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第二章:私の無料素材アセットが全部消えてる!??!


遠ざかっていくシュウの背中を、アンナはただ呆然と見送るしかなかった。


アイクが指の背でアンナの肩を軽く小突き、慰めるように声をかける。

「ヘイ、気にするなよ。あいつとの誤解なんて、後でいくらでも解けるさ。まずは他の場所を調査しよう」

アンナは少し考え、がっくりと肩を落とした。

「う、うん……そうだよね」


「アンナさん、あんたが当時書いたプロット通りなら、この街には何か重要な人物やイベントがあるのか?」

中世ヨーロッパ風の街並みを見渡しながら、アイクが尋ねる。

アンナは首を傾げて記憶をたどった。

「うーん……5年も前のことだから、ちょっとパっと思い出せないなぁ。でも、シュウがここにいるなら、私の設定だと『エリア』もこの街にいるはず。それから、あとは……」


ぐうぅぅぅ~~~


突然、けたたましい腹の虫の音がアンナの言葉を遮った。

アンナの顔が一瞬で真っ赤に染まる。アイクはニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、彼女をからかった。

「おや? アンナさん、お腹が空いているのかい?」

「そ、そうだよ悪い!?」

アンナは気まずさを誤魔化すように、自信満々で例の謎の液タブを取り出した。

「心配ご無用! この世界のお金くらい、私がサクっと描いて作ってみせるから!」


しかし、液タブの画面を開いた瞬間、アンナはそのまま硬直して押し黙ってしまった。アイクが覗き込む。

「どうしたんだ?」

「私の……私の……私の無料素材アセットが全部消えてるぅぅぅ!」

アンナは恥ずかしそうに顔を上げた。

「ご、ごめん……素材がないと、描き方がわからないの……」


アイクはため息をつくと、通りすがりの歩行者に話しかけ、巧みな話術でこの街の硬貨を一枚譲り受けた。それをアンナに差し出す。

「ほら、実物を見ながら模写してみなよ」

「ふん、その程度お安い御用よ!」

リファレンスを手にした途端、アンナは元気を取り戻してスタイラスペンを走らせた。

「これでも昔は一世を風靡した神絵師なんだから! ぬいぐるみも犬も猫も、こんなキラキラした星のエフェクトだって描けちゃうんだからね!」


自画自賛しながらノリノリでペンを振り回すアンナ。アイクはそれを華麗にスルーしながら、呆れたように突っ込む。

「描くのはいいけど、ペン先をこっちの顔に向けながら描くの、やめてくれない?」

「大丈夫だって! たかが硬貨でしょ!」

アンナは余裕の表情だ。


――5分後。


老舗パン屋の店主が、手の中のどんよりとした金属の塊を複雑な表情で見つめていた。

「あのなぁ、お客さん……このお金、形が奇妙っていうか、なんでこんなにデコボコなんだ?」

アンナは服の裾をいじりながら、顔を真っ赤にして縮こまった。

「すみません、本当にすみません……」


アイクの圧倒的な交渉術のおかげで、二人はなんとかその「歪な硬貨」でパンを買うことに成功した。

公園のベンチに座り、パンを一口かじったアイクが興味深そうに尋ねる。

「アンナさん、そもそもこの物語って、どんな話だったんだ?」

「んー、実はすごく王道。魔王に故郷を滅ぼされたシュウが、修行の旅に出て、その途中でエリアと出会って、二人で魔王を倒しに行く……っていう、よくある冒険譚だよ」

アイクはパンを咀嚼しながら、不思議そうに首を傾げた。

「そんな王道ファンタジーなのに、なんで当時は完結させなかったんだ?」

「あー……それはね、途中でどう描けばいいかわかんなくなっちゃったから。王道なのはいいんだけど、何か特別な『フック』がないと読者はついてこないでしょ? だからエタらせた(打ち切った)の」


王道、だけどパっとしない、か……。アイクは何かを思考するように目を細めた。

「アンナさん、その液タブをちょっと貸してくれないか? 俺でも何か描けるか試してみたい」

面白そう、と思ったアンナは、特に警戒もせずそれを手渡した。


――だが、アイクが液タブを受け取り、画面にペンを走らせようとした、その瞬間だった。


液晶画面が禍々しい赤色の光を激しく明滅させ、液タブ全体が狂ったように振動し始めたのだ!

