第22話 アイクの試練3
アイクは冷ややかな視線でドクロを見据え、伊織は場外で静かに正座していた。
空気の緊張が限界まで張り詰めたその瞬間——
(ダッ——!!)
二人は同時に猛然と飛び出し、刃と刃が激しく交錯した!
(ガキィィン——!)
アイクの刀がドクロの一撃を完璧に受け止め、滑らかに引き抜くと、そのまま怒濤の如き猛攻を繰り出した! 押しまくるアイクの圧倒的な剣速に、ドクロは後退を余儀なくされ、守勢に回るしかなかった。
(信じられない感覚だ……偽物だと分かってはいるのに、この相手と交えていると、まるで本物の伊織様と手合わせしているみたいだ!)
「【三連斬】(スリースライク)——!」
アイクは疾風と化し、ドクロの首、胴体、脚部へと瞬く間に三閃を叩き込んだ! 首を狙った一撃は危うく防がれたものの、残る二閃はその速度で相手の防御を切り裂き、鎧を深々と斬り裂いた!
ドクロは大きく数歩後退した。直後、場外で正座する伊織の方へと首を向けた途端、その身から濃密な黒霧が爆発的に噴き出した! 黒霧は緩やかに広がり、正座する伊織を丸ごと呑み込むと同時に、ドクロ自身をも包み込んでいく。
「な、なんだ……?! 伊織様、ご無事ですか?!」アイクが悲鳴のような声を上げた。
黒霧の中、伊織は変わらず平然とした様子で正座していた。彼女は霧の中に浮かび上がる光景——それは彼女自身の記憶であり、かつて駆け抜けた幾多の戦場——を冷徹に見つめていた。
やがて、黒霧が霧散する!
ドクロの纏う鎧はより重厚なものへと変貌を遂げ、腰元にはさらに二本の武士刀が差し込まれていた
それを見た伊織は、冷ややかに鼻で笑った。
「フン……なるほどねぇ。」
ドクロの新たな装いを目にしたアイクは、思わず声を張り上げた。
「あの姿……伊織様の昔の『全盛期』の姿じゃないですか!」
それを聞いた伊織は一瞬で激怒し、振り向いて怒鳴り散らした。
「おい!! アイク! 私は今だって全盛期だっつの!!」
アイクは慌てて首をすくめ、視線を逸らした。
「す、すみません……!」
ドクロは左手に差した、柄に紫の紋様がある刀を引き抜いた。
「へぇ? 私の使ってる刀とそっくりじゃん。」伊織は興味深そうに眺めている。「けど、腕前まで同じかどうかは怪しいもんだけどね。」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、ドクロの姿がまるで幽鬼のように、アイクの眼前に突如として現れた——!
(シュッ——!)
アイクが振り下ろした刀は確かに相手の身体を捉えたはずだった。しかし、ドクロは黒い幻影のように瞬時にアイクの真後ろへと移動していた!
「後ろ!」伊織が間一髪で叫ぶ。
アイクは急ぎ振り向いて刀で受け止めようとしたが、ドクロはその瞬間に刀を引くと、重い拳をアイクの腹部へと叩き込んだ!
「体術?!」
アイクが体勢を立て直す間もなく、ドクロは続けて鋭いローキックを放ち、アイクをそのまま吹き飛ばした!
伊織は場外で眉をひそめた。
「あらま。私の普段の戦い方とまんま一緒やぁ。」
(シュッ——シュッ——シュッ!)
ドクロの姿が幾重もの漆黒の残像となり、アイクの左右、そして背後で高速で揺らめく! 瞬移して出現するたび、空気を切り裂く紫の刀光が視界の死角から襲いかかってくる。
アイクは必死に振り向きながら連続で刀を受け立て、金鉄の交わる甲高き音が絶え間なく響いた。そして、相手の紫刀を危うく弾き返したその瞬間、ついにドクロが刀を引くわずか半秒の隙を捉えた!
(今だ!)
アイクは両足で深く大地を踏みしめて軸を固め、全身の力を両腕に集めると、破綻を見せたドクロの胸元へ向けて必殺の横一文字を放った!
だが、刃が半ばまで達した時、ドクロは刀で受けるどころか、自ら懐深くへと踏み込んできた——
(ドスッ!)
ドクロの左拳が残像と化して先回りし、アイクの右肘の関節へと寸分違わず叩き込まれた! 右腕を襲う激痛と痺れにより、溜めた斬勢は無理やり中断され、刃の軌道が大きく逸れた。
アイクが体勢を立て直す間もなく、ドクロはそのまま強烈なローキックをアイクの膝裏へと叩き込んだ!
「ぐあっ……!」膝をつき、アイクは無様にも半跪の体勢に追い込まれた。
(くそっ……まるで花に群がる蝶だ。一体どうすれば捕まえられるんだ……!)
荒い息を吐きながら、アイクは打開のヒントを求めてチラリと伊織を見た。しかし伊織はただ微かに笑みを浮かべ、無条件の信頼を込めた瞳で彼を見つめていた。アイク自身が答えを見つけ出すと信じて。
ドクロが再び右側に瞬移し、体術を繰り出そうとしたその瞬間、アイクは歯を食いしばり無理やり身体を捻ると、理屈を無視したあり得ない角度へと一閃を突き出した!
だが、ドクロはアイクが極限状態の中で博打に出ることすら予測していたようだった。常識外れの一閃に対し、ドクロは自ら刃へと向き直ると、左手の紫刀で滑らかに押し抑えた——【霞の流】!
(ギャリッ!——ドカッ!)
紫の煌めきがアイクの胸元を正確に切り裂き、直後、ドクロの重厚な回し蹴りが傷口へと容赦なく叩き込まれた!
