第27話 私からは『ピース』をあげよう
一方、シルヴィアとシュウはエルフ王ラントに猛烈な攻撃を仕掛けていた。
後方のエリアはシルヴィア、シュウ、エミ、ジョエルの姿を鋭い視線で見守っている。仲間がダメージを受けるたび、すかさず杖を振りかざして回復魔法を施し、体力を補給していた。
ラントが何度何度もマナの剣を再生成する様子を見ながら、シルヴィアは思考を巡らせていた。
(なぜ……彼は何度も新しいマナの剣を作り直しているのだろう?)
シュウとラントが刃を交えた瞬間、シルヴィアはラントの動作を模倣しようと試みたが、周囲のマナはまったく集まってこなかった。
(だめ……まだ足りない!)
シルヴィアはラントの前へと躍り出ると、狂おしいほどの剣術戦を繰り広げた。二人はともに、エルフ族の最高剣技――「剣の舞」を繰り出していた。シュウの目には、まるで二匹の蝶が舞い踊りながら、激しく攻撃と防御を交わし合っているように映っていた。
シルヴィアは一瞬の隙を突いてラントを蹴り飛ばした。ラントは手にしていた剣を捨て、再びマナの剣を生成する。今度こそ、シルヴィアはラントの動作を集中して観察し、分析した。
(姿勢を低く……手に力を集めて……まるで空中に刃を抜き放つかのように……)
シルヴィア自身ももう一度試してみたが、集まりかけたマナはすぐに霧散し、失敗に終わった。
(ダメか……なら、もう一度見る!)
「シュウ!いくよ!」
シルヴィアが再び飛び出そうとしたその時、シュウが彼女の手を掴んで引き止めた。
「ど……どうしたの?」シルヴィアが困惑して尋ねる。
シュウは手を放し、落ち着いた声で言った。
「焦りすぎだ。冷静さを保たないと、あいつには勝てない」
シルヴィアはシュウを見つめ、頷いた。シュウは問いかける。
「マナの剣を作り出したいんだろ?あいつを後退させたら僕が前に立つ。その隙に試すといい」
「でも、それじゃあなたが……」
「大丈夫だ」シュウは彼女の言葉を遮り、信頼に満ちた眼差しを向けた。「僕を信じろ」
シルヴィアは強く頷くと、剣を固く握り直して突き進んだ。シュウがその後に続く!
(ガァン——!)
シルヴィアの剣とラントのマナの剣が激しくぶつかり合う。背後のシュウは素早く片手を胸の前で握りしめた。
「初級ライトニング!」
放たれた稲妻を、ラントはマナの剣でその魔法を吸収すると、役目を終えた剣を再び投げ捨てた
衝撃を利用してシュウの背後へと退いたシルヴィアは、再び眼前のラントの動きを凝視した。
(姿勢を低く……手のひらに力を集中させて……)
かすかなマナがシルヴィアの周りに集まりかけたが、またしてもすぐに拡散してしまう。
ラントは一言も発さずシルヴィアを見つめ……やがてシュウへと視線を移すと、静かに床へと目を落とした。
その不審な様子に、シュウは首をかしげる。
(こいつ……急にどうしたんだ……?)
一方その頃、エミとジョエルの二人は次々と湧き出す魔物を必死に退けていた。
「これ、ちょっとヤバいかも……あとどれくらい持つか……」エミが息を荒らげながら漏らす。
「ああ……けど、やるしかないだろ!」ジョエルも武器を握り直す。
シュウはちらりとシルヴィアの方を振り返った。
シルヴィアは深く下を向き、自省していた。
(私は何かを根本的に間違えている……彼の動きを真似しているだけで、その裏にある意味を理解していなかった……)
「シュウ!気をつけて、来るわ!」エリアが大声で叫ぶ。
ラントは目にも留まらぬ速度でシュウの目前へと肉薄した!エリアが咄嗟に杖を振る。
「ライトシールド!」
光の盾がラントの前に立ちはだかったが、ラントは巧みな身のこなしで右へと躍り出ると、盾を回避してシュウへ斬りかかった!シュウは千鈞一髪のところで剣で受け止めたが、ラントのマナの剣はまるで実体を持たないかのようにシュウの剣身をすり抜け、じわじわと胸元へ迫ってくる!
