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資本家  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第25章

 

 ヘンリー・A・モレンハウワーの邸宅は、その当時バトラーが住んでいた場所とほとんど同じくらい新しい市内の一角にあった。場所はサウスブロード・ストリートで、最近建てられたばかりの立派な図書館の近くだった。当時の新しい富裕層に普通に好まれた型式の広々とした家だった――黄色いレンガと白い石造りの四階建てで、すぐに特定できる建築様式はなかったが、その建築構造に魅力がないわけではなかった。だだっ広いベランダに続く幅広の階段の先にはめいっぱい飾り立てた扉があり、扉の両脇には細い窓が連なり、左右にはかなり魅力的な形状の淡い青のすてきな植木鉢が飾られていた。中は二十もの部屋に分けられ、当時の住宅用の最も高価な羽目板と寄木細工が施されていた。立派な大広間、広々とした客間だかリビング、少なく見ても三十フィート四方のオーク材の羽目板張りのダイニングルームがあり、二階にはモレンハウワーの野心的な三人娘たちの才能に捧げられた音楽室、家主専用の書斎とプライベートオフィス、妻用の寝室と浴室、温室があった。

 

 モレンハウワーはかなりの重要人物であり、自分でもそう感じていた。彼の金融と政治に対する判断は極めて鋭かった。彼はドイツ人というかドイツ系アメリカ人だが、かなり印象的なアメリカ人の風采を持つ物だった。背が高く、重量があり、抜け目なくて、冷酷だった。大きな胸と広い肩が、見る角度によってまん丸にも面長にも見える抜群の比率の頭部を支えている。前頭骨は、下向きのカーブを描きながら鼻を覆うようにさがり、鋭い詮索するように見つめる燃える目の上に厳かに突き出ていた。そして、その下の鼻と口と顎と、滑らかで硬い頬は、自分がこの世で何が欲しいのかをとてもよくわかっていて、それを手に入れるのに邪魔や障害を気にしないでやり遂げられる、という印象を強くした。大きな顔で、印象的で、実にいい造形だった。親睦が深まるにつれ、彼はエドワード・マリア・バトラーの親友になり、マーク・シンプソンとの向き合い方は、虎が虎に向けるのと同じように真摯だった。モレンハウワーは能力を尊重する人で、公平な勝負であれば公平に臨むことを厭わなかったが、そうでないときには、彼の狡猾さの規模は簡単に測れなかった。

 

 この日曜日の夕方にエドワード・バトラー親子が到着したとき、市の利益の三分の一を代表するこの名士は二人の来訪を予想していなかった。書斎で本を読みながら、娘がピアノを弾くのを聞いていた。妻と他の二人の娘は教会に出かけていた。すっかり家庭人だった。それでも、政治の世界では日曜日の夜は往々にして、話し合いにうってつけだから、名だたる同僚の誰かが訪ねてくるかもしれないと思わないわけではなかった。使用人を兼ねた執事がバトラー親子の来訪を告げると、モレンハウワーはとても喜んだ。

 

「いらっしゃい」モレンハウワーは手を差し出しながら和やかにバトラーに挨拶した。「お会いできて本当にうれしいですよ。オーエンも! 調子はどうだい、オーエン? 飲み物は何がいいかな、それと何を吸いますか? 何か用がおありなんでしょ。ジョン」――と使用人に――「お二人に何か見つくろって。キャロラインの演奏を聞いてたところなんですよ。でもあなたがたに恐れをなしたんで当分出て来ないでしょう」

 

 バトラーのために椅子を用意して、オーエンにはテーブルの向かいの席を促した。すぐに使用人が、精巧なデザインの銀の盆に、様々な年代のウィスキーとワインと葉巻をたっぷり載せて戻ってきた。オーエンはタバコも酒もやらない新しいタイプの若い資本家だった。父親は適度に両方ともたしなんだ。

 

「ここは快適なところですね」自分をここまで来させた重要な任務についてはおくびにも出さずにバトラーは言った。「あなたなら日曜の夕方、自宅にいても不思議じゃありませんからね。街に新しい出来事でもありますか?」

 

「私の知る限りでは特に何もありませんね」モレンハウワーは穏やかに答えた。「物事は至って順調にいっているようです。あなただって我々が心配しなきゃならないことなどご存知ないでしょう?」

 

「それがあるんです」用意されていたブランデー・ソーダの残りを飲み干しながらバトラーは言った。「一つ。夕刊はご覧になっていませんか?」

 

「ええ、見てません」モレンハウワーは背筋を伸ばして言った。「一つあるんですか? いったい、どんな問題ですか?」

 

「何もありませんよ――シカゴが燃えていることを除けば。どうやら明日ここでもちょっとした金融の嵐が起きそうです」

 

「まさか! 知りませんでした。新聞に出てるんですね? それで――火事は大きいんですか?」

 

「街が焼け落ちているそうです」かなり興味を持って、この著名な政治家の顔を観察していたオーエンが口を挟んだ。

 

「そりゃ、一大事だ。人をやって新聞を買ってこさせないと。ジョン!」と叫ぶと、男の使用人が現れた。「どこかで新聞が手に入らないか見て来るんだ」使用人は姿を消した。「どうしてそれが我々に関わってくるとあなたはお考えなんですか?」モレンハウワーはバトラーに向き直って言った。

 

「実は、ついさっきまで私が知らなくて、これと一緒に出てきたことが一つあるんです。一定の人たちが思うよりも事態が好転しない限り、我々のステナーが帳簿に穴をあけそうなんです」バトラーは冷静に持ち出した。「選挙の前に、これはあまりいい印象を与えないかもしれないのでは?」抜け目ない灰色のアイルランド人の目がモレンハウワーの目をのぞき込むと、相手も見返した。

 

