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資本家  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第39章

 

 その一方で、クーパーウッドの裁判の日が近づいていた。事実のいかんにかかわらず、自分を有罪にしようとする企てが進行している印象をクーパーウッドは抱いていた。この窮地から抜け出す方法は見つからなかった。すべてを捨てて永久にフィラデルフィアを去るしかなく、これは不可能だった。自分の将来を守り、金融界の友人をつなぎとめる唯一の方法は、できるだけ早く裁判を受けることだった。そして敗れた場合は将来再起するのを彼らが手伝ってくれると信じることだった。不公平な裁判になる可能性をシュテーガーと話し合ったが、シュテーガーはそれほど大きな問題だとは考えていないようだった。そもそも陪審員は誰かに簡単に買収されたりしない。次に、ほとんどの裁判官は政治的な対立を抱えていても誠実であり、彼らの党派的な偏向は、判決や意見に影響を及ぼすほど踏み込まず、その偏向にしても概してそれほど大きくはなかった。この裁判を担当することになる四季裁判所の判事ウィルバー・ペイダーソンは、ガチガチの党指名候補者で、モレンハウワー、シンプソン、バトラーには恩義があった。しかしシュテーガーがこれまでに聞いた限りでは誠実な人物だった。

 

「私には理解できませんね」シュテーガーは言った。「州全体に及ぼす影響が狙いでないなら、どうしてあの連中はあなたをこんなにも罰したがるんですかね。選挙は終わったんです。ステナーは有罪になっても、まあ、有罪でしょうが、彼を釈放させようという動きが今あると聞いてます。彼を裁判にかけないわけにはいきませんからね。収監されても一年以上、せいぜい二、三年ってとこでしょうし、もしそうなっても、刑期の半分か、それ以下で恩赦が与えられるでしょう。あなたが有罪になっても同じことになります。あなたは入れっぱなしで、ステナーだけを出すわけにはいきませんからね。でも、そこまではいきません――私の言うことを信じてください。陪審の前で勝つか、州最高裁判所で有罪判決を覆すか、確実にどちらかです。あそこの五人の判事は、こんな馬鹿げた考えを支持しませんよ」

 

 シュテーガーは自分が言ったことを本当に信じており、クーパーウッドは喜んだ。この若い弁護士はこれまで彼のどの案件でも素晴らしい成果を上げていた。それでも、バトラーに追い詰められていると思うとクーパーウッドはいい気がしなかった。これは重大な問題なのに、シュテーガーはそのことにまったく気づいていなかった。クーパーウッドは自分の弁護士が楽観的に保証するのを聞いても、このことを完全に忘れることはできなかった。

 

 実際に裁判が始まると、人口六十万人のこの都市の住民のほとんどが〝興奮〟した。クーパーウッド家の女性たちは誰も法廷に来ていなかった。新聞が取り上げるような家族の目立つ行動は起こすべきではない、とクーパーウッドが主張したからだ。父親は証人として必要になるかもしれないので来ることになっていた。アイリーンは前日の午後に手紙を書いて、ウェストチェスターから戻ってきたことと、幸運を祈っていますと伝えてきた。クーパーウッドがどうなるのかが知りたくてたまらなかったので、これ以上離れたままでいることができずに、戻ってきていた――クーパーウッドが望まなかったので、法廷に行くためではなかった。良くも悪くも彼の運命が決まるときにできるだけ近くにいたかったからだ。勝てば駆け寄って祝福し、負ければ慰めてあげたかった。自分が戻れば父親との衝突を招くだろうとは感じたが、これは仕方がなかった。

 

 クーパーウッド夫人の立場は極めて異常だった。リリアンはフランクが求めていないことを知っていても、もっともらしい愛情と優しさを形式的に装わなければならなかった。クーパーウッドは、妻がアイリーンのことを知っていると今では本能的に感じていた。クーパーウッドはただ、リリアンの前でこの問題をすべて明らかにする適切な時期を待っているだけだった。この運命の朝リリアンは玄関先で、この数年ですっかり定着したやや形式的なやり方で、夫に腕をまわした。夫の苦境を痛感していたのに、一瞬キスができなかった。クーパーウッドもキスしたくなかったが、それを態度には出さなかった。しかしリリアンはキスをしてつけ加えた。「うまくいくことを願ってます」

 

「そんな心配は必要ないよ、リリアン」クーパーウッドは明るく答えた。「私なら大丈夫だ」

 

 階段を駆け下り、ジラード・ストリートに出て、かつて自分が利用していた路線まで行って車両に乗り込んだ。クーパーウッドはアイリーンのことや、彼女がどれほど強く自分に思いを寄せているか、今の自分の結婚生活は何とむなしいものか、良識を備えた陪審に当たるだろうか、などを考えていた。もしそうでなかったら――そうでなかったら――今日は決定的な一日になる! 

