第46章
一方、バトラー邸では家族が夕食に集まっていた。バトラー夫人はテーブルの末席にぬくぬくと満ち足りた様子で座っていた。灰色の髪を丸いつやつやの額からまっすぐ後ろに撫でつけ、灰色と白の縞柄のリボンに縁取られた、濃い灰色のシルクのドレスをまとっていた。それは夫人の派手な気質に見事に合っていた。アイリーンが母親の選択に口を出し、適切に仕立てられたかを確認していたからだ。ノラは、袖口と襟が赤いベルベットの、淡いグリーンのドレスを着て、爽やかで初々しかった。若く、細く、華やかに見え、目も、肌の色も、髪もみずみずしく健康的だった。母親からもらったばかりのサンゴのビーズの首飾りをいじっていた。
「ねえ、見てよ、カラム」ノラは向かいにいる兄に言った。カラムはナイフとフォークでテーブルをたたいて遊んでいた。「これ、すてきじゃない? お母さんがくれたのよ」
「お母さんは僕のことよりお前を可愛がるな。お前は自分が僕から何をもらえるかわかってるな?」
「何さ?」
カラムはからかうようにノラを見た。お返しにノラはしかめっ面をしてみせた。ちょうどその時オーエンが入ってきてテーブルの自分の席についた。バトラー夫人はノラのゆがんだ顔を見た。
「まあ、そんなことしたらお兄さんは大事にしてくれませんよ、間違いなく」
「ああ、何て日なんだ!」オーエンはだるそうにナプキンを広げながら言った。「もう仕事はたくさんだ」
「どうしたんだい?」母親は心配そうに尋ねた。
「大したことじゃないですよ、お母さん」とオーエンは答えた。「まあ、どれもこれもやっても無駄ってだけのことです」
「さあ、お腹いっぱい食べて、元気を取り戻さないとね」母親は優しく気遣って言った。「トンプソンがね」――母親は出入りの食料雑貨商の話をした――「うちに最後の豆を持ってきたの。それをお食べなさい」
「まったくだ、まめにやってりゃ何だって解決するぞ、オーエン」カラムは冗談を言った。「お母さんの言うとおりだ」
「おいしいわよ、知ってるでしょ」バトラー夫人は冗談にまったく気づかずに答えた。
「間違いないですよ、お母さん」カラムは答えた。「まさに頭脳食です。ノラに食べさせましょう」
「自分こそ食べた方がいいわよ、お利口さん。それにしてもご機嫌ね! 誰かに会いに行くんだ。だからでしょ」
「そうだよ、ノラ。賢くなったな、お前。相手は五、六人いる。ひとり十分か十五分ずつだ。お前がもっとすてきだったら、お前のとこにも行くんだがな」
「チャンスがあればの話ね」ノラは馬鹿にした。「あってもお断りだから覚えておいて。もし兄さんよりましな人をつかまえられなかったら最悪だわ」
「僕くらいいい奴ってことだろうが」カラムは訂正した。
「子供たち、子供たち!」バトラー夫人は使用人のジョン老人がいないか周囲を見回しながら静かに口を挟んだ。「そろそろ歯止めがきかなくなるわよ。静かにしなさい。お父さんがいらしたわ。アイリーンはどこかしら?」
バトラーは重い足取りで入ってきて席についた。
使用人のジョンが他の料理と一緒に豆の大皿を運んで現れた。バトラー夫人はアイリーンを呼びに誰かを行かせるよう頼んだ。
「寒くなってきたな」バトラーは会話を誘いながら、アイリーンがいない席に目をやった。じきに降りて来るだろう――大きな悩みの種が。バトラーはこの二か月ずっと気を遣いっぱなしだった――娘の前ではできるだけクーパーウッドの話題を避けていた。
「寒くなりましたね」オーエンが言った。「一段と。いよいよ冬本番ですね」
ジョン老人は順番にいろいろな料理を並べ始めたが、すべて並べ終わってもまだアイリーンは現れなかった。
「ジョン、アイリーンがどこにいるか見てきて」バトラー夫人は気になって言った。「食事が冷めちゃうわ」
ジョン老人はアイリーンが部屋にいないことを知らせに戻ってきた。
「きっとどこかにいるはずよ」バトラー夫人は少しだけ困惑して言った。「来たければ来るでしょ、心配ないわ。食事の時間だってわかってるんだから」
