1ー25 シャドードラゴン討伐戦2
首を失ったシャドードラゴンが再び倒れ動かなくなった。
突然光がシャドードラゴンの首を吹き飛ばした光景に驚き浮き足だっていた第一部隊の面々に、大酉の爺さんが檄を飛ばす。
「狼狽えるんじゃねえ! ありゃあ小僧の術だ。オレらは、ドラゴンが動けないうちに攻撃するんだ! 急げ!」
その声に落ち着きを取り戻し、全員で連携して動けないシャドードラゴンへ攻撃を再開した。加奈子先輩や、一時戦線離脱していたアキとツバキも加わり、総攻撃を仕掛ける。
そしてその状況を上空から見ている俺はというと……未だにショックから立ち直れず狼狽していた。
『落ち着いてください、ユーマ様! ドラゴンはまだ倒れていないのですよ!?』
「そ、それはわかってるけどさ。何なんだ今の威力!? ごっそり魔力減ったけどさ、何で俺が師匠と同じことができるんだよ!?」
俺にとって加奈子先輩は憧れであり、目指す目標とでも言うべき存在なのだ。そして俺の祓魔師としての能力は、大酉の爺さんに『小僧』と呼ばれても仕方ないくらい未熟であり、加奈子先輩と天と地ほどの差がある自覚があったのだ。
だからこそ、俺が加奈子先輩と同じことができたという事実に、今までの価値観をひっくり返されるに等しい衝撃を受けたのである。
『ユーマ様は今まで自由に魔力を扱えなかっただけで、星神を殺す神の子としての素質があるユーマ様には、元からこれだけのことができる能力があったのです。ドラゴンの首を吹き飛ばした程度で驚いていては、星神を殺すなんて夢のまた夢ですよ!』
「そう、だな。そうだよな。神を殺すって決めたのに、こんな奴を倒せないんじゃ話にもならないよな。……ふぅ~、ありがとうソフィア。ちょっと落ち着いた」
『いえ。わたしもちょっと言い過ぎました。申し訳ありません』
ソフィアの少し突き放すような諫める言葉を聞いて、俺は冷静さを取り戻すことができた。俺は頼りになる彼女に感謝を伝えた。
まだ眼下での戦闘に変化は見られない。シャドードラゴンは首の再生をしようとしているが、祓魔師たちの猛攻に耐えるために魔力を消費して、再生にまで魔力を回す余裕がないようだ。
(シャドードラゴンの魔力はまだまだ膨大だけど、この調子なら倒すことも不可能じゃない。俺も攻撃に加わらないと)
魔力視を通すと自然界に漂う魔力や霊力、祓魔師たちやシャドードラゴンの保有魔力量が色の濃さとして俺の瞳に映し出される。魔力が多かったり集中したりしているほど色は濃く見え、逆に魔力が少ないと色は薄く見える。だから色の濃さの変動を見ることで自分以外の魔力量の変化を知ることができるのだ。
俺は魔力量の変動から、後どれだけ戦闘可能なのか時間をナヴィに算出させ、幾ばくか余裕があることを知った。だからと言って、俺が悠々と精霊術の習得に時間を掛けられる訳ではないのだが。
この時間を無駄にしないために、俺はソフィアから精霊術の指導を受ける。
『先程の光槍ですが、あれは光槍というより巨大な魔力弾のようでした。ただ魔力を集めて固めただけで、槍の形にするイメージが疎かになったのだと思います。それと魔力の制御も甘過ぎました。あれでは暴発してしまいます。制御するために魔力量は少なくし、槍を構築するイメージに重点を置きましょう』
「魔力を少なくしてコントロールしやすくなれば、その分、槍を作るイメージの方に集中できる、か。よし、やってみるか」
魔力をほんの少しずつ体外に放出し、自然界に霧散させないために自分から離れないようコントロールする。ふわふわと不定形の靄のような魔力が、俺の手と繋がって揺蕩う。
(ソフィア、魔力にイメージを伝える感覚を強化してくれ)
ソフィアから感覚を強化してもらい、俺のイメージ不足を補強する。
魔力にイメージを伝える感覚を理解した。その感覚を忘れないよう、揺蕩う魔力にイメージを流し、球や棒、四角形や三角形など様々な形に変化するのを繰り返す。繰り返す度に変化する速度を上昇していき、魔力操作を洗練させていく。
同時に、槍のイメージを、そしてその槍を構築していく手順を細かくイメージする。
イメージの元にしたのは糸の仕組みだった。幾本もの光の糸を絡ませながら束ね、一本の槍にするイメージ。
魔力操作も、イメージの明瞭化も十全だと感じた俺は、光槍の構築を始めた。
繊細な魔力操作は神経をすり減らす作業だ。〈シグル〉によって脳の演算領域を拡張し、思考を通常の十倍以上に加速させて集中を限界以上に高めるが、それでも魔力の精密操作を保つのがギリギリだった。
『うそ……。精霊でもここまで繊細な魔力操作ができるのは、極めて限られた者だけなのに。それを魔力操作を覚えたてのユーマ様が行っている……?』
ソフィアが何かを呟いていたが、魔力操作のみに意識を極限まで集中させている俺には『何か言っていた』程度にしかわからなかった。
「ふぅ……ふぅ……こいつならっ」
手の先で浮かぶ光槍。その出来は先程とはまるで別物であった。光を押し固めただけの槍とは違い、それは槍としての美しい形を成している。
綺麗に光の魔力が編み込まれ、夜の闇を退け聖なる光を放つ槍。
込められた魔力量は先程より少ないにも関わらず、この槍は更に強い力を秘めているのを肌で感じた。
『すばらしいです、ユーマ様。ここまで美しい精霊術を、わたしは見たことがありません!』
「ありがとうソフィア。俺もこれは結構上手くいった自信があるよ――」
後はこれをドラゴンに当てるだけ。そう言おうとしたが、突如襲った悍ましいほどの寒気を感じ、俺は咄嗟にシャドードラゴンの魔力を視た。
(嘘だろ、おい……っ! あいつの魔力、今にも爆発しそうなぐらい膨れ上がってるじゃないか!?)
