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星神様と眷属達  作者: キサラギ ソラ
第1章 神殺し
16/30

1ー15 影小鬼

 部屋に戻った俺は、まず机の引き出しに向かった。

 机のサイドにあるワゴンの引き出しの、三つある内の上段の取っ手に手を掛ける。

 一拍空いてカチャ、という小さな音がした。

 取っ手の内側に指紋認証装置が俺の指紋を読み取り、ロックを解除した音だ。


 引き出しの中には白い鞘に収められた、刃渡り五十センチメートル弱の小太刀があった。

 俺は小太刀を無造作に掴み取ると腰に差し、ベルトを強めに締め直す。


 これじゃ目立つよなぁ……。


 そう思った俺はクローゼットを開け、ハンガーに掛かった黒っぽいジャケットを引っ張り出した。

 それを着込むとちょうど腰の小太刀が目立たない程度に隠れる。


 これでよし。

 準備が終わった俺は急いでソフィアの下へ向かった。



  □□



「先行します。付いて来てください、ユーマ様」

 

 俺は先を行くソフィアの後を追う。

 どうやらソフィアは気配の感じる方向と距離を大まかにわかるようで、彼女の足取りに迷いは見られなかった。


 ……何もなければ良いんだけど。


 俺は一抹の不安を胸に抱きながら、ソフィアに合わせて路地を駆け抜ける。


 走り続けて約七分。

 前を走るソフィアが声を上げた。


「ユーマ様!次の曲がり角で接敵します!」

「……っ!」


 ソフィアの忠告を聞き、走る間に緩んでいた気を引き締め直す。

 緊張感を押し殺しながら、さっと角を曲がる。しかし、敵の姿はどこにもなかった。


 ソフィアの勘違いだったのか?いや、違う……っ!


