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資本家  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
32/59

第32章

 

 事態が刻々と深刻化していたため、バトラー、モレンハウワー、シンプソン間の最終的協議が急務になった。クーパーウッドとステナー、あるいはクーパーウッドと一緒に仕事をしていたステナー、あるいはその逆は、シカゴの火災によって引き起こされすでにパニック状態だった金融情勢をさらに不安定にした巨額の債務不履行を起こしていただけでなく、五十万ドルもの市の公金まで巻き添えにしていた、という噂が三番街に流れていた。問題は、まだ三週間先の選挙まで、どうやってこの件を秘密にしておくかだった。自分が破綻するのをクーパーウッドが知った後、ステナーの同意がないのに市の金庫から引き出された小切手のことで、銀行家やブローカーは奇妙な噂を互いに交換していた。また、「市民による自治体改革協会」という、とても厄介な政治団体の耳に入る恐れがあった。この団体はスケルトン・C・ウィートという謹厳実直で清廉潔白な名高い製鉄工が会長を務めていた。ウィートは長年、支配的立場にいた共和党政権の足跡をたどり、その政治的不正を少しでも気づかせようと無駄な努力を続けていた。ウィートは真面目で厳格な人で――義務という独特のベール越しに人生を見つめ、いかなる種類の目立った動物的情熱にも心を乱されず、ありのままの物事の秩序よりも十戒の戒律を守る道を進む、厳粛で独善的な魂の持ち主だった。

 

 この委員会はもともと税務課の不正に抗議するために組織されたが、それ以降は選挙のたびに次々にテーマを変え、新聞の論評や、下っ端の行政職員がおびえて行う改善に、その時々の自分たちの存在価値の証を見つけていた。しかし相手がいつももっと上の政界実力者――最後にたどりつくのはバトラーとモレンハウワーとシンプソン――の庇護下に逃げ込むことで終わりを告げた。この組織はちょうどこのとき肝心の燃料と弾薬が枯渇していた。市の公金に関して、このクーパーウッドの問題は犯罪絡みであり、政治家や銀行家の中には、相手が探している武器を相手に与える恐れがあると見る向きもあった。

 

 しかし、クーパーウッドが破綻した五日後に、クーパーウッドと当時の政界実力者の間で、重大会議があった。場所はフィラデルフィアに古くからいる富裕層の中心地のリッテンハウス・スクエアにあるシンプソン上院議員の自宅だった。シンプソンは芸術的洗練さを多分に有するクエーカー教徒で、優れた蓄財の判断力を持ち、それを政治的支配力を求める自分の渇望を満たすために気前よく使った。お金が自分に強力な、もしくは必要な政治的支持者を連れてくる場面では、ことのほか気前よかった。疑問を抱かず忠実に自分の命令に従う者には役職――委員、理事、裁判官、政治的な指名、執行職全般――を公平にばらまいた。バトラーやモレンハウワーと比べても、彼は州と国家を代表していたので、どちらよりも力があった。国政選挙の舵取りをしようとしている政治権力者たちが、ペンシルベニア州の共和党の動向を知りたいときに、話を持ちかける相手がシンプソン上院議員だった。その言葉の文字通りの意味で彼は知っていた。この上院議員は州政から国政に転身して久しく、ワシントンの合衆国上院では注目すべき人物であり、この保守的で金権的な協議の場での彼の発言には大きな重みがあった。

 

