1ー10 デート(2)
俺達は電車を降りて駅を出る。
そしてさっそくショッピングモール内へ来たのだが、ここでちょっと問題が起きた。
隣を歩いていたはずのソフィアが、いつの間にか居なくなっていたのだ。
慌てて探すが、俺の焦りを嘲笑うかの如く彼女はすぐに見つかった。
俺の後方、ショッピングモールの入り口にぼーっと突っ立っていたのだ。
俺は急いで駆け寄った。
「…………」
「お~い、どうしたんだ~?」
「っ!?申し訳ありませんユーマ様!あまりの光景に圧倒されてしまって……」
どうやら見慣れない珍しい光景や、新しい事と驚きの連続で心の許容量を超えてしまっていたようだった。
あわあわとしながら謝るソフィアを可愛いなと思ってしまったのは、心の奥にしまっておこう。
「大丈夫?行ける?」
「はい、大丈夫です。行きましょう」
再び歩き出す。
今度は離れてしまわないよう手を繋ぐか?という考えが脳裏を一瞬過ぎるが、当初の目的を思い出し踏み止まった。
(いけない。これ以上は踏み込みすぎだろ、俺。ソフィアを見極めるのが今日の目的なんだから……今はまだ近づき過ぎたらだめだ)
そう言い聞かせるが、心に生まれたモヤモヤしたものが消える事はなかった。
□□
最初に入ったのは服屋だった。
雑誌に掲載されることの多い、服一着で『普通の高校生の小遣いが一瞬で消し飛ぶ』ブランドの店である。
なぜわざわざこんな値段の高い店に入ったのかというと、安物感が少しでもある服だと、ソフィアには全く似合わないからだ。
それに『この程度の出費』なら、俺の懐は殆ど痛まないというのもある。
(こんな事をクラスメートに話したら、妬みやら憎しみやらで反感買って、とんでもない目に遭うんだろうなー……)
今朝から驚きの連続で、しかもさっき心がパンクしてしまったソフィアは、もう驚くことはなかったが少し大人しくなっていた。
そして現在、彼女はどうしているのかと言うと……
「ーーまぁっ!これも良くお似合いですね!とっても良いですよ~。あ、次はこれなんてどうですか?」
「えー、こっちを着てみてくださいよ~」
「これもどうですか?」
「……わかりました」
こんな感じで、女性店員達の着せ替え人形と化していた。
(ヤバい。ソフィアの目がどんどん死んでってる!てか、もう完全に表情から生気が抜け落ちているようなんですけど!)
「どうですか彼氏さん!ささっ、感想を言ってあげてください!」
「いや別に彼氏じゃないんですけど……まあ、なんだ、凄く似合ってるよソフィア」
「ほ、本当ですか!?」
ぱぁっと笑顔を浮かべ、一瞬で元気を取り戻したソフィア。
急な変化に動揺した俺を見ていた店員達から、妙に生温かい視線を頂戴する。とりあえずジロリと睨んでおいた。
復活を遂げたソフィアは、段々調子に乗り始めてきた店員達の雰囲気に呑まれ、ハイテンションで次々に渡される服を着ていった。
ポーズをお願いされれば難なくこなし、怖じ気づくことなく堂々とした態度はまるでモデルのよう。
さすが王女。人目なんかに気負う訳がなかった。
俺は黄金の姫の気品ある姿に見惚れながらも、一着ずつ服の感想を伝えいった。
だいたい十着目辺りのお披露目をしていた時、店奥から声が聞こえてくることに気付いた。
それが気になった俺は少しだけ意識を向けていると、しばらくして二人の女性が現れた。
片方は気弱そうな店員で、何やら泣きそうな顔で隣の女性に謝っているようだった。
そしてもう片方は、凛としているというか、何だか堅物そうな印象の女性だった。
「店長~……ちゃんと止めさせますから~、減給は勘弁してくださぃ……」
「だったら私が来る前に、皆を持ち場に戻すべきだったわね。あなたは知ってて何も言わなかったんだし」
「そんなぁ~~!」
その情けない声はこっちまではっきり届き、ソフィアに次の服を渡し、まだかまだかとウキウキしている店員達がそちらを向く。
そして先程までのテンションが嘘のように顔を青くしていた。中には恐怖で震える者までいた。
(それにしても店長のお出ましとは……何か言われるかな?店員達が勝手にやったことだから大丈夫だろうけど)
