第23話 骸骨の決戦 1
ヒカリは古文書を抱え、微かな光を頼りに読み進めていた。
『戦いのはじまりは順調だった。王の兵たちは魔物の群れを圧倒し、王自身もまた魔王との決闘で極めて優勢に立っていた。しかし、いつからだろうか……魔王はまるで傷を負わないかのように、どんな攻撃も一切受け付けなくなったのだ! 私は逃げことができた。、他の兵たちは……最後の最後まで立ち向かい、倒れていった。』
『私を臆病だと、弱虫だと、意気地なしだと笑うがいい……だが、私は誰かに伝えなければならない。魔王の持つ「絶対に傷つかない」秘密を。』
『王が「勇者」ではなかったからなのか? いや、違う……』
『何かが王の勝利を阻んでいるのだろうか? いや、違う……』
『「選ばれし者」でない者は、勝利をつかみ取ることすら許されないというのか?』
『勝利よ……なぜ我らから去ってしまったのだ』
「……すごく切ない終わり方だな。」
ヒカリの瞼が重くなっていく。彼は心の中で問いを繰り返していた。なぜ魔王は傷つかないのか? 「選ばれし者」とは一体……?
問いを抱えたまま、ヒカリの意識は遠のき、そのまま机の上に突っ伏して眠りに落ちてしまった。
翌朝。
ヒカリが目を覚ますと、すぐ隣でラルが気持ちよさそうに横たわっていた。ヒカリは微かに微笑み、指先でラルの柔らかいお腹をこちょこちょと撫でた。そして目の前で開かれたままの本を見つめる。
(ボク、昨日読みながら寝ちゃったのかな……)
「みんな、おはようー!」
ヒカリが部屋を出ると、外には誰もいなかった。みんな、どこへ行ったんだろう?
階上の受付ホールへ上がると、そこには全身に包帯を巻いたエミの姿があった。隣にはジョエルがおり、テーブルの対面にはアンナとアリーナがソファに腰掛けていた。
「エミさん……?! 大丈夫ですか……?」ヒカリは驚いて声をかけた。
「あはは! 大丈夫よ、前の戦いの傷がちょっと残ってるだけだから!」エミは笑って手を振った。
ヒカリはアンナの隣に腰を下ろした。
「あの……みんなで何をしてるんですか?」
アンナが振り向き、声をひそめて答える。
「ちょうど話し合ってたの。あの滝の洞窟に戻るべきか、それとも先に外の魔物を倒すべきかって。なんていうか……サブクエストを先にやるか、メインストーリーを進めるか、みたいな話だよ。」
「サブクエスト……? メインストーリー……?」ヒカリは首を傾げた。
(ガラガラ……)
扉が開き、シルヴィアとシュウが入ってきた。
「全員揃っているわね?」シルヴィアが周囲を見渡す。
ジョエルがシュウの姿を見て目を丸くした。
「お前……もう大丈夫なのかよ?」
「ああ……回復薬の効果が凄かったからな。」シュウは首元を掻きながら答えた。
シルヴィアは淡々と問いかけた。
「これからの行動について、意見のある者は?」
アンナがパッと立ち上がった。
「私は、まず——」
言いかけた瞬間、ヒカリが慌ててアンナの手を引っ張り、座席へと引き戻した。
「どうしたの?」アンナが驚く。
ヒカリはアンナの耳元で小さく囁いた。
「アンナさん、ここで直接『アイクさんを取り戻そう』なんて言ったら、まるで『シュウさんの実力じゃ足りない』って言ってるように聞こえちゃいますよ! そうなったら、みんなの誤解されちゃいますよ。」
シルヴィアの冷ややかな視線がアンナに向いた。
「アンナ、アイクを見かけたの?」
アンナは慌てて首を振った。「ううん、見てないよ……」
だがアンナは目ざとく捉えていた。シルヴィアの眉間に、ほんの一瞬だけ深い疑惑の色が浮かんだのを。
エミが少し自信なさげに手を挙げた。
