十五話 届いてるから
昼休みの渡り廊下。燦々と降り注ぐ日光の中、俺はクラスの女子生徒に呼び止められて立ち話を引き受けていた。
「——ねえ、吉田くんってさ、なんて言うか……変わってるよね」
どこか探るような視線を向けてくる女子生徒。俺は「そうかな?」と首をかしげた。
「だって、前に『麻倉さん』と付き合ってたんでしょ? 他校の男子殴って停学になったっていう……」
「まぁね」
「やっぱり吉田くんって、顔さえ良ければ性格とか中身はどうでもいいって感じなんだね」
「……そうかもね」
俺は適当に笑って、そのまま会話を切り上げた。
——麻倉さん。
他校の不良男子に絡まれていたクラスメイトを助けようとして、暴力沙汰を起こし停学になった元カノだ。不器用で、噂ばかりが一人歩きして「ヤバい女子」扱いされていたけれど、彼女の内に秘めた強い正義感や真っ直ぐな眩しさを、俺は知っていた。
けれど、それを他人にいちいち弁明するつもりもない。ただ、理解されない寂しさが胸の奥に薄っすらと残るだけだ。
……一方その頃。
校舎の陰、渡り廊下のすぐ下の植え込みからは、一筋の殺気が放たれていた。
***
放課後。夕焼けに染まるいつもの帰り道。
一人で歩いていると、曲がり角の先からトコトコと足音が聞こえてきた。
「あ、レツ」
待っていたらしく、物陰から姿を現したレツちゃん。
だが、今日の彼は様子がおかしかった。普段なら「近づくナ!」と威嚇して後ずさりするはずなのに、迷いのない足取りでズンズンとこちらへ歩み寄ってくる。
そして——すれ違いざま、俺の制服の袖をキュッと小さな手で掴んだ。
「うおっ!?」
「…………」
そのまま、肩と肩がぴったり触れ合うほどの超至近距離で、俺の隣に張り付いて歩き始めたのだ。
「レ、レツ? 今日はやけに距離が近いね……可愛いからめちゃくちゃ嬉しいけど」
俺は驚きつつもデレデレと顔をほころばせた。だが、やはり昼間の会話が頭の片隅に引っかかっており、どこか表情に影が残ってしまう。
隣を歩くレツちゃんは、チラリと俺の横顔を見上げた。
アウターの袖を掴む手首に、ぎゅっと力が入る。
「……ヨシダ」
「なぁに?」
「公園……行コ」
手を引かれるまま、誰もいない夕暮れの公園へと足を運んだ。
ブランコの前で立ち止まると、レツは俺の手を放し、ゆっくりと振り返った。
「……見てタ」
「え?」
「昼間。ニンゲンの女子と話してるところ、見てタ」
レツちゃんは黒マスクを顎の下まで引き下げた。露わになった大きめに裂けた口元が、悔しそうに小さく引き結ばれている。
「盗み聞き……シテタ。あいつ、言いたい放題言いやがっテ……ッ!」
「あぁ……あの話、聞こえてたんだ」
俺は苦笑いして後頭部をかいた。
「まあ、気にしないでよ。俺が面食いなのは事実だし、あの子の言ってることも——」
「気にしナイわけ、ないだロッ!!」
レツが、珍しく強い口調で俺の言葉を遮った。
真っ赤な顔で、涙目の瞳をまっすぐに俺へと向けてくる。
「アイツ……ナニも知らナイくせに、勝手なこと言いヤガッて……! 顔さえ良ければイイなんて……そんなわけないだろッ!」
叫ぶような声。レツは息を荒くしながら、自分の胸元をぎゅっと拳で突いた。
「ボクだって……最初は、不安だっタ。『顔が良いから』好きと言われているんじゃないかっテ……っ」
言葉を選ぶように、一瞬だけ言葉を詰まらせるレツちゃん。
だが、彼は逃げなかった。黒髪ツインテールを風になびかせ、真っ赤な顔のまま、しっかりと俺の目を見つめ返してくる。
「でも、違ウ! オマエの『スキ』は……適当なんかじゃナイ! ボクがどんなに意地悪しても、カッコ悪いところ見せても……オマエはいつだって、まっすぐに『可愛い』って言ってくれタ……っ!」
レツちゃんはぎこちなく一歩踏み出し、俺の制服の胸元を両手でギュッと掴んだ。
「オマエの『スキ』は……ちゃんと、届いてル! ボクに……一番届いてルッ! だから……あんな奴の言葉、気にするナ……ッ!!」
夕暮れの赤に染まる公園。
照れ隠しの威嚇でも、都市伝説としての脅しでもない。
俺を励ましたい一心で、恥ずかしさを押し殺して紡がれた、あまりにも不器用で、まっすぐな愛の言葉。
——届いていた。
俺の「好き」は、この世界で一番愛おしい存在に、完璧に届いていたのだ。
「……あ」
胸の奥に溜まっていた暗いモヤモヤが、一瞬で跡形もなく吹き飛んでいくのが分かった。
それと同時に、波のように押し寄せてくる猛烈な愛おしさ。
「……そっか」
俺は溢れ出る笑みを抑えきれず、目元を歪めた。
「ありがと、レツちゃん」
「ふ、ふん! 感謝するなら——ひゃい!?」
俺は我慢の限界を迎え、レツちゃんの華奢な身体を正面からガバッと抱きすくめた。
「な、ナニをするんだッ!? 離れろ、ニンゲンッ!」
「無理! 好きすぎる! レツちゃんやっぱり世界一可愛いよ! 天才! 愛してる!」
「バ、バババ、バカ言うナーーーッ!!」
抱きしめられた感触と至近距離からの愛の暴風に、レツちゃんの体温が一瞬で限界突破した。
沸騰したやかんの如く真っ赤になったレツちゃんは、俺の胸をポカポカ叩くと、力任せに俺を突き飛ばした。
「変態! 今日はもう帰ルッ!!」
悲鳴のような捨て台詞を残し、驚異的な脚力で夕闇の彼方へとダッシュで逃げていくレツちゃん。
去っていくツインテールの毛先は、夕日よりも赤く染まっていた。
残された俺は、静かな公園で胸の痛みを心地よく噛み締めながら、去っていく愛しい背中をいつまでも愛おしそうに見つめ続けたのだった。




