第33話 ピエンド村2
三人は席につき、温かいお茶の香りが室内に広がる。
ヒカリが真っ先に切り出した。 「カノンさん、この村について教えていただけますか? どうして王国の地図に載っていないのか……それに、どうしてこんなに活気がなくて、静まり返っているんでしょうか?」
カノンはくすっと笑い、手をひらひらと振った。 「あはは、一度にそんなに聞かれても答えるのに時間がかかっちゃうよ。まずこの村のことだけどね、本当はごく普通の村なんだよ。ただたまたま地図に載ってないだけさ」
「えっ……そんな簡単な理由なの?」アンナは信じられないといった様子で小声で呟いた。
アイクはしばし考え込み、言葉を継いだ。 「論理的には筋が通るね。ここへ通じる道はエルフの村からの道一本だけで、その先は大きな山に阻まれている。それが地図に記載されなかった原因かもしれない」
カノンは目を輝かせ、微笑みながら感心した。 「へえ! 君、すごく頭がいいんだね! 他に何か聞きたいことはあるかい?」
三人は顔を見合わせ、アイクが尋ねた。 「この村に何か特別なものや、変わった出来事などはなさそうかな?」
「うーん……」カノンは顎に手を当てて少し考え、事も無げに言った。 「特別なものなんて別にないよ。美味しい食べ物と、勇者の剣、あとは最近突然現れるようになった『紙』くらいかな」
アンナたちは驚いて互いの顔を見合わせた。アンナは思わずツッコミを入れる。 「サラッととんでもない重要情報を混ぜ込んできたわね……」
ヒカリが慌てて身を乗り出した。 「勇者の剣……それに突然現れる紙……? その紙を見せていただくことはできますか?」
しかしカノンは首を振った。 「勇者の剣は山のどこかにあるけど、その紙は見せることができないんだ」
「どうしてですか?」ヒカリが尋ねる。
「だってその紙は『天の予言』だからね! 今は村の神殿と博物館に厳重に保管されているのさ」カノンは答えた。
「天の予言……?」アイクが眉をひそめる。
カノンは頷いた。 「そうだよ! 紙にはこれから起きることが正確に予言されていて、予言が成就すると紙自体が消えてなくなっちゃうんだ! でも……ボクは全部ノートに記録してあるよ」
そう言うと、カノンは立ち上がって自分の部屋へと向かい、ガチャガチャと物を探す音が響いた。
居間では、ヒカリ、アンナ、アイクの三人が顔を見合わせていた。アンナは声を潜めて感嘆する。 「まさか……こんな辺境の地にまでシナリオの断片が存在するなんてね………」
ヒカリはアンナに視線を向け、何かを考え込むような表情を浮かべた。 「アンナさん、一つずっと気になっていたことがあるんです」
「ん? なにい、ヒカリ?」アンナが尋ねる。
「これらの『シナリオ』の範囲は一体どこまで及んでいるんでしょうか? この世界に散らばった断片は、全部でどれほど存在するんですか?」
アンナは苦笑しながら肩をすくめた。 「その質問……正直、今の私たちには答えようがないわね」
「お待たせー!」
カノンが分厚い日記帳を抱えて戻ってきた。ページを開き、三人の前に突き出す。 「見てよ! 二日前、紙には『雨が降る』って書いてあって、本当に雨が降ったんだ! でも昨日見つかった紙にはこう書いてあった……『間もなく石像が村を襲うだろう。だが――』」
カノンは日記帳に引かれた下線を指さし、独り言のように読み上げた。 「『創……使う……消去』、ここで終わってるんだ。この『創』の後は何の文字なんだろうね? 後半が消えちゃってるんだよ……『創』って……もしかして『創造主』様のことかな!? やだ、もし本物の創造主様に会えちゃったらボクどうしよう~!」
カノンはまるで憧れの存在に巡り会ったかのように、一人で興奮し始めた。
一方、となりのアイクとヒカリは黙って顔を背け、二人は気まずそうにアンナへ視線を向けた。
二人にじっと見つめられ、アンナは顔を真っ赤にして小声で抗議した。 「……こっち見ないでよ……!」
アンナは焦りを誤魔化すように、気まずそうに小声で呟いた。 「それより……『消去を使う』って書いてあったじゃない……やばい、あんな神級スキル、私すでに使い切っちゃったんだけど! もしかして……だから魔王が石像を差し向けてきたのかな? ホント使わなきゃよかった……」
アイクが冷静に指摘した。 「だが予言に書いてあるのは『石像』の襲撃であって、魔王本人ではないよ」
「魔王が召喚した石像モンスターかもしれないじゃない! ああもう……」アンナは懊悩しながら頭を抱えた。
そこへカノンが振り向き、興奮気味に尋ねてきた。 「どうだい? すごい予言だろう!」
ヒカリは慌てて気まずい表情を引っ込め、問いかけた。 「ところで『勇者の剣』についてですが……場所はどうして分かったんですか? それも紙に書かれていたのですか?」
