第31話 新たな旅立ち
夜、
アンナ、ヒカリ、エリア、そしてラルの三人は部屋の扉を押し開けた。そして、目の前に広がった光景に思わず目を見張った。
「す……すごーい! 広い! 窓からは森が一望できるよ!」アンナが思わず歓声をあげる。
「アンナさん! アンナさん! ちょっとこれ見てください!」ヒカリが部屋の奥で興奮気味に手を振っていた。
アンナが慌てて駆け寄ると、数秒後、さらに大きな歓声を上げた。「部屋の中にプライベート温泉があるんだけどー!?」
「あんたたち、小学生か……」興奮する二人を見て、エリアは思わず苦笑しながらツッコミを入れた。
部屋を一通り探検し終えると、アンナはふかふかの大きなベッドにバタンと倒れ込み、深々と息を吐いた。「はぁ〜、こんなにゆっくりできたの、いつぶりだろ……」そう呟いた直後、彼女のまぶたは重たく落ちていき、あっという間に寝息を立て始めた。
エリアはアンナの無防備な寝顔を見つめ、口元に優しい笑みを浮かべた。ヒカリは足音を殺して近づくと、そっと指先でアンナの頬を突つき、小声で感嘆を漏らした。「本当に不思議ですね……ここまで一緒に冒険してきて、この先どんな旅が待っているんだろう」
「そうね……」エリアの表情に、少しだけ陰りが差した。「でも、それは後になるほど試練も厳しくなるってことよね。勇者パーティーの一員なのに、アタシってあんまり役に立ててない気がして……本当、ごめん」
「そんなこと絶対ありません!」ヒカリは慌てて手を振って慰めた。「エリアさんはいつもみんなを守るために一生懸命頑張ってくれてます! 僕なんて、戦闘能力ゼロですから……」隣にいたラルもそれを聞いて、黙って頭を下げた
二人の姿を見たエリアは、慌てて落ち込むのをやめ、笑みを浮かべた。「言わないでよ、ヒカリだって凄く頑張ってるじゃない」
二人が互いを励まし合っていると、扉を押し開けてシュウが入ってきた。二人が互いを褒め合っているところに、首をかしげた。「お前たち……何やってんだ?」
同じ頃、月光が水のように降り注ぐ場所で。アイクはエイミと約束した場所へとやってきたが、あたりを見回しても人影はなかった。
「来たんだね」
突然、背後から声がした。アイクが振り返ると、思わず目を奪われて固まってしまった――エイミは仕立てのいい黒のロングドレスを身に纏い、裾を軽く持ち上げてクルリと半回転してみせた。黒のドレスが月光の下で波のように広がり、普段の凛々しい冒険者姿とは打って変わって、どこかエレガントで神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「見とれちゃった?」エイミは少し首を傾げ、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべた。「普段の冒険者装備に見慣れてるから、こういうの変かな?」
アイクは慌てて正気に戻り、気まずさを誤魔化すように二回ほど咳払いをした。「い、いや……変じゃないよ。ただ、思いもしなかったから。すごく似合ってるよ、エイミ」
褒め言葉を聞いたエイミの頬が、夜気の中でぽっと赤く染まった。彼女はアイクの隣に歩み寄り、静かに呟いた。「時間ってあっという間だね。気づけばもう行っちゃうんだもん。私、まだアイクのこと、ちゃんと知れてないのに。」
「きっとまた、ゆっくり話せる機会はあるさ」アイクは優しく慰めた。
エイミは微笑んで頷いた。アイクは彼女を見つめ、笑みを収めて尋ねた。「それで……今夜僕を呼び出したのは、伝えたいことがあったからなんだよね?」
「うん。今夜のうちに、胸の中にある気持ちを伝えておきたくて」エイミは前方の夜空を見つめ、まっすぐな声で言った。「最初は確かに……見た目から入ったんだけどね。でも、この過酷な冒険の中で、仲間のために命を懸けて決して諦めない姿や、一人で背負っている重い使命を見て……アイク、私もあなたみたいな人になりたいって思ったの」
アイクが驚きに目を見張り、口を開きかけた瞬間、エイミは先回りするようにポケットから一つのお守りを取り出し、彼の目の前へ差し出した。
「みんないなくなっちゃうって思ったら……どうしても。どんなことがあっても、私、アイクが帰ってくるの待ってるから!」と言い切ると、彼女の頬は真っ赤になり、慌てて早口で付け加えた。「あ……私の意味は、みんなが戻ってくるのを待ってるって意味だからね!」
アイクは手の中のお守りを見つめ、その瞳を少しだけ曇らせた。そして静かに首を振った。「君に知っておいてほしいことがあるんだ」
そう言うと、彼は鞄から以前凛から手に入れた『シナリオの断片』を取り出し、エイミへと手渡した。
エイミは紙に記された冷酷な文字と、そこに書かれた運命を凝視し、瞳を激しく揺らして驚愕の眼差しをアイクに向けた。長い沈黙の後、彼女は黙って紙を返し、静かにアイクの背後へと回り込んだ。
彼女は震える手を伸ばし、アイクの背中をそっと押し出した。その声は堪えきれない涙声で震えていた。「……行って」
アイクは深くうつむき、黙って歩みを進めた。彼女を一人、月光の下に残して。アイクが去った後、エイミはようやく溢れ出る感情を抑えきれなくなり、その場にしゃがみ込んで声を殺して泣きじゃくった。
翌朝。
「やばい! やばいよあああああ!」アンナは猛然とベッドから飛び起き、窓の外の眩しい朝光を見て慌てた様子で叫び声を上げた
ヒカリは目を擦りながら起き上がり、睡魔に襲われながら寝ぼけ眼で尋ねた。「アンナさん……どうしたんですか……?」
「私、まだ温泉に入ってないじゃんかーーー!」アンナが絶望に打ちひしがれて叫ぶ。
アンナの言葉の意味を理解したヒカルは、ヒカリは、苦笑いを浮かべると、そのままベッドへと倒れ込み、再び深い眠りについた。
数時間後、一行は村の入口に集まっていた。シルヴィアが静かに歩み寄り、みんなを見渡した。「全員揃いましたね?」
シュウが代表して感謝を述べた。「物資の援助、感謝する。目的地までの道中、これで十分凌げるはずだ」
シルヴィアは頷いた。「それでは、出発してください」
「待って――!」
一行が背を向けたその時、切羽詰まった叫び声が静寂を破った。見れば、エイミが息を切らしながら走ってきて、アイクの目の前で足を止めた。
仲間たちはそれを見ると、互いに顔を見合わせニヤリと微笑み合い、二人だけに空間を譲るように先へと歩みを進めた。
エイミは肩を上下させて息を整え、目元をほんのり赤くしながら、慌ただしい手つきでそのお守りをアイクのバックパックへしっかりと結びつけた。彼女は下唇を噛み締め、アイクをまっすぐ見つめた。
「もし、それが本当の結末なら……その運命を変えてみせてよ!」
言い終えるやいなや、彼女はアイクの返事を聞く間もなく回れ右をし、村の方へと駆け去っていった。
アイクは走り去る彼女の背中を見つめ、口元に力強い笑みを浮かべた。バックパックのお守りにそっと触れると、彼は踵を返し、大きな一歩を踏み出して仲間たちの背中を追いかけた。




