1ー24 シャドードラゴン討伐戦1
祓魔師たちが待ち伏せる地点に向かって、シャドードラゴンはゆっくりした歩みで進んでいた。
実体化しかけているのか、一歩進むごとにズシンと地面が揺れる。
その揺れが大きくなるにつれてシャドードラゴンが段々近づいている事実に不安や緊張といった感情を募らせながら、森の木の陰に隠れている祓魔師たちは、作戦開始のタイミングを今か今かと待ち続けていた。
作戦開始のタイミングは、広く円状に配置している第二部隊の円陣の中にシャドードラゴンが入りきった瞬間だ。
第二部隊の祓魔師たちはシャドードラゴンに気づかれないために魔力を外に漏らさないよう注意しながら、いつでも結界を展開できるように身体の内で魔力を高めている。
いつでも術が使えるように魔力を高めたままにするということは、体内の魔力を循環させ常に飽和状態を維持するという意味で、これは凄まじく術者の精神をすり減らすのだ。
だが祓魔師たちは一瞬も気を抜かず、シャドードラゴンが早く来るのを待ちながら耐えていた。
そして遂に、シャドードラゴンが円陣の中に入った。
シャドードラゴンは森の中に漂う異様な空気を感じ取ったのか足を止める。しかしその時には既に円陣内に身体が入りきっていた。
『作戦開始!』
「第二部隊、結界を展開せよ!」
通信機から大酉の合図が聞こえ、鈴夏は通信機越しに第二部隊全員に指示を出した。
間髪なく展開される巨大な結界。
術式はかなり広大な範囲まで広がり、直径2キロメートルもの空間を別次元に隔離する。
続いて展開された二つ目の結界が発動し、結界内が浄化され始めたことで、シャドードラゴンは罠に掛かったことを自覚した。
警戒し、咆哮を上げ見えない敵を威嚇するシャドードラゴン。
「オレたちがここでヤツを討たねば町に甚大な被害が出る。だから絶対にヤツを仕留める!行くぞッ、お前らァッ!!」
大酉の声に呼応して、第一部隊の者たちが鬨の声を上げた。
先陣を切ったのは北条姉妹だった。
姉のアキが分身の術で三人に増えてシャドードラゴンに迫り、妹のツバキが雷を放つ短刀を構えながら後に続く。
「行くよ~、ツバキちゃん!」
「うん、お姉ちゃん!」
「封魔爆刃・三連ッ!!」
「ャアァァァーーーーーッッッ!!!」
三人のアキがクナイを投げ、三本のクナイはシャドードラゴンが纏う魔力障壁に触れた瞬間、内包していた魔力を解放し爆発した。
その爆発の威力は凄まじく、シャドードラゴンの魔力障壁に穴が生まれた。
姉に続いていたツバキは飛び上がり、空いた穴に向けて自身の最強の技を叩き込んだ。
「雷天王花ーーッ!!!」
魔力障壁の穴に叩き込まれたツバキの攻撃は、まるで稲妻だった。刀からは数秒夜空を白く染めるほどの雷が放出され、その余波で空気が震え、シャドードラゴンの残った魔力障壁を吹き飛ばしてしまった。
シャドードラゴンが身体を揺らした。
ツバキは今ので魔力を半分以上消費してしまい、地面に着地すると辛そうに膝を着いた。そこに素早くアキが現れ、分身を置いて妹を抱え後方に下がった。
そして双子姉妹と入れ替わるように、木の影から影嶄が現れる。
「フッ、我が術からは何者も逃れられん。喰らうがいい!」
影嶄が札を宙に放り、術を発動する。
するとシャドードラゴンの足元から幾つもの影が伸び、絡みつくようにしてその身体を地面に縫い付けた。
彼が使った術の名称は「影縛帯」。対象の影をその場に縫い付け、動きを封じる「影縫い」という術を応用した、影の帯を敵に絡める派生術である。
そしてこの「影縛帯」だが、影の魔物に対して非常に相性が良いのだ。影の魔物の身体は魔力でできていて実体がないため、同じく実体のない影を操る術は、影の魔物に影響を与えやすいということである。
