第3話 お前ら、一体何者だ
駆けつけたエリアの姿を見て、アンナの瞳に驚きと喜びが走った。
エリアは一刻の猶予もないとばかりにシュウの傍らに駆け寄り、深く息を吸い込むと、手慣れた手つきで両手を広げた。
「『ヒール(HEAL)』!」
温らかな光が弾けると同時に、シュウの身体に刻まれたいくつかの凄惨な重傷が、目に見える速さで塞がっていった。荒かった呼吸も、次第に穏やかなものへと落ち着いていく。エリアは額の汗を拭い、二人に視線を向けた。
「私の家がすぐ近くにあるの。シュウを運ぶのを手伝って」
アンナとエイクは、弾かれたように何度も頷いた。
◇
エリアの家に到着し、シュウを寝室のベッドへ安全に横たえた後、エリアは静かにドアを閉めて部屋から出てきた。
彼女はソファに腰掛けているアンナとエイクをじっと見つめる。リビングの古い柱時計が刻む「チクタク」という重苦しい音が、空気の重さをより一層際立たせていた。沈黙を最初に破ったのは、エリアだった。
「この街であなたたちの姿なんて見たことがないわ……一体、何者なの?」
エイクとアンナは顔を見合わせた。数秒の沈黙の後、アンナは意を決して深く息を吸い込み、真実を打ち明けることにした。
「信じられないかもしれないけど……ここ、実は私が描いた漫画の世界なの。どうしてか分からないけど、突然ここに飛ばされちゃって。で、隣にいるエイクは、別の物語から来た人なんだよね」
その言葉を聞いたエリアの顔に、明らかな困惑と不信感が浮かぶ。
「あなたが描いた……? そんなの信じられない。じゃあ、あなたはこの世界を創った神様みたいな存在だって言うの?」
アンナは慌てて首を横に振った。
「違うの! 私はみんなと同じ、ただの普通の人間だよ」
「信じられないわ」エリアは半歩下がり、強い警戒の眼差しを向けた。「もしそんな荒唐無稽な話で人を騙そうとしているなら、私はそんなに甘くないわよ」
頑ななエリアを見て、アンナはゆっくりと立ち上がると、微かに光を放つ液晶タブレットを取り出し、スタイラスペンを強く握って描き始めた。
「何をしているの?」エリアが不審そうに尋ねる。
隣のエイクは腕を組みで言った。
「静かに見てなよ」
一分が経ち、アンナの手が止ると、画面から淡い光が立ち上った。
それは、一輪の美しく咲き誇る青い花――『モラン』だった。
モランの花は空中で実体化し、そのまま木製のリビングの床へと、はらりと落ちた。
「この花……どうしてあなたが知っているの?」
足元に落ちた、幽玄な青い光を帯びる花を見つめ、エリアはその場に立ち尽くした。記憶の扉が、一瞬にして抉り開けられる。彼女がシュウと初めて出会った場所が、このモランの花が咲き乱れる花畑の中だったことを、忘れるはずがなかった。それは、彼女とシュウだけの秘密だった。
アンナはしゃがみ込み、その青い花を優しく拾い上げると、静かな声で言った。
「今すぐ信じてなんて無理に言わない……でも、本当にみんなの力が必要なの」
エリアは愕然としてエイクを見つめ、そしてまたアンナへと視線を戻した。目の前の超自然的な現象と、胸の奥底にある記憶が重なり合い、彼女の理智を激しく揺さぶる。
「嘘よ……そんなの、あり得ないわ……」
エリアは首を振りながら、放心したように後退り、やがて頭を冷やす空間を求めるように背を向け、別の部屋へと駆け去ってしまった。
リビングには二人だけが残された。エイクは少し落ち込んでいるアンナを見て、提案した。
「ひとまず、外に出ようか」
◇
アンナとエイクは裏庭へとやってきた。そこは緑が青々と茂り、傍らには清らかな小川が流れる、ひどく静かな場所だった。アンナは歩み寄り、少し気落ちした様子で川沿いの岩に腰掛け、黙ってタブレットを取り出すと、再び画面を点灯させた。
「アンナさん、次は一体何を描くんだい?」エイクが歩み寄りながら尋ねる。
アンナは少しきまり悪そうに頬を赤らめ、自嘲気味に笑った。
「せっかく時間があるんだから、今のうちに絵の練習をしておこうと思って。だって……毎回戦闘のたびに、あんな不格好なものばかり創り出すの、さすがにちょっと恥かしいじゃん…」
エイクは彼女を見つめ、顎に手を当てて笑みを浮かべた。
「確かにね。でも、見方を変えれば、絵のクオリティが上がれば上がるほど、具現化される力も強くなるかもしれないよ?」
「えっ!?」アンナの目が輝いた。「それ、すごく一理あるかも! じゃあ、早速試してみなきゃ!」
しかし、彼女が意気揚々と画面に武器の線を走らせ始めたその時だった。隣に立つエイクの腰にある、先ほどの戦闘で描き出された『歪んだ剣』が、突如として何の前触れもなく無数の光の粒子へと変わり、霧のように消え去ってしまった。
エイクは一瞬呆然とし、空っぽになった腰の鞘に目を落とした。
顎に手を当て、しばし思考を巡らせた後、彼は低い声で言った。
「なるほど……この板から描き出されたものは、この世界に永遠に存在し続けられるわけじゃないらしい。時間制限があるんだ」
