第29章
しかし、この緊急時に時間は手に入れられるものではない。クーパーウッドは友人たちが出してくれた七万五千ドルと、ステナーから確保した六万ドルとで、ジラード銀行の求めに応じて評価損を解消し、残りの三万五千ドルを自宅の自分の金庫に入れた。それから銀行家や金融業者たちに最後のお願いをしたが誰も助けてくれなかった。しかし、この期に及んでもクーパーウッドは自分を不憫だとは思わなかった。事務所の窓から小さな中庭を眺めて、ため息をついた。あと何ができるだろう? 父親に連絡をとって昼食に誘った。とても気の合う同年代の弁護士、ハーパー・シュテーガーにも連絡をとって来るように頼んだ。頭の中で引き延し策や債権者への対応などいろいろな策を練ったが、如何ともし難く、破産にむかっていた。最悪なのは、この市財務官による融資の問題が公に、いや公になるどころか、政治的スキャンダルになるのが確実なことだ。そして、違法ではないにしても、市の公金悪用の陰謀を企てたという告発は、少なくとも道義的に大きなダメージになるだろう。
商売敵はこの事実を盛んにもてはやすだろう! 破産しても再起はするかもしれないが、大変な仕事になるな。それと、父親だ! 累は父親にも及んでしまう。銀行の頭取の座を追われるかもしれない。こういうことを考えながらクーパーウッドは座って待っていた。そうしている間にアイリーン・バトラーと、同時にアルバート・スターズの来訪が事務員に告げられた。
「バトラーさんをお通しして」クーパーウッドは立ち上がりながら言った。「スターズさんはお待ちいただいて」アイリーンはつかつかと元気よく入って来た。美しい体は相変わらず飾り立てた衣装をまとっていた。着ている外出着は明るい金茶色のブロードクロスで、小さな暗赤色のボタンがついていた。頭はつばがなくて、垂れ下がている羽毛飾りつきの、自分に似合うのがわかっていた茶褐色のシャコー帽で飾られ、首には金のビーズを三連にした優雅なネックレスがあった。両手はいつものとおりに、なめらかに手袋がはめられ、小さな足はかわいらしく靴を履いていた。目に少女らしい苦悩の表情がうかがえたが、それを懸命に隠そうとしていた。
「あなた」アイリーンは相手を見ながら両腕を伸ばして叫んだ――「何があったの? この前の夜、どうしても聞きたかったんだけど、破産しちゃうの? ゆうべ、父とオーエンがあなたのことを話しているのを聞いちゃったのよ」
「何て言ってた?」クーパーウッドはアイリーンに腕を回し、その不安そうな目を静かに見つめながら尋ねた。
「わかってるでしょうけど、父はあなたにとても腹を立ててると思うの。疑ってるわ。誰かが匿名の手紙を送りつけたのよ。父はゆうべ、あたしから聞き出そうとしたんだけど、うまくいかなかったわ。全部否定してやったもの。あたし、午前中に二回あなたに会いに来たんだけど、あなたは外出中だったわ。父が最初にあなたに会って、あなたが何か言うんじゃないかって、あたし、とても不安だったの」
「私がか、アイリーン?」
「別にそういうわけじゃないんだけど。それは考えなかったわ。何を考えていたのか自分でもわからないわ。ねえ、あなた、あたしとても心配したのよ。全然眠れなかったわ。あたしってもっと強いって思ってたんだけど、あなたのことがとても心配だったの。父ったらね、自分の机のそばの強い光が当たるところにあたしを座らせたのよ。そこならあたしの顔が見えるから。それからよ、手紙を見せたのは。一瞬とても驚いたから、あたし、自分が何を言ったか、自分がどんなふうに見えたか、よくわからないわ」
「で、何て言ったの?」
「え、あたし『恥ずかしい! 嘘っぱちよ!』って言ったわ。でも即答はしなかった。心臓がトリップハンマーのように動いてたわ。父のことだから、あたしの顔から何かを読み取ることができたに違いないわ。あたし、ろくに息もつけなかったのよ」
「抜け目のない男だからね、きみのお父さんは」クーパーウッドは言った。「人生についていろんなことを知っている。これで、こういう状況がどれほど大変かがきみにもわかっただろ。あの家を見張る代わりに、きみにその手紙を見せることにしたのは運がよかった。さすがにそこまでするのはひどすぎると感じたんだろう。今のところお父さんは何も証明できない。だけど、わかってるんだよ。きみがだませる相手じゃない」
「父がわかってるって、どうしてあなたにわかるのよ?」
「きのう、会ったからね」
「父がこのことをあなたに話したの?」
「いや、顔でわかった。向こうはただこっちを見ただけだがね」
「フランク! あたし、父に申し訳ないわ!」
「だろうね。私もだ。でも今さらどうしようもない。最初にそういうことを考えるべきだったんだ」