会話は、新しく計画されている水道事業から、その時点で完成間近だった新しい市庁舎、クーパーウッドの財政的社会的問題、株式市場の概況、アリゾナの新しい金鉱、次の火曜日にモレンハウワー夫人がヨーロッパに出発すること、これにノラとカラムの妥当なコメントがついて、クリスマスの慈善ダンスパーティーに移った。
「アイリーンが行きたがるわね」バトラー夫人は言った。
「私は絶対行くわ」ノラが口を挟んだ。
「誰が連れていくのかな?」カラムが尋ねた。
「それは私の問題だわ、兄さん」ノラは上手に切り返した。
食事は終わった。バトラー夫人はどうして食事に降りてこなかったのかを確認しに、アイリーンの部屋まで行った。バトラーは自分の悩みのすべてを妻に打ち明けられたらどんなにいいだろうと思いながら書斎に入った。座って明かりをつけると、机の上に手紙があった。すぐにアイリーンの筆跡だとわかった。こんなものを書いて寄越すとはどういうつもりだ? 不吉な予感した。バトラーはゆっくり封を破ってメガネをかけて真剣に読んだ。
アイリーンが出て行った。バトラーはそれがまるで火で書かれたかのように一語一語を食い入るように見た。クーパーウッドと一緒に行ったのではない、と書いてある。それでもなお、クーパーウッドがアイリーンを連れてフィラデルフィアから逃げた可能性はある。もう我慢できん。これで終わりだ。アイリーンは家から誘い出された――どこへ――何のために? しかしバトラーには、クーパーウッドがアイリーンをそそのかしてこれをやらせたとは到底信じられなかった。あまりにもリスクが大き過ぎる。自分の家族とバトラーの家族まで巻き込むことになる。きっと新聞はすぐに嗅ぎ付けるだろう。バトラーは手紙を手の中で握りつぶしながら立ち上がった。物音がしたので振り向いた。妻が入ってきた。バトラーは気を引き締めてポケットに手紙を押し込んだ。
「アイリーンが部屋にいないのよ」夫人は不思議そうに言った。「外出するようなことをあなたに言ってませんか?」
「いや」バトラーはいつ妻に打ち明けようか迷いながら正直に答えた。
「変ね」バトラー夫人は不審そうに言った。「何か用があって出かけたに違いないのに、誰にも言わないなんて不思議ね」
バトラーは何の反応も示さなかった。あえて反応しなかった。「戻って来るさ」何よりも時間を稼ぎたい一心でバトラーは言った。こんなふりをしなければならないのを申し訳なく思った。夫人が出ていくとバトラーはドアを閉めた。そして手紙を取り出し、もう一度読んだ。娘は正気じゃない。野蛮極まりない、人の道に外れた、非常識なことをしている。クーパーウッドのところじゃなかったら一体どこに行くんだ? 公然たるスキャンダルの瀬戸際にいる。このままだとそうなる。バトラーの見る限り、やるべきことは一つしかなかった。クーパーウッドがまだフィラデルフィアにいるのなら、奴が知っている。奴のところに行こう――脅し、すかし、必要なら本当に潰してやる。アイリーンは戻ってこなければならない。ヨーロッパに行く必要はないかもしれないが、戻ってきて、少なくともクーパーウッドが正式に結婚できるようになるまで行動を慎まねばならない。今、期待できるのはそれだけだ。アイリーンは待たなければならない。いつかは私も娘のみじめな提案を受け入れられるようになるかもしれない。恐ろしい考えだ! 母を殺し、妹にまで恥をかかせてしまう。バトラーは立ち上がり、帽子をとってオーバーコートを着て外出した。