「くっ……!」
シュウは間一髪で後方へと跳んだ。ラントは再び剣を捨て、新しいマナの剣を精製する。
その光景を目にした瞬間、後方にいたシルヴィアがふっと笑い声を上げた。シュウとエリアは呆然として彼女を見る。
「わかった……ハハハ!なんだ、こんなに簡単なことだったなんて……!」シルヴィアが笑みを浮かべる。
「分かったのか?」シュウが驚き混じりに尋ねる。
「ええ、もちろん」シルヴィアは自信に満ちた笑みを浮かべた。
シルヴィアの放つ自信を感じ取ったのか、ラントは突如マナを伸ばし、エミたちが戦う側の黒い邪気と接続させた。邪気が猛烈に膨らみ、そこから巨木のような腕がぬっと伸び出てくる!
「あ、あの巨大な手……まさか、あのミノタウロス!?」エミが悲鳴を上げる。
「まずい……抑え込みがきかない!」ジョエルが歯を食いしばる。
「シュウ!後ろ!」エリアが叫んだ。
暗雲のごとき邪気の中から、凶暴な咆哮が響き渡る。
「ハハハ!戦いの時間だ!」
巨躯を揺らして邪気の中から姿を現したミノタウロスは、蔑むような視線で一同を見下ろした。
「またお前たちか。今度はどう負けてくれるんだ?」
「ジョエル、エミ、下がって」
シルヴィアは静かに言い放つと、ゆっくりとミノタウロスの前へと歩み出た。
「これはこれは、村長様じゃないか」ミノタウロスは見下すように笑った。「おとなしく降伏するなら、魔王様に頼んでこの地を治め続ける権利くらいは『授けて』やってもいいんだぜ? どうだ?」
シルヴィアは氷のように冷ややかな声で短く返した。
「なら……私からは『ピース』をあげよう」
「!?」
ミノタウロスは一瞬で目を剥いた!彼の周囲の空気が激しい衝撃波となって弾け飛ぶ!ミノタウロスは大斧を構え、全身のエネルギーを凝縮させてシルヴィアへと突進した!
「危ない——!」誰もが叫んだ。
シルヴィアはただ穏やかに歩みを進め、空間から滑らかに純粋なマナの長剣を抜き放つと、一筋の残影となってミノタウロスとすれ違った。
(シュッ——!)
一瞬の交錯。
二人は背中合わせのまま立ち尽くす。二秒の静寂の後——
シルヴィアが手を放すと、手にしていたマナの剣は光の粒子となって空中に消えていった。そして直後、ミノタウロスの巨躯が地響きを立てて崩れ落ちた。
シュウは消えてゆくマナの剣を、ただ呆然と見つめていた……
同時刻、もう一つの戦場——
キリュウを覆っていた邪気が完全に消え去ると、空間全体に無数の亀裂が走り、やがてガラスのように砕け散った。
「アイク!」
突如現れたアイクの姿を目にし、アンナは駆け寄って強く抱きしめた。
「アイク、おかえりなさい!」
エリア、エミ、ジョエル、そしてヒカリも取り囲むように集まってきた。
ヒカリは眼前にたたずむキリュウの、穏やかな微笑みに目をとめ、ぽつりと呟いた。
「彼女……笑ってる」
シュウはシルヴィアの隣に歩み寄り、苦笑いを浮かべた。
「大苦戦するかと思ったら、一撃で仕留めちゃうなんてな」
シルヴィアは微笑んだ。
「すべての戦いが、派手で壮絶である必要はないでしょう?」
そう言って彼女が振り向くと、ようやく解放されるかのように、ラントの身体から淡い光が溢れ始めた。
ラントが前に踏み出すと、シュウは警戒して剣を構えたが、シルヴィアがそっと手を伸ばしてシュウの剣を押し下げた。
「かつてのエルフの王よ……あなたの目的は何だったのですか?」シルヴィアが尋ねる。
光を纏うラントが静かに口を開いた。
「時間がない……魔王軍に敗れて以来、私はここに囚われていた。ある制約のせいで、私が知る全てを他者に伝えることができなかったのだ……お前たちに会うまでは」
ラントはシュウに視線を向け、真剣な眼差しで告げた。
「勇者よ、お前の修練はまだ足りぬ。勇者のスキルを見出し、あの伝説の聖剣を手にせねば、魔王を倒すことはできん。誰が魔王を打倒し得るのかずっと考えていたが……ついに見つけることができた」
