第28章
月曜日の午後遅くクーパーウッドがステナーの事務所に到着したのは、この一変した状況の最中だった。
ステナーはひとりぼっちで、不安のあまりひどく取り乱していた。クーパーウッドに会いたかったが、同時に怖くもあった。
「ジョージ」クーパーウッドはステナーを見てきびきびと話し始めた。「今、あまり時間がないのですが、最後に言いに来ました。もし私に破産してほしくなければ、あと三十万ドル貸してください。今日は状況がとてもひどいようなんです。あいつらは借入金で私を窮地に追い込みました。でもこの嵐は長く続きません。続きっこないのはその性質からおわかりでしょ」
クーパーウッドはステナーの顔を見て、そこに記された恐怖と苦しみとやむなくとっている明確な反対の立場を理解していた。「シカゴは炎上中ですが再建されるんです。商業活動だって後々ずっとよくなるでしょう。さあ、理性を働かせて私を助けてください。恐れてはいけません」
ステナーは落ち着かない様子でもじもじした。「あんな政治家の脅しで死ぬほどおびえないでください。数日もすればすべては収束し、私たちはこれまでよりよくなるんです。モレンハウワーに会ったんですか?」
「うん」
「で、向こうは何て言いました?」
「こう言うだろうと思った通りのことを言いましたよ。私がこんなことをするのを彼は許さないでしょう。無理なんですよ、フランク、そう言ってるでしょ!」ステナーは跳び上がって叫んだ。とても緊張していたので、この短い直談判の間彼は座っているのも大変なひとときを過ごしていた。「無理だよ! 向こうは私を追い詰めたんだ! 私を調べてるんだよ! 向こうはみんな私たちがしてきたことを知っているんだ。ねえ、フランク」――ステナーは両腕を振り上げた――「私をここから救い出してくれないか。あの五十万ドルを私に返して私をここから救い出してくれよ。もしきみが返金しないで破産したら、向こうは私を刑務所に送る気なんだ。私には妻と四人の子供がいるんだよ、フランク。こんなこと、続けられないって。私の手には負えないよ。そもそもこんな話に乗るべきじゃなかったんだ。ある意味じゃ、きみが説得さえしなかったら絶対にしなかったよ。始めたときは、まさかこんなひどい目に遭うとは思ってもみなかったんだ。もう続けられないよ、フランク。無理だ! 私の株は全部きみが持つということにしようよ。あの五十万ドルさえ返してくれれば、それでちゃらでいいからさ」話をするうちにステナーの声は神経質にうわずった。手で濡れた額を拭きながら、懇願しているように、ほうけたように、クーパーウッドを凝視した。
クーパーウッドはしばらくの間、冷淡な、信じられないという眼差しで相手を見つめ返した。彼は人間の本質をよく知っていた。特にパニックの時に、人の態度は妙な変わり方をすると予期して覚悟はしていたが、このステナーの変わりようはあまりにも極端だった。「私があなたに会ってから、あなたは他に誰と話をしたんですか、ジョージ? 誰に会ったんですか? セングスタックは何と言ったんですか?」
「モレンハウワーとまったく同じで、どんなことがあってもこれ以上お金を貸してはいけない、できるだけ早くあの五十万ドルを取り戻すべきだ、と言ってるよ」
「すると、あなたはモレンハウワーがあなたを助けたがっていると考えてるんですか?」声ににじみ出る軽蔑を目立たなくするのは大変だと思いながらクーパーウッドは尋ねた。
「そりゃあ、思ってるさ。もしあの人が助けてくれなかったら他に誰が助けてくれるか私にはわからないよ、フランク。あの人はこの町で大物の政界実力者の一人だからね」
「いいですか」クーパーウッドは相手をじっと見すえながら始めた。それから一息ついた。「あなたの持ってる株についてはどうしろと言いましたか?」
「それをきみが引き取る気がないようなら、ティグ商会を使って売ってしまい、その金を金庫に戻せって」
「誰に売るんですか?」ステナーの最後の言葉を考えながらクーパーウッドは尋ねた。
「取引所で買ってくれる人なら誰でもいいと思う。私にはわからないよ」