「な、何これ!? どうなっちゃってんの!?」

アンナが驚きに目を見開いて。


反応する暇さえなかった。

液タブの中心から、漆黒の光束が猛然と天に向かって突き抜けた。ツインスター町の空を貫くようなその一撃。凄まじい衝撃波がアイクとアンナを襲い、二人は目を開けることすらままならないまま、驚愕の表情で見つめ合った。


直後、街の正門の上空に、巨大な空間の裂け目が現れた。

そこから跨ぎ出てきたのは、巨大な体躯に大斧を携えた牛頭の魔物――ミノタウロス。

魔物は天を仰ぎ、狂ったように笑った。

「ハハハハ! 魔王様の悲願が、ついに成就する時が来たか!」


街は一瞬にしてパニックに陥り、逃げ惑う人々が悲鳴を上げる。

「正門に魔物が出たぞーっ!」

アイクの目が鋭く光る。

「アンナさん、正門へ急ぐぞ!」

「う、うん! 行こう!」



その頃、正門前。

魔物は大斧を引きずりながら歩を進め、恐怖に震える門番の兵士を完全に見下ろしていた。

「『神器』を持つ者はどこだ?」

兵士は顔を青ざめさせ、ガタガタと震えながら答える。

「じ、神器……? 何のことか....」

「そうか。なら、用済みだ」

魔物は鼻で笑うと、容赦なく大斧を振り下ろした。


「そこまでだ!」


鋭い怒号が、魔物の動きを止めた。

逃げ惑う群衆の中で、ただ一人、シュウだけが流れに逆らって立ち塞がっていた。

彼は手にした長剣を強く握りしめていた。その指先は、過度の緊張と怒りでかすかに震えている。

脳裏を過るのは、あの村が炎に包まれ、焦土と化した5年前の光景。

「もう二度と……お前たちに街を滅ぼさせはしない!」


魔物は斧を止め、シュウを見て、嘲るような笑みを浮かべた。

「ほう? 貴様、あの時の生き残りのガキか」

シュウは答えず、一歩踏み出して剣を構えた。その瞳には、決して揺るがない決意が宿っている。


刹那、魔物の大斧が空気を切り裂く轟音とともに襲いかかった。

ガキィィン! と激しい金属音が響き渡る。シュウは必死にそれを受け流すが、一撃ごとに腕が痺れ、圧倒的な質量差に削られていく。

埒が明かないと見た魔物は咆哮を上げ、能力を発動させた。数塊の巨大な岩石が、シュウめがけて猛然と飛んでいく。シュウは歯を食いしばり、正面から迫る巨石を一刀両断にした!


――いや、おかしい。軽すぎる!