「それをどこでつかんだんですか?」モレンハウワーは冷淡に問いかけた。「あいつが計画的に大金をとったわけではないのでしょ? いくらとったんですか――ご存知なんですか?」

 

「相当な額です」バトラーは静かに答えた。「五十万ドル近くだと承知してます。ただ、まだとられたとは言えません。なくなってしまう危険はありますが」

 

「五十万ドル!」モレンハウワーは驚きはしても、依然としていつもの冷静さを保ったまま叫んだ。「まさか! いつからこんなことになってたんですか? あいつは何にそんな大金を使っていたんですか?」

 

「大金を貸し付けたんです――約五十万ドルを三番街のクーパーウッドっていう若いのにね、あの市債を扱っていた奴ですよ。二人であちこちに投資して私腹を肥やしてたんです――主に路面鉄道の買収にね」(路面鉄道の話が出たところでモレンハウワーの無表情がかろうじて気づく程度だが変化した)「クーパーウッドの言い分では、この火事が朝からパニックを引き起こすのは確実で、かなり援助してもらわないと、どうやって持ちこたえたらいいのか自分でもわからんそうです。もし彼が持ちこたえられなかったら、市の金庫から五十万ドルが消えて戻せなくなる。ステナーが町にいないものだから、クーパーウッドは、何とかできないものかを確認しに私のところへ来たというわけです。実は、彼は過去に私のためにちょっとした仕事をしたことがあって、私なら今、彼を助けられるかもしれない――つまり、私があなたと上院議員を説得して、私と一緒に大手の銀行家に会い、朝から市場を支えて助けてもらえるかもしれない、と考えたわけです。我々がそうしなければ、自分は破産、そのスキャンダルが選挙で我々の痛手になると思ったわけです。何かの駆け引きをしているのではなく――ただ自分が助かりたい、私に――できれば我々に――尻拭いをしてもらいたがっているようなんです」バトラーは話をやめた。

 

 狡猾で自分の手の内を明かさないモレンハウワーは、この予想外の展開に全然動じていないようだった。同時に、何か特別な運営管理だか投資の才能がある者としてステナーを考えたことがなかったので、少し心を揺さぶられて興味を持った。つまり、自分の財務官が自分の知らないうちに金を使い込んでいて、今や起訴される危機に瀕しているのだ! クーパーウッドのことは、市債を扱うために雇われた担当者として間接的に知っているだけだった。市債を自分で操作して利益を出すほどの男だ。明らかに、この銀行家がステナーを丸め込んで、路面鉄道株のためにその金を使ったのだ! それなら、この男とステナーはかなり私的に保有しているに違いない。これはモレンハウワーの関心をふくらませた。

 

「五十万ドルか!」バトラーが話を終えるとモレンハウワーは繰り返した。「これはかなり大金だ。ただ市場を支えるだけでクーパーウッドを救えるなら、そうしたっていいかもしれないが、もしひどいパニックだったら、我々があらんかぎりの手を尽くしたところで、それがどう彼の大きな助けになるのかわかりませんな。もし彼がひどい窮地に陥っていて、大暴落が迫っているのなら、彼を救うには我々がただ市場を支えるよりももっと大きな対応が必要になる。私は以前そういうのを経験したことがあるんです。彼の債務がどうものなのか、あなたはご存知ないんですね?」

 

「知りません」バトラーは言った。

 

「彼は金の無心をしなかったんですね?」

 

「乗り切れるかどうか見極めがつくまで、私の十万ドルはそのままにしておいてほしいと言いました」

 

「ステナーは本当に町を離れているんですか?」モレンハウワーはもともと疑り深かった。

 

「クーパーウッドはそう言ってます。我々なら人をやって見つけ出すことができる」

 

 モレンハウワーはこの状況の様々な側面を考えていた。市場を支えることで、クーパーウッドと共和党と子飼いの財務官を救えるなら、申し分ない。同時に、ステナーが五十万ドルを市の金庫に戻して、彼の持ち株を誰かに――できれば自分――モレンハウワーに――譲渡せざるを得ないように仕向けられるかもしれない。しかし、ここにいるバトラーもこの問題では考慮すべき相手だ。彼がほしがらないなんてことがありえるか? モレンハウワーはバトラーと話をして、うまくいった場合クーパーウッドが五十万ドルを返済することに同意したことを知った。いろいろな路面鉄道株については掘り下げて尋ねられなかった。しかし、クーパーウッドがそれで救われると誰がどんな保証をしたんだ? それに、お金を集められるのか、いや、集める気はあるのか? それに助かったとして、彼はステナーにお金を返すだろうか? 彼が金策に奔走しても、こんな時に――大恐慌が迫っているときに――誰が彼に貸すだろう? 彼がどんな担保を差し出せるんだ? それどころか、しかるべき方面から圧力をかければ、彼の――彼とステナーの――すべての路面鉄道株を捨て値で手放さざるを得ないようにできるかもしれない。もし自分(モレンハウワー)がそれらを手に入れられるのなら、秋の選挙の勝敗を特に気にすることはない。オーエンと同じようにモレンハウワーは、秋の選挙は負けないと感じていた。いつものとおり、買収すればいいのだ。この使い込みは――クーパーウッドが破産するとステナーが貸した金はそういうことになるのだが――十分な期間隠し通せれば勝てる、とモレンハウワーは考えた。今思いついたように個人的には、ステナーを脅してクーパーウッドへの追加融資を断らせ、他のみんなの株もろとも――シンプソンとバトラーの分も含めて――クーパーウッドの路面鉄道株を売り崩す方がいい。フィラデルフィアの未来の富の大きな源泉の一つはこういう鉄道会社にあるのだから。しかし当面は、選挙で党を救うことに関心があるふりをしなければならない。

 

