第54章
幸運という心地よい恩恵や、生まれ合わせ、遺産、両親や友人の知恵によって、裕福で快適な暮らしを送る人々が忌み嫌うあの「人生の破綻」を避けることに成功した人たちには、最初の数日、独房で鬱々と座り続けて、あれほどの才覚がありながら、自分はどうなってしまうのだろうと思い悩んでいたクーパーウッドの気持ちは到底理解できないだろう。どんなに強い者にも、落ち込む時期はある。最高の知性に恵まれた人たち――おそらくはそういう人たちにこそ――人生が薄暗い色合いを帯びるときがある。彼らは人生のわびしい機微をあまりにも多く見てしまう。人間の魂がひるむことなく人生に立ち向かうのは、魂の力の中に、自分の力に対する奇妙な自信や不思議な信念が築かれたときだけであり、これは、間違いなく、体のどこかに実際に存在している力に基づいている。クーパーウッドの頭脳を第一級と言うのは、さすがに言い過ぎだろう。確かに、どう考えても十分に鋭かった――実行力のある偉人にありがちなように、自分の成功を強く意識していた。それは強靭な頭脳であり、巨大なサーチライトのように向きを変えて、きらめく光を数多くの暗い隅々に投げかけはするが、究極の闇を探るには、私心が強過ぎた。彼は一応、偉大な天文学者、社会学者、哲学者、化学者、物理学者、生理学者が考えていることを理解はしたが、それが何であれ、自分にとって重要だとはどうしても確信できなかった。確かに人生は未知の謎をたくさん抱えている。誰かがそれらを調べることは、もしかしたら重要かもしれない。それがどういうものであれ、彼の魂の叫びは違う方を向いていた。彼の仕事はお金を稼ぐことだ――大金を生み出す何かを組織すること、いや、自分が立ち上げた組織を救うことだった。
しかし、見直してみると、これはほとんど不可能に等しかった。不幸な状況が重なって、事態はあまりにも混乱し、複雑になり過ぎていた。シュテーガーが指摘したように、破産手続きを何年も引き延ばして、債権者を次々に根負けさせることはできるかもしれないが、その間に、関連資産が深刻なダメージを被り続けるのだ。未払債務の利息負担は大幅に資産を侵食するし、訴訟費用はかさむ一方だ。さらに追い打ちをかけるように、全額返済以外は一切受け入れようとしない債権者――債権をバトラーに売り渡した者、ひいてはモレンハウワーに売り渡した者――がかなりいることをクーパーウッドはシュテーガーと一緒に突き止めていた。今の唯一の希望は、後日和解して守れるものをできるだけ守り、スティーブン・ウィンゲートを通じて何かの収益事業を立ち上げることだった。二日目に新しい囚人を見に来たマイケル・デスマス所長とシュテーガーが、ウインゲートのために仕事の調整をつけ次第、一両日中に彼が来ることになっていた。
デスマスは体の大きな男だった――生まれはアイルランド、政治の世界で鍛えられ――若い頃は警察官、南北戦争では伍長、モレンハウワー配下の地区幹部になるまでフィラデルフィアでいろんな職を渡り歩いてきた。抜け目ない男で、背が高く、骨太で、ひときわ筋肉質に見えた。五十七歳であっても、肉体勝負で目覚ましい活躍を見せそうだった。手は大きくて骨ばっていて、顔は丸顔でも面長でもなく四角くて、額が高かった。短く刈り込まれた鉄灰色の髪と、剛毛の鉄灰色の口髭にはしっかりと張りがあり、目はとても細くて鋭い知的な青灰色、血色は良かった。きれいに並んだ獰猛に見える歯は、笑うとほんのわずかに狼のような表情をのぞかせた。しかし、見た目ほど残酷な人間ではなかった。気まぐれで、ある程度厳しかったり、時には荒々しかったりすることもあるが、優しいときもあった。デスマスの最大の弱点は、囚人にも精神的、社会的な格差があることや、政治的な働きかけがあろうがなかろうが格別の配慮を払うに値する者が時としてここに現れることを自分の知能では認識できないことだった。彼が理解できるのは、ステナーのような特別な場合に、政治家から指摘される別枠だけで――クーパーウッドは該当しなかった。しかし、刑務所は、弁護士、探偵、医師、説教師、社会活動家、さらには一般市民がいつ訪れてもおかしくない公共施設であり、(たとえそれが自分の部下たちを道徳的、管理的に統制するためだけであったとしても)一定の規則や規制は施行されねばならない――そして、政治家を向こうに回してでも――ある程度の規律、制度、秩序を保つ必要があり、誰かひとりを過度に自由にさせることはできなかった。しかし例外はある――裕福で洗練された人たち、政治指導者たちに衝撃を与えるほどのそのときどきの世論の爆発の犠牲者たち――は友好的な態度で世話をしなければならなかった。