 街灯の光が届きにくい薄暗い路地の片隅に、不自然な黒い染みのようなモノがいた。


「魔物の存在を確認しました。これより討伐いたします。ユーマ様はお下がりを!」


 ソフィアは言い終えると腕を横に振るった。すると彼女の周囲に複数の光球が現れ浮遊する。


「光よ、お行きなさい!」


 ソフィアが再び腕を振るうと光球が一斉に黒い染みに向かって飛翔する。

 黒い染みの魔物はソフィアの攻撃に気づいたが、弾丸並みの速さで飛来する光球相手では遅すぎた。

 光球に身体を撃ち抜かれ蜂の巣にされる黒い染みの魔物。


 しかしソフィアの攻撃はこれだけではなかった。


「逃がしませんっ!」


 身体をボロボロと崩壊させる黒い染みの魔物の背後から、別の黒い染みの魔物が飛び出して来た。

 魔物が怒りの篭った醜い声を上げながら、ソフィア目掛けて走って来る。

 近づいてくるにつれ魔物の姿がはっきりと見えた。


 その黒い染みの魔物の姿を表現するなら、影だった。子供のように小さな体躯をした、鬼の影。

 俺はコイツの通称を知っていた。

 影小鬼――シャドーゴブリンである。


 ソフィアは影小鬼が迫りつつも落ち着いていた。彼女は新たに三つ光球を生み出しながら、まだ消えていなかった二つの光球を使って影小鬼の背後を取った。

 そして新たに生み出した方の光球も動かして、影小鬼を前後で挟むように囲んだ。


「グギャッ!?」


 前から来る光球は正面、右、左の三方向から狙い、後ろから来る光球は前方の光球に少し遅れて影小鬼を追っていた。どの方向に逃げても、必ず光球のどれかが影小鬼を射抜く。

 そういう狙い方だった。


 影小鬼は一か八か賭けに出て右に跳んで回避を試みる。そしてソフィアの狙い通りに身体を撃ち抜かれた。

 影小鬼は、賭けに勝った。


「グギャギャァッ!!」


 武器である漆黒の短剣を握る右腕を残すため左腕を捨てた影小鬼は、自分の勝利を確信し高笑いをした。

 目の前の女に刃を突き立て、綺麗な顔が苦痛に歪む姿を夢想する。

 だが、ソフィアはピンチであるにも関わらず、冷静さを失っていなかった。


「何を笑っているのですか?」

「グギャ?……ガッ」


 突如空から降ってきた光球が、影小鬼の脳天から股座を一直線に突き抜ける。

 初撃の際残っていた光球の数は三つ。挟撃用の二つと保険用の一つで三つあったのだ。

 影小鬼は自分の敗因を理解することなく即死する。

 賭けに勝っても、勝負には負けたのだった。


「ユーマ様、終わりましたーー」


 戦闘が終わり気を抜いたソフィアが俺の方を振り返ろうとする。

 だが俺の身体はその前に動いており、彼女の視線の先にはいなかった。


「戦闘の運び方は及第点かな。けど、終わったからって気を抜いたのは減点だぞ、ソフィア」


 ソフィアが振り返る。さっきまで彼女が影小鬼と対峙していた方向に。

 そこには小太刀を振り抜いた俺と、首が胴体から切り離された三体目の影小鬼の姿があった。


「へ?あ、あれ?ユーマ様がなぜそこに?それにその魔物の死体は……」


 未だ状況が飲み込めないソフィアを尻目に、俺は小太刀を鞘に収める。


「おっ、運がいいな。魔石が落ちるなんて」


 足下の影小鬼の死体が、身体の輪郭を靄のように曖昧にしてから消滅する。影小鬼の死体があった場所には、歪な形をしたビー玉サイズの青紫色の結晶が落ちていた。

 ソフィアが倒した影小鬼も既に消え去っており、そっちには魔石が落ちていなかった。

 とりあえず運の良いコイツだけは拾っておくか。


「ちょっとユーマ様ぁ!無視しないでください~!」


 俺がソフィアを無視して行動したせいで、金髪のお姫様は寂しさのあまり涙目で袖を引っ張ってくる。

 その可愛さに内心悶えると同時に、意地悪の仕方を間違えたと反省した。


「悪い悪い。ちょっと意地悪がすぎちまった」


 むくれるソフィアを宥めながら俺は小言を言う。


「けどソフィアも悪いんだからな。最初から相手が格下だって侮るから。影小鬼は、その存在の薄さを利用した奇襲が得意な魔物なのにさあ」


 俺はソフィアに説明した。影小鬼の特徴や危険さを。


 影小鬼の魔物としての格はかなり低い。最下位を争えるぐらい低い。しかし、弱いからこそ得られる存在の希薄さを利用した狡猾な魔物が、影小鬼なのだ。

 影小鬼の身体は影で出来ており、夜行性の魔物でもあるため肉眼での発見が難しい。そして奴らは存在感を極端に薄くする能力を有しているため、ソフィアがやられかけたような不意打ちを得意としているのだ。

 他の影小鬼を倒して油断しているところをザックリ行くのは、影小鬼が得意とする戦法なのである。


 続いて影小鬼の習性だが、奴らは基本的人を襲って殺したりしない。

 奴らは普段人に取り憑いて、人の心を汚染していくのだ。

 いつの間にか心が荒み犯罪に手を染めたりする人の何割かは、影小鬼に取り憑かれ精神が汚染された者だったりする。


 普段人に取り憑くだけで襲わない影小鬼だが、人を襲ってしまう例外が存在する。

 それは影小鬼側が攻撃を受けたときだ。

 奴らは自分や他の影小鬼が攻撃された場合のみ、武器を構えて襲ってくるのだ。


 俺は以前考えたことがある。

 向こうから襲って来ないなら、放置してもいいのでは?と。

 しかしそれではダメだと気づいた。

 こっちが何もしなくても、影小鬼は人に取り憑いて悪さを働く。酷いときは取り憑かれた人が無関係な人を殺してしまったという事件も起きるのだ。

 こんな危険な魔物は、放っておけない。


 そして影小鬼一番の難点がある。それは――


「こいつらの影の身体って、多分魔力で出来てるんだよなぁ。だから一般人には見えないし、普通の武器じゃ攻撃が一切効かねえんだ」


 影小鬼の身体が魔力で出来ていることは、今日になって気づいた。魔力感知を覚えたおかげだった。


 俺は今まで魔力の塊である魔物を見れなかった。唯一この小太刀を持っているときだけ、魔物の存在を認識できた。

 俺が持つこの小太刀はちょっと特殊で、所有者に霊的な存在を認識する力を与え、所有者の魔力――今までは身体から何かが抜けていく感覚しかなかった――を強制的に吸い取り、霊的な存在に対抗する力を生み出すのだ。

