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資本家  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第48章

 

 下級審の判決破棄と再審を求めたクーパーウッドの訴えに対して、州最高裁判所が判断を下すまでに、アイリーンとの関係についての噂は広く知れ渡っていた。これまで見てきたように、それはクーパーウッドに大きなダメージを与え、未だに与え続けていた。これは、クーパーウッドが主犯でステナーは犠牲者である、という政治家たちが最初に作ろうとした印象を確かなものにした。彼の合法すれすれの金融技術は、彼の非凡な金融の才能にしっかり裏打ちされていて、この点に関しては、他の各方面で平和で静かにしかも大喝采を浴びて行われていたものに比べても悪質ではなかったのに、今や最も危険な種類のマキャベリ的策略だと見なされた。クーパーウッドには妻と二人の子供がいた。想像力の豊かな大衆は彼の真意がどういうものかを知りもせず、彼が妻子を捨て、リリアンと離婚し、アイリーンと結婚しようとしているという結論に飛びついた。保守的な見方からすれば、これは十分に犯罪的だった。世間は彼の金融の経歴、裁判、有罪評決、全面的な破産状況などと合わせて、彼が政治家たちの言う通りの人物だと信じる傾向があった。有罪に処されるべきだ。最高裁判所は、彼の再審請求を認めるべきではない。このように、時として私たちの心の奥の思考や意図は、既知の物理的な伝達手段をまったく通らずに、突如として公衆の思考に入り込むことがある。どうして知っているのか、明らかにその人たちが知るはずがないときでさえ、人々は知っている。テレパシーだか、経験を飛び越える認識、の類が存在しているのだ。

 

 まず、それは州最高裁判所の五人の判事と州知事の耳に届いた。

 

 合理的な疑いを証明したいという申請が認められてクーパーウッドが保釈されていた四週間の間に、ハーパー・シュテーガーとデニス・シャノンの両名は州最高裁判所判事の前に出て、再審を認める妥当性を巡って賛否両論を唱えた。クーパーウッドは弁護士を通して最高裁判所判事に学識深い訴えを行い、そもそも自分は不当に起訴されていて、窃盗その他の罪状の根拠となる実質的証拠が何もない状況を示した。シュテーガーは自分の主張を述べるのに二時間十分かけ、地方検事のシャノンは反論にそれ以上かけた。その間、法廷にいた五人の判事、司法の経験は豊富でも金融をあまり理解していない男たち、は熱心に耳を傾けた。そのうちの三人、スミッソン、レイニー、ベックウィスは、当時の政治的感情やボスの意向に最も従順な人たちで、特にバトラーの娘との関係とそれによるバトラーの彼に対する敵対が耳に入っていたので、クーパーウッドの取引に関するこの話にほとんど関心を示さなかった。彼らは一応この問題全体を公平中立に考えているつもりだったが、クーパーウッドがバトラーにとった態度は決して彼らの心から離れなかった。残りの二人、マーヴィンとラファルスキー判事には、人より大きな同情心と理解力があったが、人より政治的自由があるわけではなかった。クーパーウッドはこれまでひどい扱いを受けてきた、と感じはしたが、それに対し自分たちに何ができるかはわからなかった。クーパーウッドは政治的にも社会的にも極めて苦しい立場にあった。判事たちは、シュテーガーが正確に述べた彼の大きな経済的社会的ダメージを理解し考慮に入れた。中でもラファルスキー判事は自分の人生にも女性関係の似た出来事があったため、クーパーウッドを有罪とすることに強く反対する気になった。しかし政治的なしがらみと義務があるため、求められていることに逆らうのは政治的に賢明ではないと悟った。それでもスミッソン、レイニー、ベックウィス各判事がろくに議論もせずクーパーウッドを有罪にしようとしているのを知ると、ラファルスキーとマーヴィンは反対意見を出すことにした。関連する問題は非常に複雑だった。クーパーウッドは行動の自由という基本原則に基づいて、合衆国最高裁判所に持ち込むかもしれない。いずれにせよ、ペンシルベニアでも他の地域でも他の裁判所の他の判事たちは、この事件の判決を検討したがるだろう。これはそれほど重要だった。反対意見を出しても自分たちに害はないと少数派は判断した。クーパーウッドが有罪である限り、政治家は気にしない――むしろこの方がいい。この方が公平に見える。それにマーヴィンとラファルスキーは、できることならクーパーウッドを一気に有罪に持ち込もうとするスミッソン、レイニー、ベックウィスと一緒にされるのはご免だった。五人の判事は全員、このような状況で誰もがそうであるように、自分たちはかなり公平中立にすべての問題を検討している、と思っていた。一八七二年十二月十一日スミッソンは、自分とレイニーとベックウィス両判事の意見としてこう述べた。

 

