第29話 第五章開始
翌朝。
アイクが村長室の集会室の扉を押して入ると、そこに広がっていたのはどこか微笑ましくもコミカルな光景だった。ラルが大威張りでヒカリの頭の上にちょこんと座り、ヒカリはアンナの正面で、モデルとして大人しく座っていた。
「みんな、何してるんだ?」アイクは不思議そうに近寄りながら尋ねた。
「ヒカリを描いてるのよ! ちょっと待ってね、もうすぐ描き終わるから――」アンナは片手にペンタブを持ち、もう片方の手で素早く画面上に線を走らせていた。
およそ十分後、アンナは興奮気味にペンを置いた。
「よし! できたわ!」
ヒカリはアンナの隣に寄り添い、ペンタブに映し出された自分の姿を見て、穏やかに微笑んだ。
「わあ……アンナさん、すごく上手ですね」
しかし、ヒカリはふと不思議そうに画像の上に描かれた何本かの補助線を指さした。
「でも……この赤や緑の線は何ですか?」
「これはね……えっと、なんて説明すればいいのかな?」アンナは少し考えた後、目を輝かせて言った。「『基準点』って言うのよ! キャラクターの骨格や比率を取るためのもので、これがあるから目や肩がどこに来るべきか分かるの!」アンナは手振りを交えながら楽しそうにイラストの技術を語った。
ガチャ――
扉が再び開き、エリアが欠伸をしながら入ってきた。
「おはよー……」
彼女は自然な動作でアイクの隣に腰を下ろし、覗き込むように尋ねた。「みんな何してんの?」
「お絵描きだよ」アイクは微笑みながら答えた。
エリアは前へ身を乗り出してペンタブを覗き込み、目を輝かせた。
「へえ! これヒカリじゃない? めっちゃ似てる! アンナさん、今度私のことも描いてよ!」
三人が集まってキャッキャと楽しそうに雑談している姿を見て、アイクの口元も思わずゆるんだ。しかし直後、彼の瞳は少し陰りを帯び、心の中で静かに呟いた。
(この温かな時間が……一体いつまで続くんだろう。僕も早く強くならなきゃ……そうじゃなきゃ、危険が迫った時にみんなを守ることも、アンナを助けることもできない)
ガチャ――
扉が再び開くと、シュウとシルヴィアが前後して入ってきた。
「みんな揃っているか?」シュウが問いかけた。その声は昨夜に比べ、ずいぶんと冷静で落ち着いていた。
「うん、全員揃ってるよ」アイクが頷いて答える。
シルヴィアはみんなの前に歩み寄り、シュウはその隣に静かにたたずんだ。シルヴィアは深く頭を下げた。
「皆さま、この度の村でのご助力、本当にご苦労さまでした。村を代表して、心より感謝申し上げます」
感謝の言葉を述べた後、シュウは地図を取り出して机の上に広げ、指で示しながら言った。
「次の目的地だが、俺たちはこの道に沿って平原を突っ切るべきだと思う……」
アンナは覗き込むように地図を見つめ、平原の脇にそびえ立つ険しい高山に目を留め、小さく呟いた。
「横にあるこの高い山……この山はどうなの? たしか……アルプス山だっけ?」
シルヴィアは地図を一瞥し、首を振った。
「この山は非常に険しく荒涼としており、歴史的な記録を見ても探索する価値のあるものは何もないはずです」
ヒカリも地図を見ながら同意した。
「ええ、本来のルート通り平原を進めば、間もなく次の町に到着できるはずです」
「アルプス山……」アンナは深く考え込んだ。彼女は脳内で必死に過去の原稿の記憶を検索し、ハッと息をのんだ。
「なら、平原を進むことで決まり――」シュウが結論を出そうとしたその時。
「待って!」アンナが勢いよく手を挙げた。
全員が驚いたように彼女へ視線を向けた。
アンナはゴクリと唾を呑み込み、真剣な眼差しで言った。
「私が描いたのはエルフの村までだけど……でも確か、私が描いていた初期のラフ案では……『勇者の剣』はこのアルプス山に隠すつもりだったの!」