俺は店長がこの場を治めてくれるのを期待した。しかしそんな期待は裏切られ、ある意味予想通りと言ってもいい状況へ変わってしまった。
「……………」
着替え終えて出て来たソフィアを見た店長は、ポカンと口を開けながら固まっていた。しかしすぐに獲物を見つけた肉食獣の如くギラついた眼光を放ち始める。
店長の視線に気付いたソフィアがビクッと震える。
俺は店長の背後にライオンが、ソフィアの背後にはウサギが映っているのを幻視した。
完全に捕食者と憐れな小動物の図であった。
「……あなた達、いったい何をしているの?」
「っ……す、スミマーー」
「この程度の服をお客様に着せるとは何事ですか!もっと相応しい服をコーディネートなさい!それでも私の部下ですか!」
「「「わ、わかりましたーーーっっっ!!!」」」
店長の力の籠もった一喝を受けた店員達が服を選びに散って行く。
それを訳がわからず茫然と見送っていた俺達に、店長が振り返った。なぜか俺は言葉に出来ないプレッシャーを感じ後ずさってしまう。
「お客様、直ちに最高のコーディネートを致しますので、少々お待ち頂けませんか?」
「その、気を遣わなくてもいいですよ?」
「気を遣っている訳ではありませんのでお気になさらず。私達はただ、お客様にお似合いの服を選んで差し上げたい一心なのです」
「は、ハイ。わかりました。待ってます……」
店長の眼から絶対逃がさないという強い意志を感じた。
そんな眼に射竦められたソフィアは大人しくするが、少し怯えてしまっているようだった。どうやらソフィアも店長の気迫に怖くなったようだ、可哀想に。
一方で、店内にいた他の客達は、鬼気迫る勢いで服を選んでいる店員達に引いているようだった。
(大丈夫かよ、この店……)
この原因がソフィアの美しさだというのだから、連れて来てしまい申し訳ないと謝罪したい気持ちでいっぱいになる。
だが他の店でも恐らく同じ展開になったはずで、仕方ない事なんだと自分を納得させるのだった。
店長の言葉通り少し待っていると、それぞれ手に服一式を持った店員達が戻ってくる。
そして再び再開されるファッションショー。
仕事そっちのけで夢中になる店長達が気になった客が野次馬のようにこちらを見ていた。次第に野次馬は店内の客だけに留まらず、騒ぎを聞きつけた連中まで加わって、更に数を増していくのだった。
「おい見ろよアレ。一人ファッションショーみたいになってんぜ」
「すっげー、モデルかなあの娘」
「可愛すぎる」
「何アレ、綺麗過ぎるでしょ」
「あんな娘見たことないよ~」
「天使だ………」
「いや、女神様でしょ」
「よし、『女神様降臨なう』っと」
「写メ撮ろっと」
「チッ、誰だよあの男。邪魔で撮れねえ」
「あの娘の彼氏かな?結構格好いいかも」
「お似合いカップル?」
「リア充爆ゼロ。マジクタバレ……(ブツブツ)」
などなど、野次馬達の声が聞こえてくる。
俺は冷や汗を流しながら、写真を撮ろうとする不届き者の妨害に専念していた。
(早く、早く終わってくれ……)
俺はこの地獄が早く終わってくれることを願いながら、時が経つのを待ち続けるのだった。
ファッションショーが終わったのはソフィアが三十二着目から美奈穗の服に着替えた時だった。
野次馬達は去り、店内は元の状態に戻っていた。
俺はソフィアが特に気に入った十二着の会計を済ませる。
「ご来店ありがとうございました~。次も是非当店にお越しください」
『是非』の部分を強調して言う店員に苦笑いしながら店を出て、今度は二つ隣のランジェリーショップへ向かった。
店内に入った俺は、すぐさま店員を見つけ話しかけた。
「すみません。ちょっといいですか?」
「はい、何でしょうか」
「彼女に下着の選び方を教えて上げてくれませんか?自分で買ったことがないらしいので」
「……なるほど、わかりました。こちらへどうぞ」
店員の女性は俺の言葉に一瞬不可解そうな表情をしたが、すぐに営業スマイルで覆い隠し案内をしてくれた。
そりゃあ見た目高校生ぐらいの女の子が、今まで下着を買いに来たことがないなんて思えないだろう。しかもソフィアってそこそこ胸が大きいしね。