「グウゥゥゥ……」
「ハッハッハッ!お前ごときに我が影を破ることなど不可能!おとなしくーー」
「おい。油断してっと危ねぇぞッ!!」
影嶄が動けないシャドードラゴンを見て高笑いしていると、シャドードラゴンは首だけを動かして彼を睨み、凶悪な牙が生え揃った口を開く。
それに気づいた孝治が影嶄の前に守るようにして立った瞬間、シャドードラゴンの口から漆黒のブレスが放たれた。
孝治は戦斧を振るった。すると戦斧から青白い聖なる炎が吹き出て、炎はブレスと拮抗、相殺する。
「堂嶋殿、すまない。助かった」
「かまわねぇよ。それより次に気ぃつけな」
「全く、影さんはすぐに調子に乗って、本当に困ったお方ですわねぇ?」
「「雨倉(殿)……!?」」
二人の後ろから知代が現れ、彼女を見た二人は慌て始めた。まるで知代を恐れているかのような反応をしていて、知代はそんな二人に微笑んだ。
「そんなに慌ててはいけませんよ?戦闘中は常に冷静にいませんとね?」
「そ、そっすね」
「ただ、巻き込むといけないので、少し離れていた方がいいですよ?」
「「ヒイィィッ!?」」
知代が得意とする術を知っている二人は、彼女が術を使うと聞くや否や、すぐにシャドードラゴンと知代から距離を取った。
『オイ!今から知代が術を使う。誰もドラゴンに近づくんじゃねぇぞ!』
通信機から全員に対して、大酉の注意喚起が響く。
知代はクスっと笑うと、手に持っていた扇子を横に薙いだ。
『魔毒・侵身腐蝕の霧』
知代が得意とする術は、毒物と霧の幻影。
そして今回使った『魔毒』は、敵の魔力を侵食して別の性質に変質させるという特殊な毒である。魔力の性質を変質させると、身体だけでなく霊力や魂にまで悪影響を与えることもあり、魔力の性質が変質すると最悪死に至ることになるのだ。
知代が放った術は、霧で包み込んだ者全てを『魔毒』に犯すのだが、今回彼女が選んだ『魔毒』は彼女が持つ毒の中でも最凶だった。
『侵身腐蝕の霧』は、魔力を別物に変えるどころか、魔力の構成を崩壊させ分解してしまうのだ。
魔力が分解されてしまうと、それは魔力の消失という結末が待っている。
弱い影の魔物なら一瞬で消滅し、人間であっても魔力の完全枯渇で死に至る。
そんな凶悪な術なのだが、シャドードラゴンは己の構成する魔力を崩壊させようとする『魔毒』に抵抗していた。
「ああっ!?我が影が溶かされた!?」
「あらあら?やっぱり竜はしぶといのですね?」
「そりゃ、伝説の怪物として語り継がれるようなヤツだ。オレたちがすぐに倒せるようじゃ、恐れられるわけねえよ。全員気を付けろ!攻撃が来るぞ!」
ふらっと音もなく現れた大酉が全員に檄を飛ばす。
すると翼を羽ばたかせ霧を吹き飛ばしたシャドードラゴンが、怒りに満ちた眼で祓魔師たちを見下ろした。
振り下ろされる爪が影嶄と孝治を襲い、ブレスが知代と大酉を襲った。
魔力の消耗から動けるまでに回復したアキとツバキが加勢しようとするが、鞭のようにしなる尾に阻まれ近づけなかった。
「くぅぅう……っ!!お、もいっ!」
「これは直撃したら一撃で倒されてしまうな!」
影嶄と孝治は、影の帯を盾にして爪の威力を低下させ、戦斧で受け止め凌いでいた。
一方、知代と大酉は、霧で自分たちの姿を隠してブレスの直撃を回避していた。
「行け、水坊!風坊!」
霧を突き破り、二体の鎧武者がシャドードラゴンに突撃する。
二体の鎧武者は大酉の式神で、水坊が水色の、風坊が緑色の鎧を身につけ、二体共に薙刀を装備していた。
水坊は槍から水をレーザーのように放出して攻撃し、風坊は風の力で身軽な動きをしてシャドードラゴンを翻弄する。
