第32話 ピエンド村1
一行はアルプス山脈へ向かう旅路についた。
アンナは歩きながら手に持ったペンタブを見つめ、ペンを走らせつつ、時折もう片方の手を目の前にかざしては、じっくりと観察していた。
一行の先頭では、ヒカリとシュウが地図と睨めっこしながら今後のルートを分析しており、アイクは最後尾で静かにみんなの重い荷物を背負って歩いていた。
アンナの隣を歩いていたエリアは、その挙動をしばらく観察した後、耐えきれずに好奇心から尋ねた。
「アンナさん、なんでずっと自分の手を見つめてんの?」
「あ……手の構造って描くのホント難しいから、ちょっとじっくり観察しておこうと思って」アンナは顔も上げずに答えた。
エリアはパチクリと目を瞬かせ、からかうように言った。
「そっか~! じゃあ前に描いてた時はどう処理してたの? 過去の原稿とか参考にしないの?」
「前は……前は描けない角度があったら、全部キャラの身体の後ろに隠して誤魔化してたのよ……」アンナは頬をほんのり赤らめ、少し照れくさそうに小聲で呟いた。
「ぷっ……あはは!」創作者の知られざる秘密を聞いたエリアは、思わず吹き出して笑った。
その時、先頭を歩いていたシュウが足を止めた。
「前方に村が見える。行ってみよう」
一行は山裾にひっそりと佇むその村――『ピエンド』へと辿り着いた。
「ピエンド……? 何よこの村」アンナは村の入口にある古びた木札を見つめ、首をかしげた。
後ろを歩いていたアイクは、思わずツッコミを入れた。
「普通に考えたら、創作者であるアンナが私たち誰よりも詳しいはずじゃないのかい?」
「うるさいわね!」アンナはむくれて振り向くと、アイクの腕をバシッと叩いた。
ヒカリは地図と見比べながら、みんなに提案した。
「今日はここで一泊して、明日早朝から登山を始めましょう。残りの時間で、村の情報を集めておくと良さそうです」
「いい提案ね!」アンナも同意して頷いた。
アンナ、シュウ、エリアが宿の手配について話している間、アイクは静かにヒカリの傍らへと歩み寄り、懐からずっしりと重い日本刀を取り出して差し出した。
「これを受け取ってくれ」
ヒカリは驚き、目の前の刀を見つめて手を振った。
「日本刀……? アイクさん、私は刀なんてまるで使えませんよ」
「いいから、まず握ってみてくれ」アイクは受け取るよう促した。
ヒカリが半信半疑で手を伸ばし、柄に触れた瞬間――奇妙なことに、その日本刀は瞬時に形を歪め、金属製の双眼鏡へと姿を変えた。。
ヒカリは目を丸くした。
「こ……これって……以前、あの変化アイテムですか!?」
アイクは頷いた。
「持っていってくれ。今のアンナなら直接新しい武器や装備を生成できるし、私が持っていても持ち腐れになるからね」
ヒカリは手に持った双眼鏡を覗き込んでみたが、レンズに映る景色はどこか異質だった。
「うーん……単に遠くを見たり方角を確かめるための道具ではなさそうですね。一体どんな効果があるんだろう……」
アイクは無念そうに肩をすくめた。
「特別な機能なんてないのかもしれない。私自身が使っていた時も、効果はサッパリ分からなかったからね」
「そうですね……後でゆっくり調べてみることにします」ヒカリは頷き、大事そうに双眼鏡を鞄へと仕舞い込んだ。
そこへ、アンナがパタパタと走ってきて二人の前に躍り出た。
「よし! さっそく二手に分かれて情報収集に行こう!」
一行は素早く二つの班に分かれた。
【勇者組】シュウ、エリア:アルプス山脈と山頂の状況調査。
【情報組】ヒカリ、アンナ、アイク(とヒカリの頭の上のラル):村の背景調査。
情報組と別れたシュウとエリアは、石畳の敷かれた通りを歩いていた。
村の住民たちは珍しそうに二人視線を注いでいた――どうやらこの村には、滅多に外から人が訪れないらしい。ほどなくして、路地で遊んでいた子供たちがワッと集まってきて、目を輝かせた。
「お兄ちゃんたち、勇者様!? 」
「絶対そうだ! 勇者様に違いないよ!」
エリアは少し驚いたように子供たちを見下ろした。
「あら? なんで分かったの?」
シュウは眉をひそめ、すぐには答えなかった。すると、子供たちの後ろから、聞き慣れない声が響いた。
「あんたらも……『勇者の剣』を引き抜きに来たかい?」
シュウとエリアは同時に声の主へと振り返った。シュウは低い声で問い詰めた。
「誰だ……? 勇者の剣が、この場所にあるというのか?」
子供たちは顔を見合わせ、口々に騒ぎ立てた。
「そうだよ! 勇者の剣がここにあるなんてみんな知ってるよ! ただ誰も抜けないだけでさ!」
シュウはエリアに耳打ちした。
「この村……妙だな」
エリアは子供たちに向き直り、尋ねた。
「ねえ、その剣がどこにあるか知ってるの?」
子供たちは一斉に声を張り上げたが、その答えは支離滅裂だった。
「町の中だよ!」
「違うよ! ボクはこの前山の中で見たもん!」
「ウソつけ! 森の中の樹洞だよ!」
一人一人、言っている場所がまるで違っていた。
シュウの瞳に険しさが宿る。これは勇者の剣の特殊な防衛機構なのか、それとも条件を満たさなければ現れない隠し要素なのか……。
「お前たち……本当にその剣を直接見たことがあるのか?」シュウが尋ねる。
