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第3話:文字化けスライム『縺吶i縺・』大量発生によるサーバーダウンの危機

 

「『縺吶i縺・』だと……!?」


 俺の悲鳴が、深夜のオフィスに空しく響き渡る。

 ターミナル画面には、真っ赤なエラーログと共に、おぞましい文字列が滝のように流れていた。


 スライム。

 ファンタジーRPGにおける最弱の代名詞。


 その「スライム」という文字列が、女神アウロラの余計なお世話によって【UTF-8】から【Shift-JIS】へ強引に変換された結果――生み出されたのが、この名状しがたいバグモンスター『縺吶i縺・』だ。


『Goddess_Aurora(管理者):ひええええっ!? なんですかこれ!? 異世界の始まりの平原が、なんか黒くてウネウネしたポリゴンの塊で埋め尽くされてますぅぅ!』

『Goddess_Aurora(管理者):勇者くんがパニックになって泣いてます! 助けて社さん!』


 チャットツールから飛んでくる悲鳴。


 俺は頭を抱えながら、キーボードを叩き壊さんばかりの勢いで返信した。


『社(保守担当):当たり前だ! 誰が好き好んで文字化けの群れと戦いたいんだよ! 精神的ブラッドボーンか!』


 ログを確認すると、事態は想像以上に深刻だった。


 文字化けによる型不一致エラーを起こしたレコードは、システムの描画処理を無限ループさせ、ネズミ算式に増殖している。

 その数、すでに30万匹。いや、今この瞬間にも40万匹に到達しようとしている。


『Warning:CPU使用率 95%突破』

『Warning:メモリ枯渇まで残り60秒。OOM Killerが発動します』


 ヴゥゥゥゥゥン……!!


 俺の背後にある物理サーバーラックの冷却ファンが、離陸前のジェット機のような轟音を立て始めた。

 異世界(あっち)の処理負荷が、現実世界(こっち)の物理機材を熱暴走で焼き切ろうとしているのだ。


「冗談じゃない……! 俺の管理するサーバーが、スライムの文字化けごときで落ちてたまるかッ!」


 俺は血走った目でモニターを睨みつけ、黒い画面(ターミナル)を開いた。


 やるべきことは一つ。

 異常増殖した不正データを一掃する「データクレンジング」だ。


 カタカタカタカタカタカタッ!!


 静まり返ったオフィスに、俺のタイピング音だけがマシンガンのように響く。


 正規表現を駆使し、データベースの奥底に巣食う『縺吶i縺・』だけを抽出するスクリプトを爆速で組み上げる。


『社(保守担当):アウロラ! 今からDBデータベースにロックをかけて、不正レコードを物理削除(パージ)する! その間、異世界の時間は数秒間フリーズするぞ!』


『Goddess_Aurora(管理者):フ、フリーズ!? わかりました! 勇者くんに「世界の理が止まるから息を止めてて!」って神託を下しておきます!』


 雑な神託だな、おい!

 ツッコミを入れている余裕はない。画面右上のCPU使用率が【99%】に到達した。

 これ以上はサーバーが物理的に死ぬ。


「……一網打尽にしてやる。消え去れ、バグの産物(文字化け)どもッ!!」


 俺は、祈りを込めてEnterキーをターンッ!!と叩き込んだ。


『[System]:SQLクエリ(DELETE文)を実行中……』

『[System]:マッチしたレコード【452,109】件』


 頼む、通ってくれ……!

 俺は固唾を飲んで、プログレスバーを見つめる。


 サーバーのファンが悲鳴のような高周波を上げ――そして。


『[SUCCESS]:対象レコードの削除を完了しました』

『[Log]:CPU使用率が 12% に低下しました』


 ……ふぅぅ。


 ファンが静音を取り戻し、真っ赤だったアラート画面が緑色の「正常」に戻る。


『Goddess_Aurora(管理者):やりましたー! 謎の黒い塊が一瞬で消滅しました! さすが社さん、魔法使いみたい!(๑>◡<๑)』


『社(保守担当):魔法じゃない、ただのSQLだ……。二度と本番環境の設定をいじるなよ、ポンコツ女神』


 背もたれに深く寄りかかり、俺は冷や汗を拭った。


 これでようやく、平和な定時(今は深夜だが)を迎えられる。

 魔王討伐なんて勇者に任せておけばいいのだ。俺の仕事はインフラを死守することだけ。


 ……そう、思っていた。

 IT業界において「平和になった」と安心した直後が、一番危ないという鉄則を忘れていたのだ。


『ピロッ』


 不意に、コンソール画面に奇妙な警告アラートがポップアップした。

 先ほどの派手なシステムエラーとは違う、静かで、冷たい、黒いウィンドウ。


『[ALERT]:魔王城エリアにて、不正なリクエストを検知』


「……なんだ? アウロラ、また何かやったか?」


『Goddess_Aurora(管理者):え? 私は何もしてないですよ? あ、勇者くんがいよいよ魔王城の玉座に辿り着いたみたいです!』


 なら、この不正リクエストは誰が送ってきた?

 ログを解析した俺の目に、信じられない文字列が飛び込んできた。


『[Log]:ユーザー【Demon_Lord_ZeroDay】が管理者権限をバイパスしました』

『[Log]:SQLインジェクションを実行』

 '『[Log]:魔王ゼロデイのHP(現在値)が【99,999,999】に改ざんされました』


「…………は?」


 背筋が、一気に凍りついた。

 異世界の住人(NPC)が、システム構造をハッキングして、データベースを直接書き換えただと……!?


「おいおいおい……冗談だろ。魔王が、悪意あるハッカー(クラッカー)だってのか!?」


 絶望の底に突き落とされる俺を嘲笑うかのように。

 モニターの向こうから、チート級の防御力(カンストHP)を手に入れた魔王の、邪悪な笑い声が聞こえた気がした。

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