1ー28 小さいソフィア、無事だった亮太
遅くなってすみませんでした。(>_<)
自らを星神と名乗った男、ジュリアス・フローゼンの姿が見えなくなった。
それをずっと睨み続けていたが、氷漬けにされた身体は冷えてしまい、意識はほとんど失いかけていた。
(ユーマ様、ユーマ様! 気を確かに! 今から助けます)
(待ってくれ。アイツの“目”があるかもしれない。俺の中にいれば気づかれなかったんだし、今は俺の中にいてくれ)
(そうは言っても、このままでは凍え死んでしまいます!)
ソフィアは必死に自分を出してくれと訴えるが、それに応える訳にはいかないのだ。ジュリアスは精霊の存在を探知できる術を持っていた。置いていった青い石のことだ。これと同じ物をまだ持っていないとも限らない以上、ソフィアを外へ出すのは躊躇せずにいられなかった。
(そうだ。あの方法なら……!)
(ソフィア? おい、何を――)
目の前が突然光り、反射的に目を瞑った。
そして目を開けると、そこにはソフィアの姿があった。手のひらサイズの、まるで妖精のように小さいソフィアの姿が。彼女は白い翼もなく宙に浮かび、俺の頬へその小さな手のひらを当てる。
「その姿は……それに、出たらダメだって……!」
「心配いりません。この姿は仮初のもの。魔力で作ったわたしの分身なのです。わたしの本体はユーマ様の中にありますので、星神に気づかれる恐れはないでしょう」
「そ、そうなのか……」
本当に気づかれないのかは青い石で確かめるまでは安心できないが、ソフィア本人が出るよりかは良いのかもしれない。
「今すぐ氷を溶かします!」
ミニソフィアの手のひらから光が溢れる。すると俺を覆っていた氷がみるみるうちに溶けていった。
俺の身体は自由を取り戻した。
しかし体力を失いすぎたせいで、指一本動かすのも辛い。
疲弊しきった俺を見たソフィアは、更に精霊術を行使する。
全身を光が覆う。
(温かい……)
優しく抱きしめられているかのような感覚に身を委ねる。とてつもない安心感をおぼえていると、身体の奥底から力が湧き上がってきた。
「凄い、ほとんど全快してる……」
体力はほぼ回復したと言っていいだろう。難なく起き上がり、凝り固まった身体を伸ばしてほぐす。さっきまで動けなかったのが嘘のようだ。
俺は改めてソフィアの精霊術に感銘を受けていた。
ミニソフィアは彼女の容姿と寸分変わらず、それはつまり自分の姿をはっきりイメージできている証である。それに加え五感を本体と共有していて、分身越しでも全く問題なく繊細な精霊術を行使している。
一つ行使するだけでも相当な集中力を要する精霊術を同時に複数行使するなんて芸当、彼女のイメージのサポートがあっても真似できる自信がない。……〈シグル〉有りならできるかな?
「体力や怪我は癒せても魔力までは回復できないので、精霊術を使わないようにしてください」
「わかった。ありがとうソフィア」
動けるようになったところで、俺たちはおざわ荘の中に入ることにした。
ジュリアスはおざわ荘の女性たちのみを攫って行った。その中には亮太の姿がなかったのだ。
女好きのような言動をしていたアイツのことだから、男の亮太は攫う気にはならなかったのだと思われるが……今は亮太の安否が気になっていた。殺されていないことだけを祈りながら玄関をくぐった。
「「…………」」
おざわ荘の中を見た俺たちは、あまりにも悲惨な有様に言葉を失った。
玄関前にある階段下のスペースに通路のような穴が開いていたが、その入り口を氷で塞がれていた。そしてそこを起点におざわ荘中へ氷が広がっていた。
だが言葉を失った理由はそれだけじゃない。廊下に氷漬けにされた人の姿があったからだ。
(まさか……!?)