「さぁ、オレも行くとするか!力を貸せ、炎坊!」
大酉の身体を覆うように炎が出現し、炎が鎧の形に変化して大酉に装着された。
薙刀を構えた大酉は老人とは思えない獰猛な笑みを浮かべ、シャドードラゴンへ攻撃を仕掛けた。
シャドードラゴンは向かってくる大酉に対し噛み付きをした。しかし大酉は噛み付きを軽くかわすと、横顔に薙刀を振るった。
薙刀から炎が溢れ爆発する。
このままでは一方的に攻撃されるだけだと悟ったシャドードラゴンは、優位を取るため空へ飛び立つべく翼を広げた。
祓魔師たちには空にいる敵は、攻撃手段が限られるため望ましくなかった。対空戦闘ができないわけではないが、ドラゴンが相手では勝つなど不可能に近くなる。
「嬢ちゃん!コイツを空に上げるなッ!!」
その声に応えるのは、加奈子の声ではなく霊力の波動だった。
ほんの一瞬、霊力が解放されただけで、魔力とはまるで次元の違う威圧感が放たれた。
常時霊力を消費してはすぐに霊力を枯渇して戦闘不能になる加奈子は、シャドードラゴンのいる近くの木の上で気配を消し、攻撃するタイミングを待っていたのだ。
加奈子が居合いの構えを取りながら、枝を蹴り一瞬で距離を詰める。
抜刀し首を斬る瞬間、加奈子の刀が霊力によって刀身を伸ばし、容易くシャドードラゴンの首を斬り落とした。
□□
「おお~~っ!さっすが師匠!ドラゴンの首を一刀で落とすとは」
俺は加奈子先輩の見事な技を目にして感嘆の声を上げていた。
眼下では第一部隊の祓魔師たちが奮戦している様子が見えていた。
『ユーマ様。感心するのはいいのですが、集中は途切れさせないでください』
「あ、すまんソフィア。つい気になっちゃって」
『……飛行まで精霊術で行おうとしなかったのは英断でしたね』
呆れたようなソフィアの声が頭の中に直接響き、俺は誤魔化すように苦笑を返した。
そう。俺は今、精霊術ではない方法を使って空を飛んでいた。
その方法とは、今俺の側に浮いている、例の『秘密兵器』を使う方法だった。
おざわ荘から持ってくるよう手配した秘密兵器である球体の名前は、〈万能ボール君〉。サラが作った発明品の一つで、正式名称は「重力場形成多目的工作機」というのだが、サラは〈万能ボール君〉と呼んでいた。
この〈万能ボール君〉を使うことで俺の周りの重力をコントロールでき、無重力を部分的に生み出すことで空に浮くことができているのだ。
万能というだけあって他にも機能はあるのだが、その紹介はまた今度するとしよう。
「早く参戦するためにも、さっさと感覚を掴まないとな」
『では、もう一度イメージを送りますね』
「頼む」
シャドードラゴンとの戦闘から今まで、俺は戦闘に直接参加せず、空に浮いて戦況を見ているだけとなっていた。
その理由は単純。
俺が精霊術の行使に難儀していたからなのだ。
『眷属契約』によって、俺はソフィアの持つ能力をコピーしている状態だ。しかし最初から全てコピーできているわけではないようで、ソフィアがイメージとして精霊術を使う感覚を俺に流さないと、全く精霊術を行使できなかったのだ。
そしてこのイメージの伝達というのが、想像以上に困難だったのだ。
一言にイメージといっても漠然すぎて、感覚を掴むのに時間がかかる結果になっていた。
魔力を練り上げ、イメージを付与し形を成そうとする。魔力操作はソフィアと契約してから格段に上手くなった。
しかしソフィアからのイメージをしっかり受信できないせいで、イメージを付与する段階で失敗し続けていた。
それでも何度も繰り返すうちに、段々とソフィアからのイメージを受け取れるようになり始めた。