カノンは首を横に振った。 「ううん、勇者の剣は昔からここにあって、村みんなで守ってきた宝物みたいなものさ。幼い頃から『勇者の剣はこの山にある』って教えられてきたけど、なぜここにあるのか、最初に誰が見つけたのかは誰も知らないんだ」
アイクが続いて尋ねる。 「この村に村長はいるのかい?」
「村長はエルフの村の村長が兼任しているよ! ボクたちの物資の多くも、エルフの村から運ばれてくるんだ」カノンは爽やかに答えた。
ヒカリはそれを聞き、ボソッと隣の二人に呟いた。 「この村、本当に奇妙ですね……カノンさんは全ての質問に答えてくれているのに、よく考えると核心的なことは何一つ解決していない気がします」
困惑する三人を見て、カノンはくすくすと笑った。 「君たち、考えすぎだよ! たくさん冒険をしてきたから何事にも深い裏があるように感じるんだろうけど、事実は至って単純なものさ。難しく考えないでいいんだよ」
ヒカリは苦笑いを浮かべ、頷くしかなかった。 「は、はは……そう……ですね……」
カノンは三人を見つめ、提案した。 「まだ疑問があるなら、実際に『紙の展示館』に行ってみるかい?」
三人は顔を見合わせ、同時に頷いた。こうしてカノンの案内の下、木屋を後にしたのだった。
カノンの後に続いて歩いていくと、やがて立派で雄大な建物が見えてきた。
「ここが村の『予言博物館』だよ」カノンが紹介し、一行を連れて扉を押し開けた。
アンナは館内の装飾を見渡した。博物館全体が古典アテネ風の荘厳な建築様式で造られていた。壁や柱はシンプルな石白色で統一され、過度な装飾はなく、全体的に整然として美しく無駄のない空間だった。
カノンに導かれ、薄暗い展示室へと足を踏み入れる。真っ暗な部屋の中、展示された各々の紙の上には一筋のスポットライトが照射されており、紙を静かに照らし出していて、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「ここが見つかった予言の紙の展示室さ。村民によって回収された紙は、すべてここに保管されるんだ」カノンが説明する。
アンナは光の下へと歩み寄り、ガラスケースの中のボロボロになった紙の断片を見つめた。そこには確かに拙い筆致で『創……使う……消去』と書かれており、傍らには石像が村を襲うという文字も記されていた。
「アンナさん! こっちに来てこれを見てください!」展示室の奥から、ヒカリの驚愕の声が響いた。
アンナとアイクは慌てて駆け寄った。ヒカリは別のボロボロな紙を指さし、その瞳を大きく見開いていた。
アンナが覗き込むと、紙にはこう記されていた。『…エルスとジェナという二人の勇者が勇者の剣を引き抜き、村人たちは盛大な宴を開いて二人を祝った』
「エルス……と、ジェナ?」ヒカリはアンナに振り返り、切迫した様子で尋ねた。「アンナさん、この二人を知っていますか?」
アンナの瞳に困惑と迷いが走る。彼女は首を振った。 「わ……分からない。私の初期プロットには、絶対にこんなキャラクターはいなかったはずよ……」
ヒカリの表情に焦りが募る。 「じゃあ……この二人が先に勇者の剣を引き抜いてしまうということでしょうか? ならエリアさんやシュウさんはどうなるんですか!? 」
「待ちなよ、ヒカリ。結論を急ぎすぎだ」
ずっと沈黙を守っていたアイクが静かに割り込んだ。彼は腕を組み、冷徹で鋭い視線をその紙へと注いでいた。
「もしかすると……これらの予言の紙には、偽物が混ざっているのかもしれない」
「偽物……?」ヒカリとアンナは同時に言葉を失った。
アイクは頷き、不可解な点を指摘した。 「僕はこの展示室にあるすべての紙に目を通したが、奇妙なことに……僕たち『勇者パーティー』の誰一人として名前が載っていないんだ。エルフの村の件すら触れられていない。不自然だと思わないかい?」
カノンが興味津々に顔を寄せてきた。 「何の話をしているんだい? 何かおかしいところでも?」
アイクはカノンに向き直り、低い声で尋ねた。 「カノンさん、これらの紙は……一体誰が見つけてくるんだい?」
「ほとんどは村人が裏山の神殿付近で拾ってくるんだよ」カノンが答える。
「では、紙を届け出た者には報酬金が出るのかな?」アイクが追及する。
カノンはあっけらかんと頷いた。 「もちろんさ! 村の未来に関わる重大な予言なんだから、神殿からかなり手厚い報酬金が出るよ!」
アンナは思慮深げに紙を見つめた。 「だとしたら……報酬金目当てで、一部の村人が勝手に捏造した紙が混ざっている可能性はないかしら?」
カノンはお手上げといった風に肩をすくめた。 「それはボクには分からないなあ。予言の真偽を審査するのはボクじゃなくて、神殿の上層部だからね」
「神殿……か」アイクの瞳が細められた。
カノンは博物館の裏手を指さし、笑顔で尋ねた。 「神殿は博物館のすぐ裏手にあるよ。行ってみるかい?」
三人は顔を見合わせ、揃って頷いた。そしてカノンの案内に従い、神殿の方角へと歩みを進めたのだった。