子供たちはぶんぶんと頷く者もいれば、大人から聞いた話だと首を振る者もおり、混迷を極める回答にシュウの疑惑は深まるばかりだった。
シュウが次の質問を投げる前に、子供たちは笑い声を上げながら、次々と走り去ってしまった。
エリアは去りゆく背中を見送り、首をかしげた。
「変ね……アタシたちが勇者だって、なんで一目で分かったのかしら。ここに来たことなんて一度もないはずなのに……」
「いや……エルフの村から来た旅人なら、勇者だと推測するのは難しくない」シュウはそう言いながら、懐から地図を広げた。
しかし、地図に目を落とした瞬間、シュウは言葉を失った。
「奇妙だな……」シュウの声に深い驚きが混じる。
「どうしたの、シュウ?」エリアが覗き込む。
シュウは地図のルートを指さした。
「この地図には……『ピエンド』という村の記載が一切ない。本来なら、ここはただの直線道路のはずだ」
エリアはパチクリと目を瞬かせた。
「まさか……アタシたち、道を間違えたの?」
「いや……」シュウは地図を見つめたままきっぱりと否定した。「一本道だった。道を間違えるはずがない。この村自体に……何か秘密があるはずだ」
「それに子供たちが言ってた『勇者の剣』の話もね……いよいよ訳が分からなくなってきたわ」エリアは苦笑した。
シュウは地図を仕舞い、頷いた。
「ああ……理解しがたい場所だ。だが少なくとも、ここには何かしらの手がかりがある。まずは剣の手がかりを探そう。アンナたちの方で村の真相が掴めるかもしれない」
「そうね……」エリアも同意した。
一方その頃。
アイク、アンナ、ヒカリ、そしてヒカリの頭に乗ったラルは、村の通りを歩いていた。
通りにはあまり人影がなく、数少ない村人がまばらに歩いているだけだった。歩みを進めながら、アイクは前々から気になっていた疑問を投げかけた。
「アンナ……」
「ん? なにい、アイク?」アンナが振り返る。
「ここの世界の元になった物語は、アンナが五年前に作ったものなんだろう?」
隣を歩くヒカリも興味深そうに視線を向けた。
「ええ、そうよ。それがどうかした?」アンナは当然のように答えた。
「なら……アンナ昔設定したけど、今では自分でも忘れてしまったもの存在する可能性はないかい?」
アンナは少し呆然とした後、顎に手を当てて本気で考え込んだ。
「あ……ぶっちゃけ、全然あり得るわね!」
「えっ!?」ヒカリが驚きに口をぽかんと開けた。
アンナは気まずそうに頭を掻いた
「だって五年前の原稿よ!? 私が当時設定したものの、ボツにしたり忘れたりした設定がこの世界に残ってても不思議じゃないじゃない……まあそんなことより! さっさと聞き込みしましょ!」
アイクとヒカリは顔を見合わせて頷いた。
その時、アンナは前方から歩いてくる華奢な人物に気づき、小走りで駆け寄った。
「すみませーん! ちょっといいですか?」
声をかけられた人物が振り向いた。アンナはてっきり少年だと思っていたが、振り返ったのは中性的で凛々しい雰囲気をまとった、ショートヘアの女性だった。
女性は瞬きをし、穏やかに尋ねた。
「どうしたんだい?」
三人が女性の前に並び立った。アンナは照れくさそうに笑った。
「突然ごめんなさい……私たち、この村に着いたばかりの旅人で、村のことを少し知りたくて」
アイクも地図を取り出し、補足した。
「実は、手元の王国地図にもこの村が載っていなくてね。少々特殊な場所のように感じられたんだ」
女性は話を聞くと、あっさりと頷いた。
「いいよ、もちろんさ! 僕はカノンっていうんだ」
ヒカリとアイクが手短に自己紹介を済ませた。そしてアンナの番になると、彼女はただ一言、
「私はアンナ。よろしくね」
とだけ名乗った。
隣で見ていたアイクは、心の中でひっそりと首をかしげた。
(いつもなら真っ先に威張って『この世界の創作者』だと名乗るのに……なぜ今回は言わなかったんだろう)
カノンは通りの先を指さした。
「ボクの家がすぐそこにあるんだ。立ち話もなんだし、中で話そうよ!」
三人は頷き、カノンの後に続いて歩き出した。
道中、ヒカリがそっとアンナに寄り添い、小声で尋ねた。
「アンナさん……今回はご自分が創作者であることを仰らなかったんですね」
「分かってるわよ。わざとよ、わざと」アンナは声を潜めて答えた。
アイクも顔を近づけ、意外そうに尋ねた。
「いつもなら誇らしげに宣言するじゃないか」
「ば……バカ!」アンナは頬を赤くし、むくれて小声で反論した。「大声で言ったってロクなことにならないじゃない! 」
アイクは過去の出来事を脳内で素早くリプレイし……心の中で静かに同意した。
(あ……確かに。大声で宣言した後は、大体ロクなことが起きてないな……)
「着いたよ!」カノンが振り返って声をかけた。
目の前に現れたのは、こぢんまりとした平屋のログハウスだった。大きくも小さくもなく、どこか温もりを感じさせる佇まいだ。
カノンの後に続いて扉をくぐると、室内は簡素ながらも清潔に整えられており、壁一面にぎっしりと並べられた古めかしい本棚と、幾つかの木製テーブルが目を引いた。
カノンは三人を席へと促し、温かいお茶を淹れて振る舞うと、微笑みながら尋ねた。
「それで? 何から聞きたいんだい?」