「私には上院議員を代弁することはできないが、確かにそうですね」モレンハウワーは考え込むように話を続けた。「議員がどうお考えになるかまでは私にはわかりません。私としては、もしそれで何か成果が出るのなら、株価を維持するために自分にやれることをやることにまったく異存はありません。自分の借り入れ分を守るためにも、当然、そうします。我々が検討をつづけるべきなのは、私の判断では、クーパーウッドさんが破産した場合、選挙が終わるまでどう発覚を防ぐか、ということですよ。だって、我々がどれだけ市場を支えても支えきれる保証はまったくないわけですから」

 

「確かにありませんな」バトラーは厳かに答えた。

 

 オーエンは、クーパーウッドの迫りくる破滅がはっきり見えたと思った。そのとき、玄関の呼び鈴が鳴った。男性の使用人が不在だったので、メイドがシンプソン上院議員の名前を告げた。

 

「噂をすれば影ですな」モレンハウワーは言った。「お通ししろ。議員のお考えがわかりますね」

 

「では、僕はそろそろ席を外した方がいいですね」オーエンは父親に申し出た。「キャロラインさんを見つけられれば、歌でも聞かせてくれるでしょう。では、僕は待機してますね、お父さん」オーエンは付け加えた。

 

 モレンハウワーは感じよく微笑みかけた。オーエンが退出するとシンプソン上院議員が入って来た。

 

 ペンシルベニア州は興味深いタイプの人間を輩出してきたが、マーク・シンプソン上院議員以上に興味深いタイプはいなかった。今、温かく迎えて握手を交わした二人の男のどちらと比べても、肉体的な印象がなかった。彼は小柄――モレンハウワーが六フィート、バトラーが五フィート十一インチ半なのに対し――五フィート九インチで、顔はすべすべで顎がなかった。他の二人と比べて、この特徴は目についた。目はバトラーの目のように素直でも、モレンハウワーの目のように挑戦的でもなかったが、繊細さはどちらとも比べものにならなかった。深く奇妙に窪んだ洞窟のような目は、暗い穴から外をうががっている猫の目のように相手を見つめ、猫科の特徴といえるあらゆる狡猾さを連想させた。品のいい低い白の額を掃きおろしている一風変わったモップのような黒髪で、不健康のせいなのか血色の悪い青白い肌をしていた。それでもそこには人を支配する不思議な御しがたい有能な力――期待と利益とで欲望を満たす方法を知る狡猾さと、言うことを聞かない者に報いる冷酷さ――が宿っていた。彼はそういうタイプにありがちな静かな人物だった。握手は力が弱くて死んだ魚のように生気がなく、笑顔はうつろで少し無気力だが、あらゆる欠点を補う目でいつも話をしている。

 

「こんばんは、マーク、会えてよかった」バトラーは挨拶した。

 

「調子はどうだい、エドワード?」静かな返事があった。

 

「上院議員はお疲れではなさそうですね。お飲み物いかがです?」

 

「今夜はいいよ、ヘンリー」シンプソンは答えた。「長居してはいられないんだ。帰る途中で寄っただけだから。家内がカバナフのところにいるもんだから、迎えに行くんで立ち寄ったまでだよ」

 

「ちょうどいいところにいらっしゃいました、上院議員」客の後で自分も腰を下ろしながらモレンハウワーは切り出した。「最後にお会いしたあとで持ち上がったちょっとした政治の問題を、ここにいるバトラーが話していたところなんです。シカゴが燃えているという話はお聞き及びだと思いますが?」

 

「ああ、カバナフが、ちょうど言ってたな。かなり深刻なようだ。午前中は市場が大きく下落するだろうな」

 

「私も驚きませんね」モレンハウワーはそっけなく言った。

 

「新聞が来ました」使用人のジョンが新聞を手に持って通りから入って来ると、バトラーは言った。モレンハウワーはそれを受け取って、みんなの前に広げた。これはこの地方で発行された「号外」の早刷りで、シカゴの大火災が前日の出火以降、時間の経過とともに悪化の一途をたどっている、と報じるかなり印象的な特集記事が載っていた。

 

「うーん、確かにひどいな」シンプソンは言った。「シカゴにはお悔やみ申し上げる。あそこには友人がいっぱいいるんだ。思ってるほどひどくないという知らせを聞けるといいんだがな」

 

 この男にはかなり大げさな物言いが染み付いていて、どんな状況でもやめなかった。

 

「バトラーが私に話していた問題は、一応、これに関係があるんです」モレンハウワーは続けた。「市の財務官が二パーセントの金利をとって金を貸す慣習があるのをご存知ですね?」

 

「知ってるが?」シンプソンは聞き返すように言った。

 

「実は、ステナーが巨額の市の金を、市債を担当していた三番街のクーパーウッドという若いのに貸したようなんです」

 

「何だと!」シンプソンは驚いた様子で言った。「大した額じゃないんだろ?」上院議員はバトラーやモレンハウワーと同じように、同じ出どころから市のいろいろな指定預金機関になされた低利融資でたんまり儲けていた。

 

「ステナーは五十万ドルも融資していたようです。万が一、クーパーウッドがこの嵐を乗り切れなかったら、ステナーはそれだけの欠損を出すことになります。そうなると十一月に国民に投票を呼びかける相手としてはあまり体裁がよろしくないのではないでしょうか? クーパーウッドはこのバトラーの十万ドルも預かっておりまして、それで今夜バトラーに会いに来たわけです。危機を乗り切らせてくれる何かの手立てが、我々を通して講じられないか、バトラーに確かめてもらいたかったわけですな。もし駄目なら」――思わせぶりに片手を振った――「まあ、破産するかもしれません」

 

 シンプソンは繊細な手で風変わりな大きい口をさわって「そいつらは五十万ドルで何をしていたんだ?」と尋ねた。

 