クーパーウッド邸に到着すると応接間に通された。クーパーウッドはその時書斎で私的な書類に目を通していたが、バトラーの名前が告げられるとすぐ下の階に降りた。バトラーの来訪を告げられても全然動揺しないのがこの男らしい。バトラーが来るとは。つまりアイリーンが家出したのだ。今や戦いは言葉の戦いではなく、人格の重みの戦いだ。この二人でなら、知的にも、社会的にも、他のどんな点においても、自分の方が勝っていると感じた。我々が生命力と呼ぶこの男の精神的部分が鋼のように硬くなった。妻と父親には、政治家たちが自分をスケープゴートにしようとしていて、バトラーもその一味だと話してあったが、それでもバトラーは友人として完全に遠ざけられたとは見なされず、礼儀は払われなければならないことを思い出した。できればバトラーをなだめて、静かに友好的に人生の厳しい現実を話し合いたかった。しかしアイリーンの件は今きっぱり決着をつけねばならない。そう決心して、クーパーウッドは足早にバトラーの前に現れた。
クーパーウッドが在宅で、面会に応じる気があることを知ると、老人はこの資本家との接触を極力短く効果的に済ますことに決めた。相変わらず軽やかで弾むクーパーウッドの足音を聞くと、バトラーはほんの少しだけ動揺した。
「こんばんは、バトラーさん」相手を見て手を差し出しながらクーパーウッドは明るく言った。「どういったご用件でしょう?」
「まずは私の前のからそいつをどけてもらおう」バトラーは厳しい態度でクーパーウッドの手に言及した。「そんなものは必要ない。娘の件で話をしに来たんだ。率直に答えてほしい。娘はどこにいる?」
「アイリーンのことですか?」クーパーウッドは、落ち着いた、好奇の、何も明かさない目で、相手を見ながら言った。考える一瞬の時間を稼ぐためにこれを言っただけだった。「お嬢さんのことで私に何が言えるというんですか?」
「娘の居場所を言えるはずだ、わかってるんだぞ。そして、自宅に帰らせることもできるはずだ、本来いる場所にな。お前にうちの敷居をまたがせたのは不覚だった。しかしここでお前と言い争うつもりはない。娘の居場所を言うんだ、そして今後は娘に近づくな、さもないと私は――」老人の拳が万力のように閉まり、抑えられた怒りで胸がふくらんだ。「お前が賢いなら、あまり私を追い詰めるな」バトラーはしばらくしてから幾分落ち着きを取り戻して付け加えた。「お前とは関わりたくない。娘を取り戻したいだけだ」
「話を聞いてください、バトラーさん」この状況が自分にもたらした優越感を味わいながらクーパーウッドは極めて冷静に言った。「あなたさえよければ私は率直に話をしたい。私はあなたのお嬢さんの居場所を知っているかもしれないし、知らないかもしれない。あなたに話したいかもしれないし、話したくないかもしれない。私が話すことをお嬢さんは望まないかもしれない。しかしあなたが私と礼儀正しく話したくないのであれば、これ以上続ける必要はありません。好きなようにすればいい。上の階の私の部屋に行きませんか? そこならもっと気楽に話せますよ」
バトラーはかつて自分が散々目をかけてやった相手を見て完全に驚いた。これまでの経験でもこれほど冷酷なタイプ――人当たりがよく、温和で、力があり、恐れを知らない者――に会ったことがなかった。この男は確かに羊のように現れ、貪欲な狼であることが判明した。収監されても少しも萎縮しなかった。
「お前の部屋に行くつもりはない」バトラーは言った。「もしお前が娘と一緒にフィラデルフィアを出て行こうと計画していても、そうはいかないからな。そうならないようにすることはできるんだ。私を手玉に取った気になって、それを利用したいんだろうが、そうはいかん。うちに物乞いに来て、私に助けを求め、私が目をかけて散々助けてやったのにそれでは飽き足らず――私から娘まで奪っていくとはな。娘の母、妹、兄たち――お前が一生かかってもそうなる方法がわからない立派な人たち――のことがなかったら、この場でおまえの頭を叩き割ってやるところだ。若い純真な娘を連れ去って、悪女に仕立てるとは。しかもお前は既婚者だろうが! ここで話をしているのが息子の一人でなく私だったことを、神のご加護だと思うがいい。さもなければお前は生きて自分の言いたいことを言えなかっただろうからな」