きっかけは加奈子先輩がシャドードラゴンの首を斬り落としたときだった。
上空にいる俺まで届いた霊力の力を感じ、魔力とは違う力の感覚を感じたことで、種類の違うモノの感覚を感じられるようになったのだ。
(精霊術って、ただ魔力にイメージを付与するだけじゃだめなんだ。そういうことが可能になる素質みたいなものがないと、絶対にできないようになっているのか)
感覚を掴めるようになってからは早かった。
ソフィアが度々見せてくれた光球を出せるようになり、光球を出すことを繰り返すことで、三個まで同時に出せるようになっていた。
『ま、まさかここまで成長が速いなんて。精霊術を使えるようになってからが大変なのに……』
「そうなのか?光球って、初歩なんだろ?」
『複数出すのは数日掛けて覚えるものなんです!それをこんなあっさり。これが契約の効果?』
「まあ一度感覚を覚えたら後は簡単。なんてことはそう少なくないことだし、難しく考える必要はないんじゃないか?」
『……そうなんでしょうか?』
納得のいっていない様子のソフィア。俺が精霊術の初歩を使えるようになってからの成長が、彼女の常識からは不可解なことだったようだ。
まあ、自分が苦労して覚えたことを他人があっさりできているのを見た感覚に近いのかも知れないし、そう感じるのも仕方ないのかな?
そうしている間にも、眼下の戦況にも変化が生まれていた。
首を斬り落としたはずのシャドードラゴンの首が元通りになって、皆が苦戦し始めたのだ。
(最初あんなに好調だったのに……。まさか、ドラゴンが強くなったのか?そんなバカな)
『いえ、あの場合はドラゴンが強くなったのではなく、止めを刺せず攻めあぐねているのかと思われます。どうやらドラゴンは強力な再生能力を持っているようです』
俺の疑問を読み取り、ナヴィが戦況を解析してくれた。
ナヴィは魔力を観測する手段を持たないが、俺が見ている視界を共有することはできる。だから俺が魔力視で見ている光景ならナヴィも知ることができ、その情報を元に解析することが可能なのだ。
「俺たちも加勢しよう。ソフィア、何か強力な精霊術はないか?」
『……では、こういうのはいかがでしょう?』
送られてきたイメージは、空を飛ぶ光槍と『浄化』の力。
俺はすぐに送られてきたイメージを魔力に付与し練り上げた。
魔力を流し、掲げた手の先に集中させる。
槍の形にしようとするが魔力を纏めるのに苦戦し、さらに魔力を流して無理矢理槍の形に押し固めようとした。
その結果、ソフィアがイメージしていた以上の魔力が込められた槍が出来上がり、大きさも三倍近くなってしまった。六メートルなんていうバカげたサイズだ。
「も、もう無理!これ以上維持できない!」
『こんなので攻撃したら、大変なことになりますよ!?』
「もうダメ。皆、気をつけてくれぇぇええーーーーっっ!!!」
通信機越しに警告をしながら、俺は手を振り下ろした。
『小僧が何かするみてえだ。全員備えろ!』
『備えるたって、どうしろとーー』
光槍は、光の如き速さでシャドードラゴンに向かって飛翔した。
シャドードラゴンは光槍の速度に対応できず、直撃してしまう。
一撃で復活したばかりの魔力障壁を吹き飛ばして脳天に突き刺さる光槍。
突き刺さった瞬間、光槍が頭ごと爆ぜ目映い光を放った。
「へ……?」
まさか一撃で首を消し飛ばすとは思わず俺は呆気に取られてしまった。
俺が加奈子先輩と同じことができたということに驚きすぎて、思考停止してしまったのだった。
設定がよくわからない等の疑問点や、日本語がおかしくないか?等の意見があれば、気楽にコメントしていただけると幸いです。




