十二話 テケテケ
すっかり日が落ち、濃紺の夜帳が校舎を覆い始めていた。
無人の廊下には、俺とレツちゃんの足音だけが静かに響いている。
「楽しかったね、学校探検」
「ふ、ふん……別に大したことなかっタ」
黒マスクの上からそう強がるレツちゃんだったが、その足取りはどこか弾んでいて嬉しそうだ。
用務員さんに見つからないよう静かに昇降口へ向かっていた、まさにその時——。
テケテケテケテケテケテケ……ッ!
静寂を切り裂き、不穏で高速な機械音のような地鳴りが廊下の奥から響き渡った。
「ヒッ……!? な、ナニ……この音……っ!?」
レツちゃんが跳ね上がるように驚き、俺の制服の裾をぎゅっと掴んできた。
暗闇の奥、曲がり角から姿を現したのは——上半身だけの女の怪異。肘と手を使って驚異的なスピードで床を這い、こちらへ猛ダッシュしてくる都市伝説『テケテケ』だった。
「テ、テケテケーーーッ!! 本物ッ! 足ないッ! 速いッ! 怖いーーーッ!!」
「いや、君も怪異でしょ!?」
半泣きで俺の背中に隠れ、ガタガタと震えるレツちゃん。怪異のくせに怪異に本気でビビっている姿が最高に愛おしいが、相手は容赦なくこちらへ突進してくる。
「アンタたちの足を……いただきにきたわぁぁぁッ!!」
鋭い鎌を振り上げ、目にも留まらぬ速さで襲いかかってくるテケテケ。
だが——俺を舐めてもらっては困る。
中学時代、幾度となく至近距離からの強烈なシュートをセービングしてきた元ゴールキーパーの動体視力と反応速度は伊達じゃない。
「レツに手ぇ出すなッ!」
ドカッ!!!
「ぎゃあああッ!?」
迫り来るテケテケの脳面へ向け、俺は完璧なタイミングで右足のインステップキックを叩き込んだ。
重い打撃音が廊下に響き渡り、テケテケは勢いよく後方へ吹き飛んで壁に激突。そのままズルズルと床に崩れ落ちた。
「ひ……一撃……!?」
レツちゃんが目をまん丸にして絶句している。
「イタタタ……ちょっとアンタ、怪異相手に容赦なさすぎでしょ……」
壁に背をもたれかけさせながら、テケテケが痛そうに頭を押さえた。
そして、俺の背後にいるレツちゃんに目を留めると、その恐ろしい顔つきが一変した。
「あら……? もしかして、レツちゃんじゃないの!?」
「え……? テ、テケテケ……おばさん……?」
「え、知り合い!?」
俺が素で驚くと、テケテケは鎌を置いて懐かしそうに目を細めた。
「知り合いどころじゃないわよ! あたしと口裂け女——レツちゃんのお母さんは、大昔から連んでるマブダチなの! やだぁ、レツちゃん大きくなって! アンタがまだ赤ん坊だった頃、あたしよく抱っこしてあげたのよ?」
「う……うん。お母さんから、よく話は聞いてたケド……」
まさかの身内。
テケテケおばさんは親戚のおばちゃんよろしく「まあまあ、男の子らしくなっちゃって」と嬉しそうに頷いている。どうやら怪異の世界にも狭い世間というものがあるらしい。
「で? こんな放課後の学校で、その威勢のいい男子高校生と何やってたの?」
「ボ、ボクは……立派な都市伝説になるために、こいつを怖がらせようと……っ」
レツちゃんが悔しそうに下を向く。
テケテケおばさんは俺とレツちゃんの顔を交互に見比べると、ハハハと大笑いした。
「なるほどねぇ! でもレツちゃん、この子全然怖がってないじゃない。むしろアンタのことメロメロな目で見てるわよ?」
「なッ……!? ち、チガウ! ボクはただ威嚇を——」
「ダメダメ、甘いわね。そんなんじゃいつまで経っても一人前の都市伝説になれないわよ」
テケテケおばさんはビシッと指を突き立てた。
「いい? 一人前になりたいなら、一流の怪異に教わるのが一番手っ取り早いのよ。あたしの知り合いに、人間を恐怖のどん底に突き落とすプロフェッショナルがいるわ」
「一流の……怪異……?」
レツちゃんがごくりと唾を呑み込んだ。
「ええ。電話一本でターゲットを追い詰める、超有名なアタシたちの先輩よ。今度紹介してあげるから、しっかり特訓してもらいなさい!」
「ほ、ホントウ……!? やる! ボク、特訓受けるッ!」
目を輝かせるレツちゃん。
……なんだか嫌な予感がするが、レツちゃんがやる気になっているなら止める理由もない。
「じゃあねレツちゃん、お母さんによろしくね〜! あと男子高校生、蹴りはもっと手加減しなさいよ!」
テケテケおばさんはそう言い残すと、驚異的なスピードで廊下の闇へと消えていった。
「よし……! 一流の怪異に弟子入りして、絶対ヨシダを恐怖で泣かせてヤル……!」
やる気満々で拳を握りしめるレツちゃん。
俺はその可愛すぎる横顔を見つめながら、「絶対に怖がる姿は見せないで、もっと好きになってやろう」と心の中で密かに誓うのだった。