「でも、あたしはあなたを愛してる。ねえ、あなた、父は絶対にあたしを許さないわ。こんなにあたしのことを愛してくれているのに。父が知ることがあってはならないわ。あたしは何も認めません。でも、ああ、あなた!」
アイリーンは両手を彼の胸にしっかり押しあてた。クーパーウッドは慰めるように彼女の目をのぞき込んだ。瞼と唇が震えている。アイリーンは父親にも自分にもクーパーウッドにも心苦しさを感じた。クーパーウッドはアイリーンを通して、バトラーの親の愛情の強さと、怒りの大きさと危険性を、感じることができた。たくさんの出来事があって、それが今、一つの劇的な結末を作り上げているのがわかった。
「気にするな」クーパーウッドは答えた。「今さらどうしようもない。私の強くて毅然としたアイリーンはどこにいっちゃったんだい? きみなら勇敢に立ち向かうと思ったんだがな? そうするつもりはないのかい? きみにはこれからそういう態度でいてもらう必要があるんだ」
「そうなの?」
「ああ」
「困ってるの?」
「私は破産すると思う」
「まあ、そんな!」
「そうなんだよ。万策尽きたんだ。今のところ出口が見当たらない。父と弁護士には連絡した。きみはここにいちゃいけないんだ。きみのお父さんが、いつここに来てもおかしくないからね。どこか別のところで会わないと――明日、そうだな――明日の午後。覚えてるかな、インデアン・ロック、ウィサヒコン郊外の?」
「ええ」
「そこで四時に会えるかな?」
「ええ」
「尾行には気をつけるんだよ。もし私が四時半までに現れなかったら待ってなくていい。理由はわかるよね。誰かが見張ってると思うんだ。でも、うまくやれば、大丈夫だよ。そろそろ、きみは帰らないといけないね。もう九三一番地は使えない。どこか他の場所を借りないといけないな」
「ああ、とても残念だわ」
「強く勇敢に立ち向かうんじゃなかったっけ? いいかい、そういう態度でいてもらう必要があるんだ」
クーパーウッドは初めて少し悲観的な気分になった。
「はい、あなた、そうよね」アイリーンは両腕をクーパーウッドの腕の下に滑り込ませて相手を抱き寄せながら言った。「わかったわ! まかせてよ! フランク、愛してるわ! とても残念だけど、あなたが破産しないことを祈ってるわ! でも、どんなことがあったって、あなたとあたしとの関係は何も変わらないわよね? あたしたちは同じように愛し合うのよね。あたし、あなたのためなら何でもするわ! あたし、あなたの言うとおりにする。あなたはあたしを信じていいのよ。あたしからは絶対に何も聞き出せないんだから」
アイリーンはクーパーウッドの静かな青白い顔を見た。突然、心の中にこの人のために戦おうという強い決意がわいた。アイリーンの愛は不当で不法な禁断のものだが、それでも愛だった。正当性を欠いたのけ者の燃えあがるほどの大胆さをたっぷり備えていた。
「愛してる! 愛してる! 愛してるわ、フランク!」アイリーンは明言した。クーパーウッドは彼女の手を離した。
「さあ、行くんだ。明日四時。しくじるなよ。口をすべらしちゃ駄目だからね。何をしようと、一切認めないことだ」
「そうするわ」
「私のことは心配するな。私は大丈夫だ」
ステナーの首席事務官が――青ざめ、動揺し、明らかにいつもの彼とは違う様子で――駆け込んでくるまでに、クーパーウッドにはネクタイを直して、窓際で何食わぬ態度を装う時間しかなかった。
「クーパーウッドさん! 昨夜私が渡した小切手を覚えてますか? ステナーさんは、あれは違法だ、渡すべきではなかった、私に責任を取らせるって言うんです。重罪を犯したんだから私は逮捕されるかもしれない、小切手を取り戻さなければ私を解雇して刑務所に送ると言っています。ねえ、クーパーウッドさん、私はまだ駆け出しに過ぎません! 人生を始めたばかりなんです。面倒をみないといけない妻子がいるんです。あなたはそんなことをステナーさんにさせたりしませんよね? あの小切手を返してくれますよね? あれがないと職場に戻れないんです。ステナーさんは、あなたは破産する、あなたはそれを知っていた、あれを受け取る権利はあなたにはなかった、って言うんですよ」
クーパーウッドは好奇の目で相手を見た。こういう災いの使者が多種多様なのには驚いた。確かにトラブルというやつは増殖が決まると、立て続けに起こるというすごい技能を持っている。こんなことを言う権利はステナーにはない。あの取り扱いは違法ではない。あの男は狂ったのだ。確かに、クーパーウッドは問題の債券証書の購入後に、もう市債の売買を行わないよう命令を受けはしたが、だからといってそれ以前の購入分が無効になるわけではない。ステナーはこの六万ドルの小切手を取り戻すために、自分よりも優秀なこの気の毒な部下を威圧して脅している。何て卑劣な奴なんだ! 誰かが言っていたが、愚か者が身を落とす卑しさの限界は計り知れないというのは本当だ!