「あの……私は先に滝へ行った方がいいと思います。調査班の報告によると、アンナさんが洞窟を開いてから、あの周囲に不気味な邪気が漂い始めているそうなんです。最悪、魔物の転送拠点施設になる恐れがあります。」
ヒカリが分析を加える。
「もし城門で魔族と交戦している最中に、滝の方から背後を突かれたら、負ける確率が跳ね上がりますね。やっぱり滝の洞窟を優先するのが良さそうです。」
ジョエルが頭を抱えて不安そうに呟いた。
「でも……俺たち、あそこで二回も負けてんだぞ? 今度行って……本当に勝てるのか?」
シルヴィアは冷たい眼差しでジョエルを射抜いた。
「私を信じられないの?」
ジョエルは冷や汗を流しながら首を振った。
「まさか! 村長を信じないわけないでしょう!」
「なら決まりね。」シルヴィアは冷然と言い放った。「準備をして、すぐに出発するわよ。」
再び立ち上がったアイクは、揺るぎない自信を瞳に宿し、場外の伊織を見据えていた。
一方、正座する伊織は表面上こそ余裕たっぷりの表情を浮かべていたが、その内心はパニックに陥っていた。
(ええええええ——————!!?? ちょっと待って、もうお茶の効果使っちゃったの?! あの秘薬はあの骨が「赤い刀」を抜いた時の切り札だったのに! こんな序盤で使ってどうすんのよアイク——!!)
そんな伊織の葛藤を知る由もないアイクは、眼前のドクロを見据え、勝利への道筋を必死に模索していた。
「焦るんじゃないよ!」伊織は焦りを押し殺し、声を張り上げた。「勝ちに行こうとするな! しっかり『花』になり切りな!」
(——!)
アイクはハッと悟った。自分から攻め込むのをやめ、身を低く構えて完璧な受けの態勢に入る。
(シュッ!)
ドクロが瞬移し、斜め上からの斬撃が襲いかかる! アイクは冷静に刀を跳ね上げ、正確に受け止めた!
(やっぱり……! また体術に来る!)
斬撃を受け止めた直後、ドクロの左拳が繰り出される。アイクは右手の柄を放し、拳には拳で真っ向から撃ち合った!
だが、衝突の直前、ドクロは黒霧となってアイクの左側へ滑り込み、右脚をしならせて側頭部へ鋭いキックを放ってきた!
しかし、アイクはすでに読んでいた。左腕を完璧な角度で掲げ、その蹴りをガッチリとガードする!
(動きが……重くなっている……?)
アイクは確信した。瞬移と体術を組み合わせたこの戦法は脅威的だが、その代償として体力の消費が激しすぎる。自分が「花」として受動に徹し、蝶が自ら舞い込んでくるのを待てばいいのだ。
果たして、攻撃を立て続けに凌がれたドクロは、明らかな疲労を見せて大きく間合いを取った。
(退いた……?)
しかし次の瞬間、ドクロは紫の紋様が刻まれた刀を躊躇なく投げ捨てると、腰に差したもう一本の刀——その柄へと手を伸ばした。
アイクの額から冷や汗が流れ落ちる。あれは……
(伊織様の……『誓約の剣』か……!?)
場外の伊織も、冗談抜きで表情を強張らせた。
(まさか……)
ドクロが背筋を垂直に伸ばす!
「アイク! 準備させるな!!!!)」伊織が厲声で大叫!
ドクロが赤き紋様の刀を引き抜いた——その瞬間!
「アアアアアアアアアアアアアア——————!!!!」
天を衝くほどの凄まじい咆哮が爆発し、全空間を震わせた! 空間そのものが歪むほどの威圧感に、アイクは金縛りに遭ったように足がすくむ!
「なっ……!?!?」
だが次の瞬間、閃光が疾走した。
(ガキィィィィン——!!)
いつの間にか前に躍り出た伊織が、自らの誓約の剣を抜き放ち、ドクロの必殺の一撃を真っ向から受け止めていたのだ!
