第4話:魔王ゼロデイのSQLインジェクション
「HP九千九百九十九万……だと……?」
俺の呟きは、カタカタと鳴り続ける警告音にかき消された。
コンソール画面に表示される魔王ゼロデイのステータスは、完全にゲームバランスを崩壊させている。
『Goddess_Aurora(管理者):しゃ、社さん! 勇者くんが魔王に最強の必殺技【ギガ・スラッシュ】を放ちました!』
『Goddess_Aurora(管理者):でも、ダメージが【9999】しか入りません! 魔王のHPゲージが1ミリも減ってないですぅぅ!』
「当たり前だ! カンスト設定の1万倍もHP盛られてんだぞ!」
俺はキーボードを叩き、異世界のデータベースのクエリログを急いで追跡した。
どうやって外部から直接データベースを書き換えた?
権限設定はどうなってる?
ログを遡ると、魔王が異世界システムに対して送信した「魔法詠唱」の履歴が見つかった。
『Target:Demon_Lord_ZeroDay』
『Action:Cast_Spell』
『Parameter:Fireball'; UPDATE Characters SET HP = 99999999 WHERE Name = 'Demon_Lord_ZeroDay'; --』
「……嘘だろ」
俺は頭を抱えた。
これ、魔法詠唱の入力フォーム(Parameter)に、不正なデータベース操作命令(SQL)を混ぜ込んでいる。
古典的だが極めて凶悪なサイバー攻撃――『SQLインジェクション』だ。
『社(保守担当):アウロラ! お前、魔法の詠唱フォームにサニタイズ処理入れてないのか!?』
『Goddess_Aurora(管理者):さにたいず? 魔法の杖は毎日綺麗に磨くようにって、神託で伝えてありますけど!』
「物理的な手入れの話じゃねえよ! 入力された文字列をそのままシステムに渡すな! バカなのかお前は!」
異世界の魔法詠唱は、いわばシステムへの入力フォーム。
そこに対するセキュリティ対策がゼロ(ガバガバ)だったのだ。
魔王ゼロデイは、世界の理の脆弱性を見事に突いてきたというわけだ。
『Goddess_Aurora(管理者):社さん! 魔王が、なんかブツブツと呪文を唱え始めました! 今度は何をする気ですか!?』
「嫌な予感しかしない……ログを見せろ!」
俺はコンソールを切り替え、魔王が送信しようとしている新たなリクエスト(詠唱)の中身を覗き見た。
そこに記述されていたのは、俺たちインフラエンジニアが最も恐れる、悪夢のようなコードだった。
『Action:Summon_Monster』
'『Parameter:While (True) { Execute_Summon('Dragon'); }』
「……無限ループ、だと?」
背筋に氷を押し当てられたような悪寒が走った。
無限にモンスターを召喚し続ける処理。
これは単なるゲーム内の魔法ではない。システムに対する悪意ある負荷攻撃だ。
「おい、やめろ……まさか……」
『ピロピロピロピロピロピロピロッ!!!!』
先ほどまでの比ではない、鼓膜を劈くようなクリティカルアラートが一斉に鳴り響いた。
『【CRITICAL ERROR】異常なリクエスト数を検知』
『[Warning]:魔物『ドラゴン』が毎秒1万匹のペースで生成されています』
『[Warning]:トラフィックが許容量を超過しました。DDoS攻撃の可能性があります』
「クソッ!!」
画面上の世界地図が、赤い点で埋め尽くされていく。
魔王城周辺から溢れ出した無数のドラゴンが、異世界のサーバーの処理能力を猛烈な勢いで食い潰していく。
『Goddess_Aurora(管理者):世界が……カクカクしてます! 勇者くんの動きが、3秒に1コマしか進みません!』
「ラグが発生してるんだ! 処理が追いついてない!」
俺の叫びと同時に、背後から「バチッ!」という異音が響いた。
「!?」
振り返ると、物理サーバーラックの隙間から、うっすらと白い煙が上がっているではないか。
過剰な処理負荷により、CPUの温度が限界を突破しようとしているのだ。
『Warning:CPU温度 105℃を突破。ハードウェアの損傷リスクが極めて高まっています』
「冗談じゃねえ……」
俺は、ラックから噴き出す熱風を顔面に受けながら、己の震える両手を強く握りしめた。
このままでは、異世界が崩壊する前に、俺の会社のサーバーが物理的に燃え尽きる。
そして俺は、間違いなく懲戒免職だ。
「やってやろうじゃねえか、ハッカー魔王……」
限界突破した俺の脳内に、もはや眠気は微塵も残っていなかった。
目の下には深いクマ。だが、その瞳には狂気に近いエンジニアの闘志が宿っている。
「システム障害で、俺の定時退社が奪われてたまるかァァッ!!」
俺は煙を上げるサーバーラックに背を向け、黒い画面へと指を滑らせた。




