↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/19

十三話 メリー先輩

「あなたがレツちゃんね。テケテケから話は聞いているわ」

 

 静まり返った夜の公園。街灯の光がわずかに届くブランコの前に立っていたのは、フリルたっぷりのクラシカルなドレスに身を包んだ、金髪縦ロールの麗しい少女――都市伝説界の超有名人『メリーさん』だった。

 片手には可愛らしいアンティーク調の赤電話を携え、洗練されたお嬢様のようなオーラを漂わせている。

 

「初めましテ、メリー先輩! ボク、立派な都市伝説になりたいんでス!」

「ええ、意気込みは素晴らしいわ。怪異の未来は明るいわね。……ところで」

 

 メリー先輩はスッと目を細め、レツのすぐ隣に当然のような顔で佇んでいる俺へと視線を向けた。

 

「なんでターゲットである人間が当たり前のように横にいるのかしら?」

「あ、どうも。吉田です。レツちゃんの付き添いでお邪魔してます」

「ツキソイ……? 怪異の特訓に人間の付き添い……?」

 

 メリー先輩は頭を抱えそうになるのをぐっと堪え、ゴホンと綺麗に咳払いをした。

 

「……まあいいわ。ターゲットが目の前にいるなら、実践形式で試せるというものね。いいかしらレツちゃん、怪異としての基礎をイチから叩き込んであげるわ!」

 

「ハイッ! よろしくお願いしまス!」

 

 目をキラキラと輝かせるレツちゃん。その姿があまりにも健気で愛おしく、俺は隣で静かに悶絶していた。

 

「特訓その一! 出現場所は絞るべし!」

 

 メリー先輩は人差し指をビシッと立て、威厳たっぷりに宣言した。

 

「怪異にとって、シチュエーションは命よ。人間が最も恐怖を感じる場所に現れてこそ、真価が発揮されるの。たとえば——『夜の学校』なんてどうかしら?」

「夜の学校……?」

「そうよ。誰もいない静まり返った校舎、暗い廊下、怪しく揺れる影……完璧な舞台だわ!」

 

 メリー先輩の提案に、レツちゃんはあからさまに引きつった顔をした。ツインテールを不安そうに揺らし、即座に首を激しく横に振る。

 

「……怖いからイヤ」

「あなたが怖がってどうするのよ!?」

 

 メリー先輩の鋭いツッコミが夜の公園に響き渡る。

 

「じゃあ……『誰もいない深夜の病院』は?」

「暗いし、変な音するからイヤ」

「『誰も通らない不気味なトンネル』は!?」

「湿気で髪がボサボサになるからイヤ!」

「ワガママすぎないかしらこの子!?」

 

 ことごとく却下され、メリー先輩は早くも額に青筋を立て始めた。怪異だって恐怖心や好みがあるのだから仕方がない。

 見かねた俺は、助け舟を出すように手を挙げた。

 

「じゃあ、俺の家は?」

「絶対イヤ!」

 

 食い気味な即答だった。

 

「なんでだよレツ、俺の部屋なら安全だし、お菓子もジュースもあるよ?」

「そういう問題じゃなイ! オマエの家に行ったら、二人きりでナニされるか……ッ!」

「何も襲ったりしないよ。ただ一緒に漫画読んだりアイス食べたり——」

「アイス……イヤ、ダメ!」

 

 赤くなったり怒ったりと忙しいレツちゃん。メリー先輩は呆れ果てた様子で溜め息をついた。

 

「……まあいいわ。場所の選定は後回しにしましょう。特訓その二! 登場に命を賭けるべし!」

 

 気を取り直したメリー先輩は、アンティーク電話の受話器を指先で弄びながら言った。

 

「怪異にとって最も重要なのは、第一印象よ」

「ダイイチインショウ?」

「そう。人間が『何かいる』と認識した瞬間に、絶対的な恐怖を植え付けるの。タイミング、角度、そして醸し出す雰囲気……すべてを完璧に計算し尽くすのよ。まずは王道からいきましょう!」

 

 メリー先輩の指揮のもと、実践形式の登場特訓が始まった。

 

【① 背後からヌッと現れる】

 

「いいかしら、吉田くんが隙を見せた瞬間に、背後に気配もなく忍び寄るのよ」

「分かっタ……!」

 

 俺は指示通り、公園のベンチの前で無防備に立ち尽くした。

 背後から、フッと気配が消える。流石は怪異、足音ひとつ立てずに俺の後ろへと回り込んできたようだ。

 背中に感じる、かすかな甘い香り。

 服の裾がすれる音。

 

「……ボク、カワイイ?」

 

 耳元で聞こえる、一生懸命に低く作られた可憐な声。

 俺は振り返ることもなく、即座に答えた。

 

「可愛い」

「……ッ!?」

 

 背後でレツちゃんが跳ね上がる気配がした。

 

「失敗! 次よ、次!!」

 

【② 曲がり角から突然現れる】

 

「次は恐怖の古典スタイル、曲がり角からの強襲よ! 人間が安心しきって角を曲がった瞬間を狙うの!」

 