「まあ、若いのが副業でちょっとしたことをしてたに違いありません」バトラーは楽しそうに言った。「ひとつ例を挙げると、路面鉄道を買収してたんだと思います」バトラーはベストの袖ぐりに親指を突っ込んだ。モレンハウワーもシンプソンも薄ら笑いを浮かべた。

 

「そういうことです」モレンハウワーは言った。シンプソン上院議員は、ひたすら深慮遠謀を巡らせた。

 

 彼もまた、よりによってこういう危機が迫っているときに、このような提案を政治家のグループに持ちかけるのは、誰がやったって無駄だろう、と考えていた。もし自分とバトラーとモレンハウワーが手を組んで、路面鉄道株の譲渡を見返りにクーパーウッドの保護を約束できたら、これはまったく違う問題になると思案した。この場合だと、市の公金貸付を黙って継続し、これを支えるためにもっとお金を出しさえすればとても簡単に済むことだ。しかし、第一にクーパーウッドに持ち株を譲渡させられるか、第二にバトラーにせよモレンハウワーにせよ、自分、シンプソンとこういう取引に応じるか、定かではない。どうやらバトラーはクーパーウッドの口添えをしにここに来たようだ。モレンハウワーと自分は口にこそ出さないがライバルだ。政治的には協力して活動するが、財政的には根本的に違うゴールを目指している。モレンハウワーとバトラーに限らず、特定の投資案件で同盟を結んでいるわけではない。それに、どうみてもクーパーウッドは馬鹿ではない。彼はステナーと同等の罪を犯したわけではない。ステナーが彼に金を貸していたというだけだ。上院議員は、ひらめいた微妙な解決策を同僚に提案すべきか考えたが、やめることにした。実際、モレンハウワーは油断も隙もない相手だから、この種の仕事は一緒にできない。絶好のチャンスではあるが危険だ。ひとりでやった方がいい。当面、自分たちは、できるのであればクーパーウッドに五十万ドルを返すよう、ステナーを介して要求すべきだ。できなければ、必要に応じてステナーが党のために犠牲になればいい。クーパーウッドの状況に関するこの情報があるから、彼の株式は、こちらのブローカー側のちょっとした株取引の仕事に絶好の機会を提供してくれるだろう、とシンプソンは考えた。ブローカーがクーパーウッドの状況についての噂を広め、それから彼の株式を――二束三文で――引き取ると申し出ればいいのだ。バトラーのところへ行ったのがクーパーウッドの運の尽きだ。

 

「まあ」長い沈黙の後で上院議員は口を開いた。「大変な状況にいるクーパーウッド君には同情できるし、やれるのなら、彼が路面鉄道を買収したからといって決して責めはしないが、この危機に際して、彼のために何ができるか私にはさっぱりわからない。みなさんのことは知らないが、私は今、そうしたくても、他人の火中の栗を拾える立場にいないのは確かです。すべては、党に危険が及ぶなら身銭を切ってでも彼を救うのは当然、と我々が感じるか次第です」

 

 身銭を切ることに話が及んだとたんにモレンハウワーは顔をしかめて「私はあまりクーパーウッドさんのお役に立てないな」と、ため息をついた。

 

「まいったな」バトラーは洒落気たっぷりに言った。「どうやら十万ドルは引き上げた方がよさそうだ。朝一番で取りかかるとしよう」この時になると、シンプソンもモレンハウワーもさっき見せた薄ら笑いさえ浮かべようとしなかった。賢明にして厳しい表情を浮かべただけだった。

 

「しかし、この市の公金の件は」シンプソン上院議員は場の雰囲気が少し落ち着いてから言った。「少し考えないといけない。もしクーパーウッド君が破産して、市が巨額の損失を被ったら、我々へのダメージは決して少なくない。どこの鉄道会社なんですか、この男が特に関心を寄せていたのは?」シンプソンは後から思いついたように付け加えた。

 

「実は私も知りません」バトラーは馬車で来る途中にオーエンが話してくれたことを言う気はなかった。

 

 モレンハウワーは言った。「このクーパーウッドという男が破産する前に、ステナーに金を回収させられなかったら、どうすれば我々は後々大変な迷惑を被らずに済むのかわかりませんね。もし我々が賠償を迫る素振りでも見せようものなら、向こうは多分店をたたむでしょう。そうなってしまうと対処のしようがない。それに、彼が自分の問題をどう切り抜けるかを聞く前にそんなことをすれば、ここにいる我々の友人のエドワードにかなり配慮を欠くことになりませんか」彼はバトラーが貸してある金に言及した。

 

「確かに欠きますね」本物の政治的な判断力と感覚を持つシンプソン上院議員は言った。

 

「十万ドルは朝のうちに回収しますから」バトラーは言った。「ご心配なく」

 

 シンプソンは言った。「この件について何か持ち上がったら、我々は選挙が終わるまで全力で隠し通さなければならないと思う。これについて新聞は存在しないのと同じくらいだんまりを決め込むことができる。私から提案が一つある」――シンプソンは今、クーパーウッドがうまいこと集めた路面鉄道株について考えていた――「このような状況でこれ以上融資を拡大しないように、市の財務官に注意しておかないと。あっさり丸め込まれて融資を拡大するかもしれない。ヘンリー、あなたが一言言えば、これは防げると思うのだが」

 

「はい、おまかせください」モレンハウワーは厳かに言った。

 

「私の判断にしても」この気高い市民の守護者たちに訴えるというクーパーウッドのミスについて考えながら、バトラーはかなり不明瞭に言った。「面倒なことはそっとしておくのが一番だな」

 

 いざとなったら、バトラーと彼の政治家仲間たちが自分のために行動してくれるかもしれない、というクーパーウッドの夢はこうして潰えた。

 