ラントの姿が光の粒子となって消えていく傍らで、キリュウも消滅の直前、アイクを見つめて言った。
「あなたが学んだことを、決して忘れないで……」
そう言い残すと、空中から一枚の古びた紙切れがひらりと落ちてきた。
アンナが振り向いて皆と喜び合っている隙に、イオリが素早くその紙を拾い上げた。一通り目を通すと、イオリは呟いた。
「なるほど……そういうことね」
「どうしたんだ?」アイクが不思議そうに尋ねる。
イオリは全身に淡い青い光を纏いながら、何も言わずにその紙をアイクの手へと握らせ、そのまま光の粉となって空気中に消えていった。
アイクが手に残された紙に目を落とす——それは『シナリオ』だった……
アイクの表情が瞬時に険しくなる。彼は周囲に気づかれる前に、素早い手つきでそれをポケットへと仕舞い込んだ。
シルヴィアは皆を呼び寄せ、小さな輪を作った。
「本当に不思議な話なんだけど……」
シルヴィアはアンナに向かって言うと、ポケットから数枚の紙切れを取り出して手渡した。
アンナはそれを受け取り、目を見開く。
「これって……シナリオ……? しかも3枚もあるの!?」
ヒカリも覗き込み、息をのんだ。
「すごい……私たちがさっきしたことと……まったく同じことが書かれてる……」
シルヴィアは重々しく口を開いた。
「城門前での戦いで私が敢えて動かなかったのは、紙に書かれた運命を変えられるか試すためだったの。でも不思議なことに、私が何をどう変えようとしても、結末は紙に書いてある通りになってしまう」
ジョエルが膝を打った。
「道理で……村長が城門前で手を出さなかったのは、紙に書かれた通りの結末になるか確かめるためだったのか」
エリアが溜め息をつく。
「でも今回の戦いを見る限り、私たちの力はまだまだ不足しているわ……今のままじゃ魔王には勝てない」
「ひとまず街に戻ってから話し合おう」シュウが提案した。
皆が頷き、迷宮の出口に向かって歩き出す。
アンナがふと振り向くと、シルヴィア、エミ、ジョエルの三人がその場に残っていた。彼らは静かに目を閉じ、胸の前で手を合わせ、かつての伝説の国王と女王のために静かな祈りを捧げていた。
一行が街へ戻ると、魔物を退け迷宮の危機を脱した知らせはすでに村中に広まっていた。歓喜の声が響き渡り、今夜は盛大な宴が開かれることとなった。
夜が訪れ、広場の中央には大きなかがり火が焚かれた。歓声、杯の重なり合う音、そして楽器の調べが交錯し、戦いの疲労と陰りを吹き飛ばしていく。
香ばしい肉の匂いが漂う火の粉の舞う前で、ジョエルは高々と置かれた木箱の上に立ち、集まった村民たちを前に自分の「輝かしい戦功」を熱弁していた。両手を大げさに振って魔物の咆哮を真似てみせ、周囲の村人たちから歓声と拍手を浴びている。
長椅子の傍らでは、エミが少し照れくさそうに、けれど嬉しそうにアイクの隣へと寄り添っていた。焼き立ての串焼きを手に、「あーん」して食べさせようと目を輝かせている。困惑してあたふたするアイクの姿に、隣に座るアンナは口元を押さえてクスクスと微笑み、微笑ましい二人を温かく見守っていた。
そしてエリアといえば——彼女の前のテーブルには、すでに高く積み上げられた大鉢と空き皿の山ができていた。それにもかかわらず、彼女は優雅に、しかし圧倒的な勢いで料理を平らげ続けており、運ばれてくる何十枚もの皿を前に留まる気配すら見せない。通りかかる給仕の者たちは開いた口が塞がらない様子だった。
そんな賑やかな喧騒から少し離れた場所で、シュウは一人、かがり火の光が届く木箱に腰掛けていた。揺らめく火の光が彼の顔を浮き彫りにし、影を落としている。
楽しそうに笑い合う仲間たちの姿を見つめながら、シュウの口元にはどこか重く、静かな笑みが浮かんでいた。
「どうしたの?」
澄んだ声が横からかかった。シュウが振り向くと、両手にジュースのグラスを持ったヒカリが、ゆっくりと歩み寄ってくるところだった。