「これから測定を致しますが、その間どうなさりますか?」
「あ、そうですね……」
「………(じぃ~)」
「うぐ、こ、ここにいます……」
「そうですか。それでは少々お待ちください」
そう言うと店員の女性はソフィアを連れて更衣室へ入って行った。
俺はポツンと男一人、この場に取り残される。
ソフィアから離れないでと目でお願いされた上に、了承してしまった以上俺はこの店から出られない。
即ち、他の女性客から注目されてしまう。
さっきの店でファッションショーをやっていた時は殺意、妬み、好奇の視線に晒されたが、今回は少し毛色が違い、責めるような視線を感じた。
男がいると選びにくいですよね、わかってます。
測定が終わったソフィアは、測定中にアドバイスを貰っていたらしく、自分で下着を選び始める。
俺はというと、意見が欲しいらしいので一緒にいた。
店内を歩き回るので他の女性客に近付く場面もある。
そのため全員という訳ではないが、何人か露骨に立ち去る人もいた。
結構心が痛くなった。
「ユーマ様はこれ、どう思いますか?」
そう言って見せて来たのは、白と薄いピンクのブラジャーとショーツ。
俺はこれをソフィアが着ているあられもない姿を想像してしまい、顔が熱くなっているのを感じながら「いいと思う」と答えた。
ソフィアは他にも様々な色の下着を選ぶと、それらを手に更衣室へと入っていった。
俺は思う。毎度感想を強請るのはやめて欲しい。服とは違い、刺激が強いから。
風呂場で裸を見たからと言って、耐性が付くとは限らないのだ。
ソフィアが服や下着、その他足りない物を買う必要があったのには理由がある。
後から聞いた話なのだが、本来なら彼女は自分の荷物を持って俺に会いに来る筈だったらしい。
転送の間と呼ばれる部屋で侍女から荷物を受け取る筈が、トラブルで強制転移してしまい、結果何も持たず身一つでここに来たとの事だ。
そのトラブルによって、転移直後の酔いが酷く魔力も殆ど無くて気絶してしまったとソフィアは言っていた。
ここで問題になるのが、着替えをどうするかだった。
服は借りれるが、下着に関してはそう出来なかったのだ。主にサイズが合わないなどの問題のせいで。おざわ荘は女性が多いから大丈夫だと楽観していたが、まさか合わないとは思わなかった。
ソフィアは亮太の目測曰わくDカップらしい。そして母さんと加奈子先輩がEカップ、美奈穗はCカップで紺野先輩とサラがBカップ。
ついそう零した亮太は、胸が控えめな女性陣からの制裁を受けた。あれは本当に恐ろしい事件だった……。
とまぁそういう訳で、今まで自分の下着と借りたサイズの合わない下着で何とかしていたのだが、このままには出来ず買いに来たという訳だった。
「……あれ?これ………どうすれば……」
俺は周りの視線を気にしないよう物思いに耽っていたのだが、更衣室から戸惑うような声がしたことで我に返った。
「どうしたんだソフィア」
俺が声を掛けるも返事はない。それを不思議に思っていると、突然カーテンの隙間から頭が生えてきた。
「ユーマ様、ちょっと助けてください~」
「……へ?」
「このブラジャー?という物が上手くつけられないんです」
「あ、あぁ~なるほど。だったら店員の人をよんーーんぁァ!?」
俺は驚きのあまり変な悲鳴を上げてしまった。
ソフィアはカーテンで中を隠してるつもりだろうが、ほんの少しだけ開いている隙間から中の大きな鏡が見えていた。
具体的には鏡に映る、最初に選んだ下着を中途半端に身に付けたソフィアの後ろ姿が。
突然の不意打ちに俺はパニックになってしまった。
「どうしました?」
「ーーっ、何でもない何でもない!すぐ店員を呼んでくるからっ!」
ソフィアの声と得体の知れない寒気を感じた俺は、弾かれたように店員を呼びに行くのだった。
□□
悠真とソフィアがランジェリーショップに入った頃、二人を尾行しているサラ、明来、亮太、美奈穗の四人は、少し離れた物陰から店内を伺っていた。
「それにしても、さっきのあれ凄かったね~」
「ソフィアちゃんの一人ファッションショーだろ?確かにありゃ凄かったよな」
