1ー9 デート(1)
世間的には普通の土曜日。
しかし俺にとってはデートをする日であって、おざわ荘は朝から少し変わった雰囲気だった。
まあ少し変わったと言っても、住人数名がニマニマしながらこちらを見てくるぐらいだった。ジロリと睨み付けるとサッと視線を逸らすので、大した問題はなかった。
少しばかりイライラしてストレスが溜まってしまったこと以外は。
ソフィアに不機嫌な顔を見せたら可哀想だから気にしないことにしたが、それでは俺の気が済まないので、後で何か罰を与えようと誓った。
「……にしても、ソフィア遅いな」
玄関で待ちながら俺はぼやく。
腕時計を確認すると、針は九時を過ぎたところだった。
別に急いで出掛ける必要はないのだが、待たされていると時間の進みが殊更遅く感じてしまう。
(女子が準備に時間掛けるのは知ってるけどさ……気にしたら負けかなぁ………?)
階段から慌てて降りてくるような足音が聞こえ、俺は思考を引き戻し視線を階段へ向ける。
「遅くなり申し訳ありませんユーマ様!」
急いで降りて来た彼女の姿を見て、俺は暫し見惚れた。
白のブラウスにピンクのフレアスカート、そしてカーディガンを羽織り、ショルダーバックを肩に掛けている。
昨日までの天使のような、美しく近づくことさえ憚られる神聖さとは違って、誰からも好かれ愛されるとても魅力溢れる女の子のような印象を受ける。
それに、美しさと可愛らしさの両方を兼ね備えていて、ちょっとドキッとしてしまった。
時に人は、あまりに美しすぎるものは遠ざけてしまうことがあるという。それはソフィアにも当てはまることであり、おざわ荘の皆は気にしていないが、普通なら気後れしていても可笑しくない。
そんな彼女を服装だけでここまで変えられたという事実に気付いた俺は驚き、そして感心した。
「もしかしてその服、美奈穗の?」
「はい。ミナホがこの服を選んで貸してくれました」
「なるほど。うん、凄く似合ってる」
「ありがとうございますユーマ様」
素直に褒めるとソフィアは笑顔で礼を言い、彼女の笑顔につられて俺も少し頬を緩めた。
そんな二人に階段を降りて来た美奈穂が明るく声をかけた。
「ふふっ、良かったねソフィア。頑張って選んだ甲斐があったよ」
「はい!」
一昨日の夜に二人で話し合って以来、美奈穂とソフィアの間にあった溝のようなものがなくなった様に思える。
美奈穂が泣いていたみたいだから、なんかこうギスギスした雰囲気になるんじゃないかと身構えていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
俺はそのことを嬉しく思いながら、美奈穂に声をかけた。
「美奈穗、お前すげーな。まさかソフィアに合ったコーディネートが出来るとは思ってなかった」
「なによ失礼ね……と言いたいところだけど、こればっかりは同意するわ。結構自分でも驚いてるもの。私の服だとシンプルなもの以外似合いそうなのがなくて」
「この綺麗すぎる金髪に合う服って結構少なそうだよな」
「そうなのよねぇ」
「この格好がどうかしたのですか?」
俺達の会話を聞いて不思議そうな顔をするソフィアに、何がどうして凄いのかを説明した。
ソフィアのような整いすぎた容姿だと、並みのコーディネートでは、服が人物の良さを殺してしまうということが良く起こるのだ。
それに彼女の光輝くような金色の髪だと、選べる色も限られてくる。
そんな中でも素材の良さを殺すことなく、むしろ良さを引き上げた美奈穗はかなり良いセンスを持っていると言えるだろう。
そう説明するとソフィアも理解出来たようで、自分が褒められたことに照れながらも、美奈穗に尊敬の眼差しを向けていた。
「もうっ、そんな目で見なくていいから!プロの人ならもっと凄いコーディネートできるし……とにかく、いい加減行ってきなよ」
「それもそうだな。ソフィア、靴はどれを履くんだ?」
「えーっと……」
「棚の手前にある白いスニーカーを履いてって。サイズは昨日確認しておいたから問題ないと思う」
「スニーカーだな……よし、あった、これだな」
俺は靴棚から白いスニーカーを取り出し、ソフィアの前に並べる。ソフィアは礼を言ってから慎重にスニーカーを履き、サイズが合っているかを確認した。