 彼が住んでいたヴェネチア様式の四階建ての家には、花をあしらった窓や、尖り気味のアーチを持つ扉や、壁にはめ込まれたカラーの大理石の円形の浮き彫り(メダリオン)といった、建築上の特徴が数多くある。上院議員は大のヴェニス崇拝者だった。その地をたびたび訪れては、アテネやローマに行ったときと同じように、古い時代の文明と文化を代表する多くの芸術品を持ち帰っていた。例えば、ローマ皇帝のいかつい頭の彫刻や、ギリシャ芸術への傾倒の一番の証拠である神や女神像の断片が好きだった。この家の中二階には、彼の最も優れた宝物の一つがあった――彫刻と花の装飾が施された台座に、高さ四フィートほどの先細りの一枚岩が置かれ、そのてっぺんに奇妙なヤギのような牧羊神パンの頭部が飾られ、その傍らに、愛らしい裸のニンフと断定しかねる残骸――足首のところで折れたただの小さな足だけ――があった。ニンフの足と一枚岩が立つ台座には、バラが絡められた牛の頭蓋骨の彫刻が施されていた。応接間にはカリギュラやネロなどのローマ皇帝のレプリカがあり、階段の壁には踊るニンフの行列と、羊や豚のささげ物を祭壇に運ぶ司祭の浮き彫りがあった。家のどこかの片隅に時計があって、それが一風変わった耳に心地がいい哀愁を帯びた音色で、十五分、三十分、四十五分、一時間刻みで時を告げた。各部屋の壁にはフランドル産のタペストリーがあり、応接間と書斎とリビングと客間にはイタリア・ルネッサンス様式を模した、豪華に彫刻が施された家具があった。上院議員の絵画にかけての審美眼は十分ではなく、本人も疑っているが、彼が所蔵する絵画は由緒正しい本物である。彼はそれよりも、もっと小ぶりの輸入されたブロンズ像や、ヴェネチアングラスや、中国の翡翠でいっぱいの美術品収納ケースを大事にしていた。これらに何か強い思い入れがあって集めたわけではなく、数少ない選りすぐりの品々の単なる愛好家にすぎなかった。見事な虎や豹の毛皮の敷物や、長椅子用のジャコウ牛の毛皮や、テーブル用のなめし革と茶色に染めたヤギと子ヤギの皮は、優雅さと控えめな豪華さを感じさせた。さらに、ジェームズ一世時代風の優れた芸術性を模倣したダイニングルームと、地元で一番のワイン醸造家が丹精込めて管理してくれるワインセラーがあった。シンプソンは贅沢なもてなしが大好きな人だった。自宅が晩餐会やレセプションや舞踏会のために開放されると、そこでは地元の社交界の錚々たるメンバーが見受けられた。

 

 会議は上院議員の書斎で行われた。シンプソンは、得るものが多く失うものが少ない人物特有の温和な雰囲気で同僚たちを迎えた。テーブルの上にはウィスキー、ワイン、葉巻があり、バトラーの到着を待つ間、モレンハウワーとシンプソンはその日の雑談を交わしながら、葉巻に火をつけ、本心は胸に納めておいた。

 

 前日の午後、バトラーが地方検事のデビッド・ペティ氏から六万ドルの小切手の取り扱いの一件を聞いたのは偶然だった。同じ頃、この問題はステナー本人からモレンハウワーにも報告されていた。クーパーウッドが置かれた立場を利用することで、地元の党を批判から救えるかもしれない、しかも同時に、バトラーとシンプソンには何も知らせずにクーパーウッドから路面鉄道株を巻き上げられるかもしれない、と考えたのはバトラーではなくモレンハウワーだった。やるべきことは、こっそり起訴をちらつかせて相手を脅すことだった。

 

 バトラーが間もなく到着して、遅れたことを詫びた。最近の深い悲しみをできるだけ軽快な雰囲気で隠しながら、話し始めた。

 

「こっちは元気な生活を送っているのに、街中の銀行は自分たちの融資がどういうことになるかを知りたがってますな」バトラーは葉巻を取ってマッチをすった。

 

「少し荒れそうだからね」シンプソン上院議員は微笑んで言った。「おかけください。さっきジェイ・クック商会のアベリー・ストーンと話したばかりなんですが、クーパーウッドの破産にステナーが関係しているという話が三番街でかなり大きくなっていて、何か対策が講じられなければ、すぐに新聞がこの問題を取り上げるに違いないと言うんです。きっとこのニュースはすぐに『市民による自治体改革協会』のウィート君にも届くでしょう。みなさん、このへんで、どうするかを決めるべきです。まずは、できるだけ静かにステナーを候補者から除外することだと思います。これは本当にかなり深刻な問題になりそうだと私には思えるんです。今後の影響を相殺するためにも、我々は今できることをやっておくべきです」

 

 モレンハウワーは葉巻越しに大きく息を吸い込むと、ゆらゆら揺れる鋼色の雲を作って息を吐き出した。向かいの壁のタペストリーをじっと見つめたが、何も言わなかった。

 

「一つだけ確かなことがある」シンプソン上院議員は少ししてから、他に誰も話さないのを確認しながら話を続けた。「それは、我々が妥当な期間内に起訴しなければ、他の誰かがやってしまい、むしろこの問題を悪化させるということです。私の考えは、他の誰か――多分、あの『市民による自治体改革協会』あたりに訴えられるのがかなりはっきりするまで待ちはするが、我々の方でもずっと起訴を計画していたかのように見える形で、いつでも割り込んで役目を果たす準備をすることです。やることは時間稼ぎだ。そこで、できるだけ財務官の帳簿に手が届きにくくする措置を講じることを提案する。もし捜査が始まれば――そうなる可能性はかなり高いと思うが――これで真相の究明にかなり手間取るはずだ」