 

 三番街とマーケット・ストリートの交差点で下車して事務所に急いだ。シュテーガーはすでにそこにいた。「さて、ハーパー」クーパーウッドは勇ましく言った。「いよいよ、今日だね」

 

 この裁判が行われる四季裁判所第一部は、六番街とチェスナット・ストリートにある有名な独立記念館にあった。当時そこはそれ以前の一世紀と同じように、地元の行政と司法の中心地だった。建物は赤レンガ造りの低い二階建てで、中央に、オランダやイギリスの古い様式を受け継いた四角形と円と八角形が組み合わされた白い木造の塔があった。この建物は中央棟と左右に広がる二つのT字型の翼棟で構成され、上が楕円形の小さくて古風な窓とドアには、コロニアル建築として知られる様式を愛する者には好まれる、たくさんの板ガラスがはめこまれたサッシが取り付けられていた。この建物と、建物の裏側からウォルナット・ストリートに向かって伸びる(現在は取り壊されている)州議事堂庁舎群(ステートハウス・ロウ)と呼ばれる増築部分に、市長、警察署長、市財務官の執務室、議会の会議室、市のその他の重要な行政機関の執務室、増え続ける刑事事件の審理を行う四季裁判所の四つの支部が置かれていた。後にブロード・ストリートとマーケット・ストリートの交差点に完成する巨大な市庁舎は、当時は建築中だった。

 

 そこそこ広い法廷を改善しようとして、黒いクルミ材の高い台が設けられて、その上に黒いクルミ材の大きな机が配置され、その後ろに裁判官が座るという試みがなされたが、あまり成功していなかった。机も陪審員席も手すりも、全体的につくりが大き過ぎたので、全体の印象はバランスが悪いというものだった。黒いクルミ材の備品にはクリーム色の壁が合うと考えられたのだが、歳月と埃がその組み合せを陰気にしてしまった。裁判官の机の上に立っている、細長くて過剰な装飾のガス灯のブラケットと、天井の中央から吊るされた一本の振り子式のシャンデリアを除けば、絵画や装飾品の類は一切なかった。太った廷吏と裁判所職員たちは、労力を必要としない仕事を維持することにしか関心がなく、場の雰囲気に何も色を添えていなかった。この裁判が開かれたこの法廷の二人の廷吏は、どちらが裁判官に水の入ったコップを渡すかで毎時間争っていた。ひとりは、太った、融通の利かない、埃っぽい執事のように、更衣室への行き来の際、裁判官を先導する。彼の役目は裁判官が入廷するときに「裁判官が入廷します、帽子をとって皆さんご起立ください」と大声で呼ぶことだった。一方で、着席した裁判官の左側に立っていたもうひとりの廷吏は、陪審席と証人席との間で、個々の構成員に対する集団社会の義務について述べた美しい威厳に満ちた声明を、何を言っているのかまったく分からない調子で朗読する。それは「静粛に、静粛に、静粛に!」で始まって「正当な言い分のある者は前へ来れば、聞き届けられるものとします」で終わる。しかし、ここでそれを重視する者はない。慣習と無関心のせいで、これはただのつぶやきに成り下がるからだ。三人目の廷吏は陪審室のドアを守っていた。このほかに、小柄で、青白い蝋燭のような肌、水で薄めたミルク色の生気ない目、豚の油肉色の薄い髪と顎鬚をした、どう見てもアメリカ化し明らかに老いぼれている中国の官僚のような法廷書記官――それと法廷速記官がいた。

 

