第6話:最終奥義「物理再起動(リブート)」と、山積みの始末書
「インフラエンジニアの最終奥義を見せてやる」
俺は、焦げ臭い煙を上げるサーバーラックの背面に回り込み、震える手で極太の電源ケーブルをガッチリと握りしめた。
どんなにソフトウェアが暴走しようと、どんなに強大な魔法が展開されようと。
所詮、それらはすべて「物理的なハードウェア」の上で動いている仮想の事象にすぎない。
電気がなければ、システムは死ぬ。
それが、この宇宙の絶対的なルールだ。
「消えろ、クソ魔王。俺の定時を邪魔するなァァァァッ!!」
俺は、渾身の力を込めて、本番稼働中の物理サーバーのコンセントを引き抜いた。
『ブツンッ……』
鈍い音と共に、俺の顔を照らしていたモニターの光が完全に消失した。
離陸前のジェット機のように唸りを上げていた冷却ファンが、嘘のように静まり返る。
深夜のオフィスに、完全な静寂が訪れた。
「……やったか?」
薄暗いサーバー室で、俺は荒い息を吐きながら座り込んだ。
RAM上に一時展開されていたドラゴンの無限増殖プロセスは、電源の喪失と共にすべて揮発して消え去ったはずだ。
もちろん、異世界そのもの(メインシステム)に致命的なダメージがいかないよう、魔王の展開していた余剰プロセスだけが綺麗に吹き飛ぶタイミングを見計らって引っこ抜いた。
俺は心の中で10秒カウントし、再び電源ケーブルをコンセントに力強く差し込んだ。
『ピィッ……ヴゥゥゥゥゥン』
サーバーに再び命が吹き込まれる。
祈るような気持ちでコンソール画面を見つめていると、黒い画面に白い文字が次々と走り始めた。
『[System]:Booting...』
『[System]:データベースの整合性をチェックしています……[ OK ]』
'『[System]:システムを再開します』
……繋がれ。
俺は固唾を飲んで、デスクトップ画面の右下を凝視した。
『ピロンッ♪』
見慣れたチャットツールの通知音が、静かなオフィスに響き渡った。
『Goddess_Aurora(管理者):しゃ、社さん!? い、今、世界が一瞬真っ暗になって……!』
『社(保守担当):アウロラ! 魔王はどうなった!? ドラゴンは!?』
俺が食い気味にタイピングすると、数秒の空白のあと、女神から興奮に満ちた長文が送られてきた。
『Goddess_Aurora(管理者):ド、ドラゴンが全部消えました! 塵一つ残っていません!』
'『Goddess_Aurora(管理者):魔王も「えっ?」って顔で完全にフリーズしてて……その隙に、勇者くんの【ギガ・スラッシュ】が直撃しました! 魔王、光の粒子になって消滅しましたよ!!』
「……よっしゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺は誰もいないオフィスで、思わず両手を突き上げてガッツポーズをした。
『[Log]:魔王ゼロデイのプロセス(生命活動)の終了を確認しました』
『[Log]:異世界に平和が訪れました』
'『[Log]:これより、システムは通常稼働モードへ移行します』
画面のステータスランプは、すべて美しい緑色(正常)に点灯している。
熱暴走の危険も去り、CPUの温度も適正値まで下がっていた。
『Goddess_Aurora(管理者):社さん……! あなたは異世界の救世主です! 本当に、本当にありがとうございました! 今度、そっちの世界に女神の祝福を送りますね!(๑>◡<๑)』
『社(保守担当):祝福なんていらない。頼むから、もう二度と本番環境を直接いじらないでくれ。それが一番の報酬だ』
『Goddess_Aurora(管理者):あはは、善処します! それじゃ、勇者くんの凱旋パレードの準備があるので、私はこれで! 本当にお疲れ様でした、大賢者・社さん!』
チャットがログアウト状態になり、異世界とのWebhook連携も「待機状態」へと切り替わった。
終わった。
徹夜の死闘が、ついに幕を閉じたのだ。
「……帰って、寝よう」
俺は安堵のあまり、デスクに突っ伏した。
窓の外を見ると、いつの間にか東京の空は白み始めている。
定時退社はとっくに過ぎ去り、完全なる徹夜作業になってしまったが、世界を一つ救ったのだ。今日くらいは胸を張って帰れるだろう。
そう、すべては終わった。
――異世界の問題は。
数時間後。午前9時。
すっかり日が高く昇った、朝のオフィス。
「社ァァァァァァッ!! お前、何勝手なことしてくれてんだァァァァッ!!」
フロア中に響き渡る、システム運用部長の鼓膜を破らんばかりの怒声。
「深夜3時に本番サーバーが唐突にダウンしたって、クライアントからクレームの嵐だぞ!? ログを見たら、正常なシャットダウンプロセスすら踏んでない! まさかお前、電源ケーブルを物理的に引っこ抜いたのか!?」
「あ、いや、部長。これには深い訳がありまして……」
「言い訳は聞かん!! 承認フローも通さずに本番機を落とすエンジニアがどこにいる!!」
ごもっともである。
「異世界がハッカー魔王のDDoS攻撃で熱暴走しそうだったので、世界を救うために物理再起動しました」なんて、口が裂けても言えるわけがない。言ったら間違いなく産業医との面談がセッティングされる。
「お前、今日帰れると思うなよ! 事象の報告書と、クライアント全社への謝罪文、そして始末書だ! 山のように書いてもらうからな!!」
「……はいぃぃぃ……」
俺は、部長からドンッとデスクに叩きつけられた『始末書』の束を見つめながら、絶望のあまり天を仰いだ。
魔王の驚異は去った。
異世界には平和が訪れた。
だが。
限界インフラエンジニアの残業録は、今日も終わらない――。
(了)