シャドードラゴンの魔力がいつの間にか恐ろしいまでに高まっており、まるで心臓のように脈打っていた。脈動が、爆弾が爆発するまでのカウントダウンのようだと思った。
ドス黒く濁った魔力。それが外に向かって放たれて、皆は無事でいられるのか。
俺が通信機の向こう側に警告を発しようとしたその時、通信機から大酉の爺さんの指示が発せられえた。
『全員今すぐヤツから離れろっ! 範囲攻撃が来るぞ!』
だが、その指示はタイミングが遅かった。
シャドードラゴンの膨れ上がった魔力が爆発的に溢れ出し、衝撃波となって森林ごと祓魔師たちを蹂躙し吹き飛ばした。
『キャアアアーーーーッッ!!!』
一番ダメージを受けたのはアキとツバキの二人だった。ちょうど攻撃を仕掛けるタイミングで、接近していたために回避が間に合わず、衝撃波を近距離で受けてしまったのだ。
祓魔師は魔物と戦うために、身体能力を向上させる術を覚えている。そのため身体強化中なら大型トレーラーに突っ込まれても無傷でいられるようになるのだが、シャドードラゴンが放った衝撃波はそれ以上の威力があり、彼女たちの防御を容易く貫いてしまった。
『うおおおおおおおおーーーーーっっ!!!』
吹き飛ばされた北条姉妹は意識を失ってしまい、そのまま地面に落下すれば受け身も取れず死んでいたかもしれない。だが、彼女らの近くにいた孝治が、同じく吹き飛ばされながらも身を捻り片足を地面につけ、無理矢理地面を蹴って二人の身体を捕まえた。そして自身を下にしてクッションにすることで、地面に叩きつけられる衝撃を引き受けた。
孝治のおかげでアキとツバキは重症こそ回避できたが、気絶と肉体ダメージのせいでこれ以上の戦闘は不可能だろう。二人を助けた孝治も、地面に身体を打ち付けた拍子に背中を痛め動けなくなってしまったようだった。あの様子では背骨に罅が入っているかもしれない。
他の祓魔師たちは彼らほど酷いダメージを受けなかったようだが、すぐに動き出せそうにはなかった。
シャドードラゴンの首が断面をぼこぼこと泡立つように生えてきて再生した。
ぎろり、と瞳が俺を向く。次はお前だと言っている気がした。
シャドードラゴンが翼を広げ、飛び立つ姿勢を取る。
『ヤツを飛ばせるな……ッ! 翼を潰せ……ッ!』
大酉の爺さんが叫ぶ。その声に応えるように、シャドードラゴンの前に加奈子先輩が身を躍らせた。
『翼を斬る! 悠真――』
「俺は左を!」
加奈子先輩に即答し、俺はシャドードラゴンの左翼を狙って待機させていた光槍を放った。
高速で飛来する光槍が左翼を貫くのと、加奈子先輩が右翼を斬り裂いたのは同時だった。
「――っ、先輩……!」
『くぅっ……!』
翼を斬り裂いた瞬間、霞むような速さでシャドードラゴンの尾が鞭のようにしなり、加奈子先輩に打ち付けた。
加奈子先輩は尾の攻撃を刀で受け止めたが、落下中で踏ん張ることができなかったせいで何十メートルも吹っ飛ばされてしまった。
両翼を使えなくされたはずのシャドードラゴンが、魔力を両翼に集中させる。
「再生する気か!? やらせるかよ!」
俺は再び光槍を生み出した。三回目ということもあって、構築スピードが短くなっていた。
しかしシャドードラゴンは光槍を予想していたのか、翼の回復をしながらブレスを吐いて撃ち落としてしまった。
「そんな……!?」
俺はもう一回光槍を作り出そうとする。しかし今ので仕留められなかったことでシャドードラゴンに翼を再生するための時間を与えることになってしまった。
咆哮し空に飛び上がるシャドードラゴン。完全に俺をロックオンしていて、凄まじい殺意を叩きつけてくる。
シャドードラゴンの口内に、魔力が収束する。
『高エネルギー反応検知! 敵性体予測座標より熱源を観測しました』
「……ッ!?」
俺の側に浮いているのと少し離れたところを浮いている二つの〈万能ボール君〉が、シャドードラゴンのいる位置に高熱エネルギーが生まれたのを観測した。