もちろん、デスマスはクーパーウッドとステナーのいきさつを十分承知していた。これまでの市への貢献に免じてステナーには特別な配慮を持って遇するよう政治家たちはすでに彼に釘を刺していた。クーパーウッドについては、境遇がかなりひどいと認めてはいたが、あまり語られなかった。おそらく、彼のために少しくらい何かをするのはいいのかもしれないが、その責任は自分が負わねばならない。
「バトラーがあいつを目の敵にしているんだ」あるときストロビクがデスマスに言った。「もとをただせば、バトラーの娘が原因だがな。バトラーの言うことを聞いていたら、あいつにはパンと水しかやらないことになっちまうが、あいつは悪い奴じゃない。実際のところ、もしジョージに分別ってもんがあったら、クーパーウッドは今日のような目に遭うことはなかったんだ。だが、上の連中はステナーを放っておかなかった。彼がクーパーウッドに一切金を渡さないようにしたんだ」
ストロビクはモレンハウワーから圧力をかけられてクーパーウッドにこれ以上資金を持たせないようステナーに助言した連中の一人だったが、ここでは犠牲者の取った行動の愚かさを指摘していた。その矛盾に気づいてもストロビクは少しも気にしなかった。
だからデスマスは、もしクーパーウッドが〝ビッグスリー〟に歓迎されない人物なら、彼に無関心でいるか、少なくとも特別な便宜を図るのを遅らせる必要があるかもしれないと判断した。ステナーには、良い椅子、清潔なリネン、特別な食器と皿、毎日の新聞、郵便の特権、友人の面会などを認めた。クーパーウッドには――まあ、まずは本人を見て、どう思うかを確かめてからだ。同時に、シュテーガーのとりなしがデスマスに影響を与えずにはいなかった。クーパーウッドが入所した翌朝に、所長はハリスバーグの有力者テレンス・レイリハンから、クーパーウッド氏に示されたいかなる厚意にも私は相応に報いる、という手紙を受け取った。この手紙を受け取ると、デスマスはクーパーウッドの房まで行って、鉄の扉越しに様子をうかがった。途中で簡単なやりとりをしたところチェイピンは、クーパーウッドはいい人だと思いますと言った。
デスマスはそれまでクーパーウッドと面識はなかったが、みすぼらしい囚人服に木靴をはき、安物のシャツをまとい、惨めな独房にいるのを見て、強い衝撃を受けた。普通の囚人のような虚弱で血の気のない体と、ずるそうな目つきの代わりに、活力と力強さがみなぎる顔と体を持ち、どんなみじめな服や環境でもおとしめることができない、毅然と立っている男の姿を見たからだ。デスマスが現れると、クーパーウッドは頭を上げた。どんな人影でも扉の前に現れたこと自体がうれしく、大きく澄んだすべてを見抜く目で相手を見すえた――かつて彼を知るすべての者に絶大な信頼と確信を与えたあの目で。デスマスは心を揺さぶられた。昔から知っていて、入所のときに会ったステナーと比べたら、この男は、まさに力そのものだ。何と言おうと、力のある男は本能的に力のある男を尊敬するものだ。そしてデスマスは屈強な体の持ち主だった。デスマスはクーパーウッドを見て、クーパーウッドはデスマスを見た。デスマスは本能的にクーパーウッドを気に入った。まるで一頭の虎が別の虎と対峙しているようだった。
クーパーウッドは本能的に相手が所長だとわかった。「デスマス所長ですね?」慇懃に感じよく尋ねた。
「ええ、私がデスマスです」デスマスは関心を示しながら答えた。「こういう部屋はそれほど居心地はよくないでしょう?」所長のきれいに並んだ歯は、親しげだがそれでも狼らしさを見せた。
「確かによくはないですね、デスマス所長」クーパーウッドは軍人のようにピンと背筋を伸ばして答えた。「ですが、ホテルに来るつもりではありませんでしたから」と言って微笑んだ。