 レツちゃんは公園のトイレの壁の陰にコソコソと隠れた。

 俺は指示通り、ポケットに手を突っ込んで口笛を吹きながら、のんびりと歩いて角へと向かう。

 

 角を曲がった瞬間、勢いよく物陰からレツちゃんが飛び出してきた。

 オーバーサイズのアウターを羽ばたかせ、両手を大きく広げている。

 

「ボク、カワイイ!?」

「うん」

「即答するナッッ!!」

 

 地踏みを鳴らして悔しがるレツちゃん。

 

「失敗! ダメね、角度も勢いも悪くないのに……最後! 心理的恐怖を煽るパターンよ!」

 

【③ 遠くから徐々に近づく】

 

「遠くから無言でじわじわと距離を詰めるの。人間は『逃げられない』と悟った時に最も深い絶望を感じるわ」

 

 俺は公園の中央で待機する。

 数十メートル先、街灯の影からレツちゃんが姿を現した。

 無言。

 ゆったりとした、けれどどこか異様な足取りで、こちらへと歩いてくる。

 ツインテールが夜風に揺れ、黒マスクの上の瞳がじっと俺を見つめている。

 

 ……静寂が包む夜の公園。徐々に近づいてくる小柄な影。

 普通なら不気味な光景のはずだ。だが、俺の目にはただの「可愛い子がトコトコ歩いてくる最高のご褒美」にしか見えなかった。

 

「……レツ?」

 

 あと数歩の距離。レツちゃんはピタリと足を止め、じーっと俺を見上げてくる。

 

「…………」

 

 何か恐ろしいセリフを言おうと、黒マスクの下で口をモゴモゴと動かしているのが分かる。

 あまりにも可愛すぎて、俺は撫で回したくなる衝動を抑えきれなかった。

 

「今日も可愛いね」

「……っ!?」

 

 レツちゃんは固まり、そのまま顔を覆って蹲ってしまった。

 

「失敗……全滅じゃないの……」

 

 三連敗を喫し、メリー先輩は頭を抱えて深々と溜め息をついた。

 

「あなた、根本的な問題があるわ」

「ナニ……?」

 

 膝を抱えて丸くなっていたレツちゃんが、フードの奥から不思議そうに顔を上げた。

 メリー先輩は受話器をカチャリと台座に戻し、哀れみと呆れが混ざったような視線をレツちゃんへと向けた。


「吉田くんのことが好きすぎるのよ」

 

 静寂。

 

「…………っ!?」

 

 レツちゃんの全身が跳ね上がった。

白かった肌が、みるみるうちに耳の先端、首筋、果ては涙ぐんだ目元まで真っ赤に染まっていく。

 

「え?」

 

 俺は思わず素の声を漏らした。

 

「め、メリー先輩ッ!?? ボクが、この生意気なニンゲンを……!? そんなわけナイッ!! ボクはこいつを恐怖の底に突き落としたくて——」

「いいえ、言い逃れはできないわ」

 

 メリー先輩はビシッと指を突き立てた。

 

「あなた、吉田くんの前に出ると、怖がらせるより先に照れているもの。背後に回った時も照れて声が上ずっていたし、曲がり角から飛び出した時も『見られた』ことに恥ずかしがっていたわ。最後の接近だって……照れ隠しに必死で威嚇のセリフすら忘れていたじゃない」

「う……あ……っ」

 

 図星を突かれ、レツちゃんは返す言葉を失った。

真っ赤な顔でパクパクと口を開閉させ、助けを求めるように俺とメリー先輩を交互に見つめている。

 

「怪異がターゲットに恋をしてどうするのよ。これじゃあ恐怖の提供どころか、極上の萌えを提供しているだけだわ」

「モ、モエ……!?」

「そうね。吉田くんが全く怖がらないのも当然だわ。だってあなたの全身から『吉田くん大好き』っていうオーラがダダ漏れなんですもの」

 

 メリー先輩の容赦ない分析が突き刺さる。

 レツちゃんはついに限界を迎えたらしく、両手で真っ赤な顔を覆い隠すと、その場にズルズルとへたり込んでしまった。

 

「ち、チガウ……ボクは……ボクはただ……っ」

「レツちゃん」

 

 俺はしゃがみ込み、目線を合わせてレツちゃんの頭をそっと撫でた。

 

「そっか。俺のこと、好きなんだ」

「ちが……っ! ちがわないけど……ちがうッ! バカ! 変態! 吉田のバカーーーッ!!」

 

 耐え切れなくなったレツちゃんは、真っ赤な顔のまま立ち上がると、そのまま夜の街へとダッシュで逃げ出してしまった。

 

「あ、レツちゃん!」

「追わなくていいわよ、吉田くん」

 

 追いかけようとした俺を、メリー先輩が優しく制した。

 

「今は一人にしてあげなさい。……ふふ、あんなに純情な怪異、初めて見たわ。あなたも大変ね」

「いえ、最高です」

 

 即答した俺に、メリー先輩はくすりと上品に笑ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。