斬り伏せた次の瞬間、シュウはハッと気づいた。

あの岩石は攻撃ではない。彼の視界を遮るための「目くらまし」だ。

砕け散った岩の破片の向こうから、巨大な影がすでに鬼神のごとき速さで肉薄していた。大斧の腹がシュウの胸部にまともに叩き込まれる。

反応する時間すら与えられず、シュウの身体は派手に吹き飛び、地面へと叩きつけられた。

魔物は冷酷にせせら笑う。

「ハハハ……弱すぎるな!」


「シュウ!! 大丈夫!?」

ようやく正門に駆けつけたアイクとアンナが、慌てて駆け寄る。


激痛の走る胸を押さえ、ゲホゲホと血の混じった咳をしながら、シュウは血走った目でアンナを睨みつけた。

「お前……まさかこの魔物も、お前が呼び寄せたのかよ!?」

アンナは慌てて首を振った。

「ち、違うの! 私たちはそんな――」

「もういい!!」

シュウはアンナの弁明を荒々しく遮った。


彼は痛む身体を剣で支え、なんとか立ち上がると、二人の前に立ちはだかった。

「お前らはすっこんでろ! 足手まといなんだよ!」

「でも、今のあんたじゃ絶対に勝てない!」

彼女には分かっていた。なぜなら彼女の設定上、この魔物は物語の「中盤以降」に出てくる強敵なのだ。今のシュウが勝てるはずがない。

シュウは忌々しそうに舌打ちをした。

「自分の実力くらい、自分が一番よく分かってる!」


一触即發の状況の中、アイクは冷静にアンナの隣へと下がった。

「アンナさん、無茶は承知で頼む。今すぐ俺に剣を描いてくれ!」

「わ、分かった!」

アンナはパニックになりながらも、激しく震える液タブに必死でペンを走らせた。

「できたっ!」


眩い光が弾け、アイクの手元に現れたのは……。

線画がグニャグニャに歪み、表面がボコボコに波打った、お世辞にも剣とは呼べない「鉄の塊」だった。

アイクはその「剣」を無言で見つめ、シュウもまた、信じられないものを見る目でアンナを振り返った。

アンナは顔を真っ赤にし、逆ギレ気味に叫ぶ。

「なによ! 武器とかメカ系は私の得意分野じゃないのよ!」

シュウは絶望したように片手で顔を覆い、深くため息をついた。

「嘘だろ……あんなナマクラで戦う気かよ……」


しかし、アイクはフッと不敵に笑った。

「まあ、これだけあれば十分さ」

言い落すと同時、アイクの瞳が鋭く引き締まる。彼は低く、呪文を詠唱した。

「――『迅疾アクセラレート』!」

刹那、狂暴な突風がアイクの周囲を吹き荒れ、次の瞬間にはその身体へと収束していった。


その時、魔物の視線がアンナの手にある液タブへと注がれた。その醜悪な顔に貪欲な笑みが浮かぶ。

「なるほど……あの小娘が『神器』の持ち主か! ハハハ! しかも、使い方も満足に分かっていないようだな!」

見くびられたアンナはカチンときて、液タブに殴り書きした犬のぬいぐるみを、魔物の顔めがけて全力で投げつけた。

「舐めないでよ! 私がまだ本気出してないだけなんだから!」


ペちっ。犬のぬいぐるみは魔物の顔面に当たり、虚しく地面に転がった。

これ以上ない屈辱を感じた魔物は瞬間的に激昂し、鼓膜を震わせるほどの咆哮を上げた。大斧を天高く掲げ、怒濤の勢いでアンナへと突進してくる!


「死ね、小娘がぁぁ!!」


眼前に迫る、逃れようのない死の凶刃。

シュウは奥歯を噛みしめ、心の中で毒づいた。

(――クソがッ!)

目の前にいるのは、自分が最も憎み、最も助けたくないはずの女だ。しかし、脳が思考を完成させるより早く、彼の身体は本能的に動いていた。アンナを庇うように、その前に滑り込む!


大斧が二人を真っ二つに引き裂くかと思われた、絶体絶命のコンマ数秒。

疾風を纏った残影が割り込んだ。アイクが滑り込み、そのデコボコの歪な剣で「ガギィィン!」と大斧を完璧に受け止めたのだ。さらに、アイクは空いた左手を前に突き出し、凝縮された衝撃波を放った。ドォン! と爆風が響き、巨体の魔物を数メートル後方へと力任せに吹き飛ばす。


「ほう? フフフ……」

魔物は体勢を立て直し、低く笑った。


アイクは視線だけをシュウに向け、告げる。

「アンナさんとの因縁は、今は一度置いておけ。こいつは、俺たち二人がかりじゃないと落とせない」

「置いとくだと?」

シュウは激しく息を荒げながら、怒りを剥き出しにして言い返した。

「これがそんな、言われて簡単に手放せるような軽いものに見えるのかよ!?」


言い捨てるや否や、シュウはアイクの制止も聞かず、再び単身で魔物へと突撃していった。アイクもやれやれと首を振り、後に続くしかない。

しかし、シュウの意地になったスタンドプレーは、魔物にとって格好の餌食だった。魔物は老獪に戦術を切り替える。実力のあるアイクに対しては防御に徹し、全ての苛烈な猛攻を、満身創痍で連携を拒むシュウへと集中させたのだ。


戦況がますます焦燥し、シュウが限界を迎えるのも時間の問題かと思われた、その時。

魔物の動きが、ピタリと止まった。

「……チッ」

魔物の表情が険しくなる。まるで、脳内に直接届いた遠方の何者かの声を聴き取っているかのようだった。

魔物は大斧を収めると、不敵な冷笑を浮かべた。

「運がいいな。どうやら、今日のところはここまでだ」


魔物は大斧の一撃でアイクを強引に弾き飛ばすと、バックステップで距離を取り、再び空間の裂け目を作り出した。

「『神器』の現存が確認できた以上、一度魔王様へ報告せねばならん。命拾いしたな、ガキども。次はこうはいかんぞ!」

「逃げる気か……!」

シュウは怒りのままに追おうとしたが、すでに限界を超えていた足がもつれ、そのまま地面に崩れ落ちた。


空間の裂け目が閉じ、魔物の気配が完全に消える。

同時に、張り詰めていた糸が切れたように、シュウは意識を失い、ドサリと地面に倒れ伏した。


「シュウ!」

アンナは慌ててシュウの元へ駆け寄り、その凄まじい傷の数々に、どうしていいか分からずパニックになった。

アイクが武器を収めながら走ってくる。

「アンナさん、早く! 回復薬を描くんだ!」

「う、うん……! でも、でも……!」

頭では分かっているのに、押し寄せる恐怖と罪悪感のせいで、アンナの手はガタガタと震え、スタイラスペンを握ることさえできなかった。


「ごめんなさい、遅くなったわ! 私に手伝わせて!」


その時、緊迫した空気を引き裂くように、急な足音が響いた。

取り乱した様子の少女が、大声を上げながらこちらへと全力で走ってくる。

聞き覚えのあるその声に、アンナはハッとして振り返った。

閉じた視界の向こうから現れたその少女の顔を、しっかりと捉えた瞬間。アンナは信じられないものを見たように目を見開き、声を失った。


「エ……エリア……!?」

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