第25話 アイク vs 煇琉
煇琉は自身の髪を軽く払うと、先ほどよりもいくらか濃い邪気を身に纏いながら、深遠な眼差しでアイクを見つめた。
「どうしたの? 攻めてこないの?」
煇琉は隣でずっと座っている伊織に目をやり、こっそり手印を結んでマナの火球を投げつけようとした。しかし、伊織にぎろりと一睨みされると——
(やっぱり……あいつを怒らせるのはやめておこう……)
アイクは眼前の煇琉を見つめながら、心の中で呟いた。
(アンナさんの性格と……そっくりだな……)
煇琉は再びアイクに向き直ると、猛然と前に突っ込んできた!
アイクは煇琉の周囲を狂暴に渦巻くマナを見すえ、身を低く構えて防御の姿勢を取った。
絶大なマナが煇琉の拳に纏わりつき、狂風暴雨のごとくアイクの身体へ叩きつけられる! アイクは刀で煇琉の重拳を的確に防ぎ続けた。
ヒカリは後方でその光景を焦燥混じりに見つめていた。
(マナか……一体どうすればいいんだろう……? このスキル、ズルすぎるよ……エミさん、マナに何か対抗する方法とかないんですか!?)
エミは重苦しい面持ちで首を横に振ると、静かに答えた。
「教科書にはね……マナとは『生命』そのものだって書かれているの。ただ空気の中に漂っているだけ。制衡する方法を探すというより、それこそ空気と同じようなものなのよ。いつの間にか消えていく。必死に掴もうとすればするほど、指の隙間からすり抜けていってしまうの。。」
ジョエルが傍らで頷いた。
「そうだ……だから今の時代、マナを自由に扱える奴なんて少数の中の少数、天才の中の天才なんだよ。」
ヒカリはそれを聞いて落ち込んだ。「他の方法はないのかな……」
全員の視線が、一斉にアンナへと注がれた。
「え……なに?」アンナは身をすくめた。
ジョエルが気まずそうに尋ねた。
「その……何か解決法はないんですか? あなたが作者なら、マナにも何か弱点があるはずでしょう?」
エミも頷く。「そうよ! あなたならこの困境を脱する方法を知っているはずだわ!」
アンナはうつむき、苦笑いを浮かべながら心の中で悲鳴を上げた。
(えええええっ!? 設定した時はこんなに強くなるなんて全然考えてなかったよ! どうしよう——!?)
見栄っ張りのアンナは強がり、自信ありげに胸を張ってみせた。
「た……当然、解決法はあるよ! 私に任せて!」
しかし口ではそう言ったものの、先ほどスピード線やスタンプ、集中線を連続描画したことで、自分の体力と集中力が著しく落ちていることを感じていた
アイクは依然として、煇琉の猛攻を必死に凌いでいた。アンナに方法があると聞き、アイクの瞳に再び自信が宿る——アンナさんがそう言うなら、絶対に大丈夫だ!
「流魂!」
煇琉が叫び、地面へ掌を叩きつけた! 地を這うマナの焔が激流と化し、津波のようにアイクの足元へ押し寄せてくる!
(跳んだら、さっきみたいに空中でのマナの大手に呑み込まれる……!)
アイクは素早く後退を重ねたが、ついに舞台の最端に達し、追い詰められてしまう!
目の前から押し寄せるマナの激流に対し、アイクは腕を掲げて力任せに防ごうとしたが、触れた瞬間に生命力が体外へ吸い出されていく感覚が襲いかかる。
アイクは刀を支えにして何とか立ち上がり、再び刀を握り直した。そして、ため息をひとつ吐く。
(本当に厄介なスキルだ……過去に飛ばされ、伊織様と出会い、戦い、熱いお茶で救われ、今度はマナという新しい仕組みまで……)
(やっぱり、僕のいた世界とはまるで違う。向こうでは力と手練れさえ上回っていればよかった。手前勝手な力押しはこの世界じゃ全く通用しない。戦う前や戦いの最中に思考を巡らせなければ、絶対に負けるんだ。……だけど、今更そんなことを考えても遅い。毎回逃げ場のない窮地に陥ってから脱出策を考えるようじゃダメなんだ。もっと早く気づくべきだった……)
(なら……今はどうすればいい……?)
