第8話 姿を変える刀
「アンナさん、しっかりしてください……! 今、治療します!」
エリアは急いでアンナのそばに駆け寄り、回復魔法をかけながら、心配そうに聞いた。「どうしてこんなに大きな怪我を……?」
その隣で、シュウは何も言わずにただじっと見ていた。
助けに来てくれた二人を見て、アイクは安心したのか、そのまま倒れてしまった。
「アイクさん!」
それを見たヒカリが、急いで走っていってアイクを支えた。
「私の家がすぐ近くにあります。二人をあそこへ運びましょう」とエリアが言った。
シュウの横を通り過ぎるとき、ヒカリに支えられたアイクが小さく声をかけた。
「……助けに来てくれて、ありがとう」
しかし、シュウはアイクを見て、冷たく言った。
「勘違いするな。俺の仕事は、ただ魔物を倒すことだけだ」
アイクはシュウを見て、少し微笑んだ。
「……ふっ、やっぱり勇者だな……」
それを見たヒカリは、小さな声で。「ゆう……勇者……」
そのとき、シュウはヒカリの手にある劇本の紙が、まだ光っていることに気づいた。
「……それは何だ?」とシュウが聞いた。
「は、はい!」ヒカリは緊張しながら答えた。「これは、さっき私たちが探していたものです」
シュウが【第三章】の文字を見ると、そこにはエリアと自分の名前がはっきりと書いてあった。彼は信じられないという顔をした。
みんなが移動しようとしたとき、ヒカリが戦いの跡の大きな穴の中を見て、何かに気づいた。
「皆さん、先に行っていてください! 私、すぐ追いかけますから!」
他のメンバーは頷き、先に怪我人を連れて歩き出した。
ヒカリが一人で穴のところへ戻ると、そこには一本の剣が残されていた。さっきまで魔物が使っていた刀だ。剣のまわりの悪い空気(邪気)は、もう消えている。
(アンナさんは、いつもアイクさんのために剣を描かなくちゃいけないから。これを使えば、これからは大変じゃなくなるよね)
しかし、ヒカリがその剣を持ち上げた瞬間、剣は形を変えて、なぜか「筒状の望遠鏡」になってしまった。
エリアの家に着いたあと、みんなはリビングに集まっていた。シュウだけは一人で庭に出て、月を見ながら何かを考えていた。
リビングでは、エリアが心配そうにアンナに聞いた。
「さっきは一体何があったの? 空に急に黒い雲が出てきたから急いで行ったんだけど、まさかあなたたちが戦っているなんて思わなかったわ」
アンナは少し息を整えてから、今までのことを詳しく説明した。
その紙を見ながら、エリアは不思議そうに言った。「『第三章』……でも、これにはどんな意味があるのかしら……?」
アンナは首を横に振って、静かに言った。「私にもわからないわ。でも、このまま探し続ければ、きっと手がかりが見つかると思う」
そのころ、ようやくヒカリも玄関に到着した。
「おい!」
暗闇から急に声をかけられ、ヒカリはびっくりして振り返った。それがシュウだとわかると、慌てて謝った。「ご、ごめんなさい! ど……どうしたんですか……?」
「お前に話がある」とシュウは言った。
シュウはヒカリを裏庭へ連れていった。シュウはヒカリの前に立っていたが、急に真面目な顔で五歩後ろに下がった。そして、こう聞いた。
「……お前、アンナの本当の正体を知ったんだろう。どう思っている?」
ヒカリは下を向いて少し考えてから、静かに言った。
「実は……私、自分はアンナさんが作ったキャラクターじゃないような気がするんです。最初にそれを知ったときは、私もすごく驚きました。でも今は、そんなことはあまり重要じゃない気がするんです。」
シュウは言った。「おかしいと思わないのか? この世界のたくさんのことは、彼女が作ったものかもしれないんだぞ。良いことも悪いことも。もしかしたら、あの魔物たちだって、彼女が作った一部かもしれない」
その言葉を聞いて、ヒカリは少し怒って言い返した。
「あなたはアンナさんに作られたキャラクターなのに、アンナさんのことを本当に理解しようとしたことがあるんですか?」
シュウは何も言わなかった。ヒカリは言い終わると、小さくお辞儀をして「お先に失礼します」と言い、明かりのついた家の中へ入っていった。裏庭には、シュウが一人きりで残された。