老人は厳しい態度を崩さなかったが怒りで何もできなかった。
「すいませんが、バトラーさん」クーパーウッドは穏やかに答えた。「私は説明したいのに、あなたがさせてくれないのですよ。私にはあなたのお嬢さんと駆け落ちするつもりも、フィラデルフィアを離れるつもりもありません。あなたは私を知ってますから、私がそんなことを考えていないことを知ってるはずです。私の利害は大きすぎますからね。あなたも私も現実的な人間です。この件を一緒に話し合えば理解し合えるはずです。一度、あなたのところに行ってこれを説明しようと思ったのですが、あなたは私の話を聞かないと確信していました。せっかくいらしたんですから、お話したいですね。もし私の部屋へおいでいただけるなら喜んで話をしますが――そうでないならやめておきます。いらっしゃいませんか?」
バトラーはクーパーウッドに分があるのを悟った。行った方がいいかもしれない。そうしなければ何も情報を得られないことは明らかだ。
「いいだろう」バトラーは言った。
クーパーウッドは実に友好的に先導し、仕事部屋に入りながら後ろ手にドアを閉めた。
「二人でこの問題を話し合えば合意に達することができるはずです」二人が部屋に入ってドアを閉めた時にクーパーウッドは改めて言った。「自分がかなり悪く見えることは承知していますが、私はあなたが考えるほど悪い人間じゃありません」バトラーは軽蔑の目で相手を見つめた。「私はお嬢さんを愛していますし、お嬢さんは私を愛しています。結婚していてどうすればそんなことができるんだとお考えなのはわかりますが、できると断言しますし、実行しています。私は幸せな結婚をしなかったのです。この恐慌がなかったら、妻と離婚してアイリーンと結婚するつもりでした。私は本気なんです。あなたが文句を言える状況が確かに数週間前にありましたが、あれは軽率でした。しかし完全に人間的なことです。お嬢さんは文句を言ってません――理解してくれています」ここで娘を持ち出されて、バトラーは怒りと恥ずかしさで顔を赤くしたが、自分を抑えた。
「娘が文句を言わなければそれでいいと思ってるのか?」バトラーは皮肉を込めて尋ねた。
「私から見ればそうでも、あなたから見れば違うのでしょう。バトラーさん、あなたにはあなたの人生観があって、私には私の人生観がある」
「いずれにせよ正しいのはそこだけだ」バトラーは口を挟んだ。
「私たちのどちらが正しくて、どちらが間違っているか、は証明できません。私の判断では、目的を達成できる手段は正しいのです。私が目指す最終目標はアイリーンとの結婚です。私が陥ったこの財政的窮地から抜け出せたら、そうするつもりです。もちろん、私はあなたの承諾を得たい――これはアイリーンも同じです。でも得られなければ仕方がありません」(こんなことを言ってもこの老いた請負業者の考えをやわらげる効果はあまりないかもしれないが、それでも相手の譲れることと譲れない一線の考え方に多少は響くに違いないとクーパーウッドは考えていた。結婚を見すえなければ、アイリーンの現状は到底満足できるものではない。たとえ世間が、彼を有罪判決を受けた横領犯と見ても、それが彼の本質を決めることはない。自由の身になって立ち直るかもしれない――きっと立ち直るだろう――そうなったときに、もしアイリーンができるのであれば彼は喜んで結婚するはずだ。クーパーウッドは、バトラーの宗教や道徳に対する考え方がかなり偏っていることを完全には理解していなかった。)「最近あなたはアイリーンのことで、私を引きずり降ろそうとあらゆる手を尽くしているようですが、それはただ私がやりたいと思うことを遅らせているだけです」
「お前は私に手を貸せとでもいいたいのか?」バトラーは限りない嫌悪と我慢を強いられながら言った。
