第21話 アイクの試練2
深い森の中、アイクと伊織は静かに歩を進めていた。アイクは黙り込んだまま、伊織の言葉を頭の中で何度も反芻している。
「……一歩引いて、考えてみたんだ」
アイクは沈黙を破り、隣を歩く伊織に自身の整理した考えを口にした。
「今、重要なのは、魔王を倒すことなのか……? それとも、各地に散らばった『脚本』を集めることなのか。だが、その脚本を集めたところで何になる? ……そもそも私は今、どこへ向かえばいいんだよ」
伊織はただ口元に微かな笑みを浮かべ、何も言わずにアイクを見つめていた。
『――!』
突然、アイクが目を見開き、ぴたりと足を止めた。
何かを思いついたように素早く右手を差し出し、叫ぶ。
「【探索(SEEK)】――!」
アイクの掌から霊体の光鳥が飛び立ち、樹々の間をすり抜けながら森林の奥へと飛んでいく。
伊織は遠ざかる光鳥を目で追い、感心したように頷いた。
「何度見ても面白いスキルね。……けれど」
伊織が胸の前で印を結ぶと、彼女の周囲の気が一気に集束し、空間が歪み始めた。
「【暗法・重圧】」
光鳥の周囲に強烈な重力場が発生する。鳥は必死に軌道を変えて逃れようとするが、まるで鉛の重りを背負わされたように地面へと叩きつけられた。直後、広がった黒影がそのスキルを丸ごと呑み込み、消し去ってしまう。
スキルがあっけなく消滅したのを見届け、アイクは呆然と伊織を振り返った。
伊織はくるりと向き直ると、悪戯っぽく微笑んだ。
「ショートカット禁止よ!」
アイクは深くため息をつくと、諦めたようにその場にドカッと座り込み、ゆっくり目を閉じた。
アイクが本格的な熟考に入ったのを見て取った伊織も、静かにその場に正座し、沈黙を守った。
閉じた瞼の裏で、無数のビジョンが激しく交錯する。それは様々な選択と、その先に待つ結末だった。
(もしこの道を選んだら……いや、それじゃこの結果になる。なら、こっちを選択すれば……)
幾多の分岐が脳裏を駆け巡り、最後にたどり着いたのは――伊織が最初に言った『行きたい場所へ進めばいい』という言葉だった。
(行きたい場所……?)
そして思い出す、アンナの描いた脚本。そこには、これから起こる出来事がはっきりと記されていた。
(脚本……そうか!)
アイクが目を開けると、目の前には静かにお茶をすする伊織の姿があった。そして自分の前にも、湯気の立つお茶が一杯置かれている。
伊織はそっと目を開け、温和な声で問いかけた。
「……落ち着いたかしら?」
アイクは俯き、静かにお茶を手にとった。
「伊織……お前とこうしてお茶を飲むのは、いつ以来だったかな」
一気に飲み干すと、アイクは迷いのない動作で立ち上がった。
「行こう」
アイクの迷いが消えた瞬間、それまで立ち込めていた森の霧がすっと晴れ、まっすぐ伸びる一本道が現れた。
アイクはもう躊躇することなく、一直線に前へ進んだ。やがて二人は、異様な雰囲気を纏う洞窟の入口へとたどり着く。
暗がりへ足を踏み入れる直前、伊織がアイクの腕を軽く引いて止めた。
「本当に、覚悟はできているのね?」
「ああ、できてるよ」
振り返ったアイクの瞳には、まっすぐな意志が宿っていた。伊織はその返答に満足そうに微笑んだ。
地下への階段を下りきった先に広がっていたのは――無数の戦痕が刻まれた、広大な闘技場のような空間だった。
そして場の中央には、一人の人物がぽつんと立っている。
その姿を目にした瞬間、伊織は鼻で笑った。
「ふん……自分と全く同じ姿の奴が立っているのは、かなり気味が悪いわね」
アイクと伊織は頷き合い、闘技場の壁際に沿って二手に分かれると、腰の武器に手をかけた。
「ドクロ強盗……!!」
刀を抜き放ち、アイクは敵に向かって低く叫んだ。
「今日、ここで全部終わらせる!」
伊織の姿をしたドクロはゆっくりと顔を上げ、腰の刀を滑らかに引き抜いた。
次の瞬間、偽物は伊織の代名詞とも言える構えを取った――【中段の霞】。
刀身を斜め前方に差し出し、柄を強く握り込むのではなく、五本指を軽く開いた独特の構え。
アイクとドクロ伊織の視線が交錯する。どちらも身動きひとつせず、互いの息遣いを伺う。
一触即発の空気の中、激戦の火蓋が切られようとしていた――




