第26話 アイク vs 煇琉 3
アンナとヒカリは、煇琉の体から爆発的に噴き出す黒々とした邪気を見つめていた。周囲の空気すら凍りつくような冷たく狂暴な圧迫感に、ヒカリは生唾を飲み込み、焦燥を露わにしてアンナを振り返った。
「どうしよう……アンナさん!?」
「マナ……この技には、絶対に何か弱点か、突破するための鍵があるはず……」アンナは歯を食いしばり、必死に思考を巡らせる。
ヒカリはハッとして声を張り上げた。
「待って! マナを使えるのはエルフだけなんて、誰も言ってないよ! アンナさんはこの世界の『作者』なんだよ!?」
アンナは意外そうに目を見開き、首を振った。
「い、いや……そんなの無理じゃない……? 私はただの漫画家だよ……?」
「作者の力って、『想像』を具現化するものなんでしょう!? だったら、マナだって使えるはずだよ!」ヒカリは揺るぎない信念を込めて反駁した。
「マナだって、生命力やこの世界そのものを構成する力の一部なんだから。アンナさんが作った世界なら、アンナさんに使えないはずがないよ!」
ヒカリのまっすぐで強い視線を受け、アンナの心が激しく揺さぶられた。彼女は深く息を吸い込み、力強く頷いた。
「う、うん……分かった、やってみる!」
邪気混じりの猛攻を間一髪で回避しながら、アイクも二人の会話を耳にしていた。彼は煇琉を鋭く見据えた。
(マナ……人によって扱い方が違うということか。)
(まったく、手厳しい相手だな……僕がアンナさんのために、もっと時間を稼がなければ!)
アンナはその場に座り込み、空気中のマナを感じ取り、掌握しようと試み始めた。ヒカリは傍らにしゃがみ込み、息を殺してアンナの集中を邪魔しないよう見守った
アンナは静かに目を閉じ、ペンを強く握りしめると、全神経を筆先へと注ぎ込んでマナを纏わせようとした。
「ど、どう……!?」
ヒカリは筆先を凝視し、失望を隠せずに首を振った。
「ううん……まだ! もっと集中してみて!」
(もっと……集中……?)
(ぬぬぬぬ……!)
数秒後、アンナは力なく肩を落とした。
「全然ダメだ……! 難しすぎるよ……こんなのやっぱりエルフ族にしか使えないんじゃ……」
「もう一回試してみて! お願い!」ヒカリが諦めずに励ます。
猛攻を凌ぐアイクも声を張り上げた。
「アンナさん、もう一度やってみてください! 僕のことは気にしなくて大丈夫です!」
みんなの言葉に背中を押され、アンナは深呼吸をして再び目を閉じた。雑念を捨て、残された精神力のすべてを筆先へと注ぎ込む——
奇跡が起きた。ヒカリが驚愕に目を見開く。アンナの握る筆先から、微かに淡い青い光が揺らめき始めたのだ!
「マナ……!?」ヒカリは思わず歓声を上げた!
しかしその光はほんの一瞬で儚く消え去り、アンナは地面に手を突いて肩を激しく上下させ、荒い息を吐き出した。
「今、確かに青い光が見えたよ! アンナさん!!」ヒカリが興奮気味に叫ぶ。「マナって、一体どんな感覚なの!?」
アンナは息を切らしながら苦笑いを浮かべた。
「す……すごく不思議な感覚……体力が全部、集中力に持っていかれちゃったみたい。……はぁ、はぁ……まだ完全には感覚を掴みきれてないよ……」
遠くのアイクはその一瞬の青い光を見逃さなかった。彼は密かに口元を綻ばせた。
(成功した……!)
直後、煇琉の邪気が再び激しく爆発! 漆黒の波紋となってアイクへと押し寄せる。アイクは素早く後方へ跳び退きながら、長剣を振るって邪気を斬り払う。
すると煇琉は両手を掲げ、周囲に渦巻く邪気を凝縮させた、一本の漆黒の長剣へと変貌させた!
(轟——!)
黒霧を切り裂き、目にも留まらぬ神速でアイクの眼前に迫る!
「!?」
アイクは咄嗟に身構え、剣を受け止めた!
(鏘————!!)
金属音が響き渡る! 重斬を受け止めたアイクは、隙を突いて力強い蹴りを放つ!
煇琉は人間離れした身のこなしで、滑るように死角へと回り込んだ。アイクは本能的に回し蹴りを放つが——
(熱っ!?)
脚に伝わってきたのは肉体の手応えではなく、皮膚を灼く狂暴な邪気の熱だった!
(邪気の残像……!?)
体勢の崩れた一瞬を捉え、煇琉の邪気の剣が横一文字に閃く! 巨大な半月形の衝撃波が炸裂し、回避しきれなかったアイクの身体を容赦なく撃ち抜いた!
(噗哧——!)
「ぐあっ……!」
アイクは膝を突き、血を吐いた。
アイクの吐血を目撃し、アンナの心臓が激しく跳ね跳んだ。
(もう……引き延ばせない……!)
アンナは再び歯を食いしばり、ペンを強く握りしめた。意識と体力、そしてこの戦局を打開したいという渇望を筆先へと押し込める。
天高く掲げたペンから、緩やかに描かれる軌跡——
(嗡……)
筆先に再び、温かく純粋な青い光が宿り始める。
ヒカリは息を呑み、静かに祈るようにそれを見つめた。
光を纏った筆先が、静かにペンタブレットの感応面に降ろされる。
(何を描けばこの状況を覆せる……? 剣……? 鎧……? でもそんな複雑な構造、今の私に描けるわけがない……)
(でも……今、この瞬間にアイクが一番必要としているものは何……!?)
ペンを止めたまま動かないアンナを、ヒカリは心配そうに見守る。
アンナの脳裏を様々な道具の記憶が駆け巡る。今使えて、そして今の残体力でも絶対に描き切れるものを必死に探し求めた——
そして、アンナの瞳が輝く。
(分かった……!)
彼女は迷いを捨て、筆先のマナを走らせてタブレット上にラインを描き始めた!
(円……?)
ヒカリが不思議そうに覗き込む。アンナは綺麗な正円を描き、その中に幾何学模様と符文を高速で書き込んでいく。
戦場の中央——
アイクは体内の痛みを強引に抑え込み、再び立ち上がった。押し寄せる邪気の群れを回避しながら場内を駆け巡る。
その時、煇琉が冷酷に右手を高く掲げた。
「降——臨——!」
右手に凝縮された邪気が極速で回転し、黒紫色の球体へと変貌する。煇琉はそれをアイクへと投げつけた! 球体は目の前で炸裂し、漆黒の波浪がアイクを呑み込む! 体力と精神力を強引に削り取られ、アイクは再び膝をついた。
煇琉は間髪入れずに再び右手を掲げる。
「降臨!」
二発目の破壊力を秘めた光球が放たれ、消耗しきったアイクへと迫る!
アンナは荒い息を吐きながら、震える手でペンを握りしめる。
アンナ「……できた!!。」
直撃する直前、光球はアイクの目の前で突如として消失した。周囲を覆っていた漆黒の邪気も、まるで太陽に照らされた雪のように急速に消散していく……。
「何が……起こったんだ……!?」
アイクが衝撃に目を見開き、足元を見下ろす——
彼の足元の石畳の上に、眩い青い光が咲き誇っていた。純粋なマナで構成された巨大な魔法陣が、眩い青い光を放ちながら、地面いっぱいに広がっていた!!