 バトラーと別れてから、クーパーウッドのエネルギーは自分を助けてくれそうな他の人を探すことに注がれた。ステナー夫人には、もしご主人から何か連絡があったらすぐに知らせるよう言伝しておいた。ドレクセル商会のウォルター・リー、ジェイ・クック商会のアベリー・ストーン、ジラード・ナショナル銀行のデービソン頭取をさがし回った。彼らがこの状況についてどう考えているかを確認したかったのと、デービソン頭取とはすべての自分の不動産と個人資産を担保にしている融資の交渉がしたかった。

 

「わからんよ、フランク」ウォルター・リーは言った。「明日の正午まで事態がどう動くかなんてわからないって。きみの立場がわかったのはよかった。きみはやってることをやってるんだからうれしいよ――自分の財務の健全化を図ってるんだからね。とても助かるよ。僕もできる限りのことはさせてもらうよ。でもね、上司が融資の返済を求めるグループを決めちゃったら、要求しないわけにはいかないんだ、それが決まりだからね。内容が良く見えるようにせいぜい頑張るよ。シカゴが壊滅すれば、保険会社は――とにかく、何社かは――確実に倒産する。そのときは注意しろ。きみだって自分が貸した金は全部回収するんだろ?」

 

「必要な分以外はやらないよ」

 

「まあ、それがここのやり方だからな――この先もね」

 

 二人は握手を交わした。二人は互いに良好な間柄だった。リーはこの街の流行に敏感なグループに属していた。生まれながらの社交界の人間で、しっかり常識をわきまえていて、世俗的な経験も豊富だった。

 

「今だから言うけどさ、フランク」リーは別れ際に言った。「僕は常々思ってたんだが、きみは路面鉄道株を抱えすぎだよ。乗り切れたら大したものだが、こういう大変なときは痛い目に遭うからな。それと市債とで一気に儲けたんだろうけどさ」

 

 長年来の友人の目を直視して、二人は微笑んだ。

 

 アベリー・ストーン、デービソン頭取、他の人たちも同じだった。クーパーウッドがついたときには、みんなはすでに災害の噂を耳にしていた。明日はどうなるか、彼らにも確証はなかった。あまり期待できそうもなかった。

 

 そろそろモレンハウワーとシンプソンとの対面は済んだ頃だと思い、クーパーウッドはもう一度バトラーに会いに行くことにした。バトラーはクーパーウッドに何を言うべきかを考えていたが、態度によそよそしさはなかった。「おお、戻ったな」クーパーウッドが現れるとバトラーは言った。

 

「はい、バトラーさん」

 

「どうも、あなたの役には立てなかったようだ。残念だがな」バトラーは慎重に言った。「あなたが持ち込んだのは難しい仕事だ。モレンハウワーは自分の責任で市場を支えようと考えてるようだ。あの人ならやりかねないがな。シンプソンにも守らねばならない利益がある。むろん、私だって自分ために買うつもりでいる」

 

 バトラーは考えるためにいったん話をやめた。

 

「結局、大手の金融の人間との話し合いの場を設けさせることはできなかった」バトラーは慎重につけ加えた。「みんなは午前中、様子を見るようだ。でも、私があなただったら気を落とさんよ。事態がとてもひどくなれば、みんなも考えを改めるかもしれない。ステナーの件はみんなに話さなければなかった。かなりひどい状態だが、みんなはあなたが乗り切って立て直すことに期待している。私もだ。私が預けた金の件だが――まあ、午前中、様子を見よう。ある程度大丈夫なら、そのまま預けておく。その件は改めて確認してくれた方がいいな。私があなただったら、ステナーからこれ以上金を引き出そうとするのはやめておくよ。現状でもかなりひどいからね」

 

 クーパーウッドはすぐに、政治家からの援助は得られないとわかった。気になったのは、このステナーへの言及だ。ステナーにはすでに連絡――警告済みだろうか? だとすると、バトラーのところに来たのは誤った行動だった。しかし、明日、破産する可能性を考えれば賢明だった。少なくとも今、政治家たちはこっちの状況を知っている。いよいよ進退窮まったら、またバトラーのところに来ることになる――自分を助けるか助けないかは政治家たち次第だ。もし彼らが自分を助けず、自分が破産し、選挙に負けたら、それは彼らの責任だ。いずれにせよ、こっちが先にステナーに会うことができれば、まさかステナーだってこのような危機のさなかに自分の不利益になるような馬鹿なまねはしないだろう。

 

「今夜のところはお先真っ暗のようですね、バトラーさん」クーパーウッドは歯切れよく言った。「私はまだ乗り切れると思っています。とにかく、そう願っています。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。もちろん、あなた方に助けていただけるなら願ってもないことですが、できないことは仕方ありません。私にもやれることはたくさんあります。あなたができるだけ長くお金を預けたままにしておいてくれるといいのですが」

 

 クーパーウッドは元気よく出て行き、バトラーは考え込んだ。「賢い青年なんだがな。状況が悪すぎる。しかし、あいつならこれを無事に乗り越えるかもしれない」

 

 クーパーウッドが急いで帰宅すると、父親は起きていて考え事をしていた。肉親の絆で結ばれた人たちによくありがちな同情と理解を強くにじませて話しかけた。彼は父親のことが好きだった。出世のために重ねた父の惜しまぬ努力には同情した。少年時代に父親が愛情のこもった同情と関心を寄せてくれたことを忘れることはできなかった。株が大暴落しなかったら、多少弱含みのユニオン・ストリート鉄道株を担保にして、第三ナショナル銀行から借りていたお金は多分返せるだろう。クーパーウッドは何としてもこれだけは返さなければならなかった。しかし、彼の事業とともにふくれあがり、今ではさらに二十万ドル巻き込んでいる路面鉄道への父親の投資――どうすればこれを守れるだろう? この株は担保に取られていて、お金は他の投資に使われていた。それらを抱えているいくつかの銀行には、追加の担保を差し出さねばならないだろう。何をさておいても、借入金、借入金、借入金であり、これらを守る必要がある。追加の預入金を二、三十万ドル、ステナーからもらえればいいのだが。しかし、資金繰りに行き詰まる事態に直面していて、そんなことをするのは犯罪行為に等しい。すべては明日にかかっていた。