「私はアイリーンと結婚したいのです」クーパーウッドは強調するために繰り返した。「アイリーンも私と結婚したがっています。この状況では、あなたがどう感じようと、私がそうすることにあなたに異論はないはずです。それなのに、あなたは私と争い続けている――そうすべきだと本当は自分でも知っていることを、私がやりにくいようにしている」
「おまえは悪党だ」バトラーは相手の狙いを見抜いて言った。「私の考えからすればお前は詐欺師だ。お前と関わらせたい子供はうちにはいない。状況がこうなっている以上、お前が自由の身なら、娘はお前と結婚した方がましだろうから、そこまでは否定していない。それはお前にできる唯一のまともなことだ――もしやるつもりがあればだが、それだって疑わしい。しかし今それはどうでもいい。娘をどこかに隠して、お前に何ができるんだ? 娘とは結婚できんのだぞ。離婚ひとつできんのだからな。訴訟対策と刑務所行きを防ぐだけで手が一杯だろう。娘がいたところでお前の出費が増えるだけだ。持ってるお金は全部他のことに使いたいところだと思うんだがな。何でまともな家庭から娘を連れ去り、結婚できたとしても恥ずかしいものにしたがるんだ? お前が少しでもまともな人間で、少しでも愛情と呼べるものを持っているなら、娘を自宅から引き離したりせず、できるだけ品位を尊重するのが、最低限の務めだ。いいか、お前が娘をどうしようが、娘がお前より一万倍ましであることに変わりはないんだ。でもお前に少しでも良識ってものがあるなら、家族の顔に泥を塗るとか、老いた母親の心を打ち砕くまねを娘にさせないはずだ。そんなことしたって今以上に娘を堕落させるだけだろうが。今そんなことをしてお前に何の得があるんだ? そこからどんな結果を期待しているんだ? 少しでも分別があれば、それくらい自分でわかるはずだ。お前は自分の厄介事を増やしているだけで、減らしてはいないんだぞ――後々娘がお前に感謝することはないからな」
バトラーは議論に引き込まれたことに幾分驚いて話すのをやめた。正視できないほどこの男への軽蔑は大きいが、バトラーの役目は、必要なことは、アイリーンを取り戻すことだった。クーパーウッドは相手に真剣な注意を払う人のようにバトラーを注視した。バトラーが言ったことを深く考えているようだった。
「実を言うと、バトラーさん」クーパーウッドは言った。「私はアイリーンに家出してほしくありませんでした。ご自分でお聞きになれば、彼女はそう言うでしょう。思いとどまるよう精一杯説得したのですが、出ていくの一点張りでしたから、どこへ行くにせよ快適で過ごせるのを確実にすることくらいしかできませんでした。あなたが探偵に尾行させたことを、ひどく怒ってましたからね。そのことと、あなたが本人の意志に反してどこかに追いやろうとしたことが、彼女が家を出た主な理由です。家出は私が望んだことではないと断言します。あなたは時々お忘れのようですが、バトラーさん、アイリーンは成人女性であり、自分の意志だってあります。あなたは、私が彼女を支配してすごく不利な状況に追い込んだと考えていますね。実際問題として、私は彼女をとても愛しています。かれこれ三、四年になります。愛について多少なりともご存知なら、愛が必ずしも支配を意味しないことはご存知でしょう。アイリーンだって私が与えた影響と同じくらいの影響を私に与えてくれた、と言っても私はアイリーンに不当なことはしていませんよ。私は彼女を愛してます。そしてそれこそがすべての問題の原因です。あなたはやって来て、お嬢さんを返せと要求しますが、実際、私にできるのかできないのか、私にもわかりません。私がそう願っても、相手の気持ちまではわかりませんからね。私に食ってかかって、もうあたしのことなんか大事じゃないんでしょ、と言うかもしれません。それは事実ではないし、私は彼女にそんな思いをさせたくありません。先ほども言いましたが、あなたが彼女にした仕打ちと、あなたが彼女をフィラデルフィアから離したがっている事実が原因で、彼女は大変傷ついています。私にできるように、あなたもそれを改善できます。彼女の居場所を教えることが私にできても、教えたいとは思いません。彼女とこの提案に対するあなたの態度がどういうものになるかを知るまでは絶対に教えたくありません」