煇琉が一同に向かって手を差し伸べた。
(ドドドドド……!)
エミとジョエルが振り返ると、入口付近に不気味な邪気が急速に集束し、床からじわじわと魔物たちが這い出てきていた!
ジョエルは矢を番えながら叫んだ。
「う、後ろに魔物が出てきたぞ!!」
エミはヒカリとアンナに向かって叫んだ。
「私たちは魔物を食い止めるわ! 二人はそのままアイクさんをサポートして!」
ヒカリとアンナは視線を交わして頷いた。エミとジョエルは即座に魔物の群れへと駆け出していく。
群れをなす魔物たちは二人を見つけると、一斉に襲いかかってきた。
エミは速やかに弓を構える。
「アイスショット!」
放たれた矢が直撃した魔物たちは、その動きを極端に鈍らせた。
ジョエルがエミに声をかける。「体力を温存しろよ!」
「分かってるわ! 一番強い奴は最後に現れるんだから!」
煇琉はアイクを見つめ、「来ないなら、こっちから行くわよ」と言わんばかりに、再び地面を叩いた。
「流魂!」
再び巨大な津波のようなマナがアイクへと襲いかかる!
アイクは迫り来る激流を見つめた。(くそっ……どうすれば……!)
アンナはその光景を死に物狂いで見つめ、これまでの会話と光景を脳裏で急速に反芻した——
(マナ……マナ……マナは生命そのもの……そのもの……)
「アンナさん! 何かいい方法はないの!?」
アンナの瞳に強い光が宿った。彼女は場上へ向けて叫び放った!
「アイク、動いちゃダメ! マナをそのまま通り抜けさせて——!!」
ヒカリは驚愕してアンナを見た。
「動いちゃダメ……!? そんなのダメだよ、アンナさん! さっきマナの強さを見たでしょう!?」
(動くな……か……?)アイクは思考を巡らせる。
アンナの声を聞いたアイクは、一切の抵抗をやめた。彼は静かに目を閉じ、マナが己を通り抜けていくのを感じ取った。
身を削られるような感覚が消え去り、代わりに温かなマナが春風のように優しく全身を駆け抜けていく
アイクは目を開け、煇琉を見つめた。
(なるほど……これがマナの攻略法か!)
煇琉は一言も発さず、その瞳に、尋常ではない怒りが宿った。彼女は再び手を伸ばし、僅かな邪気で青藍色のマナを包み込ませた!
「スパイク(刺)!」
空中のマナが三本の尖鋭な刺へと姿を変え、アイクへ向けて殺到する!
アイクは再び防ごうとせず、そのままマナを通り抜けさせようとした。しかし、一本目が身体に触れた瞬間——
(グサッ——!)
「痛ぇぇぇっ!!!?」
激痛がアイクを襲う! 本能的に刀を握り直したアイクは、直後に迫る残る二本の刺を速攻で切り払った!
(今度は……斬れた……!?)
煇琉は荒い息を吐きながら、瞳の色を赤と黄色へとめまぐるしく変貌させていた。
「あなたは今日……ここで負けなければならないの……!」
赤眼の煇琉が咆哮するも、直後に頭を強く抱え込み、苦しげに膝を突いた。
「だめ……アイク……抵抗しちゃダメ……マナは……!」
黄眼の意識が途切れ途切れに告げようとする。
しかし次の瞬間、再び禍々しい赤が瞳を覆い尽くした。
彼女は猛然と顔を上げた。
「黙れ……!!」
(轟————!!)
強大な邪気が狂暴に爆発し、擂台全体を呑み込んでいった。