「被告人フランク・A・クーパーウッドは下級審(ペンシルベニア州対フランク・A・クーパーウッド)の陪審評決破棄と再審を求めている。本法廷は、被告人に対して、何ら重大な不正義が行われたとは認めることができない。(ここで事件のかなり長い要約が続き、その中で、クーパーウッドの市財務部との簡単な取引方法は言うまでもなく、財務官事務所の慣習や先例は、法の精神と条文を守らなかった彼の責任とは何ら関係がないと指摘された。)合法的手続きを装った物品の取得行為は(スミッソン判事は多数派を代表して続けた)窃盗罪に該当するかもしれない。本件では、重罪の意図を確認することが陪審の責務であり、陪審は事実の問題として被告人に不利な評決を下した。そして、本法廷はその評決を支持するに足る証拠がなかったとは断言できない。被告人はいかなる目的で小切手を入手したのか? 被告人は破産寸前だった。売却用に託された市債を、すでに自分の債務の担保にしていた――五十万ドルの現金を融資として不正に取得していた。被告人が通常の手段で市財務部からこれ以上得られないと考えるのは妥当である。それから被告人はそこへ行き、明示的でなくとも暗黙的虚偽の手段で、さらに六万ドルを手に入れた。陪審は、意図があってこれが行われたことを認定した」 

  

 

 クーパーウッドの再審請求が多数派によって却下されたことがこのような言葉で述べられた。

 

 マーヴィン判事は、自分とラファルスキー判事の意見として反対意見を記した。 

  

 

「クーパーウッド氏が代理人の権限を持たずにこの小切手を受け取ったわけでないことは、事件の証拠から明らかである。代理人の資格で、この小切手の受領が意味する義務を彼が履行しなかった、あるいは履行する意図がなかったことは明確に立証されなかった。減債基金向けの購入は、市場や一般大衆に、その事実を知られてはならないことが方針として理解されていたことと、最終結果が満足できるものである限り、クーパーウッド氏は代理人として資産と負債の処理について完全に自由な裁量を持つことになっていた、ことが裁判で明らかにされた。購入時期に特定の時期はなく、いかなる時点でも購入額へ言及はなされなかった。被告人が小切手を受け取った時点で、それを不正に流用する意図がなければ、第一の訴因でさえ有罪にはできない。陪審の評決はこの事実を立証していない。証拠はそれが立証できることを決定的に示していない。この同じ陪審は他の三つの訴因でも証拠の影も形もないのに被告を有罪にした。他の訴因が明らかに間違っているのに、第一の訴因の結論が間違いではない、とどうして言えるだろうか? 第一の訴因で窃盗罪を科した陪審評決は有効ではない、この評決を破棄して再審を認めるべきである、とするのが少数派の意見である」 

  

 

 ラファルスキー判事はユダヤ系だが独特のアメリカ人らしい風貌を持つ、思索的でありながら実践的人物で、自分の考えを特に反映し、多数派に批判的でありながら、マーヴィン判事と一致した点に若干の修正と補足を加えた第三の意見を書くことが求められていると感じた。クーパーウッドを有罪にするのは難しい問題だった。彼の有罪を政治が必要としたのはさておき、上級裁判所のこうした異なる意見の中以上に、それがはっきり示された場所はなかった。ラファルスキー判事は、犯罪が行われたとしても、それは窃盗として知られているものではない、と述べてつけ加えた。 

  

 

「証拠からは、すみやかに市債を引き渡す意図がクーパーウッド氏になかったとも、アルバート・スターズ主席事務官もしくは市財務官が単に小切手の占有権を手放しただけでなく、小切手とその分の金銭の所有権を完全に手放す意図がなかったとも、いずれも結論づけることはできない。クーパーウッド氏がこの金額の市債の証書を購入したと発言したことは、スターズ氏によって証言されたが、彼が購入していなかったことは明確に立証されなかった。同氏がそれを減債基金に収めなかったことは、法律の条文に反していようと、公平を期して、慣習に照らしてみて判断されねばならない。そうすることが同氏の慣習だったのか? 私の判断では、今しがた本法廷多数派によって表明された理論は、法律上窃盗とみなされる犯罪をその限界まで拡大していて、手広く完全に合法な株取引に従事する実業家の誰もが、市場の急落や火災によって、本件のように、知らないうちに重罪犯になりかねなくしている。このような先例を確立して、このような結果を招きかねない原則が主張される事態は、控えめに言っても驚くべきことである」 

  

 

 少数派判事の反対意見によって随分慰められ、この件に関して最悪の事態を想定して自分を鍛え、それを見越してできる限り身辺整理をしてきたとはいえ、クーパーウッドはそれでもひどく失望した。いつもどおり強気で、自立心旺盛だったが、苦しんでいなかったと言えば事実ではない。最高水準の感受性はなくなってはおらず、それらは彼の中であの冷たい鉄のようなもの、決して彼を見捨てない理性、に支配され制御されているだけだった。シュテーガーが指摘したように、あとは合衆国最高裁判所に上告するしかなかったが、そこで合衆国最高裁判所が扱わねばならないのは、判決のある側面の合憲性と、国民としての権利についてだけだった。これは面倒で費用がかかる作業だった。何を争点にできるのか、現時点では必ずしも明らかではなかった。かなり時間がかかるだろう――おそらく一年半かそれ以上。いずれにせよ、その期間が終われば服役しなければならないかもしれないし、その期間中でもしばらくは収監されなければならないだろう。

