第28話 アンナとシュウ
ヒカリはシュウの隣に腰を下ろし、目の前で赤々と燃えるたき火を見つめながら、両腕を伸ばして深々と伸びをした。
「こんなにゆっくり休めたの、久しぶりだな……」ヒカリは揺れる火の粉を見つめながら呟いた。「最近、ずっと緊迫した戦いが続いてたからな」
シュウは静かにため息をついた。彼は自分の握りしめた拳を見つめ、低い声で言った。
「だが……物語はまだ終わっていない。この先、何が待ち受けているかもわからない。精霊王が言っていた『勇者固有のスキル』……一体どんなものなんだ?」
「考えすぎだよ」ヒカリはシュウを元気づけようと、穏やかに微笑んだ。「今は先が見えなくても、進んでいけばきっと道は開けるさ」
シュウは首を振った。その声には重苦しいこだわりが混じっていた。
「考えすぎなんかじゃない……私はただ、これから起こることに備えておきたいだけだ。これまでの戦いを振り返ってみても、私は『勇者』と呼ばれているのに、実戦では負けてばかりだ」
「んー……確かアンナさんが前にも言ってただろ?」ヒカリは記憶を辿りながら言った。「シュウはまだ本当の力を出し切れていなくて、これから少しずつ強くなっていくって。だからそんなに焦らなくてもいいんじゃないか?」
シュウが依然として眉間にシワを寄せているのを見て、ヒカリは少し離れた場所を指さして提案した。
「なんなら……アンナさんに直接聞いてみたらどうだ?」
「アンナ……」
シュウはヒカリが指さした方を見た。遠くではアンナがアイクやエミと楽しそうに話しており、何の憂いもない無邪気な笑顔を見せていた。
シュウはその光景を見つめた後、再びうつむき、押し黙った。
「どうしたんだ?」ヒカリは異変に気づき、静かに尋ねた。「君とアンナさんの間になにか……」
「私は……私の人生には意味があると思っていた」
シュウはうつむいたまま、抑え込もうとしても漏れ出てしまう怒りと苦痛を滲ませて呟いた。
「村が魔族に滅ぼされ、来る日も来る日も狂ったように剣を振るった……私が生きてきたすべては、いつか魔族に復讐するためだと信じていた。だが、あの日……アンナに出会うまでは」
シュウは拳を強く握りしめた。指の関節が白く浮き上がる。
「あの軽い、呑気な態度を見て……私がこれまで耐え抜いてきた苦難も覚悟も、すべて否定されたような気がしたんだ」
シュウはヒカリの方を向いた。その瞳は血走り、押し殺した声で吠えた。
「私の世界は……彼女が思いつきで書いた『物語』に過ぎないっていうのか?! この悲惨な運命を……実際に背負わなければならなかったのは、私なんだぞ!」
ヒカリは黙ってシュウを見つめ、途中で口を挟むことなく、彼が胸の奥に溜め込んでいた苦しみを吐き出すのを、ただ黙って聞いていた。
吐き出し終えたシュウはヒカリを一目見ると、目を閉じ、深くため息をついた。
二人はたき火の前でしばらく沈黙した。やがて、ヒカリが静かに口を開いた。
「私だって……自分の歩んできた苦難の道のりが、ただの他人の書きつけたシナリオだったなんて知らされたら、受け入れられないと思う。最初は、この世界の『作者』がここに来たのに特別な力を持っていないことに驚いたよ」
ヒカリは首を巡らせ、遠くのアンナを見つめた。
「アンナさんは時々、妙な行動をとるし、過ちも犯す。でもこの旅を通して分かったんだ……アンナさんなりに、自分が引き起こしてしまった問題を必死に償おうとしてる。だから……もう一度、アンナさんと話してみないか?」
シュウは答えず、ただじっと地面を見つめていた。
ヒカリはそれ以上何も言わず、立ち上がって服の埃を払うと、まっすぐアンナのもとへ歩いて行った。
「アンナさん! お疲れ様です!」ヒカリは笑顔で声をかけた。
「あ! ヒカリ!」アンナは陽気に手招きし、焼き立ての料理を差し出した。「これ食べてみて! 肉汁がすごくて、口の中でとろけるの! エイミがおすすめしてくれたんだけど、本当に美味しいよ!!」
「ありがとうございます。ですが、アンナさん……」ヒカリは料理を受け取り、話を本題に戻そうとした。
しかしアンナはヒカリの真剣な雰囲気に気づかず、興奮気味に隣の飲み物を勧め続けた。
「アンナさん!」ヒカリは声を強めて彼女の言葉を遮った。
「え……どうしたの!?」アンナは驚いてヒカリを見つめた。
ヒカリは真摯な眼差しで言った。
「シュウさんが、話したいことがあるそうです……」
「シュウ……!?」