 

 上院議員は重大問題になると、重要な同僚たちに遠慮なくはっきりと物を言った。自分の大げさな言い方で、歯に衣着せずに言う方を好んだからだ。

 

「今のはかなりのご賢察であるように私には聞こえました」バトラーはくつろごうと少し深く椅子に座って、この問題に関する自分の本心を隠しながら言った。「あの連中ならこの調査を三週間は簡単に続けてしまうかもしれません。私の記憶違いでなければ、連中は他のことにも十分に時間をかけてますからね」このときバトラーは、地元の党運営全体を軽視していると見えないようにしながら、クーパーウッド個人への攻撃と彼の迅速な起訴をどう盛り込むかを考えていた。

 

「そうですね、これは悪い考えではありません」モレンハウワーは煙の輪を吐きながら、クーパーウッドの特別な犯罪がこの会議で、さらに自分が彼に会うまで、議題にあがらないようにする方法を考えながら厳粛に言った。

 

「とても慎重に精密な計画を立てないといけない」シンプソン上院議員は続けた。「行動を起こさざるを得なくなったら迅速に行動できるようにね。もっと早まることはないにしてもこの問題はきっと一週間以内に問題になると私は信じている。我々には一刻の猶予もない。私の進言に従うなら、財務官への情報開示を求める通達を市長に書いてもらい、財務官には市長への返書を書いてもらう、さらに市長には議会の権限で財務官をしばらく停職させる――我々にその権限はあると思うが――あるいは少なくとも、その主な職務を引き継いでもらう。しかし当面はとにかくこれらの措置を一切公表しない――もちろん、そうしなければならなくなるまでだが。この行動が強いられる場合に備えて、我々は報道陣に見せるこういった書簡を用意しておくべきです」

 

「もしみなさんに異論がなければ、その書簡は私の方で準備できます」モレンハウワーは穏やかではあったが、すかさず口を挟んだ。

 

「まあ、備えあれば憂いなしですな」バトラーは簡潔に言った。「この状況で我々に出来るのはこのくらいでしょう、他に責任を転嫁できる相手を見つけられない限りは。私からその方向でひとつ提案があります。すべてを考えてみると、我々は思ったほどなすすべがないわけではないのかもしれません」

 

 これを言う間、バトラーの目にはかすかな勝利の輝きがあり、同時にモレンハウワーの目にはかすかな失望の影があった。そうか、バトラーは知ってたのか、じゃあ、おそらくはシンプソンも。

 

「いったいどういうことなんですか?」上院議員は興味津々でバトラーを見ながら尋ねた。六万ドルの小切手のやり取りについてシンプソンは何も知らなかった。彼は地元の公金の出入りまでは念密に把握していなかったし、このメンバーでの最初の会合以降、どちらとも話をしていなかった。「これには外部の人間は関わっていなかったのではありませんか?」持ち前の抜け目のない政治的思考が働いていた。

 

「関わっていません。確かに彼を外部の人間とは言いませんからね、上院議員」バトラーは穏やかに続けた。「私が考えているのはクーパーウッドなんです。最後にみなさんと会ってから、あることがありまして、もしかしたらあの青年は見かけほど単純ではないのかもしれないと思いましてね。どうも彼がこの事件の首謀者で、嫌がるステナーを無理やり引きずり込んでいたように私には見えるんです。私なりにこの件を調べてみたのですが、私の見る限りでは、このステナーという男は思ったほど非があるわけではありません。知り得た限りですが、クーパーウッドはもっと金を渡さなければああだこうだと、ステナーを脅していたんです。つい先日も、詐欺を働いて大金をせしめました。このことから彼をステナーと同罪にできるかもしれません。代金支払い済みの六万ドルの市債の証書が減債基金に収められていないんです。それに今度の秋、党の評判が危険にさらされる以上、我々が彼に特別な配慮をする必要はないでしょう」実際にそうだったわけだが、これでクーパーウッドに向けて最も危険な矢を放ったと確信を強めながらバトラーは話をやめた。前回の会合ではバトラーがこの若い銀行家にかなり好意的に見えていただけに、この瞬間、上院議員もモレンハウワーも少なからず驚いた。それにこの新しい発見がバトラーの態度を悪化させる理由になるとも思えなかった。バトラーがクーパーウッドと親しいのがネックになるかもしれないと考えていただけに、モレンハウワーは特に驚いた。