クーパーウッドは話をやめて冷静にこの老いた請負業者を見た。相手は険しい目で見返した。
「何の提案についての話をしているんだ?」バトラーはこの議論の奇妙な展開に興味がわいて尋ねた。自分でも気づかぬうちに、この状況全体を少し違った角度から見始めていた。情勢はある程度変化しつつあった。クーパーウッドはこの件にかなり誠実であるように見えた。約束はすべて当てにならないかもしれないが、もしかしたらアイリーンを愛しているのかもしれない。そして、いつかは妻と離婚して結婚するつもりなのかもしれない。バトラーも知ってのとおり、離婚は彼が崇拝してやまないカトリック教会の掟に反していた。神の法と良識は、クーパーウッドが妻子を捨てて他の女と一緒になることを禁じていた――たとえアイリーンであっても、彼女を救うためだとしても。これは社会学的に言えば、企てること自体が罪深いことであり、クーパーウッドが本質的にいかに悪党であるかを示していた。しかしクーパーウッドはカトリックではなく、彼の人生観はバトラーのものと同じではなかった。それよりも最悪なのは(アイリーンの気質が一因なのは疑いないが)彼はアイリーンの立場を著しく悪くしていた。アイリーンはそう簡単に元の普通のまともな感覚には戻らないかもしれない。だからこの問題は一考の価値があった。最終的にこれを容認できないことをバトラーは知っていた――絶対にできない、教会への信仰を守れない――しかしそれでもこれを考えるだけの人間性は持っていた。それにアイリーンに戻ってきてほしかった。今後アイリーンは自分の将来がどうあるべきかについて多少の発言権を持つことになるのがバトラーにはわかった。
「まあ、簡単なことです」クーパーウッドは答えた。「まずアイリーンがフィラデルフィアに留まることに反対しないでいただきたい。次に私への攻撃をやめていただきたい」クーパーウッドは取り入るように微笑んだ。この対話中ずっと寛大な態度で臨むことで、バトラーをある程度なだめたいと本当に願っていた。「あなたが望まなければ、もちろん無理強いはできません。バトラーさん、私がこれを持ち出すのは、もしアイリーンのことがなかったら、あなたは私に対してとった態度を取らなかったと思うからです。匿名の手紙を受け取り、その日の午後、私への融資を引き上げたことは承知しています。それ以来、あちこちであなたが私をやたら目の敵にしていると聞きました。私はただ、そういう態度をとらないでほしいと言いたいだけです。私は六万ドルを横領していません。あなたはそれを知っている。私の意図はいたって善意です。あの証書を使った時点では破産すると思いませんでした。他のいくつかの融資が返済を求められなかったら、月末まで持ちこたえていつものように期日内に取り戻していたでしょう。私は常にあなたの友情をとても大切に思ってきました。それを失ったことが残念でなりません。これで私が言いたいことはすべて言いました」
バトラーは抜け目のない値踏みする目でクーパーウッドを見た。この男はなかなか見どころがあるが、途方もない邪悪さを秘めている。バトラーは彼がどうやって小切手を取得したか、これに関連するたくさんのことをよく知っていた。今夜の手札の切り方は、あの火事の晩に自分のところに駆け込んだやり方と同じだ。この男は抜け目ない打算的なただの薄情者だ。
「約束はしないが」バトラーは言った。「娘の居場所を教えればその件は考えてやる。今さらお前に頼みごとをされる筋合いはないし、こっちも応える義理はない。だがとにかくその件は考えてやる」