 

 九日の月曜日は、どんよりと陰鬱に始まった。クーパーウッドは朝一番の日差しとともに起床して、髭を剃り、服を着て、灰緑色のパーゴラの下を父親の家まで行った。父親も起きていて、うろうろしていた。やはり眠れなかったのだ。灰色になった眉も頭髪もかなりボサボサでだらしなく、頬髯は見られたものではない。老紳士の目には疲れがにじみ出ていて、顔色は悪かった。クーパーウッドには、父親が心配しているのがわかった。父親は、エルスワースがどこかで見つけてきたブール細工の小さな凝った書物机から顔を上げた。そこで黙々と自分の貸借対照表を作成していたのだ。クーパーウッドは顔をしかめた。父が心配しているのを見るのは嫌なのに、どうすることもできなかった。一緒に家を建てたとき彼は、父を心配する日が永遠になくなればいいと心から願っていたのだ。

 

「帳尻は合いましたか?」クーパーウッドは気さくに笑顔で尋ねた。できるだけ老父を元気づけたかった。

 

「いざというときのために、もう一度自分の資産を見直していたんだ――」父がいぶかしげに息子を見ると、フランクは再び微笑んだ。

 

「心配いりませんよ、お父さん。バトラーたちが市場を支えるように、僕がどうやったかは話したでしょ。取引所ではリヴァース、ターグール、ハリー・エルティンジに売るのを手伝ってもらいます。みんな現場のベテランです。彼らならこの難局でも慎重に対応してくれるでしょう。今回はエドとジョーを頼れないんです。売り出した瞬間に、僕の状況がみんなに知られてしまいますからね。これなら、うちの関係者は市場を売り叩こうとしている〝売り方〟に見えるでしょう、でも叩き過ぎないようにしないと。十ポイント安で売りさばけば五十万ドルくらいは作れるでしょう。マーケットはそこまで下落しないかもしれません。お父さんだってこればかりはわからないでしょう。無限に下がるわけじゃないですからね。大手の保険会社の動向がわかればいいんですが。朝刊はまだ来てませんかね?」

 

 呼び鈴を鳴らそうとしたが、使用人たちがまだほとんど起きていないことを思い出して自分で玄関まで行った。印刷したてでまだ乾ききっていない〈プレス〉紙と〈パブリック・レジャー〉紙があった。手に取って一面をちらりと見ただけで冷静さを失った。プレス紙にはシカゴの大きな黒い地図が掲載されていた。縁起でもない代物で、黒い部分が消失地区を示していた。彼はこれまでにこれほどはっきり明確な形でシカゴの地図を見たことはなかった。白い部分はミシガン湖で、シカゴ川が街をほぼ均等に――北と西と南に――三分割していた。この街がフィラデルフィアにどこか似て奇妙な配置になっていることにすぐ気がついた。ビジネス街は多分二、三マイル四方の地域で、三つの地区が出会う川の本流の南側にあり、川はそこで南西と北西の枝流が合流した後で湖に注いでいる。ここは重要な中心地だが、この地図によれば全焼していた。大きな目立つ黒い活字で「シカゴ灰になる」と脇に見出しがあった。焼け出された人たちの窮状、死者の数、財産を失った人の数の詳細がつづいて、それから、東部に波及しかねない影響を述べていた。保険会社や製造業者は、このすべての膨大な負担に耐えられないかもしれない。

 

「何てこった!」クーパーウッドは憂鬱そうに言った。「株式投機なんかに手を出すんじゃなかった。のめり込むんじゃなかった」クーパーウッドはリビングに戻って、両方の記事に注意深く目を通した。

 

 時間はまだ早かったが、それから父親と一緒に事務所に向かった。すでに十通以上のキャンセルもしくは売却の注文が彼を待っていた。そこで立っている間にメッセンジャーがさらに三通持ってきた。一通はステナーからで、一番早い便で十二時まで戻るという内容だった。クーパーウッドはほっとしたが、悩みはまだ解消しなかった。いろいろな借入金に対応するには、三時までに大金が必要なのだ。一時間一時間が貴重だった。他の誰かがステナーに会う前に、駅で会う約束をして話をしなければならない。明らかに、しんどくて、陰鬱で、骨の折れる一日になりそうだ。

 

 クーパーウッドがついたときにはもう三番街は、この事態の切迫性に呼び寄せられた他の銀行家やブローカーでごったがえしていた。疑いを抱いて先を急ぐ足音が響く――冷静な百人と動揺する百人の違いを生むのはその激しさだ。取引所は熱気に包まれていた。鐘が鳴ると、断続的に騒がしくなった。打算の極限状態にあるこの地方組織を構成する二百人が、その時間の掘り出し物の処分もしくは獲得をめぐって喚き散らしている乱戦に互いに身を投じ合う間、その金属由来の振動はまだ宙を漂っていた。利害がいろいろあり過ぎて、どのセクターで売り買いするのが一番いいのか、わからなかった。

 

 ターグールとリヴァースは商いの中心にとどまり、ジョセフとエドワードは外側をうろうろして、その株で合理的な利益をあげて売れる機会をつかむよう任されていた。〝売り方〟は売り崩す覚悟だった。モレンハウワー、シンプソン、バトラーたちの代理人が、どれだけうまく路面鉄道セクターで状況を支えるかに、株の堅調な地合いがつづくかどうかがかかっていた。昨夜バトラーが最後に言ったのは、自分たちがやれることを精一杯やるということだった。一定の水準までは買い集めるのだろう。バトラーは、彼らが市場を無制限に支える気かどうかを言おうとしなかった。モレンハウワーとシンプソンのことまで保証できないし、彼らの事情までバトラーは知らないからだ。