 

「うーん、まさかそんなことが」シンプソン上院議員は青白い手で口もとをなでながら考え込むように言った。

 

「いや、本当の話です」モレンハウワーは静かに言った。クーパーウッドを脅して路面鉄道株を巻き上げるちょっとした秘密の計画がおぼろげに浮かぶのが見えてきた。「先日まさにこの問題のことでステナーと話をしたんです。クーパーウッドはステナーにさらに三十万ドル出すよう強要しようとしていて、ステナーが拒否すると、ステナーが知らないうちに了承も得ずにさらに六万ドルをせしめたと言うんです」

 

「どうすればそんなことができるんですか?」シンプソン上院議員は信じられないといった様子で尋ねた。モレンハウワーはこの取り扱いについて説明した。

 

「ほお」モレンハウワーが説明を終えると上院議員は言った。「どうやらかなりの切れ者ってわけですな? そしてその証書が減債基金に収められていない、と?」

 

「いません」バトラーはかなり熱心に話に割り込んだ。

 

「うーん」シンプソンはかなり安心した様子で言った。「私にはこれは悪いどころかむしろ吉報に見えますね。責任をかぶせるのにいいかもしれない。こういうのが必要なんです。こういう事情ではクーパーウッド君を守る理由が見当たらない。もしやらねばならなくなったら、その点を強調したほうがいいかもしれない。新聞はこれを他のことと同じくらい声高に報じるかもしれない。きっと報じるに決まってる。もし我々が新聞にこの正しい視点を提示すれば、たとえウィート君が干渉したとしても、この件が合理的に解明される前に選挙は終わるかもしれない。新聞にどんな対応ができるかの確認は喜んで私が引き受けよう」

 

「そういうことでしたら」バトラーは言った。「今我々にできることはそう多くありませんね。でも、もしクーパーウッドが他の仲間と一緒に処罰されないのなら、それは間違いだと思う。それ以上ではないにしてもステナーと同罪ですから。少なくとも私はそれ相応の報いをあいつが受けるのを見たい。刑務所がお似合いなんだ。私に言わせてもらうえば、そこがあいつの行き先ですよ」モレンハウワーとシンプソンの両名は、いつも温厚なこの同僚に控えめな詮索の目を向けた。突然クーパーウッドを罰したいと決めた理由は何だろう? モレンハウワーとシンプソンが見なしたように、バトラーも普段なら見なしたように、クーパーウッドは厳密には自分の法的権利ではないにしても、人間的権利の範囲内にいた。彼らは、クーパーウッドにこれをやらせたことでステナーを責めたが、これを実行しようとしたことでクーパーウッドを半分も責めなかった。しかし、バトラーが感じたとおりに感じ、実際に法解釈上の犯罪がここにあるのだから、たとえクーパーウッドが刑務所に行くことになっても、党はこれに乗じるべきだ、で完全に意見がまとまった。

 

「あなたの言うとおりかもしれません」シンプソン上院議員は慎重に言った。「書簡の準備はしておいたほうがいいな、ヘンリー。もし選挙前に我々が誰かに訴訟を起こさなければならないなら、クーパーウッドに対して起こすのが賢明だろう。やむを得ないならステナーも加えるが、必要でないなら加えない。私は来週の金曜日にピッツバーグに行かねばならないので、これは二人に任せます。あなたたちなら何事にも抜かりはないでしょうからね」

 

 上院議員は立ち上がった。彼の時間はいつだって貴重だった。バトラーは自分が成し遂げたことに大満足だった。党に対する公然とした騒ぎやデモが発生した場合、クーパーウッドを最初の犠牲者として槍玉に挙げると三人に表明することに成功したからだ。そのために今必要なのは、騒ぎが起こることだった。地元の状況を見る限り、それは遠い先の話ではない。今はクーパーウッドに不満を持つ債権者たちを調べるという問題がある。もし彼らを抱き込んで、クーパーウッドの営業再開を阻止することに成功すれば、彼をとても不安定な状態に置くことになる。クーパーウッドにとっては悲しい日になるな、バトラーは思った――くしくもクーパーウッドが初めてアイリーンに道を踏み外させようとした日だった――そして、それをバトラーがクーパーウッドに証明できる日は遠くなかった。

 


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