「ズルは禁止!。」
伊織は己の誓約剣を輝かせ、不敵な笑みを浮かべてドクロを睨み据える。
反動で大きく後ろへ跳び退くドクロ。
「な……何が起きたんだ……!?」アイクは目を疑った。一瞬で何が起きたのか、視認すらできなかったのだ。
「気にするんじゃないよ。これもスキルのうちさ。」
伊織は淡々と言うと——
「ハァ……」
「ハァ……」
伊織とドクロは、まったく同時に深く息を吐き出した。
伊織は「ジャキン」と刀を鞘に納めると、優雅な足取りで場外へ戻り、再び正座した。そして恐ろしいほどの真剣な眼差しでアイクを見つめる。
「アイク!! 本番はここからだ。絶対に気を抜くんじゃないよ……」
「——死ぬよ。」
ぞっとするような警告に、アイクは刀の柄を極限まで握りしめた。
ドクロが猛然と肉薄してくる! 先ほどより動きは鈍い……だが!
(上段斬り——!)
アイクが刀を跳ね上げて受け止めた瞬間、絶句した。
(重い……っ!! なんて質量だ……!?)
ズシリと沈み込む重圧に、アイクは思わず一步後退を余儀なくされた。
場外で伊織は懐から一枚の紙を取り出した。
(そろそろかい……)
伊織は静かに目を閉じ、印を結んだ——忍術の発動体勢に入る。
一行は再び、あの滝の洞窟内部の巨大な空間へと足を踏み入れていた。
王座には変わらず、あの男性の姿をしたドクロが威風堂々と鎮座している。
「なるほどね……」シルヴィアは静かに呟いた。
「シュウ!」
シルヴィアが名を呼ぶと、シュウは短く頷き、二人は並んで前方へ進み出た。戦いの火蓋が切られようとしている。
ヒカリは前方を注視しながら、アンナに耳打ちした。
「アンナさん……あの女性のドクロが、今回は姿が見えません……!?」
その直後——漆黒の霧が、アンナたちの周囲を渦巻くように包み込んだ!
「!?!?」
「何が起きているの!?」
エミとジョエルが即座に弓を構える!
(キィン! ガキィン! 鏘——!)
不気味な黒霧の向こうから、激しい剣戟の音が響き渡ってきた。そして霧の表面が揺らめき、まるでスクリーンように映像を映し出し始める!
「黒霧の中に……アイクさんが見えます!」ヒカリが叫ぶ。
「必死で戦ってる……! でも、相手は……」
「伊織さん……!?」
アンナは自分の目を疑った。黒霧の中では、アイクは死に物狂いでドクロの怒濤の連撃に耐えていたのだ。
(ガキィィン——!!)
次の瞬間、ドクロの渾身の一撃がアイクの刀身を直撃し、刃が真ん中から無惨にへし折れた!
「アンナさん!!」ヒカリが悲鳴を上げる!
「成功するか分からないけど……!」
アンナは瞬時に描画タブレットを引っ張り出すと、一心不乱にペンを走らせた。アイクを救いたい一心で、一振りの刀を描き上げた!
—絶体絶命のアイクの目の前に、光を纏った一振りの刀が突如として実体化した!
(なっ……!?)
アイクは躊躇することなくその柄を掴み取ると、襲いかかるドクロの追撃を極限で受け止め、そのまま強烈な蹴りでドクロを吹き飛ばした!
呼吸を荒らげながら、アイクが振り向く。
「ア……アンナ……!?」
その視線の先では、伊織が目を閉じ、深く集中しながら忍術の印を結び続けていた。精神世界と現実世界を繋ぐ架け橋となっていたのは、伊織の術だったのだ。
空間越しに、アンナの声が響く。
『アイク、準備はいい!?』
アイクは新しく手にした刀を力強く握り直し、不敵に笑った。
「ああ……いつでもいける!」
一方、現実世界の洞窟。
シルヴィアとシュウが同時に刀を抜き放つ。
王座に座っていた男性のドクロが緩やかに立ち上がり、その手の中に密度の高いマナを収束させ、一振りの漆黒の刃へと変貌させた。
シルヴィアとシュウは短く視線を交わし、互いの呼吸を合わせる。
現実世界と精神世界。
二つの戦場で、決戦の幕が静かに切って落とされた