 ウィルバー・ペイダーソン判事はやせたニシンのような男で、クーパーウッドが大陪審に起訴されたときに予審判事として最初からこの事件を担当し、クーパーウッドを今期のこの裁判にかけた張本人であり、判事としては特に興味深いタイプだった。あまりにもやせ衰え、血の気がなかったので、これらの特徴だけでも人目を引いていた。彼は技術的には法律に精通していたが、実は人生のことになると、書かれた法を超えて精神へと進み、さらには賢明な判事なら誰もが知っているようにすべての法の無力にしてしまう、物事のあの微妙な化学反応というやつを全然意識していなかった。細い学者風の体と、縮れた白髪と、考えに深みのない魚のような青灰色の目と、形はいいのに印象が薄い顔を見れば誰でも、彼には想像力がない、と言えただろうが、彼がそれを信じることはなかった――それどころか法廷侮辱罪で相手に罰金を科しただろう。小さなチャンスを慎重に集め、わずかな利点をことごとく磨き上げ、党の声に唯々諾々と耳を傾け、岩盤勢力の命令にできる限り従うことで、今の地位にたどり着いた。地位といってもあまり高い地位ではない。年収はたったの六千ドルで、彼のちっぽけな名声は、地元の弁護士と判事の狭い世界を超えて広がることはなかった。しかし、職務にあたっているとか、これこれの判決を下した、と日々引用される自分の名前を見ることは、彼にとって大きな満足だった。こういうものが私を世の中の重要人物にするんだと思った。「見ろ、私は他の人間とは違うだろ」とたびたび考えることがあり、これが彼を慰めた。大事件が自分の予定表に載ると、非常に大喜びした。そして、さまざまな訴訟当事者や弁護士を前にして王座に着くときは、いつも大物気分だった。時々、人生の微妙な機微が実に限定的な彼の知性を混乱させることがあるが、そういう場合にはいつでも法律の条文がある。本当に思考する力のある人間が何を決定したかを見つけ出すには判例集を調べればいい。それに、どこの弁護士もとてもずる賢い。彼らは、有利なものだろうが不利なものだろうが、法律の条文を裁判官の目の前に提示して判断をあおぐのだ。「裁判長、マサチューセッツ州改定判例集第三十二巻の何ページ何行目の、アランデル対バナーマン訴訟を見ればおわかりでしょうが」といったやりとりが法廷内で何度あっただろう? ほとんどの場合、残されている判断の余地はあまりない。そして、法の神聖さが大きな旗のように掲げられ、それを受けてこの現職の誇りは高められるのだ。

 

 シュテーガーが指摘したように、ペイダーソンは不公平な裁判官と見なすには無理がある。彼は党派色の強い裁判官だった――原則的にというよりはむしろ信念を持つ共和党員で、自分が現職でいつづけていることに対して与党の幹部会に恩義を感じ、党の繁栄と自分の主人たちの私的な利益のために、自分が合理的にできると考えたことは何でも進んで熱心にやっていた。ほとんどの人は、自分が良心と呼ぶものの仕組みをあまり深く掘り下げては見ない。調べるにしても、倫理や道徳の絡まった糸を解きほぐす術のないことが頻繁にありすぎる。時代の世論がどうであれ、巨大な利益の重圧が何を求めようが、人はそれを良心に基づいて信じるのだ。その後ある人が「企業的寄りの裁判官」という言葉を作ったが、そういう人は大勢いるのだ。

 

 ペイダーソンもそのひとりで、富と権力をかなり崇拝していた。ペイダーソンにとって、バトラーやモレンハウワーやシンプソンは大物だった――とても大きな権力を持っているので常に正しいと当然のように確信していた。クーパーウッドとステナーの横領事件についてはかねてから耳にしていた。ベイダーソンは、いろいろな大物政治家との付き合いを通じてこの状況を正確に把握していた。党の指導者たちの読みどおり、クーパーウッドの悪知恵のせいで党はとても苦しい立場に立たされた。彼がステナーに道をあやまらせたからだ――普通の市財務官が踏み外すよりも大幅に――ステナーはこの計画を最初に始めた者としてまず有罪であるが、クーパーウッドは想像力豊かにステナーをこれほど悲惨な結末に導いたのだから、それを上回る罪だった。さらに、党は責任を押し付けられる相手を必要としていた――ペイダーソンには最初からこれで十分だった。もちろん、党が選挙に勝って、それほど大きなダメージを受けなかったのが明らかなのに、なぜクーパーウッドが依然としてこれほど慎重に訴訟手続きに含まれるのかベイダーソンにはまったくわからなかったが、彼を許さない何か正当な理由を指導者たちが持っているからだと信じるだけの信念は持っていた。各方面から話を聞いて、バトラーがクーパーウッドに何か個人的な恨みを抱いていることを知ったが、それが何かを正確に知っている者はいないようだった。大方の印象は、クーパーウッドがバトラーを何かの不健全な金融取引に巻き込んだというものだった。いずれにせよ、党のためと、危険な部下たちに健全な教訓を与えるために、この数件の起訴がそのまま進められることになったと広く理解された。道徳的な影響を社会に与えるために、クーパーウッドはステナーと同様に厳しく罰せられることになった。党と裁判所が全面的に正しく見えるように、ステナーは彼の罪に対して最高刑を宣告されることになった。その先は知事の慈悲に委ねられ、知事が望み、党指導者が望めば、ステナーのために状況を緩和することができる。一般大衆の愚かな頭は、四季裁判所のいろいろな判事というのは、寄宿学校に閉じ込められた少女のように、人生からかけ離れた平和な世界にいて、政治の隠れた世界で何が起きているのかを知らないと思っていた。しかし彼らは十分に知っていたし、自分たちの地位と権威の継続がどこから来るのかを特によく知っていたので、当然感謝していた。

 


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