「何か特別に私があなたの力になれることはないですか、クーパーウッドさん?」デスマスは様子をうかがうように切り出した。こういう男はいつか自分の役に立つかもしれない、という考えに動かされたのだ。「あなたの弁護士とは話をしてきましたが」クーパーウッドはさん付けされたことに随分気を良くした。そうか、風向きは読めたぞ。まあ、妥当な範囲ではあろうが、ここでの状況はあまりひどくはならないかもしれない。様子を見るとしよう。クーパーウッドはこの男に探りを入れてみるつもりだった。
「常識で考えてあなたにできないことを申し上げるつもりはありませんが、所長」さっそくクーパーウッドは丁寧に答えた。「もちろん、できるのであれば、変えたいことはいくつかあります。ベッドにシーツを敷きたいのと、着用を許していただけるのなら、もっとましな下着を自分で用意したいですね。今着ているこれは、どうしても不快でなりません」
「そいつは最高のウールじゃないですからね、無理もない」デスマスは真面目に答えた。「このペンシルベニアのどこかで作られて州に納品されたんです。あなたが望んで、自前の下着を着る分には問題ないと思います。その件は検討しましょう。シーツの件もね。自分で用意するのなら、使用を許可するかもしれません。こういうことは少し時間をかけなくてはならないんですよ。仕事のやり方を所長に教えることに、特別な関心を持つ連中が大勢いるものですから」
「その辺のことはよくわかっています、所長」クーパーウッドは生き生きと続けた。「あなたのお力添えには心から感謝いたします。私への心遣いには感謝が示され、悪いことにはならないものとお考えください。外には友人がおりますから、その者たちがいずれ私に代わってお返しいたします」クーパーウッドはデスマスの目をまっすぐ見たまま、ゆっくりと力強い口調で言った。デスマスは強い感銘を受けた。
「わかりました」打ち解けたところで、彼は言った。「多くは約束できません。刑務所といえど、規則は規則ですから。しかし、できることはいくつかあります。素行が良ければ、他の囚人にもそうするのが規則ですから。もっといい椅子がほしければ、用意しますよ。それと何か読むものもね。まだ仕事を続けているのなら、それをやめさせたりはしませんよ。十五分おきにここに人を出入りさせることはできません。それと、独房を事務所に使うこともできません――そういうのは無理です。それではここの秩序が壊れますからね。ですが、時々友人と面会してはいけない理由はありません。手紙などは――まあ、当分は普通に開封せざるをえませんね。その件も検討しなくてはなりません。あまり多くは約束できませんよ。この棟を出て一階に移るまで待たなくてはなりません。向こうには庭つきの独房があるんです、もし空いていればですが――」所長は意味ありげに目を細めた。十分に悪いのだが、クーパーウッドは自分の運命は思っていたほど悪くはならないことがわかった。所長は彼が従事できるいろいろな刑務作業の話をして、やりたそうなものを考えておくように頼んだ。「他に何を望むにしても、手持ち無沙汰を解消するには何かをやりたくなるんです。それが必要なんだといずれわかりますよ。ここではみんな、しばらくすると仕事をしたくなるんです。そういうものなんだと気づきましてね」
クーパーウッドは状況を理解すると、デスマスに繰り返し礼を述べた。体の向きを変えるのも満足にできない狭い独房で黙って何もせずいることの恐怖が、すでにクーパーウッドに忍び寄りつつあった。ウィンゲートとシュテーガーには頻繁に会えて、しばらくすれば検閲されずに郵便が届くようになると考えることが、大きな救いだった。自前の下着を使えるようになる、シルクにウールだ――ありがたい!――多分しばらくすれば、この靴も脱がせてもらえるだろう。こうした待遇改善と、仕事と、デスマスが言っていた小さな庭があれば、生活は理想的ではないにしても、少なくとも耐えられるものになるだろう。それでも刑務所が刑務所であることに変わりはない。そこは多くの人たちにとっては恐しいところに違いないが、どうやらクーパーウッドにはそれほどでもなさそうだった。