 

 興奮が最高潮に達したとき、クーパーウッドが現れた。入口に立って、リヴァースの目を引こうと様子を見ていると、取引所の鐘が鳴って取引が中断した。ブローカーとトレーダーは全員、取引所の事務員が発表を行う小さな張り出し席の方を向いた。そこに男が立っていた。後ろのドアは開いていた。小柄で色黒の事務員風の男は、年齢は三十八から四十くらい、痩せた体と青白い顔が冒険的な考え方を知らない几帳面な思考を物語った。右手に白い紙切れを一枚もっていた。

 

「ボストンのアメリカン火災保険会社が債務不履行に陥ったことをお知らせします」再び鐘が鳴った。

 

 すぐに新しい、さっきよりも激しさを増した嵐が始まった。月曜日の朝、一時間の調査で、保険会社が一社潰れるなら、四、五時間、いや一日二日経ったら、どうなるんだ? これは、シカゴで焼け出された人たちがビジネスを再開できないことを意味する。これは、この問題に関連する貸付金がすべて返済を求められたか、これから求められることを意味する。ノーザンパシフィック、イリノイ・セントラル、リーディング、レイクシュア、ウォバッシュの商いで、地元の路面鉄道会社のすべての商いで、さらにはクーパーウッドの市債売り場で、ずっと下落をつづける価格で千口、五千口の注文を出しつづけている怯えた〝買い方〟たちの叫び声は、関係者すべての心を砕くのに十分だった。クーパーウッドは商いがとまった隙に、アーサー・リヴァースのところへ急いだが、言えることは少なかった。

 

「モレンハウワーとシンプソンとこの連中はあまりマーケットに貢献してないようだな」クーパーウッドは深刻そうに言った。

 

「あいつらはニューヨークから忠告されたんですよ」リヴァースは真面目に説明した。「うまく支えられるはずはないんです。向こうじゃ、廃業寸前の保険会社が三社を超えるそうですから。いずれ発表されると思いますよ」

 

 二人は波乱の立会場を離れ、方策を検討した。クーパーウッドはステナーとの取り決めで、儲けを出していたいつもの仮装売買もしくは市場操作の他に、十万ドルまで市債を買い付けることができた。これはあくまで市場を支えねばならない場合の取り決めだった。クーパーウッドは今、六万ドル分購入し、これを使って自分の他の借入金を支えることに決めた。すぐにステナーがこの分の代金を払って、現金を追加してくれるだろう。これなら何とかすれば助かるかもしれない。とにかく、これで他の有価証券を値固めできれば、少なくとも捨て値よりもましなレートで何かを少し現金化する時間を稼げるかもしれない。せめてこの市場で〝空売り〟という手段があったらなあ! 今の自分の立場が、それをやっても破産をまったく意味しなかったらなあ! 現在の義務のせいで必然的に自分を破滅に追い込むかもしれないものが、少し違う条件下なら、どうすれば自分に大きな収穫をもたらすことができたかを、この危機に陥っているときでさえ考えていたのが、この男らしかった。しかし自分にはこの手段が使えない。この市場では両建てができないのだ。〝売り方〟と〝買い方〟があるのに〝買い方〟でしかいられない。変な話だが事実だ。自分の凄腕はここでは役に立たないのだ。自宅を担保にすればお金を貸してくれるかもしれないある銀行家に会いに行こうと振り返ろうとしたとき、また鐘が鳴った。再び取引が停止した。アーサー・リヴァースが州の有価証券取扱所の席から何か言いたげな顔を彼に向けた。そこでは州債が売られ、彼はクーパーウッドのために買い取りを始めていた。ニュートン・ターグールがクーパーウッドの傍らに駆け寄った。

 

「あなたは流れに逆らってますよ」彼は叫んだ。「私ならこのマーケットに逆らって売ろうとはしませんけどね。無駄ですよ。向こうは、あなたの足もとを崩しにかかってるんですから。底が抜けてます。数日中にきっと事態は好転しますって。持ちこたえられないんですか? ほら、さらに厄介なのが来ましたよ」

 

 彼は広報担当のいる張り出し席に目を向けた。

 

「ニューヨークのイースタン&ウエスタン火災保険が債務不履行に陥ったことをお知らせします」

 

「えーっ!」に似た低い声がわき起こった。広報担当が小槌を打ち下ろして秩序を促した。

 

「ロチェスターのエリー火災保険が債務不履行に陥ったことをお知らせします」

 

 再度「えーっ!」の声。

 

 再び、小槌が鳴った。

 

「ニューヨークのアメリカン信託銀行が支払いを停止しました」

 

「えーっ!」

 

 嵐は続いた。

 

「どう思いますか?」ターグールが尋ねた。「この嵐に立ち向かうなんて無理ですよ。売るのをやめて二、三日持ちつづけることはできないんですか? 何で空売りしないんですか?」

 

「ここを閉鎖すべきなんだ」クーパーウッドはぽつりと言った。「それが一番の解決策だろう。そうすれば何もできなくなるんだから」

 

 自分と同じような窮地にいて、持っている影響力を使えばそれを実現できるかもしれない人たちに相談しようとクーパーウッドは先を急いだ。これは、この下げ相場が自分たちの目論見に有利だとさっそく見抜いて、大儲けしている人たちに仕掛けるべき手痛い策略だ。では、自分にとっては何だろう? 仕事は仕事だ。捨て値で売っても仕方がないので、部下たちには中止を指示した。銀行がよほど自分に好意を示すか、証券取引所が閉鎖されるか、あるいはすぐにステナーが追加の三十万ドルを自分に預けるよう仕向けられない限り、破産だ。これの実現――取引所の閉鎖――を提案しながら、いろいろな銀行家やブローカーを訪ねて街中を奔走した。ステナーに会うために、十二時数分前に駅に急行したが、残念なことに、ステナーは来なかった。列車に乗りそこねたようだ。クーパーウッドは何か策略の予感がしたので、市役所とステナーの自宅にも行くことにした。おそらくステナーはすでに戻ってきていて自分を避けようとしている。