部屋に入ってきたヒカリの手には、一本の望遠鏡があった。
それを見て、三人は少し驚いた。ヒカリは気まずそうに説明した。「あ、あの……これ、さっきの魔物が残していった武器んです。これがあれば、これからはアンナさんがわざわざ新しい剣を描かなくてもいいと思って拾ったんですけど……」
三人が呆然としているのを見て、ヒカリは慌てて謝った。「ご、ごめんなさい! でも、なぜか私が持ったら、望遠鏡に変わっちゃって……」
アンナはニコッと笑って、ヒカリに言った。「謝らなくていいわよ! ありがとう、ヒカリ!」
そのとき、アイクが近くに行って、その望遠鏡を手に取った。
アイクが触れた瞬間、望遠鏡はまた形を変えて、鋭い日本刀に戻った。
その刀を見つめるアイクの頭の中に、突然、髪をポニーテールに結んだ、一人の女性の姿が浮かんできた。
考え込んでいるアイクを見て、アンナが心配そうに声をかけた。「アイク、大丈夫?」
アイクはハッと我に返り、「あ……うん、大丈夫です」と答えた。
座っていたエリアが、鼻をくんくんと動かした。さっきからずっと変な匂いがしているのが気になって、ついに聞いた。
「ねえ……みんな、何か変な匂いがしない?」
アンナは何でもないように平気な顔で言った。「ああ、それね。私たち、さっきまで下水道にいたのよ」
「げ……下水道……!?」エリアはびっくりして、気まずそうな顔で固まってしまった。
その話を聞いたヒカリが、急いで自分の服の袖の匂いを嗅ぎながら、心配そうに言った。「に、匂い……そんなに強いですか……?」
アンナとアイクは、同時に無言でコクコクと首を縦に振った。でも、アンナはすぐに優しく笑って言った。「大丈夫よ。私とアイクも、きっと同じ匂いだから」
そのあと、アンナはエリアを見て、真面目な顔で言った。
「エリア、私たちはもう行かなくちゃ。また助けてくれて、本当にありがとう」
エリアは少し寂しそうな顔をして、みんなを引き留めようとしたけれど、何と言えばいいかわからなかった。
アンナはそんなエリアの気持ちを察して、優しく言った。「いいのよ、気にしないで。……今の私には、まだ彼に『答え』をあげることはできないから」
みんなが玄関から出ようとしたそのとき、後ろから声がした。
「――待て」
アンナが振り返ると、そこには真剣な目をしたシュウが立っていた。アンナの顔が少し緊張する。
シュウは腕を組んだまま、冷たく言った。
「勇者としての仕事だ。今の状況は、俺たちが協力して解決するべきだ。明日の朝、ここで会議をする」
言うだけ言うと、彼はさっさと家の中へ戻っていった。
アンナはニコッと笑って頷き、みんなで歩き出した。
みんなはヒカリの家に到着した。それはあまり大きくない家だったけれど、アンナは家の中を見て、まるで科学者の実験室みたいだと、珍しそうにキョロキョロ見ていた。
ヒカリはまずアンナにお風呂に入るように言った。
そのあと、ヒカリがアイクの前でどうしていいかわからず困っていると、アイクは横にある物置のような部屋を見て、言った。
「僕は、この部屋を使わせてもらえれば大丈夫ですよ」
ヒカリは申し訳なさそうに謝まったけれど、アイクは手を振りながら言った。
「謝らないで!」
案内された空き部屋に入ると、そこは何の変哲もない、普通のシンプルな部屋だった。
彼はさっき手に入れたばかりの、あの日本刀を静かに取り出した。
刀をじっと見つめながら、彼は深く考え込んだ。それから、彼は床の上であぐらをかき、静かに両目を閉じた。
アイクが再びゆっくりと目を覚ましたとき。
パチパチと、耳元で薪が燃える音が聞こえてきた。遠くからは、子供たちが元気に走り回り、遊んでいる声が聞こえる。
空気の中には、どこか懐かしい、夕方の煙の匂いが漂っていた。
『お母さん! 伊織お姉ちゃんが、またうちの屋根を直してくれたよ!』
『ははは、あんたって子は、あんまりあの方に迷惑をかけちゃダメよ』
アイクは呆然と立ち尽くした。
目の前に広がっていたのは、何の変哲もない、どこまでも普通の小さな村の景色だった。
「ここは……」
彼はその見慣れた、懐かしい景色を見つめながら、小さな声で呟いた。
「……僕の世界だ」