 そのため俺はこの小太刀を持っているときだけ魔物と戦えていた。


 しかしこの小太刀の力、実は不完全だった。

 今日まで影小鬼を相手にしても影の身体がぼんやりとしか見えず、ぼやけた身体に攻撃を当てるのはかなり難しかった。

 何より今日初めて影小鬼が小鬼の形をしていると知ったぐらいだ。


 今日あっさり影小鬼を斬れたのは、魔力感知のおかげで奴の姿をはっきり捉えられたからだったりする。


「こちらの魔物は魔力で身体を構成しているのですか」

「そっちは違うのか?」

「はい。魔物はほとんど肉体を持っていますし、倒すと肉体が消滅するなんてこともありません。例外は迷宮大陸の魔物やレイスをはじめとする霊体系の魔物ですね」

「へぇ~、こっちでは極稀に肉体のある魔物が出るって聞いたことはあるけど、全然出ないしな~。それより迷宮大陸って何さ。すっげえ気になる」


 「精霊の庭」では、魔物は魔石を体内に保有した存在を指しているらしい。ただの獣もいるようで、魔石の有無で魔物かどうか判別するようだ。


 次の魔物のいる場所へ小走りで向かいながら、道中互いの知る魔物についての情報を交換する。


「ユーマ様。影小鬼の特徴から作戦を考えてみたので、試させてくれませんか?」

「んー、その話詳しく」


 俺はソフィアの作戦を聞いた。


「――と、こんな感じですが、どうですか?」

「うん。いいと思う。次も影小鬼だったらそれで行こう」


 数分後。ソフィアが感知した魔物がいる付近にやって来た。


「おっ、影小鬼だ。三匹いるな……それじゃあソフィア、作戦通りに行くぞ」

「はい」


 ソフィアが返事をすると、次第に彼女の背中に魔力が集まっていくのが見えた。

 背中に集まった魔力は実体を成し、夜闇を払う純白の輝きを放つ翼を形成する。


「…………」


 前から天使のようだとは思っていたが、実際に翼があるともう完全に天使だった。衣装こそ出会ったときの神聖さを感じさせる巫女服ではないが、そんなものは些末な問題。ソフィアの放つ神々しさの前には無力な問題である。

 俺は数秒だけだが、完全に見惚れてしまっていた。うぅ、戦闘前だというのに恥ずかしい。


「では……行きます!」


 ソフィアが翼を一度羽ばたかせると、彼女の身体を浮き上がらせていく。そして影小鬼達を空から見下ろす。

 

 にしても白か。次から空を飛ぶときはスカートをしないように教えるべきか、悩ましいところだ。


「そんじゃあ俺もやるか」


 俺は腰から小太刀を抜き放つ。すると俺の身体から力――魔力が勝手に吸い取られていく。


 ……今気づいたけど、魔力を吸った小太刀、何か光ってね?


 魔力を十分吸い取ってぼんやりと青い輝きを放つ刀身。

 しかし俺は作戦を進めるため、好奇心を押し殺し影小鬼の方へ駆け出した。


 影小鬼が接近する俺に気づいて慌てふためく。その隙に俺は距離を詰め小太刀を振り下ろした。

 断末魔を上げることすらできずに、影小鬼の身体が四散する。

 残る二匹の影小鬼は一瞬で仲間を屠った俺に恐怖して逃亡しようとする。


「今だ、やれ!」

「はいっ!」


 俺が合図すると、ソフィアが作戦通り精霊術を行使する。


 ソフィアが立てた作戦は、最初に突っ込んだ俺が合図したらソフィアが精霊術で影小鬼の足を止め、その隙に二人で一気に殲滅してしまうというものだった。

 使われる精霊術がどんなものかは知らないが、俺はソフィアを信じてみることにした。

 さっきの戦闘では油断していたのが問題なのであって、能力は申し分ないと判断したからだ。


 精霊術が発動する。そう直感した瞬間、辺りが優しい光で照らされた。

 フラッシュのような激しい光ではなく、春の日差しのように穏やかな光。俺の戦闘の支障にならず、影小鬼が逃げる影のみを奪う最適な精霊術だった。


 影小鬼達は逃げ隠れする影を奪われただけでなく、光を浴びたことで動きを鈍らせる。影は光を当てれば消えるように、影小鬼にとってもこの光は弱点になった。


「――はあ……っ‼!」


 動きの止まった影小鬼にダッシュし、すれ違いざまに奴の首を刈り取った。

 もう一体はソフィアが放った光球の連射を浴びて蜂の巣になっていた。


「やったなソフィア!」

「はい。うまくいって良かったです」


 降りてきたソフィアと喜びを分かち合う。

 むろん警戒は解かずにだ。


「この後はどうする?まだ魔物を探すか?」

「んー。まだ、魔物の気配は残っているので続けたいのですが……いいですか」

「……わかった。付き合うよ。けど、次で最後だからな」


 これ以上魔物を狩り続けてると、魔物狩りを専門とする祓魔師に見つかりかねない。


 加奈子先輩のお説教は地獄を見るからなぁ。できれば見つかりたくない。


 俺は過去の加奈子先輩から受けた説教という名の地獄の鍛錬を思い出し、恐怖に身を震わせた。


 


 その後、俺とソフィアは影小鬼を一組発見し、これを無事討伐した。

 俺はおざわ荘に帰ると、加奈子先輩に見つからずに済んだことに安堵するのだった。

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