クーパーウッドはチェイピンが受け持つ、入所にあたっての〝指導班〟に二週間いる間に、刑務所生活の特徴について、これまでに学んだのと同じくらいたくさん学んだ。中庭に出ることや集団での作業、隊列を組んでの行進、共同食堂、共同作業などが、普通の刑務所を形づくっていると考えると、ここは普通の刑務所ではなかった。彼にも、そこの収容者のほとんどにも、一般的な刑務所の生活はまったくなかった。大多数の囚人は割り当てられた特定の作業を独房で黙々とこなし、周囲で続いている他の生活が一切わからないようになっていた。この刑務所の規則は独房監禁であり、数の限られた独房の外の雑役に就くことを許される者は少なかった。実際にクーパーウッドが感じて、チェイピン老人がすぐに教えてくれたように、ここに収容された四百人の囚人でそうした作業の従事者は七十五人もおらず、全員が定期的に働くわけではなかった――炊事、季節ごとの庭仕事、製粉、全般的な清掃が、孤独から逃れる唯一の手段だった。そういう作業の従事者でさえ、話すことは厳しく禁じられた。作業中はあの不快なフードを着用しなくてもよかったが、仕事への行き帰りの時は着用することになっていた。クーパーウッドは自分の独房の扉のそばを、ときどき彼らが重い足取りで歩いていくのを見かけた。その姿は奇妙で、不気味で、陰惨だった。チェイピン老人はとても温和で話し好きなので、ずっと彼のもとにいたいと心から願うことも時にはあったが、そうはならなかった。
またたく間に二週間が過ぎた――正直言って、退屈極まりないものだったが、ベッドを整え、床を掃き、着替えて、食事をし、服を脱ぎ、五時半に起きて九時に寝て、毎食後に皿を洗う。こういう数少ない平凡な日課が組み合わさって過ぎていった。ここの食事に慣れることは絶対にないだろうと思った。すでに述べたように、朝食は六時半で、糠に少量の白い小麦粉を加えた粗末な黒パンと、ブラックコーヒー。昼食は十一時半で、粗末な肉が少し入っている豆か野菜のスープと、同じパン。夕食は六時で、お茶とパンだった。とても濃いお茶でパンは同じ――バターもミルクも砂糖もなかった。クーパーウッドは煙草を吸わなかったので、支給されるわずかな煙草は彼には何の価値もなかった。シュテーガーは二、三週間の間に毎日顔を出した。二日過ぎてからは、スティーブン・ウィンゲートも新しい仕事の関係者として希望すれば一日一回面会が許可された。こんな早急に許可するのはやり過ぎているとは感じたが、デスマスは認めてくれた。どちらも一時間から一時間半以上いることはめったになかったから、面会が終わると一日が長かった。破産手続きで証言するために、裁判所の命令で数日九時から五時まで外に連れ出されたおかげで、最初うちは時間が早く経過した。
彼が刑務所に入って、これから何年も世間から完全に隔離されるのが明らかになったとたん、大の仲良しだった人たちの心から、彼を助けようという考えがすべて驚くほどあっさり消えてしまったのが不思議である。彼は終わった、とほとんどの人は考えた。今彼らにできる唯一のことは、自分たちの影響力を駆使して、いつか彼を出所させることだろうが、いつになるかは予測できなかった。それ以外には何もなかった。彼はもう誰にとっても決して重要ではなくなるだろう、と彼らは考えた。とても残念であり、悲劇だったが、彼は終わったのだ――彼の居場所も彼を忘れてしまった。
「聡明な青年だったのに」ジラード・ナショナル銀行のデービソン頭取は、クーパーウッドの判決と収監の記事を読みながら言った。「気の毒だな! まったく! 大きな過ちを犯したものだ」
クーパーウッドがいなくなったのを本当に寂しがったのは、両親とアイリーンと妻だけだった――妻は怒りと悲しみの入り混じった複雑な感情を抱いた。アイリーンはクーパーウッドを深く愛していたから、その中で最も苦しんでいた。四年三か月という歳月を考えた。もしそれまで出所しなかったら、あたしはかろうじて二十九歳、彼は四十歳目前だ。そのとき、彼はあたしを求めるかしら? あたしは魅力的でいるかしら? そして五年に近い歳月は彼の考え方を変えてしまうのではないかしら? 彼はその間ずっと囚人服を着なければならないだろうし、その後も一生、前科者として見られるのだ。考えると辛かったが、それはただ、何があっても彼のそばを離れず、できる限り彼を助けようというアイリーンの決意をこれまで以上に強くしただけだった。