「そうだろうね」クーパーウッドは納得したように言った。「そうなることが私にはわかっていたのかもしれない。向こうはあなたを利用してるんですよ、ジョージ。ただあなたから株を取り上げようとしてるだけなんです。モレンハウワーはあなたをだましてそう仕向けているんですよ。私があなたの要求に応えられないこと――五十万ドルを返せないことをモレンハウワーは知っています。自分が買い取れるように、あなたにマーケットで株を売らせたがっているんですよ。きっとすでにすべての準備は整ってますね。あなたがそんなことをしたら、モレンハウワーはもう私を手中に収めた、いや、自分のものだと思うでしょう――モレンハウワーとバトラーとシンプソン。あいつらはこの地元の路面鉄道の問題で手を組みたがってますから。私はそれを知ってるんです。感じますしね。私はそうなることをずっと感じてました。モレンハウワーは彼が飛べないのと同じくらい確実に、あなたを助けるつもりはありませんよ。あなたが株を売ったとたんに、あいつはあなたと手を切ります――必ずね。この路面鉄道の問題と無関係になったあなたが刑務所に入らないで済むよう、あいつが手をまわしてくれるとあなたは思うんですか? するわけないでしょう。もしそう思うなら、あなたは私が思っている以上の愚か者ですよ、ジョージ。血迷わないでください。正気を失わないで。分別を持つことです。現状をちゃんと見てください。私に説明させてください。あなたが今私を助けなければ――遅くとも明日の正午までに三十万ドルを貸さなければ、私はおしまいです。そしてあなたもです。私たちの状況に問題はないんです。私たちの株は、今日もこれまでと同じように優良株です。そりゃあ、何と言っても、背後には鉄道が控えてますからね。鉄道は儲けを出しつづけています。今だって十七番街=十九番街鉄道は一日千ドル稼いでますよ。これ以上のどんな確かな証拠が欲しいんですか? グリーン&コーツ鉄道だって五百ドルは稼いでますよ。怯えてますね、ジョージ。あの忌まわしい政界の策士たちがあなたを脅しましたからね。前任者のボーデやマータにあったんですから、あなたにだってお金を貸す権利はありますよ。彼らは貸しましたよね。あなたはモレンハウワーや他の人たちのためにそれをしてきた。彼らのためにやる分にはそれは問題ないわけだ。市の指定預託機関が融資でなかったら、いったい何なんですか?」
クーパーウッドは、減債基金のような市のお金の一定額が、低金利もしくは無利子で特定の銀行――モレンハウワー、バトラー、シンプソンらが関わっている銀行――に預けることが認められる制度に言及していた。これは彼らの安全な不正利得だった。
「チャンスを捨てないでください、ジョージ。今やめちゃ駄目だ。あなたは数年後に何百万ドルもの資産家になるんですよ。方針を変える必要はありません。今持ってるものを保有しつづけるだけでいいんです。もしあなたが私を助けなければ、きっと、私がここを出た瞬間に、向こうはあなたを見捨てて、刑務所に行かせますよ。誰があなたのために五十万ドルも出してくれるんですか、ジョージ? モレンハウワーが、バトラーが、誰でもいいですけど、こんな時にそんな金をどこで調達するんですか? できっこないでしょう。やる気だってありませんよ。私が終われば、あなたは終わる。しかも、あなたは誰よりも早く暴かれる。向こうは私に危害を加えることができないんですよ、ジョージ。私は代理人なんですから。私があなたにお出でを願ったわけではありません。最初にあなたが自発的に私のところに来たんです。私を助けなければ、あなたは終わりだと言っておきますよ。そして刑務所があるのと同じくらい確実にあなたは刑務所に送られるんです。どうして覚悟を決めないんですか、ジョージ? どうして自分の立場を守らないんですか? 面倒をみなくてはならない妻子がいるんでしょ。私にあと三十万ドル貸したところで、これ以上状況は悪くなりようがありませんよ。五十万か八十万かに、どんな違いがあるんですか? どうせ裁判にかけられるなら、どちらでも同じことでしょ。それより、あなたが私にお金を貸せば、裁判なんか起きないんです。私が破産しなくなるんですから。この嵐は一週間か十日で収まります。私たちはまた裕福になるんですよ。お願いだから、ジョージ、こんな風に取り乱さないでください! 分別をもってください! 理性的になってください!」