アンナも何かに気づいたように、一瞬、瞳孔が小さくなった。
二人は顔を見合わせ、その脳裏に全く同じ光景が過った。そして、異口同音に驚愕の鳴を上げた。
「「あーーっ!!」」
――その頃、街の一角にある酒館。
パン屋の店主が、隣で酒を飲んでいる客に向かって、上機嫌に自慢話を繰り広げていた。
「いやあお客さん、今日ちょっと妙な硬貨を受け取りましてね、これを見てくださいよ――」
店主は、アンナによって描かれた、表面がひどく歪でデコボコした金属の塊を、得意げにテーブルへと置いた。
次の瞬間。
ぽっ。
硬貨が、跡形もなく消え去った。
酒館の中が、一瞬にして死のような静寂に包まれる。
客の笑顔は凍りつき、掲げた酒杯は中空でピタリと止まった。
「……」
「……」
目をゴシゴシと擦り、客は茫然自失とした様子で、ぽつりと呟いた。
「……俺、飲みすぎたかな?」
◇
シュウが目を覚ました時、窓的外はすでに夕闇の美しいグラデーションに染まっていた。
見慣れた木製の天井が目に入り、彼の頭はすぐに状況を理解した――ここは……エリアの家だ。
シュウは身体を少し起こし、無意識に自分の胸元に手を当てた。危うく命を落としかけたあの重傷が、今ではすっかり完治している。「エリアが治してくれたのか……」
シュウはそのまま寝返りを打って二度寝しようとしたが、窓の外から断続的に「カン!」「チャン!」という、金属を叩く不格好な音が響いてきた。彼は眉を顰めて窓辺へと歩み寄り、カーテンを開けて外を見下ろした。
夕暮れの暖かなオレンジ色の光が、アンナの横顔を優しく照らしていた。彼女は川沿いの岩に腰掛け、狂ったようにペンを走らせている。そして彼女の周囲の地面には、すでに線がひどく歪んだなまくら刀や、デコボコとしたガラクタが山のように積み上がっていた。
エイクがその傍らに立ち、地面から歪んだ剣を一振り拾い上げて、二、三回振ってみせる。
「これは重すぎるな」エイクは首を振り、無造作に投げ捨てた。
彼はまた別のガラクタを拾い上げる。
「これは柄が短すぎる」
「これもダメだね……」
アンナは自分の髪を頭から掻きむしり、絶望混じりの悲鳴を上げた。
「あーーもう! 鬱陶しいなぁ! なんでどれも上手くいかないの!?」
コン、コン、コン
その時、部屋のドアが控えめにノックされた。
エリアが入ってきて、すでに起き上がっているシュウの姿を見ると、慌てて駆け寄った。
「大丈夫、シュウ? 今回は本当にひどい怪我だったんだから……ごめんなさい、私、すぐに駆けつけられなくて」
シュウは不安そうなエリアを見つめ、その口元に微かな笑みを浮かべると、口調を和らげた。
「気にするな。助けてくれて感謝している、エリア」
それから、エリアもシュウの視線に引きずられるように窓辺へと歩み寄り、裏庭でガラクタの山を前に頭を抱えているアンナへと視線を向けた。
その二人の姿を見つめながら、窓辺の二人はしばらくの間、長い沈黙に落ちた。
やがて、シュウが自ら静寂を破るように口を開いた。
「どうやら……お前も、あいつらのことを聞いたみたいだな?」
エリアは複雑な溜息を吐き出した。
「ええ……。まあ、本当に信じがたい話だけどね」
ちょうどその時、下にいたアンナが突然、窓辺からの視線に気がついた。顔を上げると、シュウとエリアの二人とバッチリ目が合ってしまう。
アンナの動きがピキリと凍りついた。顔を真っ赤に染め、極度の気まずさから、おずおずと片手を半分だけ上げ、バツが悪そうに引き攣った笑顔で窓辺の二人に手を振った。
窓の手前で、シュウは数秒間沈黙した。下にいる、この世界の『創造主』であるはずなのに、誰よりも不格好で、不器用極まりない少女の姿を見つめ――シュウは最終的に忌々しげに眉を寄せると、窓を勢いよく押し開けた。
彼は両手を窓枠に突き、階下に向かって怒鳴りつけた。
「おい」
「お前らに、聞きたいことがある」
◇
数分後、四人はエリアの家のリビングにある木製のテーブルを囲んでいた。
室内の空気は、ひどく微妙で、張り詰めた沈悶に満ちている。
シュウは腕を組み、全身から言い知れぬ威圧感を放ちながら、対面に座るアンナを鋭く睨み据えていた。エリアはシュウの隣に腰掛け、何かを言いかけながらも、その視線は時折、アンナが必死に胸元に抱え込んでいるあの液晶タブレットへと向いてしまう。
アンナは今、緊張のあまり息が詰まりそうだった。タブレットを唯一の盾のようにして胸に押し当て、視線をテーブルの一点に落としたまま、シュウと目を合わせることなど到底できなかった。
一方、その隣に座るエイクは、四人の中で最も悠然としていた。彼は椅子の背もたれに身を預け、心中で静かに状況を観察しながら、どうやってこの膠着状態を打破すべきか、思考を巡らせていた。
沈黙を破り、シュウが口を開いた。アンナを真っ直ぐに見据え、言い放つ。
「お前ら、一体何者だ」