科学技術では魔力を観測できない。これまでのシャドードラゴンのブレスも魔力攻撃だったため観測できなかった。
それなのにいきなり観測できたことで、俺は今までとは桁違いの攻撃がくると直感した。
ゴオッ、と空気を焼き尽くすような漆黒のブレスが放たれた。レーザーのようにこちらへ向かって来るブレスを見ただけで、直撃すれば塵も残さず死ぬとわかってしまった。
〈万能ボール君〉は重力制御の際に特殊な力場を生み出している。その力場を応用することでバリアのようなものを形成できるのだ。しかし〈万能ボール君〉から送られたブレスに秘められたエネルギー量を瞬時に解析したナヴィは、〈万能ボール君〉のバリアでは防ぐことは不可能だと判断した。
『――緊急回避します』
ブレスがバリアに接触する寸前、俺は空中を滑るように左へ回避する。
しかし、完全に回避することはできず、バリアの端をブレスが掠めてしまう。
バチッと〈万能ボール君〉から音が鳴ったかと思うと、バリアが消滅し、突然重力を思い出したかのように身体が落下を始めた。
「嘘だろっ!? 掠めただけで!?」
『バリアの耐久限界を超えました。〈万能ボール君〉はオーバーヒートにより機能を停止しました。再起動に掛かる時間は――……』
「そんなことより、この状況をどうにかしてくれええぇえええーーー!!?!」
ナヴィが〈万能ボール君〉の報告を上げてくるが、落下中で数秒後には地面に叩きつけられて死ぬという状況では、死を回避する方法を提示して欲しい。
俺は思考が加速し周りの景色がゆっくり流れる中、頭をフル回転させて助かる方法を模索する。
そして視界の端に、こっちに飛んでくるもう一つの〈万能ボール君〉の姿を捉えた。
(だめだ、あれは間に合わない……!)
予備の観測用として離れた位置に浮いていた〈万能ボール君〉は無事だったため、これを使えれば俺は助かる。だが距離や速度などを計算したところ、この〈万能ボール君〉が俺に辿り着く前に地面の赤いシミになってしまうだろう。
焦りで思考が空回りする。
冷静にならないと、解決策なんて思いつかないのに。俺はここで、死ぬわけにはいかないのに!
『――ユーマ様!!』
(ソフィア!? ……っ、これ――)
ソフィアから殴られるぐらい強烈なイメージを受け取った。
もう地面はすぐそこだ。
これ以上ないぐらい危機的状況に俺の頭はスパークするような感覚が走った。
思考が久しぶりにクリアになった。身体と頭が完全に戦闘に最適な状態を思い出し、今までずれていた歯車が噛み合った感じだ。
先程までは意識してイメージを保って精霊術を行使していたが、今の状態では意識せずにすんなり精霊術を行使できる確信があった。それぐらい意識が研ぎ澄まされており、俺は雑念を全て捨ててソフィアから送られたイメージ通りに精霊術を行使した。
俺の視界は大地一面の光景から、一瞬にして夜空の光景へと変化した。
純白の羽が夜空を舞う。
背中から生えた白い翼を羽ばたかせ、空高く飛んでいく。
「凄い。これが、空を自分で飛ぶ感覚……!」
飛行そのものは〈万能ボール君〉を使うことで何回もしているが、あれは『飛ぶ』というより無重力の中を『浮く』感覚の方が強いのだ。そして重力制御装置の恩恵で高速飛行していても重力加速度や空気抵抗などをほぼゼロにまで緩和してくれるため、こうして身体に抵抗や風を感じながら飛んだ経験なんてほとんどなかったのだ。
今なら自由自在に、思い通りに空を飛ぶことができる。そんな全能感に似た感覚に満たされながら飛行する。
「ゴアアアーーーー!!!」
俺が飛行していることに気づいたシャドードラゴンが、咆哮を上げながら接近してくる。
シャドードラゴンの巨体や凶悪な鋭い牙に恐怖を覚えるが、完全に頭がクリアに振り切っている俺は、感じたはずの恐怖を忘れシャドードラゴンに向き合った。
「今なら全く負ける気がしねえ。さあ、来やがれ! 地面に叩き落としてやる!」
俺は周囲に光球を五個浮かべると、シャドードラゴンの迎撃を開始した。