「それで結構です」クーパーウッドは答えた。「それ以上は期待できません。でもアイリーンのことはどうなんですか? フィラデルフィアから離れさせるつもりですか?」
「落ちついて生活態度を改めるなら、離れさせはせんよ、だがお前と娘の関係は終わらせないとな。家族の顔に泥を塗り、自分の魂まで堕落させているんだから。それはお前が自分の魂にしていることでもある。お前が自由の身になれば、他のことを話す時間もできるだろう。それ以上は約束しない」
クーパーウッドは、このアイリーンの行動は特に自分には寄与しなかったとしても、アイリーンに対しては確かに有効だったことに満足し、すぐに彼女を家に戻した方がいいと確信した。州最高裁判所への上告がどうなるかはわからない。特別な措置でこれから開かれる、合理的疑いを証明しようという再審の請求は認められないかもしれない。その場合クーパーウッドは刑務所で刑期を務めなければならなくなる。もし刑務所に行かざるを得なくなったら、アイリーンは家族のもとにいた方が安全だ――その方がずっといい。今後二か月は、上告の行方が判明するまで、両手はふさがりっぱなしになるだろう。そしてその後は――まあ、何があってもクーパーウッドは戦い続けるつもりだった。
こうして自分の言い分を主張する間クーパーウッドは、どうやってこの妥協案を調整すれば、アイリーンの愛情をつなぎとめておけるか、家に戻るよう勧めても彼女の気持ちを傷つけずにいられるか、を考えていた。アイリーンが自分と会うのをやめることに同意しないのはわかっていたし、それを勧めるつもりもなかった。正当で十分な理由がないのにバトラーにアイリーンの居場所を教えるのは惨めな役まわりを演じることになる。クーパーウッドは、どうすればいいか――アイリーンが最も受け入れやすい方法――がはっきりわかるまで教えるつもりはなかった。彼女が今いる場所でずっと幸せがつづかないことはわかっていた。アイリーンの家出は、一部はバトラーの自分に対する激しい反発、一部は娘をフィラデルフィアから離れさせて生活態度を改めさせるという決意、によるものだが、後者はもう部分的に取り除かれた。言葉とは裏腹に、バトラーはもはや復讐の鬼ではなかった。頑なさはやわらぎ――娘を見つけたくてたまらず、いくらでも許そうという気になっていた。自分が仕掛けた勝負で、文字通り打ちのめされた。クーパーウッドは老人の目にそれを見てとった。自分が直接アイリーンと話をして状況を説明できれば、少なくとも当面は、この問題を丸く収めることがお互いの利益になる、とアイリーンを説得する自信があった。やるべきことは、バトラーをどこかに――多分ここに――待たせておく。その間に自分が行ってアイリーンに話をする。状況を知ればアイリーンはおそらく黙って従うだろう。
「この状況で私にできるのはせいぜい」しばらくしてクーパーウッドは言った。「二、三日中にアイリーンに会って彼女がどうしたいかを聞くくらいですね。私が事情を説明します。もし彼女が戻りたければ戻ればいい。あなたの言い分は何でも伝えると約束します」
「二、三日だと!」バトラーはいらだって叫んだ。「二、三日など、とんでもない! 今夜帰らなくちゃ駄目だ。母親はまだ家出のことを知らんのだ。今夜やらないと! 私が自分で行って今夜中に連れ戻す」
「いや、それは駄目です」クーパーウッドは言った。「私が自分で行かなければなりません。ここで待っていていただけるなら、できることを私が確認して、あなたに知らせます」
「いいだろう」バトラーはしぶしぶ言うと今度は手を後ろで組んで行ったり来たりを始めた。「頼むから、急いでくれ。無駄にする時間はないんだ」バトラーは妻のことを考えていた。クーパーウッドは使用人を呼ぶと馬車の支度を言いつけ、他の者をこの部屋に近づけないようジョージに指示した。バトラーが、彼にとっては不愉快な部屋を行ったり来たりしている間に、クーパーウッドは急いで馬車を走らせた。




