十四話 いつもとチガウ
「……ヨシダ」
放課後の校門裏。忍び寄るように現れた影を見て、俺は思わず目を丸くした。
そこに立っていたのは、いつもの地雷系ファッションに身を包んだレツ——なのだが、何かが決定的に違っていた。
「うわ、レツ……頭、どうしたの?」
いつもなら先端にかけて綺麗な桃色にグラデーションがかかった黒髪ツインテールが、今日は見る影もない。
右も左も爆発したように大きなハネができている。ボサボサの髪の間から覗く涙目の瞳が、心なしか肩身狭そうに泳いでいた。
「今日はセットしてないの?」
「う……ッ」
突っ込まれた瞬間、レツはアウターのフードを深々とかぶってボサボサの頭を隠そうとした。
黒マスク越しにくぐもった、小さく消え入りそうな声が漏れ出す。
「……お母さん、いなかっタ」
「お母さん?」
「うん。いつもは……お母さん、結んでくれル。でも今日は、朝からお出かけしてテ……ボク、一人じゃうまく結べなくテ……っ」
ぽつりと白状したレツは、アウターの裾をぎゅっと握りしめて下を向いた。
メリー先輩との特訓で「吉田が好きすぎる」と暴露されて以来、少し気まずそうにしていた彼だが、今日は髪がセットできていない恥ずかしさも手伝って完全に意気消沈している。
一人で一生懸命鏡に向かって、上手く結べずに唸っていた姿を想像したら、あまりの愛おしさに胸が苦しくなった。
「よし、じゃあ俺がやってあげる」
「え……? オマエが……?」
「うん。そこに座って」
俺は近くの木製ベンチを指さした。レツは「ホントウにできるのか……?」と半信半疑な目を向けつつも、大人しくベンチにちょこんと腰掛けた。
「ちょっと失礼するね」
俺はベンチの背もたれ越しに、レツの真後ろへ回った。
ポケットから、携帯用のヘアブラシを取り出す。女子マネージャーや妹の髪の手入れを見慣れていたこともあり、俺は髪の扱いにはちょっと自信があった。
「触るよー」
「……ん」
そっとブラシを入れ、絡まった毛先を優しくとかしていく。
レツの髪は驚くほど柔らかく、指を通すたびにフワフワと甘い香りが舞い散った。
「……痛くない?」
「う、うん。ダイジョウブ……」
手つきが予想外に手慣れていることに驚いたのか、レツは身体を少し強張らせながらも、静かに身を委ねてきた。
静かに聞こえるレツの息遣い。触れ合うたびに伝わってくる、お互いの体温。
「手際、いい……」
「妹がいるからね。昔よく結ばされてたんだ」
丁寧にブロッキングをし、左右均等になるよう高さを合わせる。
レツが持っていた黒いヘアゴムを受け取り、指先で優しく束ねてキュッと結んだ。最後に毛先を軽く散らし、綺麗なツインテールを完成させる。
「はい、できたよ。鏡見てみな」
レツはポケットから手鏡を取り出す。
鏡に映っていたのは、お母さんがセットしてくれた時と遜色ない——いや、それ以上にふんわりと可愛らしく整えられたツインテール姿の自分だった。
「……ッ!」
レツは目を丸くし、自分の髪の結び目をそっと指先で触れた。
「すごイ……お母さんと同じくらい、うまい……」
「でしょ? レツの髪、めちゃくちゃ柔らかくて触り心地最高だったよ」
「なっ……ッ!?」
俺が囁くと、レツちゃんは一瞬で肩を跳ね上げた。
手鏡の中で、彼の白肌がみるみるうちに耳の先端まで真っ赤に染まっていく。
「な、ナニをどさくさに紛れて……変態ッ! スケベッ!」
「褒めただけなのにひどいな」
レツちゃんはガバッと立ち上がると、結んでもらったばかりのツインテールを両手で押さえ、真っ赤な顔で俺を睨みつけた。
だが、黒マスクの上の瞳はうるうると揺れていて、全く威圧感がない。
「き、今日ハ……髪を結んでくれた礼として、命だけは助けてやルッ! 次会ったときハ……絶対に恐怖のどん底に突き落としてやるからなーーーッ!!」
捨て台詞を残し、レツはバッとアウターを羽ばたかせて走り去っていった。
風になびくツインテールは、夕日に照らされて綺麗な桃色に輝いている。
「……やっぱり、めちゃくちゃ可愛いな」
俺は静かな放課後の空気を吸い込みながら、去っていく背中を幸せな気持ちで見送ったのだった。