サラと亮太がソフィアの話で盛り上がる。
ここにいる四人も野次馬に紛れてソフィアの一人ファッションショーを見物していたのだ。
「勝手に写真を撮っとる馬鹿もおったよな~。悠真の奴、必死に写真撮られんよう妨害してたけど、自分の体で隠すぐらいしか出来てなかったし、何枚かはバッチリ撮られとるやろな」
「さっそくネットで調べてみたけど、もう結構話題になってるよ」
「うわ、ソフィア凄い事になってる……」
サラがスマホの画面を全員に見せる。
そこにはとあるSNSのサイトが映っており、見出しは『服屋にて女神様降臨なう』だった。
そのサイトにはソフィアの姿がはっきり映った写真が何枚も投稿されていて、『美し過ぎる』、『天使、いやーー女神様だ』などかなりの評判になっている。
最初の一枚が投稿されてから一時間足らずで、アクセスは二十万件を超えているのだから驚きだ。
「お、悠真が一人になってんぞ。ぶふっ、アイツ居心地悪そう~」
「まあ、恋人ならともかく、見ず知らずの男がいる店で下着なんて選びとうないっちゅう人もおるしなー」
「「………」」
亮太と明来は一人になった悠真の様子を観察する。
ただ悠真の事を笑った亮太には、冷たい眼差しが二人分向けられていたが。
そしてしばらくするとソフィアが悠真を連れ下着を選び始めた。
「おーソフィアのあのブラ可愛い。あはは、ユウ兄顔真っ赤になってる」
「アイツ、ソフィアちゃんのあられもない姿想像して興奮してーーって、イダダダダダッ!?痛いから、ちょ、美奈穗やめ、マジで爪食い込んでるから、ァーーーッ!!?」
「…………(イライラ)」
「頑張って耐えるんや亮太。今の美奈穗ちゃんは怒りで亮太の声なんて聞こえんから」
「紺野先輩ヒドイ!お願いサラちゃん、美奈穗を止めて!」
「リョータうっさい!ユウ兄に気付かれたらどうするのっ!」
この場に味方はいなかった。憐れ亮太。
そんな事をしている内に再びソフィアは更衣室に入って行った。
未だ物陰で騒ぐ四人ーーもとい実際騒いでいるのは亮太だけーーに、周囲の人々は訝しむ視線を向けている。
警備員がやって来るのも時間の問題かもしれない。
だが警備員が来るより先に、それは起きてしまった。
「「「……あ」」」
「~~~~っっっ!!?」
悠真がソフィアの半裸姿を見てしまったのだ。
他の客はその事に気付いていなかったが、店の外からずっと見ていた四人には、悠真の反応から何を見てしまったのかわかってしまった。
サラ、明来、亮太の三名は恐る恐る美奈穗の様子を伺い、そして彼女を見てしまった事を後悔した。
能面のように無表情で怒りの炎を燃やす美奈穗からは、怒りそのものがオーラとして見えそうなプレッシャーが放たれている。
それは通りすがった男性客を恐怖のどん底に陥れ、女性客の中には腰を抜かす者もいる。ご老人はあまりの恐怖に天から迎えが来たのかと勘違いし、子供に至っては泣いたら殺られると本能で理解していると言わんばかりに、歯を食いしばって我慢していた。
そんなプレッシャーを近距離で浴びる三人は、ガタガタと震えながら座り込み、互いに身体を抱き寄せ合っていた。
「悠真……ラッキースケベなんて……絶対許さないんだから……」
「み、ミナホ、落ち着こう、ね?ユウ兄に気付かれちゃう……ていうか既にユウ兄も怯えてるよ……」
怒りで周囲を大惨事にする美奈穗に、サラは意を決して彼女の怒りを静めようとする。
サラの言う通り、悠真にも距離があるにも関わらずプレッシャーが届いており、何やら寒気を感じているかのように震えていた。
この後、ランジェリーショップで買い物を終わらせ悠真達が出て来たという事で、美奈穗は仕方なく怒りを納めた。
四人は警備員が来る前に逃げるため、急いでこの場から移動を開始した。
後にこの騒ぎは形を変え、恐怖で震えずに居られない場所としばらく噂される事になる。
そしてそれを知った美奈穗が羞恥で悶える事になるのは、また別の話。
デート回は二話のつもりが、まだ半分なんだが。書いてる内に話が長くなっていくようだ。
デート回は後二話で終わらせて、早くファンタジー要素を出したいです。