クーパーウッドはいったん話をやめた。ステナーの顔が苦悶のあまりぐちゃぐちゃの塊になっていたからだ。
「私にはできないよ、フランク」ステナーは泣き叫んだ。「できないって言ってんだろう。もしそんなことをしたら、あの人たちはこれまでにないひどい罰を私にくだすよ。決して大目に見てはくれないんだ。きみはあの人たちをわかってないよ」
クーパーウッドはステナーの崩れていく弱さの中に自分の運命を読み取った。こういう男はどう扱えばいいんだ? どうやって奮起させたらいいんだ? 無理だ! そしてクーパーウッドは両手を上げて、よくわかったよ、うんざりだ、どうなっても知らんぞといわんばかりの態度で歩き出した。ドアのところで振り返って言った。
「ジョージ、残念だよ。残念なのはあなたであって私ではありませんよ。私は無事切り抜けます、最後にはね。金持ちにだってなります。でも、ジョージ、あなたは人生最大の間違いを犯しているんですよ。あなたは貧乏になります。囚人にもね。そしてあなたには責める相手が自分しかいません。火事さえ除けば、このお金を巡る状況に問題なんてないんです。この株の暴落――このパニック――を除けば、私の仕事に何の異常もないんです。あなたは大金を手にそこに座りながら、あなたや私のやったことをウサギほども知らなくて、あなたから取れるものを取ることを企てる以外にあなたには何の感心もない大勢の策士や悪徳政治家たちに、あなたを脅してあなたが自分の人生を救う唯一の行動をとらないようにするのを許しているんです。たかだか三十万ドルくらい、私なら今から三、四週間後には四、五倍にして返せるんです。そんなもののためにあなたは、私が破産して自分が刑務所に行くのを見ることになるんです。私には理解できませんね、ジョージ。あなたは正気じゃない。あなたは自分が生きたこの最悪の日を後悔しますよ」
意外な偶然が作用してこれが何か影響しなかったかを確認するために少し待ったが、ステナーが相変わらずしおれた無力な役立たずの塊でいるのに気づくと、憂鬱に首を振って出て行った。
クーパーウッドが少しでも弱気や絶望の痕跡を見せたのは人生で初めてだった。彼は復讐の女神に追われるというギリシャ神話を他人事のように感じていた。しかし今は、自分を追いかけている不吉な運命が存在しているように思えた。これはそう見えた。しかし運命であろうとなかろうと、ひるむつもりはなかった。絶望を感じ始めたこの時でさえ、彼は頭を反らせて胸を張り、いつもと同じ颯爽とした足取りで歩いた。
クーパーウッドはステナーの個人事務室の外の広い部屋で、ステナーの首席事務官と秘書を兼任するアルバート・スターズに会った。彼とアルバートは過去に何度も親しく挨拶を交わしたことがある間柄だった。アルバートはステナーには決してわからないような金融や財務会計の複雑さをよく知っていたので、市債に関するこまごました取引はすべてこの二人の間で議論された。
スターズを見て、さっき言及した六万ドル分の市債の証書に関する考えが突然頭をよぎった。クーパーウッドは証書を減債基金に預けてはいなかったし、当面預けるつもりもなかった――相当な額の自由に使えるお金がすぐ手に入る目処がたたない限り、預けられなかった。彼は他の差し迫った請求に応じるために証書を流用してしまった。そして証書を買い戻す――義務から解き放つ――ために使う自由なお金がなかった。このときも彼はこれをやりたくはなかった。市財務官と交わしたこの種の取り扱いを管理している規則では、証書は即刻、市の口座に預けることになっていて、預けるまでその分の支払いを市財務官から受け取れないことになっていた。