実は彼が収監された翌日、アイリーンは馬車を走らせ、刑務所の重苦しい灰色の壁を見に行った。法律や刑罰の膨大で複雑な仕組みをまったく知らなかったので、アイリーンにはそれがひときわ恐ろしく見えた。いったいあたしのフランクはどういう目に遭ってるのかしら? ひどく苦しんでないかしら? あたしがフランクのことを考えているように、フランクもあたしのことを考えているかしら? ああ、何て哀れなの! 哀れったらないわ! この身が哀れだわ――こんなにも彼を愛してるのに! アイリーンは彼に会おうと心に決めて帰宅した。しかし、面会日は三か月にたったの一度しかなく、次の面会日はいつか、自分はいつ行けるのか、あるいは彼がいつ外で自分に会えるのか、などは彼が手紙で知らせるしかないと最初に言っていたとおりだったので、アイリーンはどうしたらいいかわからなかった。事は秘密を要するからだ。
それでも翌日、アイリーンは手紙を書いて、前日の嵐の午後に駆けつけたこと――彼があの重苦しい灰色の壁の向こうにいるのかと思って恐ろしくなったこと――を打ち明けて、すぐに会う決意を表明した。そして、新しい取り決めのおかげで、この手紙はすぐ彼のもとに届いた。クーパーウッドは返事を書いて、その手紙をウィンゲートに渡して投函してもらった。その内容は、
愛しい人へ
私があなたにすぐに会えないものだから少し落ち込んでいるようですね。でも、落ち込まないでください。判決のことはすべて新聞で読んだことと思います。私はあの日の午前中にここに来ました――ほぼ正午です。時間があれば、あなたの気が楽になるよう、状況を詳しく記した長い手紙を書くつもりでしたが、しませんでした。規則に反するからです。実は、これは内緒で書いています。私はここで一応つつがなくやっています。もちろん、出たいのは確かです。愛しい人、まず、私に会うには会い方に気をつけなくてはなりません。私を励ます以外に、あなたにできることはあまりないのに、あなた自身に大きな累が及ぶかもしれないからです。それに、私は取り返しのつかないほど大きな迷惑をあなたにかけたと思います。あなたはそう思わないだろうし、そうなったら、私は悲しいことになりますが、私と別れることがあなたにとって一番いいと思います。金曜日の二時に、六番街とチェスナット・ストリートの角にある裁判所の特別控訴審に出席する予定ですが、そこでは会えません。弁護士付き添いでの外出ですから。くれぐれも気をつけて。よく考えて、ここには来ないようにしてください。
この最後の言葉はただの憂鬱な気分の表れにすぎなかった。クーパーウッドが二人の関係にこんなものを持ち込んだのは初めてだったが、状況が彼を変えてしまったのだ。これまでクーパーウッドはずっと優位に立ち、求められる側だった――アイリーンには今も昔も追い求めるに値する存在だったが――彼は自分が無傷で逃げ切り、威厳と力を増してゆき、やがてアイリーンが自分にふさわしくなくなるかもしれない、とまで考えていた。そんな考えを持っていたこともあった。ところが、ここで縞の囚人服を着るにいたって、状況は一変した。アイリーンの地位は、自分との長い熱烈な関係によって価値が下がったとはいえ、それでも今の自分よりは上だった――明らかに上だった。結局のところ、彼女はエドワード・バトラーの娘ではないか。自分から離れてしばらく経っても、囚人の花嫁になることを望むだろうか。そんなことは望むべきではないし、わかりきったことだが、彼女は望まないかもしれない。アイリーンだって心変わりするかもしれない。彼女は私を待つべきではない。アイリーンの人生は、まだ破滅してはいないのだ。世間はアイリーンが私の愛人だったことを知らない――少なくとも広く知られてはいない、とクーパーウッドは思っていた。結婚だってするかもしれない。どうしてしないと言えるだろう。そして永遠に私の人生からいなくなるのだ。これは私にとって悲しいことではないだろうか? しかし、私にはアイリーンに対する義務があるのではないか、自分の良心に照らして、私をあきらめろと、少なくともそうすることが賢明なのだと考えるように、アイリーンに促す義務があるのではないだろうか?