「特に問題はないです」
「よし、そんじゃ行ってくるよ、美奈穗」
「行ってきますね」
「うん。行ってらっしゃい二人共」
こうして俺達は街へ出掛けた。
俺はなるべく、デートだということを意識しないようにしながら……。
□□
二人が出掛けた後、美奈穗はしばらくその場に立ち尽くしていた。そんな彼女の背後に三つの影が現れ、内一つが美奈穗に飛びかかった。
「みーなーほーっ!」
「きゃあっ!さ、サラちゃん!?」
いきなり背後から抱きつかれた美奈穗は、驚きのあまり可愛らしい悲鳴を上げる。
どうにか離れようと抵抗する美奈穗にサラがじゃれついていると、残りの影--亮太と明来の二人に近づいて来た。
「なーに、『浮気してるんじゃないかと不安になりながらも夫を見送る嫁』みたいな顔しとんの、美奈穗ちゃん」
「し、してませんっ、そんな顔!っていうか助けてくださいよ!ひゃっ、ぁん……ちょ、やめっ!変んな所触らないで、サラちゃ~ん!」
「うわー……なんか美奈穗がとてつもなくエロく見える」
「変な、こと……ぁん……言わないでよ、りょうたくんっ!」
「やっぱりミナホってあたしより胸大きいねー。サイコーだよ~」
サラに抱きつかれ胸を揉まれる美奈穗は、身悶えながら亮太に抗議の声を上げる。しかし美奈穗の訴えは虚しくも聞き入れられなかった。
しかもサラのセクハラが徐々にエスカレートしていって、
「~~~~~っ!!もうっ、いい加減にしてぇーーーーっっ!!!」
とうとう耐えきれなくなってブチ切れた美奈穗の、魂からの叫び声がおざわ荘中に響き渡る。
サラがその声に驚き耳を塞ぐことで、ようやく美奈穗は解放されるのだった。
その後、なんとか落ち着いた美奈穗がなぜ三人が揃ってここにいるのかを尋ねる。すると、さっきのことを反省した様子のないサラが堂々と答えた。
「二人が出掛けた今だからこそ、ここにいるんだよ!」
「…………どういうこと?」
見事なドヤ顔でそう言うサラに、美奈穗は訳がわからず聞き返す。
そして気付いた。
彼らの格好が、まるで今から出掛けますと言わんばかりにしっかりしていることに。
しかも何やら変装(?)らしき事までしていた。
サラと明来は帽子や眼鏡などの小物を身に付けるぐらいなのだが、亮太に至っては完全に別人だ。
どう違うのかと言うと、その、凄く地味なのだ。背景と同一化していて、強く意識しないと彼だと判別出来ない程、地味な格好なのだ。
そこから導き出される答えを察した美奈穗は震えた声を上げる。
「ま、まさか……」
「ふっふっふ、そのまさかだよミナホ!これからユウ兄達を尾行しに行くの!」
力強く断言するサラに愕然となった美奈穗は、残り二人へと視線を向ける。
そこにはもちろん、いい笑顔で頷く馬鹿二人の姿が。
それを見た美奈穗は、とてつもない疲労感を覚え項垂れてしまった。
「はぁ~~~……あのね、ダメに決まってるでしょ尾行なんて。もし悠真に見つかったらどうするの。どんなお仕置きされるかわかんないわよ?」
「うぐっ、お仕置きはやだなぁ••••••」
美奈穗の指摘に心が揺れるサラ。
そしてチャンスと見た美奈穗が追い討ちをかけかようとしたが、その前に亮太から横槍が入り止められてしまった。
「けど、あの悠真が出会って間もない女の子とデートするんだぜ?やっぱ気になるだろ」
「っ!だよね、だよね!」
サラの心が再び尾行派へと傾いてしまい焦る美奈穗に、今度は明来からの口撃が入った。
「ホンマは美奈穗ちゃんもわかっとんのやろ?自分も心配で見に行きたいんやってな」
「そんなわけ--」
「だったら何でさっき、二人が出てった後もあんな不安そうな顔してたんかな~?」
「それは……」
「あ~ごめんごめん。謝るからそんな泣きそうな顔しやんといてえな。けど、わかったやろ?美奈穗ちゃんもやっぱ気になってしょうがないんやって」
そう言ってカラカラと笑う明来を、美奈穗は不満たっぷりな目で睨みつける。
「まあ、美奈穗がどうするにしても、俺達は行くだけなんだけどな」
「そうだね。それにそろそろ行かないとユウ兄達と同じ電車に乗れなくなるよ」
「そりゃアカン。早よ行かな。そんじゃ、行ってくるわ美奈穗ちゃん」
そしておざわ荘を出発する三人。
一人玄関に残された美奈穗は悩みに悩んだ末、