もっと正確に言うと、規則ではこの種の取り扱いにおいて市財務官は、購入された証書が実際に基金に預けられたことを示す、市の減債基金管理銀行もしくは他の機関が発行した受領証をクーパーウッドもしくはその代理人が提示するまで、支払いをしないことになっていた。実際は、クーパーウッドとステナーの間でできあがった慣習によって、この規則はこの点が蔑ろにされていた。クーパーウッドは、いくらでも減債基金向けの市債の証書を購入して、好きなところへ担保に入れ、受領証を提示しなくても市から支払いを受けることができた。月末に、あちらこちらから集められた市債の証書で、いつも不足分をごまかすことができた。不足が長期間実際に無視されたことも一度ではなかった。その一方でクーパーウッドは株を担保にして得た資金を投機目的に流用した。これは事実上違法だが、クーパーウッドもステナーもそうは見なさず気にもしなかった。
この特殊な取り扱いをできなくしたのは、ステナーから受け取った売買停止を命じる通達だった。これでクーパーウッドと市財務官との関係は、規則厳守になった。クーパーウッドはこの通達を受け取る前に証書を購入していたのに預けていなかった。今、小切手を受け取ろうとしているが、もしかしたら、月末に帳尻を合わせる古い簡単な方法はもう通用しないと言われるかもしれない。スターズは受領証の提示を求めるかもしれない。だとするともう六万ドルの小切手は手に入らない。預ける証書がないからだ。なくても、お金を手に入れることはできるかもしれないが、後々何かの訴因をつくってしまうかもしれない。破産する前に最終的に証書を預けなかったら、窃盗などの罪に問われるかもしれない。しかし、まだ実際に破産するとは限らない、とクーパーウッドは自分に言い聞かせた。もし銀行仲間の誰かが、何かの理由で融資の返済に関する決定を変更すれば破産することはないのだから。もし自分が小切手を受け取ったら、そのことでステナーは騒ぐだろうか? 自分が受け取ろうとしたら、市の職員は自分に注意を払うだろうか? もしステナーが訴え出たら、地方検事はこういう取り扱いを受理するだろうか? いや、どう考えてもしないだろう。いずれにしても、何も起こらないだろう。代理人あるいは仲介業者と本人として、自分とステナーの間に存在している合意があるのに、自分を罰しようとする陪審員はいないだろう。そして、こっちがいったんその金を手に入れてしまえば、十中八九ステナーはそれ以上そのことを考えないだろう。これは、いろいろな未払い債務といっしょくたにされ、これについては深追いされないだろう。電光石火の早わざですべての状況が徹底的に検討された。クーパーウッドは危険を冒すことにした。首席事務官の机の前で立ち止まった。
「アルバート 」低い声で言った。「今朝、減債基金向けに市債を六万ドル分買ったんだ。午前中、小切手を取りに誰かを来させようか、あるいはよければだが、今、それを私に渡してくれないか? 購入中止の通達は受け取ったよ。私は事務所に戻るところなんだ。きみは減債基金に七十五から八十ドルで証書八百枚と記載しておけばいい。明細は後で送るよ」
「わかりました、クーパーウッドさん。そうします」アルバートは快諾した。「株という株が大打撃を受けてますね? あなたがあまり困ってないといいんですが?」
「大したことはないよ、アルバート」首席事務官が小切手を切っている間に、クーパーウッドは笑顔で答えた。ステナーがひょっこり現れて、これをやめさせようとしないだろうかと考えていた。これは合法的な取り扱いだ。慣例にどおりに、証書を基金の管理人に預けるのであれば、自分には小切手を受け取る権利がある。クーパーウッドはアルバートが記入する間、緊張して待ち、最終的に実際に小切手を手にすると、安堵のため息をついた。ここに少なくとも六万ドルある。今夜の商談で約束されていた七万五千ドルを現金にできるだろう。明日、もう一度、リー、キッチン、ジェイ・クック商会、エドワード・クラーク商会――金を借りている大勢の人たちに会って、打開策を見つけなければならない。時間さえ稼げれば! せめて一週間稼げたら!