嫌な汗が噴き出る。恐る恐る近づくと、氷漬けになった人物の姿を確認できた。
結論から言うと、氷漬けの人物は亮太ではなかった。
白い軍服を着て、銃器で武装した男。いかに軍人といった容貌の男の姿を見た俺は亮太の姿を探し周りを見回す。
するとこの軍人と同じように氷漬けになった人影がまだあることに気づく。
「ソフィア。亮太を探すのを手伝ってくれ」
「は、はい。それはもちろんなのですが、この氷漬けになった人たちは――」
「放っておいていい。今は亮太を探すんだ」
「っ! は、はい!」
ソフィアは何か言いたげな様子だったが、あえて気づかないフリをした。
今は亮太の無事を確認することが最優先なのだ。この軍人のことなど気にしてなんていられない。
俺は焦燥感に駆られる心を抑えつつ、亮太の名前を呼びながら廊下を進む。
「……! ……」
「今、声が……!」
「ああ! 別館の方からだ!」
呼びかけに応える声。それが別館方向から聞こえてきたと判断した俺は、凍った床で滑らないよう気をつけながら、早足で別館に向かった。
別館は比較的氷漬けの被害が少ないようだった。
渡り廊下から中へ入り、亮太を探す。
「亮太! どこにいるんだ、亮太!」
「リョータさーん! どこにいるのですか!」
「……悠真! ソフィアちゃん! 良かった。外でまた誰かが戦ってる音がしたからあいつに氷漬けにされたんじゃないかって……!」
「お前こそ無事で良かった! もしかしたら氷漬けにされたんじゃないかって心配したんだぞ!」
階段を降りてきた亮太と合流した。
死んでない。ちゃんと生きてる!
俺は亮太の姿を見た瞬間、心の底から歓喜した。
美奈穂たちを連れ去られ己の力不足を悔いていた俺にとって、亮太が無事だったことはある種の救いだった。
「にゃあ~」
「ミケ……そうか。お前も無事だったんだな」
「ふにゃ~ん」
亮太の後ろから三毛猫のミケが姿を見せた。
ミケは跳び上がると俺の腕の中に収まった。優しく撫でてやると、安心したような鳴き声を溢していた。
俺の腕の中で安らぐミケに心を癒され、気を抜いたら涙が溢れそうになる。
「ごめん。ごめん悠真。俺、サラちゃんたちが連れ去られるのを見てることしかできなかった……」
ミケを撫でる手を止めて、謝り続ける亮太に視線を向ける。
思わず目を見開いてしまった。
肩を震わせ、本気で悔し泣きをする亮太。
自分と同じように、己の無力さを痛感し吐露する彼の姿に、俺は涙を流さないよう心を引き締める。
「それは俺も同じだよ。あの男に皆を連れ去られたんだから……。でもな――」
ここで、俺が涙を流してはいけない。悲嘆していてはいけない。希望はまだ残っているのだと、亮太に示さなければならない。
……でないと、亮太は自責の念に駆られ続けてしまうから。
「俺は絶対、皆を助け出す。だから泣く必要はないんだ。お前の悔しさも、あの野郎にぶつけてやるからさ」
「でも……! 俺、何にもできなかった! 恐くて、震えて。皆が気絶させられるのを目の前で見させられるしかできなかったんだぞ!?」
「今回は、相手が悪かったんだよ。なんたって、あの野郎、自分のことを星神だって名乗ってたからな。神様が相手じゃ、何もできなくたって誰も責められないさ」
「星神って、それってソフィアちゃんが言ってた……」
「ああ……俺が殺さないといけない相手らしい」
「……」
言葉を失い、青ざめた表情を浮かべる亮太。
星神ジュリアスは英語で会話していたし、あいつが何者か亮太が知る機会はなかったのだろう。
神様相手に、魔術師でもないただの人間である亮太が敵うわけもない。俺としては無理して歯向かって殺されなかっただけ良かったのだが、それを亮太に受け入れろと言うだけでは酷かもしれない。
「亮太。今回のことは、もう過ぎたことだから仕方ない。それでも自分の無力さを嘆くなら、それは次に生かせ。また今日みたいなことが起きたときに、戦えるようになるんだ」
「悠真……?」
「大丈夫。皆はちゃんと連れ帰る。だからお前は、次に備えればいいのさ」
「……ハハッ。お前、それで励ましてるつもりかよ、ったくよぉ……。はあ、俺は足手まとい、だよな」
「……まあ、な」
「わかってる。俺に助けに行けるだけの力も方法もないことは、ちゃんと理解してるよ」