クーパーウッドはアイリーンを正しく評価して、彼女は自分を見捨てたりはしない、と信じた。彼の立場からすれば、彼女が自分を愛し続けることは、アイリーンに百害あっても一利は自分の方にあり、自分の過去の人生の最高の時期につながっている絆でもあった。しかし、ウィンゲートがいる独房でこの手紙を走り書きして、投函を託す直前になって、不安のにじんだこの小さなひと言を付け加えずにはいられなかった。(看守長のチェイピンは立ち会うことになっていたのに、親切に気を利かせて離れていてくれた。)これは、手紙を読んだときに、アイリーンの胸を打った。アイリーンはこれを読んで、クーパーウッドが憂鬱になっている――ひどく落ち込んでいる――ととらえた。もしかして、やはり、刑務所はこんなにも早く、彼の精神を打ち砕いているのかしら。彼はあれほど勇敢に耐えてきたのに。このせいで、アイリーンは今、たとえこれが困難で危険であろうと、どうしてもクーパーウッドのもとへ行き、慰めたくてたまらなくなった。あたしが行かなくちゃ、とアイリーンは言った。
クーパーウッドは破産審問に出席するために外に出たある日のこと、家族――父親、母親、弟、妻、妹――との面会は、たとえ手配ができたとしても、自分が手紙で知らせるかシュテーガーからの連絡がない限り、三か月に一回以上は来ないで、とはっきり告げた。本当は、このとき彼は家族の誰にもあまり会いたくなかった。社会全体の仕組みにうんざりしていた。何の役にも立たなかったのが判明したので、今はもう、自分が巻き込まれたこの騒動から解放されたかった。自分の弁護に、これまでに一万五千ドル近く使っていた――裁判費用、家族の生活費、シュテーガーへの報酬など。しかしそれは気にしなかった。ウィンゲートを通して働いて、多少の金を稼ぐつもりだったからだ。家族は、全く財産がなくなったわけではなく、ささやかに暮らしていく程度はあった。クーパーウッドは、縮んだ身の丈に合う家に移るよう家族に勧めていて、家族はそれに従った――両親と弟たちと妹は、昔のボタンウッド・ストリートと同程度の三階建てのレンガ造りの家に移り、妻は刑務所近くの北二十一丁目の、もっと小さくて安い二階建ての家に引っ越した。ステナーから不正に引き出した三万五千ドルから取っておいた金の一部がその維持費に充てられた。もちろん、クーパーウッドの両親にすれば、これはジラード・ストリートの豪邸からの凄まじい転落だった。ここには、以前のあのやや豪華な邸宅の特徴だった家具は一切なく、ただ店で買っただけの既製品の家具と、こぎれいではあるが安物の掛け物や備品ばかりだった。クーパーウッドの全個人資産が帰属し、ヘンリー・クーパーウッドが全財産を明け渡した管財人たちは、重要なものの持ち出しを一切許さなかった。すべては債権者のために売却されねばならないものだった。少し前に全資産の目録が作成されたので、数少ない小物がほんの少し手もとに残されただけだった。ヘンリー・クーパーウッドが欲しかったものの一つは、フランクが自分のために設計してくれた机だったが、その評価額が五百ドルだったので、その金額を支払うか、競売で落札されない限り、保安官に引き渡してもらうことはできなかった。ヘンリー・クーパーウッドにそんな余裕はなかったので、机をあきらめなければならなかった。家族はみんな欲しいものがたくさんあった。 アンナ・アデレードはその事実をずっと後まで両親に打ち明けなかったが、文字通り少し盗み出していた。