「冗談じゃないわよね、アンナさん?」エリアが驚いて尋ねた。
「本当よ! 間違いないわ!」アンナはきっぱりと言い放った。「でも……今の山がどうなっているかは保証できない。だって、そのエピソードを正式に原稿として描く前だったから……」
アイクはアンナを見つめ、真っ先に手を挙げて言った。
「勇者の剣の手がかりがあるなら、試してみる価値はあるんじゃないかな? 僕はアンナに一票」
エリアとヒカリも顔を見合わせ、続いて手を挙げた。
「アタシもアンナさんを信じる。アンナさんに一票!」
「僕もアンナさんに一票投じます」
シュウはみんなの決断を見つめ、少し思案した後に小さく頷いた。
「分かった……みんながそう決めたなら、アルプス山へ向かおう」
シルヴィアはそれを見て微笑んだ。
「では、皆さまの登山に必要な防寒具や物資を準備してまいりますね。ひとまず、話し合いはここまでとしましょうか」
「待ってください……シルヴィアさん」アイクは彼女を引き止め、期待を込めて尋ねた。「激しい戦いを経験した僕たちのような一般人でも……マナの訓練をすれば、みんなのように魔法を使えるようになりますか?」
シルヴィアは足を止め、少し考え込んだ後に無念そうに両手を広げた。
「それは……恐らく難しいかと。古代には古代には、一般人にマナを扱う術を教える方法があったのかもしれませんが…、そうした伝承は、とうの昔に失われてしまいました。現代において魔法を使えるかどうかは、ほぼ天性にかかっています……ですが、もし古代の秘術を知る大賢者に出会うことができれば、教えてもらえるかもしれません。私には何とも言えませんが……」
エリアは深々と伸びをし、笑いながら言った。
「はーい! 荷物の準備が整うまで、残りの時間でみんなでゆっくり息抜きしましょ!」
一行は互いに顔を見合わせ、集会室を後にした。
外に出ると、なんとエイミがすでに興奮気味に門の外で待機していた。
「アイク!!」エイミはアイクを見つけるなり駆け寄り、彼の腕を引っ張った。「もうすぐ出発しちゃうんでしょ! 急いで面白い場所に案内してあげる!」そう言うと、首をかしげるアイクを強引に連れ去ってしまった。
アンナはヒカリを振り返った。「ヒカリ、どこか行くの?」
「僕は地下図書館へもう一度行き、アルプス山と古代の勇者に関する資料を調べてみようと思います」ヒカリは穏やかに答えた。
そこへエリアも歩み寄り、興味深そうに尋ねた。
「ヒカリちゃん、鞄に入ってるパーティーメンバーの名前が浮かび上がる紙……次の章に更新された?」
「あ、そうだ!」ヒカリは急いで鞄から一枚の紙を取り出し、みんなで覗き込んだ。
そこには、ゆっくりと新しい文字が浮かび上がっていた。
【第五章:ヒカリ、ラル、エリア、シュウ、アイク、アンナ】
「どうやら……みんな戻ってきたみたいね」アンナは紙に書かれた名前を見つめ、呟いた。「この物語って……一体全部で何章まであるのかしら……」
その後、一同はその場で一時解散となった。
アンナは行く当てもなく一人街を彷徨い、気づけば昨日訪れたあの清涼な滝の傍へと足が向かっていた。
彼女は岩の上に腰掛け、シルヴィアから預かっていた二枚の「予言の紙」を、試しに自分のペンタブの画面の上に重ねて置いた。
ブワッ――!
ペンタブが突如として眩い淡青色の光を放ち、画面上に見たこともないシステムウィンドウがポップアップした。
【新機能が解放されました】
アンナは驚きで大きく目を見張り、画面に現れた新たなアイコンを見つめた。心臓が激しく脈打つ。
「これ……これって……」
画面の中央に浮き出ていたのは、白く光り輝く一つのマーク――
「消しゴム」




