第六章 脚本の出現?!
アンナとアイクは同時に目を見開き、その場の空気は水を打ったように静まり返った。ヒカリは目を丸くし、自分の服の裾をぎゅっと握り締めたまま、緊張と崇拝、そして戸惑いの混ざった眼差しで眼前の二人の「伝説的な人物」を見つめている。
突如として訪れた窒息するような静寂が、場に妙な緊張感をもたらす。アイクが真っ先に沈黙を破り、アンナの方を向くと、優雅で紳士的な仕草で「お先にどうぞ」と手を差し伸べ、彼女に発言を促した。
アンナはそこでハッと我に返り、深く息を吸い込むと、できるだけ冷静で威厳のある声を意識してヒカリに問いかけた。
「……その通りよ。私がこの漫画の『作者』。でも、あなた一体どうしてそれを知っているの? それに、この下水道の壁にあった私たちの行動記録は一体……。まさか、あなたも現実世界からこっちに転移してきたの?」
「い、いいえ! 違います、違いますっ!!」ヒカリは顔を真っ白にして、激しく首を横に振った。「でも、その……説明するのがすごく難しくて……」
ヒカリは顎に手を当て、その場でオロオロと歩き回りながらブツブツと自言自語を始めだした。
「うう、どこから話し始めたらいいんだろう……。あ! そうだ、まずは自己紹介から? いやいや、私なんて全然重要じゃないし、どうしよう、どうすれば……!」
アイクは完全にパニックに陥って自爆寸前の彼女を見て、緊張をほぐすように穏やかな笑みを浮かべた。
「まずは落ち着いて、自己紹介から始めましょう。僕の名前はアイク。あなたの言う通り、別の物語の世界からやってきた冒険者です」
アンナもそれに続いて、自分の胸を叩いた。
「私はアンナ! わけのわからない理由で自分が描いた漫画の世界に落ちちゃって、今は元の世界に戻る方法を探しているの!」
二人の気さくな態度を見て、ヒカリはようやく少し肩の力を抜き、深々と頭を下げた。
「は、はい……よろしくお願いします! 私はヒカリっていいます。そして、この子はラル。ここで私が見つけた子なんです」
ヒカリがそう紹介した瞬間、全身の鱗甲がズタズタに裂けていた巨大な悪魔のワニ――ラルの巨体から、ポフッと淡い煙が立ち上った。そして、アンナが呆然と見守る前で、ラルの身体は見る見るうちに縮んでいき、あっという間に普通の犬ほどの大きさになって、円らな瞳でヒカリの足元に擦り寄ったのだ。
「……このまま街の中で生活したら大騒ぎになっちゃうので、ラルはここでしか暮らせないんです」ヒカリは小さくなったラルを愛おしそうに撫でながら、少し申し訳なさそうに説明した。「ここ、私たちの秘密基地みたいな場所なんです。皆さん、こちらへどうぞ」
ヒカリの案内で二人が奥へ進むと、そこには下水道のイメージとはかけ離れた空間が広がっていた。綺麗に整頓された小部屋には、座り心地の良さそうなソファとテーブルが置かれ、いくつかの温かみのあるランプが灯っている。全体がチリ一つなく整えられており、下水道の陰湿な空気は微塵もなく、まるで誰かの家のリビングルームのようだった。
アンナとアイクは長旅の疲れを癒すように、並んでソファに腰掛けた。
ヒカリは部屋の隅にある木箱から、一枚の少しシワの寄った紙切れを取り出し、二人の前に差し出した。
「実は……これは昨日、街の手前にある森林で拾ったものなんです」
ヒカリの瞳からすっと光が消え、過去を回想するように遠くを見つめながら、静かに語り始めた。
「昨日、森の中でいつものように実を採ったり花を摘んだりして歩いていたら、突然、この紙が何もない半空にフワッと浮き出てきたんです。不思議に思って近づいて見てみたら、そこにはびっしりと文章が書かれていて……。
そこにはこう書かれていました。『アンナは液晶タブレットを使用し、アイクを召喚する……』って。最初は、誰かが書いた短編小説か何かが落ちてきたのかなって思ったんです。でも、その後に『アイクはパンを食べている……街の手前に突如として魔物が現れる……』って続いていて。
じ、自分が幻でも見ているのかなって疑ったその瞬間、寂しい森林の奥からお二人の話し声が聞こえてきたんです! そして次の瞬間、お二人の背後から霊魂状態の巨大な鳥の魔物が猛然と飛び出してきて……。私は訳も分からず、本能的に近くの雑草の中に隠れました。
それから、私は物陰からじっと見ていたんですけど、目の前の男の人が『前方に街があるから行こう』って言って、お二人はそのまま旅立っていきました……。
手元にあるこの『小説』を読んで、私は頭が真っ白になりました。どうして現実の出来事が、ここに書かれていることと一言一句違わず同じなの? って。いえ……きっとただの偶然に違いない、そう思おうとしました。
確かめるために、私は先回りして小道から街のパン屋へ向かい、店外で息を潜めてお二人を待ちました。でも、どれだけ待ってもお二人の姿は見えなくて……。手元の小説を読んでも、やっぱりここには『二人は必ずやってくる』って書かれているのに。私は、やっぱり自分の考えすぎだったんだ、もう諦めてこの紙を捨てて帰ろう――そう思った、その時でした。
突如として、『シューッ!』という凄まじい音が響き渡ったんです!