「ちょっと待って!私も行くから~~っ!」
あのまま放置して見て見ぬ振りをしたら心配事が増えるだけで、だったらついて行って見張った方が良いという結論に至った美奈穗は、急いでおざわ荘を飛び出すのだった。
□□
「いや~、それにしても、いい天気だなぁ~」
「ふふっ、そうですね」
人通りの少ない住宅街を二人で歩く。
今日の天気は快晴で、とても気分が良く絶好のお出掛け日和と言えた。
思わず漏らした声に反応したソフィアも声が弾んでいて、俺と同じ気持ちなようだった。
ここまでの道中、俺はソフィアからの質問に答えていた。
彼女にとっては、ここにある物は何でも新鮮で未知な物ばかりという訳なのだろう。
家、道路、電柱、動物、その他色々な物について質問され、俺はそれら一つずつ丁寧に答えていく。
答える度に彼女がコロコロと表情を変えて喜ぶので、教える方もなんだか嬉しくなってもっと教えてあげたくなった。
「--そんであれは……っと、駅が見えたぞソフィア。あそこに見えるのがそうだ」
そう言って駅を指差す。
ソフィアは俺の指差した先を見つめどれが駅かわかったようだ。
俺達の向かっている駅は、おざわ荘から歩いて三十分ほどにあるこぢんまりとした駅だ。
切符を二人分買い、ホームでベンチに座り待ち時間を潰す。
数分程待つと電車がやってきて、それに乗り込む。
電車の中は空いていて、この車両には数人しかいなかった。
「ソフィア、ちょっとコレ見て。町のことをもっと教えてあげるから」
「何ですかコレ?」
「プティーク……って言ってもわかんないよな。取りあえず今は、地図を見るための道具だと思ってくれ」
俺がバックから取り出したのは、空間投影型携帯端末『プティーク』。とある国から輸入し発売され始めた最新型端末--一応『とある国』以外では最新--を、サラが俺用に改造したものだ。
これは立体映像を空中に投影し、映像に触れて操作が出来るようになったもので、さらに投影した映像の大きさは自由に調整可能という代物だ。その最大投影面積は一平方メートル、高さ五十センチになる。
まあ俺のはサラの魔改造によって、情報処理速度は三倍、最大投影面積は最大十平方メートル、高さニメートルという無駄スペックに仕上がっているが……本当、ここまでする必要あったのか?我が妹よ。
これの難点は、投影面積を大きくしすぎると周りの人に対して迷惑になりかねないというのがある。なので、企業の会議などでは役立つだろうが、個人の端末では死にスペックになってしまうのだ。
俺はソフィアから少し距離を取り、中間あたりのシートの上にプティークを置いた。
そして電源を入れ、少し操作してから地図を投影した。大きさは周りの迷惑にならないよう六十センチ程に押さえてある。
「わぁっ、すごいですね、これ!」
突如現れた町の姿に驚きの声を上げるソフィアを横目に、俺は映像に触れて拡大した。
「ここがおざわ荘で、この道を歩いて、ここがさっきの駅--」
俺は今までの道のりを辿りながら説明していく。
俺の住んでいる御滝沢市は海と山に囲まれていて、町を真っ二つにするように御滝川がど真ん中を流れている。それによりこの町の住民は、住宅の多い方を東町、ビル群の並ぶ比較的都会な方を西町と呼んでいる。
ちなみにおざわ荘があるのは東町の山の麓付近だったりする。あの辺は昔、温泉街として有名だったらしい。
「今日はこの駅前のショッピングモールで服とかを買う予定。昼食後は適当にぶらつくつもりなんだけど、どこか行ってみたい所とか、あったりする?」
そう尋ねると、ソフィアは少し悩むような様子を見せた後、何か思いついたのかあっと声を上げた。
「だったらこの町で一番有名な場所に行ってみたいです」
「一番有名な場所?……あぁ、だったらあそこだな」
俺は地図を操作してその場所を表示する。
そこは地図でもわかるほど広大な場所。
この町に住む者、その道に携わる者なら誰でも知っている場所。
その場所の名は、
「私立水城工業大学。世界トップクラスの科学技術を学べる所だ」
ぶっちゃけ世界的に有名な場所である。
でもわざわざこんな場所にと思わずにいられなかったが、ソフィアがそこで良いと言うので、昼食後に水城工業大学へ行くことが決定した。