亮太の瞳に、気力が戻る。
まだ完全に後悔を吹っ切れたわけではないだろうが、瞳には“次”を見据える力強い光が宿ったのはわかった。
「でも、本当に皆を救いだせるのか? 相手は神様なんだろ? お前に勝てるだけの力はあるのか?」
「誰が、俺一人で助けに行くって言ったよ?」
「あ、ソフィアちゃんがいれば……って、どうしたのソフィアちゃん!? 何かちっちゃくなってるよ!?」
「リョータさん、今気づいたのですか?」
「あ、あはは。ごめんね」
今になってソフィアが小さくなっていることに気づくとは……。
亮太の鈍さに呆れるべきか、それとも心に余裕ができて気づけたのだと見るべきか。
そんなことを考えながら、俺は話を戻した。
「ソフィアにも勿論ついてきてもらうさ。相手が星神だってわかった以上、尚更な。でも、皆を助け出すための力は、他にもある。お前も見たんじゃないのか?」
「え?」
亮太が疑問を浮かべた瞬間、本館の方から爆音が響いた。そして複数の人間の足音が聞こえてくる。
「はあ……。やっと来たのか」
「ユーマ様、あの人たちの格好はまさか……!」
廊下で氷漬けにされていた軍人のような男とお揃いの格好をした人間たちが続々と姿を現した。
彼らは別館に入ってくると、俺たちの前で立ち止まり、一斉に跪く。そして彼らの中から一人の小柄な女性が前に出てきて、その人物も膝を突いた。
「申し訳ございませんでした、悠真様。此度の失態、弁解のしようもありません」
俺は跪く軍人たちの先頭にいる女性を一瞥すると、軍人たちを見て驚いている亮太に向き直った。
「俺とソフィア、そしてスーフィリアの軍人が、母さんたちを救いだす。だから亮太は、ミケと加奈子先輩と一緒に、おざわ荘で待っててくれ」
「スーフィリア……まさか、あの国の? ハ、ハハハ」
軍人たちの正体を察した亮太は、呆けた表情を浮かべ壊れたように笑う。
それを見かねた俺は、あえて軽い態度で肩を叩いてやった。
「しっかりしろよ亮太。でも、これでわかったろ? 皆を助け出すのも不可能じゃないって」
「ああ、納得した。あの有名なスーフィリア王国の力があるっていうのなら、神様相手でも勝てるかもしれない。……頼んだぞ悠真。皆を連れて帰ってきてくれ」
「ああ。絶対に皆で帰る」
俺はミケを亮太に託し、背を向けた。
軍人たちは見計らったように立ち上がり、道を開ける。
俺に謝罪していた女性軍人、俺とソフィア、軍人たちの順番で本館へ向かう。ついてくる軍人は全員ではなく、数名はセキュリティーが機能しないおざわ荘の警備のために残るようだった。
「……帰ったら、色々と説明してもらうからなー!」
背後から亮太がそんなことを言ってきて、俺は振り返らずに手を上げることで応えた。
「さあ行こう、ソフィア。皆を助け、君の願いを叶えるために」
「……ありがとうございます。ですがわたしは、わたしの願いより皆さんのことを優先してもらいたいです」
「確かに、星神を殺すのは今回じゃなくてもいい。星神の正体がわかったからには、後日探し出して殺すという選択肢もあるからな。でも、俺は絶対に星神を殺す。後日になんてありえない。助け出した母さんたちを再び狙うという可能性を残さないために。だからソフィアもそのつもりでいて欲しい」
「申し訳ございません。どうやらわたしの方が、覚悟が足りていなかったようです。神殺しを頼んだのはわたしなのに……。全力を尽くしますので、存分にわたしの力を使ってください」
「言われなくても、加減なんてしないさ。頼りにしてるぜソフィア」
「はい! わたしもです!」
俺たちは本館の氷漬けになっていた穴の前で立ち止まった。
穴は氷がなくなり、爆破された跡が残っていたものの人が通れるようになっていた。
「暗くなっていますので、足元に気をつけてください」
「わかった」
女性軍人が俺に注意を促してから穴を下っていく。
俺は彼女の持つライトの光を頼りに、穴の中へ踏み出した。
なんか中途半端に秘密(?)を明かしただけになってしまった。
わけわかんないよ! といった苦情は甘んじて受けます。すみません。
次で現れた軍人たちと、「スーフィリア王国」とは何かを説明しますのでご容赦ください。




