を壁ドンして追い詰めてくる男子高校生が、今は布巾一枚隔てても伝わる熱を帯びて横たわっている。
その事実が、彼にとってはひどく奇妙で、恐ろしいものに思えたらしい。
「……シヌ……?」
ぽつりと溢れ出たのは、本気で心配している可憐な声音だった。
瞳を揺らし、涙目になりながら俺の顔を覗き込んでくる。
「このくらいじゃ死なないよ」
俺は優しく微笑みかけ、額に乗せられたレツの小さくて冷たい手に、自分の手を重ねて優しく握りしめた。
「ちょっと休めばすぐ元気になる。レツを抱っこできるくらいにはね」
「な、ナニ言ってるんだバカ……ッ!」
俺の軽口に一瞬だけ顔を赤くしたレツちゃんだったが、繋いだ手を振り払おうとはしなかった。
それどころか、握り返す力にぎゅっと強さがこもる。
「……ほんとうに、死ななイ?」
「死なない。レツちゃんを置いて死ぬわけないじゃん」
「なら、イイ……」
安堵したように小さく息を吐くレツちゃん。
「来てくれてありがとう。大好きだよ。レツ」
「う、ウルサイ! 早く寝ロッ!」
照れ隠しに声を荒げるレツちゃんの横顔を見つめながら、俺は温かい布団の中でゆっくりと目を閉じた。
熱のせいで意識が遠のく中、俺の手を握る冷たくて優しい体温だけが、いつまでも心地よく残っていた。