「アルバート、ステナーさんのところに戻って、こんなことはできませんよ、と言ってやりなさい。市債は彼の命令が届く前に購入されたものなんだ。取引所の記録がそれを証明してくれるよ。ここに違法性はまったくない。私にはあの小切手を受け取る権利があるし、法律がまともに機能しているところならどこででも受け取れたものだ。あの男は頭がおかしくなったんだ。私はまだ破産していない。あなたが司直の手に落ちる危険はない。もし落ちたら私があなたの弁護を手伝うよ。小切手は返せないんだ。だって返す小切手がないんだから。あったって返すつもりはない。そんなことをすれば、私を馬鹿にすることを、愚か者に許すことになる。気の毒だとは思うよ、とてもね、だけど私はあなたのために何もしてあげられない」
「ねえ、クーパーウッドさん」スターズの目に涙が浮かんだ。「彼は私を解雇する気なんです! 私の保証人たちから取り立てる気なんですよ。私は街に放り出されてしまう。給料以外、財産なんて微々たるものなのに!」
スターズは両手を握りしめた。クーパーウッドは悲しそうに首を振った。
「これはあなたが考えてるようなひどいことではないよ、アルバート。あいつは言うだけでやりはしない。あいつにはできないんだ。これは不当だし違法でもある。あなたは訴訟を起こせば給料を取り返せますよ。その時は私もできる限り協力します。でも、この六万ドルの小切手は返せません。だって返すものがないんですから。返したくても返せないんですよ。ここにはもうないんですから。買った市債の代金をそれで支払ったんですよ。その証書もここにはありません。証書は減債基金の中にあるか、これから収められますよ」
このことは言うんじゃなかったと思いながら、クーパーウッドは口をつぐんだ。口が滑ったのだ。彼が犯した数少ないミスの一つ。この状況の異常なプレッシャーのせいだった。スターズはなおも頼み続けた。無駄だとクーパーウッドは言った。最終的にスターズは、落胆し、怯え、打ちのめされて帰った。目には苦悶の涙があった。クーパーウッドは不憫でならなかった。やがて、父親が来たと告げられた。
ヘンリー・クーパーウッドはやつれた顔で登場した。前夜、ヘンリーとフランク親子は明け方まで延々と話し合ったが、不確定なものを除くと得たものはあまり多くなかった。
「いらっしゃい、お父さん!」クーパーウッドは父親が塞いでいるのに気づくと明るく声をかけた。この絶望の灰からかき集められる希望の石炭はほとんどないとわかってはいたが、それを認めても仕方がなかった。
「どうだ?」父親は悲しそうな目を独特な形に吊り上げて言った。
「まあ、荒れ模様ってところですかね? 債権者集会を招集して、時間をもらうことにしました、お父さん。他に打つ手がありません。話をしたからといって価値のある成果が出せるとは思えませんがね。ステナーが考えを改めるかもしれないと思ったんですけど、良くなるどころかかえって悪化してます。あいつの会計責任者がちょうど帰ったとこですよ」
「何しに来たんだ?」ヘンリー・クーパーウッドは尋ねた。
「きのうの午前中に僕が購入した市債の代金として支払った六万ドルの小切手を返してくれと言うんです」 しかしフランクは、この小切手で買った証書を担保に入れたことや、小切手そのものを使ってジラード・ナショナル銀行に支払う現金を工面し、さらに三万五千ドルの現金を自分の手もとに置いたことを父親には説明しなかった。
「ほお、驚いたな!」老人は答えた。「あいつはもっと分別を持った方がいいとお前が考えるのも無理はない。これは完全に合法的な取り扱いだろ。向こうが市債を買うなと通知してきたのはいつなんだ?」
「きのうの正午です」
「どうかしとる」ヘンリー・クーパーウッドは簡潔に言った。