「ガハッ……!——」
アイクは床へと激しく倒れ込み、胸元から溢れ出る血を見つめる視界が、次第に暗く霞んでいく。
(僕の……負けなのか……)
意識が闇の底へと沈みかけたその臨界点、言葉にできない温もりが突如として胃の腑から湧き上がり、全身の四肢百骸へと急速に巡っていった。衰弱し失われかけていた体力と霊力が、まるで潮波のように優しく満ち戻ってくる!
「な……なにが起きてるんだ……?」
アイクは呆然としながら、先ほど斬り裂かれたはずの胸元に手を触れた。骨が見えるほど深かったはずの血傷は綺麗さっぱり消え失せ、傷痕すら残っていなかった!
「傷が……消えてる……まさか……」
アイクの脳裏に、直前、伊織が差し出してくれた一杯の温かいお茶の記憶が閃いた。あれは単なるお茶ではない。
アイクは深々と息を吸い込んだ。焦燥に満ちていた瞳は瞬時に澄み渡り、静寂な平穏を取り戻した。彼は緩やかに立ち上がり、再び武器を抜くと、正面のドクロをまっすぐに見据えた。
ドクロは変わらず冷ややかな眼光でアイクを見つめていた。倒れたはずの相手が再び背筋を伸ばし、その纏う気が脱皮を遂げたかのように変化したのを感じ取り、ドクロの眼窩の紫光が怪しく閃いた。五指が緩やかに、その手に握られた刀身を強く締め上げる——
時を同じくして、現実世界——エルフの村の地下訓練場。
負傷したシュウを部屋へと運び終えた後、エリアが看病のために残り、他の者たちは再び地下の訓練場へと戻っていた。
「私、もう少しドクロの手がかりを探してみるよ。」ヒカリが静寂を破り、真剣な面持ちで口を開いた。「アイクさんを先に連れ戻すことができれば、これから控えている魔族との戦いも、ずっと楽になるはずだからね。」
アンナは床に座り込み、お絵描きタブレットを取り出して他の可能性を模索していた。だが、ペンを握る手は途中で止まり、深い沈思へと沈み込んでいく。
(私……今は本当に、何もできないのかな……?)
後ろに立っていたジョエルとシルヴィア。ジョエルは声を潜めてシルヴィアに尋ねた。
「村長……俺には、村長が一体何を考えておられるのか、さっぱり分かりませんよ。」
シルヴィアは正面から答えることなく、ただ冷淡に一言だけ言い残した。
「私とて……事態がここまで奇妙な転帰を辿るとは思ってもみなかったわ。」
そう言い捨てると、彼女は冷たく背を向けて去っていった。ジョエルには村長の意図が解せなかったが、アンナの持つ能力のことを指しているのだろうと納得するしかなかった。
一方、ヒカリは以前見つけた『エルフの村の王』と題された古文書をめくっていた。そこには、古代のエルフの王がいかにしてエルフ族を統合し、自ら平和の使命を背負って騎士団を率い、魔王討伐へと赴いたかが記されていた。しかし、最終的に魔王との戦いに敗れ、消息を絶ったという……
「失敗した……? でも、これって私たちが滝の洞窟で出くわしたあのドクロたちのことなのかな? いや、でもおかしいな。どうしてこんな場所に現れるんだろう……それに、なんでアンナにしか見つけられないんだろう?」
ヒカリは本を抱えてアンナの元へと歩み寄り、尋ねた。
「アンナ、『エルフの村の王』ってキャラクターに心当たりはある? もしかして、前に描いたことのあるキャラだったりしない?」
アンナは頭を抱えて長考した。
「うーん……すごく考えたんだけど、そんなキャラクターを描いた記憶は本当に全然ないの。でも……絶対に何か理由があるはずだよね。」
アンナは力なく床へと倒れ込み、天井を見つめながらため息をついた。
「はぁ……急におかしなことばかり起きるなぁ。私が元々考えてたプロットじゃ、こんなに複雑な話じゃなかったのに……」
ヒカリはアンナの隣に腰を下ろし、優しく微笑みかけた。
「私が言うのもヘンだけど...、冒険があるからこそ物語は面白くなるんじゃないかな。」
「でも、次はどこへ行けばいいのか、どうすればいいのか、全然思いつかないよ。」アンナは再びため息をついた。「はぁ……アイクがいてくれたら相談できるのに。今頃無事でいるのかな……紙の上に名前がないってことは、一人で元の世界に帰っちゃったのかな?」
「考えすぎちゃダメだよ。時間があるうちにしっかり休んで!」ヒカリは励ますように言った。「次の戦いがいつ始まるか、誰にも分からないんだから……」
「……そうだね。」
アンナは天井を見つめているうちに瞼が次第に重くなり、静かに目を閉じた。
眠りについたアンナを見届けたヒカリは、本を手に立ち上がると、シルヴィアのいる場所へと歩み寄った。少し身を斜めに傾け、声をかける。
「あの……すみません、お邪魔でしょうか。『エルフの村の王』という本について、少し分からない点があるのですが、教えていただけませんか?」
シルヴィアはヒカリを見下ろし、氷のように冷ややかな声で言い放った。
「何かしら? 私に寝物語でも読み聞かせてほしいですか?」
言い終えると、彼女は無愛想に背を向けて去ってしまった。
ヒカリはその場に立ち尽くし、気まずそうに固まった。ジョエルが慌てて駆け寄り、ヒカリの肩をぽんぽんと叩く。
「いやあ、気にしなさんな、気にしなさんな!」
ヒカリは深く追求することなく、ただ小さな顔を引き締めると再び図書コーナーへと戻り、新たな答えを探すべく、黙々と本の世界へと没頭していった———