見上げると、一筋の恐ろしい光が天を貫いていました。私は息を呑んで、慌てて手元の小説に目を落としました。するとそこには、たった今起きたことの続きが浮かび上がっていたんです。――『アイクは液晶タブレットの使用を試みる。一筋の光が天を貫いた……』。
その狂気的なまでの合致に、私は全身から冷汗が吹き出しました。それからは、手元にあるこの『劇本』に従って、お二人の後ろを丸一日ずっと尾行していたんです……。壁にあったあの記録も、私が劇本と照らし合わせながら記録したものです。ただ、この紙の文字は、『アイクが能力を使って地図を作成した』というところで、完全に途切れてしまっています」
ヒカリの告白が終わり、リビングルームは死のような沈黙に包まれた。
アンナとアイクは顔を見合わせ、二人の顔には信じられないという驚愕と、底知れない深刻さが浮かんでいた。
「それって、つまり……」アンナは手の中の紙片を見つめ、指先を微かに震わせた。「この世界には、私のタブレットだけじゃなくて……『劇本』そのものまで実体化して、あちこちに散らばっているってこと?」
アイクは拳を固く握り締め、その瞳の奥に深い懸念を宿した。
「信じがたい。もしそれが事実なら、僕たちの今の一挙一動、こうしてここで話していることすら、誰かの用意した未知の劇本に従っているだけなのでしょうか……。だとしたら、残りの劇本は、一体誰の手にあるというんだ……」
部屋を包む空気は鉛のように重くなり、息をするのも苦しいほどの圧迫感が満ちていく。
「あの……お話の途中、すみません……」
ヒカリの消え入りそうな声が、二人の沈思黙考を破った。彼女は少し好奇心の混ざった期待の眼差しで、アンナの手にある液晶タブレットを見つめている。
「もしアンナさんがこの世界の『作者』なのだとしたら……理論上、その手にあるタブレットを使えば……残りの劇本や、私たちに必要なものを直接『描き出す』ことができるんじゃないでしょうか……?」
その一言が、暗雲を切り裂くようにアンナの頭を直撃した。
アンナの曇っていた顔が一変し、先ほどの陰鬱さが嘘のように消え去る。彼女はソファから勢いよく立ち上がると、片手を腰に当て、得意満面に胸を張った。
「そうよ、ヒカリ! あなた本当に良いこと言うわね!」
アンナはペンを構え、誇らしげに二人に言い放つ。
「よーく見ておきなさい! これが『作者』の本物の実力よ!」
アンナは流れるような動作で、迷いなく画面の上に線を走らせていく。しかし、彼女がまさに描き終え、ペンを離そうとしたその刹那――。
「ピィィィィィィィィィ——————ッ!!!」
耳を劈くような、金属を引き裂くが如き爆音の警報が、タブレットの内部から容赦なく炸裂した! 画面が突如として禍々しい血の赤色に染まり、強烈な閃光を放つ。
「きゃあ……っ!」
アンナは悲鳴を上げることすら許されず、大脳を重鎚で殴られたような衝撃に襲われ、視界が瞬時に暗転した。身体の力が完全に抜け、彼女は一切の抵抗もできずに、そのまま崩れ落ちるように意識を失った。
「アンナさん!?」
常に警戒を怠っていなかったアイクの顔色が激変する。一瞬の判断で猛然と踏み込んだ彼は、アンナが地面に叩きつけられる直前、間一髪のところでその身体を腕の中に受け止めた。
「アンナ!! アンナ!! しっかりしてください、目を覚まして!」アイクは焦燥を露わにしながら、彼女の身体を激しく揺さぶる。
「わ、わあああっ! ごめんなさい! ごめんなさいっ!」
隣にいたヒカリは飛び上がってパニックになり、目から涙をボロボロと流しながら、慌ててラルに水を汲んでくるよう叫んだ。そして、気絶したアンナとアイクに向かって、狂ったように何度も何度も頭を下げて謝り続けた。
先ほどまでの温かみのあったリビングルームは、一瞬にして混沌の渦へと叩き落とされたのだった……。