「モレンハウワー、シンプソン、バトラーのせいです。あいつらは僕の路面鉄道会社がほしいんですよ。でも、自分たちで手に入れようとはしない。管財人を通じて、このパニックが終わってから手に入れるんでしょう。これについてはうちの債権者が最初のチャンスを得ます。買うなら、そこから買うでしょうね。あの五十万ドルの借入金のことがなかったら、こんなことは考えなかったでしょう。債権者たちは快く僕を支えてくれたでしょうから。しかし、あれが騒ぎ立てられたら、たちまち……! それに選挙がある! デービソンの不興を買いたくなかったので、あの市債の証書を担保に使ったんです。今頃はとっくに証書を回収する資金ができてると思ってましたから。本来なら、あれは減債基金に収めるべきものなんです」
老紳士はすぐにこの意味を理解してたじろいだ。
「これは厄介なことになるかもしれないぞ、フランク」
「これは技術的な問題です」息子は答えた。「僕は取り戻すつもりでいたのかもしれません。実際問題、三時までにできればやりますよ。これまでだって証書を収めるのに八日から十日はかかってましたから。こういう嵐のとき、僕には自分の駒を動かせるだけ動かす権利が与えられるんです」
ヘンリー・クーパーウッドは再び口に手をあてた。これにひどい胸騒ぎを覚えた。かといって何の解決策も見いだせない。自分の資産は底を突いている。左の頬髯をさすった。窓から小さな緑色の中庭をながめた。これは技術的な問題かもしれないが、誰にもわからない。フランクより前の他のブローカーたちと市財務官の金銭関係はかなりだらしなかった。銀行家はみんなそれを知っていた。おそらく、今回だって慣例がまかり通る、いや、通るはずだ。こればかりはわからない。それにしても、危険だ――まっとうなやり方ではない。フランクが証書を取り戻して収めることができれば、それに越したことはない。
「私がお前で、それができるのであれば、取り戻すがな」父親はつけ加えた。
「僕だって、できるならそうしますよ」
「金はどのくらいあるんだ?」
「全部で二万ドルです。でも、もし店を閉めるのであれば、少しは現金を持っていなければなりません」
「八千から一万ならある、いや夜までには用意できると思う」
ヘンリーは自分の家の第二抵当権を付けてくれそうな相手を考えていた。
クーパーウッドは静かに父親を見た。もう父親にかける言葉がなかった。「お父さんが帰ってから、もう一度ステナーにお願いしてみます」クーパーウッドは言った。「ハーパー・シュテーガーが来たら一緒に行ってきます。もしあいつが態度を変えなければ、債権者に通知を出して、取引所の事務局に届けを出します。何があってもお父さんは毅然と構えていてください。お父さんならそうするとわかってますけどね。僕は低姿勢で行くつもりです。もしステナーに少しでも分別があれば――」クーパーウッドは口ごもった。「しかし、馬鹿について話をして何の役に立つんですかね?」
あの匿名の手紙でアイリーンと自分のことが暴露されていなかったら、どんなに簡単にバトラーとすべてを調整していただろうと思いながら、クーパーウッドは窓のほうを向いた。バトラーなら党にダメージを与えてでもこの窮地で自分を助けてくれたかもしれない。今となっては……!
父親は立ち上がって帰ろうとした。まるで寒さがこたえるかのように、絶望で硬直していた。
「じゃあな」と疲れをにじませて言った。
クーパーウッドは父親のことでとても苦しんだ。自分の父親の顔に泥を塗るとは! 悲しみの大波が自分を押し流そうとするのを感じたが、一瞬で抑え込み、すばやく開き直って考え始めた。老人と入れ替わりにハーパー・シュテーガーが案内された。両者は握手を交わし、すぐにステナーの事務所に向かった。しかしステナーは、空気の抜けた気球のようにへたり込んでいて、どんなに頑張っても膨らませることはできなかった。結局、二人は敗退した。
「言っておきますがね、フランク」シュテーガーは言った。「私は心配してませんよ。選挙前と後で、これを法的に凍結してしまえばいいんです。それでこの騒ぎはみんな収まります。それから関係者を集めて、きちんと説明すればいいんです。たとえステナーが刑務所に行っても、誰もこんないい財産を手放したりはしないでしょう」
シュテーガーは担保に入れられた六万ドルの証書のことをまだ知らなかった。アイリーン・バトラーのこともその父親の無限の怒りのことも知らなかった。




