第1話 ここ私の漫画の中じゃん!
初投稿です!
感想・アドバイスなどいただけたらとても嬉しいです!
まあ、プロットなんて難しすぎるし、とりあえず放っておこう。
五年間も放置されたこの未完成の物語が、まさか今日、結末を迎えるステップを踏み出すことになるなんて、その時の私は知る由もなかった。
大学進学を機に実家を出て、新しい部屋の片付けをしていた時のことだ。ダンボールの底から、見覚えのあるペンタブレットが見つかった。
「あれ? これ、私のペンタブじゃん……」
五年前に描き途中で投げ出した漫画のデータが残っている。懐かしさのあまり、私は軽い気持ちで当時のフォルダを開いてみた。
「うわあ、懐かしい! 私が描いた勇者のシュウとエリアだ。我ながらお似合いの二人だなあ。当時はもっとたくさん二人のエピソードを描いてあげればよかったな」
そう思いながら次のページをめくった、その時だった。
「あれ? このページ、なんで真っ黒なんだろ?」
画面を覗き込んだ瞬間、突然、凄まじい吸引力が私を襲い、視界が反転した。
「痛っ、痛たた……な、何これ、どこ!?」
慌てて周囲を見回すと、見渡す限りの鬱蒼とした森。オタクとしての直感が、恐ろしい結論を脳裏に叩きつけてくる。
まさかここ……私が描いた漫画の中の世界、じゃないよね……?
ふと右下に目を落とすと、なぜか私のペンタブレットが転がっていた。試しに空中に何かを描いてみると、描いたものがそのまま実体化して現れた。
「ま、マジか……! だったら、今アニメで一番大人気の主人公を描いちゃおう! 文武両道でめちゃくちゃ頼りになる『アイク』!」
この世界なら著作権の心配もないよね……なんて、不謹慎な笑みがこぼれる。
それから十分後。
「できた……!!」
ブランクのせいでちょっとデッサンが崩れちゃったけど、少なくともこの世界で私を守ってくれる相棒としては十分なはずだ。
アイクはゆっくりと目を開けた。自分が置かれた状況が信じられないといった様子で、周囲を見回してから口を開く。
「……ここは、一体?」
「よ、よお! アイク! ちょっと訳あって、私はこの世界に突然飛ばされちゃったんだ。ここから出る方法を一緒に探してくれないかな?」
アイクは深く詮索することなく、静かに頷いてくれた。
「とにかく情報収集が必要だ」
アイクが右手をまっすぐ伸ばし、短く唱えた。
「『シーク(SEEK)』!」
彼の右手から、霊体のような鳥が勢いよく飛び出していく。
数秒後、鳥の視界を共有したアイクが言った。
「前方に町があります。まずはこの森を抜けましょう」
「そういえば、あなたのことは何とお呼びすれば?」
「あ、アンナでいいよ。」
「アンナさん、ここがあなたの描いた物語の世界なら、この話の『結末』はどうなるのですか?」
「結末……? うーん、当時はそこまで考えてなかったんだよね。ほら、途中で投げ出しちゃったから……」
「そうですか……では、あなたが描いたキャラクターについて教えてください」
私は歩きながら、アイクにシュウとエリアのことを熱弁した。
「二人は私の自慢のキャラクターでね、最後にはお似合いのカップルになるようにくっつけたんだから! あっ、町が見えてきた! 早く入ろう!」
私とアイクは、最初の町である『ツインスター町』に到着した。
中世ヨーロッパ風の建物が立ち並ぶ、こぢんまりとした綺麗な町だ。なぜ私がこんなに詳しく覚えているかって? ふふん、当時はこれらの建物の背景に、全部無料のフリー素材を使ったからだよ!
「ツインスター町、ツインスター町か……。なんだろう、何かすごく大事なことを忘れているような……」
その時、背後から突然、声が掛けられた。
「おい」
私とアイクが同時に振り返る。
「あ、あれってシュウじゃん!? そっか、だから見覚えがあったんだ! 当時はちょうどここで話を止めて、シュウがエリアと一緒に次の目的地へ旅立つところだったんだ!」
シュウは怪訝そうな表情で私たちを見つめている。
「見かけない顔だな……お前たち、誰だ?」
私は自信満々に腰に手を当てて言った。
「いやいや、そんなに警戒しないでよ! ちょうど君の助けが必要だったんだ」
「助け?」
シュウの声が低くなる。
私はさらに調子に乗って言葉を続けた。
「私、なぜか自分が描いたこの物語の世界に転移しちゃってさ。現実世界に戻る方法を探してるの」
私が説明している間、アイクはシュウが俯いたまま沈黙していることに気づき、微かな違和感を察知していた。
「……お前が、作者。……この世界を作った、神のような存在なのか」
シュウは地を這うような声で呟きながら、ゆっくりと私に歩み寄ってきた。そして突然、私の胸ぐらを激しく掴み上げた。
彼の衣服越しの手が、小刻みに震えている。
興奮ではない。
それは、圧倒的な怒りだった。
「――なぜ、俺の故郷を焼き払った?」
私は凍りついた。
「え……?」
シュウの瞳に、激しい憎悪が宿る。
「答えろ」
「それ、は……」
なぜかって?
そんなの、王道冒険ファンタジーの黄金ルールだからに決まっている。
最初にそれくらいの血の気の引くような悲劇を背負わせないと、読者が感情移入してくれない。みんなそうやって描いている。それが当たり前なんだ。
――だけど。
目の前で怒りに打ち震える彼の手と、赤く血走ったその瞳を見た瞬間。
そんな身勝手なクリエイターとしての本音は、私の喉にへばりついて、一文字たりとも声にならなかった。
見かねたアイクがシュウの手首を掴み、強引にその拘束を解いた。
シュウは吐き捨てるように手を離すと、一言も発さずに背を向け、その場を去っていった。
「はぁ、はぁ……っ」
私は激しい動悸に襲われ、冷や汗が止まらない。
「大丈夫ですか、アンナさん」
アイクの問いかけに、私は消え入るような声で「大丈夫……」と返すのが精一杯だった。
私は、遠ざかっていくシュウの背中をただ見つめていた。
……今まで、気づきもしなかった。
自分がかつて、気まぐれにペンを走らせて生み出したあの残酷な悲劇。
それが彼にとっては、
すべて、血の通った現実だったのだと。
その重さを、私はこの時、初めて知った。