 

 クーパーウッドは、シュテーガーの状況説明を聞いた後、しばらく思案にふけった。それから言った。「どうやら、刑務所に行くか国を出るしかなさそうだな。私は刑務所に行くことにした。長い目で見ればこのフィラデルフィアで戦い抜いて勝ち上がれるからね。最高裁で判決をくつがえせるかもしれないし、しばらくすれば知事に赦免してもらえると思う。私は逃げたりしない。私がそんなことをしないのはみんなが知っているからね。私を倒したつもりの連中は、これっぽっちも私を叩いちゃいない。しばらくすれば、私はこの件から抜け出すだろう。その時、このつまらんちっぽけな政治家たちに、本当の闘いがどういうものかを見せてやる。奴らはもう私から一ドルも搾り取れない――一ドルもな! 私を解放していたら、いつかはあの五十万ドルだって払うつもりだったのに。もう彼らが手に入れられるものは何もないんだ!」

 

 クーパーウッドは歯を食いしばり、灰色の目が決意を鋭く光らせた。

 

「私にできることは全部やりました、フランク」シュテーガーは同情を込めて弁解した。「私なりに全力で闘ったことは認めてくれますね。私がやり方を知らなかったのかもしれないが――その答えはご自分で出してください――でも私は自分の限界内で最善を尽くしました。あなたが望むなら、この件を続けるためにもう少しやれることがありますが、それはもうあなたにお任せします。何なりと言ってください」

 

「この期に及んで馬鹿なことを言うな、ハーパー」クーパーウッドは苛立ちを隠しきれずに答えた。「満足してるかどうかは自分でわかってる。不満があればすぐに言うさ。きみはこのまま続けて最高裁に持ち込むだけの確かな根拠を見つけられるか確認した方がいいと思うが、私はその間に刑期を始めるよ。じきにペイダーソンが召喚日を決めてくれるさ」

 

「それはあなたの対応次第ですよ、フランク。その方が都合がよければ、多分一週間か十日、刑の宣告を引き延ばせるかもしれません。シャノンはそれに反対しないでしょう。問題が一つだけあります。ジャスパースが明日あなたを探しにここに来ます。控訴が棄却されたことが通知され次第、再びあなたを拘束するのが彼の義務ですから。お金を払わないと拘束したがるでしょうけど、それは解決できます。先に延ばして少しでも時間を稼ぎたければ、副保安官をつけて外出できるように調整してくれると思います。でも夜は所内にいなくてはならないでしょう。数年前のアルバートソン事件以来、その辺がかなり厳しいんです」

 

 シュテーガーは、夜間に副保安官の監視つきで郡刑務所から出され、逃亡してしまった有名な銀行の出納係の事件に言及した。当時、保安官事務所に激しく厳しい非難が浴びせられ、それ以来、評判や財産の有無にかかわらず、有罪になった犯罪者は少なくとも夜間は郡刑務所に留まることになった。

 

 クーパーウッドは弁護士事務所の窓から二番街を眺めながら、このことを冷静に考えた。刑期全体が少しも減らないのに郡刑務所で夜を過ごすのは嫌だったが、ジャスパースの厚遇を最初に味わってからは、この紳士の管理下で自分に起こるかもしれないことをあまり恐れなかった。数か月の自由が得られないなら、今業務で自分にできることはすべて、三番街の事務所からでも刑務所の独房からでも調整できるのだ――まったく同じではないがほぼ同じだった。いずれにしろ議論してどうなる? 服役が目の前にあるのなら、これ以上悪あがきしないでそれを受け入れた方がいいかもしれない。仕事の整理に一日か二日かかるかもしれないが、それ以上かけたところで何になるんだ? 

 

「もし何もしないで普通にいけば、刑の宣告はいつになるんだ?」

 

「まあ、金曜日か月曜日でしょう」シュテーガーは答えた。「この件でシャノンがどう動くつもりなのか私にはわかりません。少し調べてから会いに行こうと思っています」

 

「その方がいいと思う」クーパーウッドは答えた。「私は金曜日でも月曜日でもどちらでもいい。特にこだわりはないからね。できれば月曜日の方がいいな。それまで手を出さないようジャスパースを説得できる手段があると思わんか? 向こうは私がちゃんと責任を果たせるってことを知ってるんだ」

 

「わかりませんが、フランク、確かめてみます。今夜行って話してきます。多分百ドルもやれば、あいつはその程度の規則なら緩めてくれますよ」

 

 クーパーウッドは苦笑いした。

 

「ジャスパースに百ドルもやったら規則なんかゆるゆるになってしまうだろう」と答えて、帰ろうと立ち上がった。

 

 シュテーガーも立ち上がった。「双方に会ってからお宅へうかがいます。夕食後は家にいますか?」

 

「ああ」

 

 二人はオーバーコートを着ると、寒い二月の中に出て行った。クーパーウッドは三番街の事務所に戻り、シュテーガーはシャノンとジャスパースに会いに行った。

 


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