ジラード・ストリートの二軒の家が公売の会場になる日が来た。その期間中、一般市民は誰に気兼ねすることもなく各部屋を歩き回って、絵や彫像、美術品全般を品定めすることが許され、最高額をつけた入札者によって競り落とされた。この分野でのクーパーウッドの活動は、かなりの名声を得ていた。第一に、彼が買い集めた品々には本物の価値があった。第二に、ウィルトン・エルスワース、フレッチャー・ノートン、ゴードン・ストレイク――フィラデルフィアでその評価と審美眼が重視されていた建築家や美術商たち――が熱心に称賛していたからだ。クーパーウッドが大切にしていた愛蔵品のすべてが――イタリア・ルネッサンスの最盛期を代表する小さなブロンズ像、丹念に集めたベネチアングラスの品々――骨董品収納ケース丸々一つ分、パワーズ、ホズマー、トルバルセンの彫像――三十年後には笑われそうだが当時は高い価値があったもの、ギルバートからイーストマン・ジョンソンまでのアメリカを代表する画家の絵のすべてが、当時の流行の見本といえるフランスやイギリス派の作品数点と一緒に――二束三文で売られていった。この当時のフィラデルフィアの審美眼はそれほど高くはなく、絵の中には、本当の価値が理解されないまま低過ぎる金額で処分されたものもあった。ストレイク、ノートン、エルスワースは三人とも来場して盛んに買い込んだ。シンプソン上院議員とモレンハウワーとストロビクは、どんなものが見られるか見にやって来た。下っ端の政治家も大勢来ていた。優れた芸術を冷静に鑑定するシンプソンは、出品されたすべての中から実質的に最高のものを入手した。ベネチアングラスの骨董品収納ケース、縦長で青と白のイスラム風の筒形花瓶一対、書画家の水盂数点を含む中国の翡翠十四点、ほんのりと淡い緑がかった透かし彫りの窓飾りなどがシンプソンの手に渡った。ヘンリー・クーパーウッド邸の玄関ホールと応接室の家具と装飾品はモレンハウアーの手に渡り、クーパーウッド邸の鳥眼杢のカエデ材の寝室家具セット二組は、驚くほどの安値でエドワード・ストロビクの手に渡った。アダム・デイビスは来場して、ヘンリー・クーパーウッドがとても大切にしていたブール細工の机を手に入れた。フレッチャー・ノートンはギリシャの壷を四つ手に入れた――キュリックスの杯一つ、水瓶一つ、古代のアンフォラ壺二つ――いずれも当人がクーパーウッドに売却し、高く評価していたものだった。セーブルのディナーセット、ゴブラン織のタペストリー、バリイのブロンズ像、デダイユ、フォルトゥーニ、ジョージ・イネスの絵画を含むいろいろな美術品が、ウォルター・リー、アーサー・リヴァース、ジョセフ・ジマーマン、ジャッジ・キッチン、ハーパー・シュテーガー、テレンス・レイリハン、トレノア・ドレーク、シメオン・ジョーンズ夫妻、W・ C・デーヴィソン、フレウェン・キャソン、フレッチャー・ノートン、ラファルスキー判事に渡った。
公売が始まって四日も経たないうちに、二軒の家は空っぽになった。北十丁目九三一番地の家の品々も、そこの閉鎖が望ましいと判断された時点で、保管されていた倉庫から引っぱり出されて、二軒の他の品々と一緒に競売にかけられた。クーパーウッドの両親が、息子夫婦の間にあった謎を匂わすものに初めて気がついたのは、この時期だった。この憂鬱な公売期間中、クーパーウッド家の人間は誰も立ち会わなかった。アイリーンは、すべてが処分されたことを新聞で読み、それが自分にとって魅力的だったことは言うまでもなく、クーパーウッドにとって価値ある物なのを知っていただけに、ひどく落ち込んだ。しかし、クーパーウッドがいつの日か自由を取り戻し、金融界で以前に増して重要な地位を築くことを確信していたから、そう長くは落ち込まなかった。根拠は言えなくても、アイリーンはそう信じていた。




