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第5話:限界エンジニアの逆襲〜緊急WAFデプロイ〜

 焦げ臭い煙が漂う深夜のサーバー室。

 限界を超えた冷却ファンの轟音が響く中、俺はモニターの光だけを頼りに、キーボードを超高速で叩き続けていた。


「ハッカーだか魔王だか知らないが……本職(エンジニア)の領分を荒らしたこと、後悔させてやる」


 異世界のシステムは、魔王ゼロデイが仕掛けたDDoS攻撃――『ドラゴンの無限召喚ループ』によって、今まさにパンク寸前だった。

 だが、焦る必要はない。攻撃のロジックが分かれば、対処法は確立されている。


『Goddess_Aurora(管理者):しゃ、社さん! 画面が真っ赤です! 世界中がドラゴンで埋め尽くされて、もう勇者くんの姿も見えません!』


『社(保守担当):騒ぐなアウロラ。今からそっちのシステムの手前に、防護壁(WAF)を緊急デプロイする』


『Goddess_Aurora(管理者):わふ? 犬ですか?』


「ちげえよ! 盾だ! 悪意のある通信だけを弾き返す、専用の防護壁だ!」


 俺は息を吐き出しながら、手元のコンソールで防護ルール(シグネチャ)をゴリゴリと書き上げていく。

 魔王の詠唱リクエストに含まれる不正な文字列――UPDATEやINSERTといったデータベース操作コマンドを検知し、即座に通信を遮断ドロップする設定だ。


 さらに、同一ユーザーからの異常な連続アクセスを防ぐため、回数制限(レートリミット)も容赦なく設定する。


「よし、これで完成だ。食らいやがれ……ッ!」


 ターンッ!!


 Enterキーを叩き込むと同時に、俺は構築したWAFを本番環境へ適用させた。


『[System]:WAFモジュールが稼働を開始しました』

『[System]:トラフィックの監視を開始します』


 直後、ターミナル画面に魔王からのアクセスログが猛烈な勢いで流れ始めた。


『[Log]:ユーザー【Demon_Lord_ZeroDay】からのリクエストを受信』

『[Log]:不正なペイロード(SQLインジェクション)を検知しました』

『[System]:アクセスをブロックしました(HTTP 403 Forbidden)』

『[Log]:無限ループ詠唱を検知しました』

『[System]:アクセスをブロックしました(Rate Limit Exceeded)』


「よし! 全部弾いてるぞ!」


 画面には、WAFに阻まれて棄却されていく魔王のリクエストログが、美しい滝のように流れていた。


『Goddess_Aurora(管理者):あああっ! 魔王が突然パニックになってます! 「なぜだ! なぜ我が魔力が発動せぬ!?」って叫んで、杖をバンバン床に叩きつけてますよ!』


「ざまぁみろ。お前のIPアドレスと詠唱パターンは完全にブラックリスト入りだ。もう二度とチート魔法は使えないぜ」


 俺はニヤリと笑い、休む間もなく次のクエリを打ち込んだ。


「仕上げだ。あいつが不正に書き換えたHPを、適正値にロールバック(しゅうせい)してやる」


 UPDATE Characters SET HP = 9999 WHERE Name = 'Demon_Lord_ZeroDay';


『[SUCCESS]:対象のレコードを更新しました』


『Goddess_Aurora(管理者):やりました! 魔王のHPゲージがスッと短くなりました! これなら勇者くんの攻撃で倒せます!』


 よし、ミッションコンプリートだ。

 チート攻撃は無効化し、カンストしたHPも元に戻した。あとは勇者が魔王を物理で殴り倒すのを待つだけ――。


『ピィィィィィィィィィン!!!!』


 突如、マザーボードから直接発せられる、死を警告するビープ音が鳴り響いた。


「……なっ!?」


『【FATAL ERROR】サーバーの物理温度が限界値を超過しました』

『Warning:熱暴走によるハードウェアのメルトダウンまで残り30秒』


「バカな!? なんで負荷が下がらないんだ!」


 俺は慌ててパフォーマンスモニターを確認し、絶望的な事実を突きつけられた。


 WAFによって「新たな」召喚は防げている。

 だが、魔王がすでに召喚してしまった数百万匹のドラゴンは、異世界にそのまま残り続けているのだ。

 こいつらが存在し、システムに描画と処理の負荷をかけ続けている限り、物理サーバーの熱暴走は止まらない。


『社(保守担当):アウロラ! ドラゴンを一括削除パージする! データベースのロック権限を――』


『Goddess_Aurora(管理者):だ、だめです! 処理が重すぎて、コンソールがフリーズしました! 画面が真っ白ですぅぅぅ!』


「クソッ、詰んだ……!」


 ターミナルからのコマンドすら受け付けない。完全なハングアップ状態だ。


 振り返ると、サーバーラックからは本格的な白煙が上がり、プラスチックが溶けるような異臭が漂い始めている。


 あと20秒で、俺の会社のサーバーは完全に焼け焦げ、物理的に死ぬ。

 それはすなわち、異世界(あっち)の完全な消滅を意味していた。


「……いや、まだだ」


 俺はゆっくりと立ち上がった。


 ソフトウェア(論理)からのアプローチが完全に塞がれた今、残されたトラブルシューティングの手法は、ただ一つしかない。


「インフラエンジニアの最終奥義を見せてやる」


 俺は、煙を上げるサーバーラックの背面に回り込み、極太の電源ケーブルを両手でガッチリと握りしめた。

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