アンナの表情が一瞬で強張った、不安そうに隣のアイクに視線を送った。アイクは優しく頷き、行ってこいと言わんばかりに微笑んだ。
「わ……わかったわ」
アンナは冷や汗をかきながら、心の中で焦っていた。
(な、なんで急に……? ていうか、前の脚本の件があってから、すごく気まずいんだけど……)
「あ……」
アンナは意を決してシュウの隣に腰を下ろした。シュウは彼女を見ようとせず、ただ黙って足元の土を見つめていた。
少し離れた木陰の草むらでは、エミ、アイク、ヒカリの三人が息をひそめて、静まり返った二人を凝視していた。
「なになに、あの二人? 一言も喋らないじゃない………」エミは顎に手を当てて推測した。「ま、まさか……これが噂の『恋の気まずさ』ってやつ!?」
「「ちがう。」」
ヒカルとアイクは、ほぼ同時にエミの妄想を否定した,険しい表情で遠くを見つめた。
空気が凍りつきそうになったその時、ようやくシュウが口を開いた。その声は低く、痛切な追憶を抱えていた。
「私が昔暮らしていた村は……美しい谷の底にあった。住民たちは毎日助け合い、鍛錬をする者もいれば、畑を耕す者もいた。家族も、親しい仲間もそこにいた……」
シュウの声が微かに震え、両手で膝の布地を強く掴んだ。
「だから、魔族がやって来て町を破壊し尽くしたあの日……唯一の生き残りとなった私は、狂ったように剣を振り続けた。いつか奴らに復讐することだけを心の支えにしてな」
シュウは硬く拳を握りしめ、関節を白くさせた。
「だが……お前と出会って、知ったんだ。それらすべてが……お前の思いつきで決められたことだったと」
シュウはゆっくりと顔を上げた。その瞳にはいつもの冷静さはなく、溢れんばかりの悲しみと絶望が宿っていた。彼はアンナを強く見つめ、擦れた声で問い詰めた。
「なら……私がこれまで死に物狂いで、傷だらけになりながら生き抜いてきた意味は……一体何だったんだ?」
たき火がぱちぱちと音を立て、二人の影を長く伸ばした。
アンナは深く息を吸い込み、顔を上げた。その瞳には強い真摯さと罪悪感が満ちていた。
「あなたが背負ってきた苦難を、私がどうこう言える立場じゃない……シュウ。あの悲劇を書いた私に、無理に許してほしいなんて言わない。でも、私は自分の行動で、私が引き起こしてしまったことを絶対に償ってみせるから!」
周囲では勝利を祝う歓声が続いていたが、まるで二人だけの空間からは遮断されているかのようだった。
草むらの脇では、エリアが料理を口に頬張りながら三人のもとに歩み寄ってきた。ヒカリ、アイク、エミの三人が身を潜めて前方を見つめているのを見て、不思議そうに覗き込んだ。
「どうしたの?」
三人は跳ね上がるほど驚き、同時に振り返って「シーッ!」と口に指を当てた。エリアは視線を追うと、前方に重苦しい空気のアンナとシュウがいることに気づいた。
「なるほどね……」エリアは声をひそめて呟き、一緒に屈み込んだ。
たき火の前で、シュウはアンナの言葉を聞いても眼差しを揺らがせることなく、低く言い放った。
「なら……この物語を終わらせろ」
「え……?」アンナは意表を突かれたように顔を上げた。
「本当に償いたいと思うなら、この物語を……完全に終わらせてみせろ」
シュウはアンナを厳しく見つめ、それだけを言い残すと立ち上がり、一度も振り返ることなく賑やかなたき火の光の中へと歩み去った。
アンナは遠ざかるシュウの背中を見つめながら、暗がりの中に一人ぽつんと座り込み、静かにうつむいてポロポロと涙をこぼした。
草むらの四人は顔を見合わせた。アイクは耐えきれず、アンナの元へ駆け寄ろうとしたが、踏み出した瞬間、ヒカリの手によって制せられた。
「待ってください、アイクさん……」ヒカリは静かに言った。「今は……アンナさんを一人にしてあげましょう」
一方、宴の端を一人で歩いていたシュウは、向かいから歩いてきたシルヴィアに呼び止められた。
「よお、シュウ! どうした、随分と厳しい顔をしてるじゃないか」シルヴィアはからかうように尋ねた。
「……何でもない」シュウは胸の波立ちを強引に抑え込み、首を振った。
シルヴィアは腕を組み、真面目な顔つきになった。
「そろそろ皆を集めようと思ってね。次に目指すべき場所について話し合わないとだろ?」
シュウは頷き、それから小さくため息をついて、遠くでたき火を囲んで歓声を上げる仲間たちを見やった。
「ああ……だが今夜は、みんなをもう少し休ませてやってくれ」