 

 職場で見つからなかったので、自宅に直行した。ここで、とても顔色が悪く、ひどく取り乱した様子でちょうど出てきたステナーに出くわしてもクーパーウッドは驚かなかった。ステナーはクーパーウッドを見て真っ青になった。

 

「あれ、こんにちは、フランク」ステナーはおどおどして叫んだ。「どこから来たんだい?」

 

「どうしたんですか、ジョージ?」クーパーウッドは尋ねた。「ブロード・ストリートに向かっているものだと思ってましたよ」

 

「そうだったんだけどさ」ステナーは間抜けな返事をした。「西フィラデルフィアで降りて、服を着替えようと思ったんだ。今日の午後はやることがまだたくさんあるからね。きみに会いに行くところだったんだよ」クーパーウッドの緊急電報を受け取った後で、この反応は愚かしかったが、この若い銀行家はそれを聞き流した。

 

「いいですか、ジョージ」クーパーウッドは言った。「とても重要な話があるんです。電報でパニックの可能性について伝えましたよね。始まったんです。一刻の猶予もありません。株価は暴落中で、私の借入金のほとんどは返済を迫られています。金利四、五パーセントで三十五万ドルを数日の間貸してもらえないか、お伺いしたい。全額お返しします。どうしても必要なんです。それがないと私は破産するかもしれない。それがどういうことかわかりますよね、ジョージ。私が持ってるお金がすべて凍結されてしまうんです。あなたの路面鉄道株が私もろとも凍結されるんです。それをあなたに現金化させることができなくなるんです。そして、市から借りた私の金までまずいことになります。あなたがお金を戻せなくなるんです。それが何を意味するかおわかりでしょ。私たちはこれを一緒にやってるんですからね。あなたが無事に切り抜けるのを見届けたいのですが、あなたが助けてくれないと私にはできません。昨夜はバトラーのところへ行って彼のお金の件を確認しなければならなかった。私は他の融資先からお金を調達するために精いっぱいがんばってるところなんです。でも、あなたが助けてくれないと、残念ながら、私にはこの件を切り抜ける見通しが立てられないんです」クーパーウッドはいったん話をやめた。クーパーウッドは相手が拒否する前に、この件のすべてをはっきりと簡潔に説明したかった――これが自分の窮地であることを相手に認識させたかった。

 

 実は、クーパーウッドが強く抱いていた疑念はまさに的中していた。ステナーには手がまわされていた。前夜、バトラーとシンプソンが帰宅した直後にモレンハウワーは、とても有能な秘書のアブナー・セングスタックを呼んで、ステナーの居場所に関する確かな情報をつきとめさせた。次にセングスタックは、ステナーと一緒にいるストロビクに長い電報を打ち、クーパーウッドに注意するよう警告を促した。公金の件は知られた。ステナーとストロビクはウィルミントンでセングスタックと落ち合うことになった(これはクーパーウッドが先にステナーと接触しないようにするためだった)――そして事の全貌が完全に明らかにされた。逆らえば起訴だと言われ、これ以上お金が使われることはなくなった。誰かに会いたければ、ステナーはモレンハウワーに会わなければならなかった。セングスタックはストロビクから、翌日の正午に到着する予定であることを知らせる電報を受け取り、ウィルミントンまで出向いて彼らと会った。その結果、ステナーは市のビジネス街の中心部には直行せず、代わりにまず服を着替えに自宅に行き、それからクーパーウッドに会う前にモレンハウワーに会うことになった。ステナーはひどく怯え、考える時間を欲しがった。

 

「無理だよ、フランク」ステナーは泣き言を言った。「この件で私はかなりまずいことになってるんだ。モレンハウワーの秘書がついさっきウィルミントンで列車を待ち伏せして、この問題で警告してきてね。ストロビクだってこれには反対するよ。向こうは私の貸付残高まで知っているんだ。きみか誰かが話したんだよね。私はモレンハウワーには逆らえないよ。ある意味、私があるのはすべて彼のおかげだからね。彼が私をこの地位につけてくれたんだ」

 

「いいですか、ジョージ。こういうときは何をするにしても、そういう政治的忠誠心で自分の判断力を曇らせないことだ。あなたはとても深刻な立場にいる。私もです。もし今、私と一緒に自分のために行動しなければ、あなたのために行動してくれる人は誰もいないんですよ――今もこれからも――誰もいません。後になってからでは手遅れなんです。昨夜バトラーのところへ行き、私たち二人を助けるようお願いして、それがわかりました。向こうは全員、私たちの路面鉄道買収の一件を知っています。私たちを振り落としたいんですよ。大なり小なりそれが原因です――それ以上でも以下でもない。こういう勝負、こういう特殊な状況では、食うか食われるかです。みんなを敵に回して自分たちを守るか共倒れするかは、自分たち次第なんです。私はそれを言うためにここにいます。モレンハウワーは今日のあなたを、あの街灯の柱ほども気にかけてはいませんよ。彼が気にしているのは、あなたが私に出したお金ではなく、誰がそれで何を手に入れたかなんです。向こうは私たちが路面鉄道を買収中なのを知っています。わかりませんか、向こうは私たちがそれを手に入れることを望んでません。いったん私たちの手からそれを取り上げてしまえば、あなたや私なんかのために一日だって無駄にしてくれませんよ。あなたにはそれがわからないんですか? 投資したものをすべて失ったとたんに、あなたも私もおしまいです――そして、誰もあなたや私のために政治的に、あるいはその他の手段でも、手を差し伸べてはくれませんよ。そこのところを理解してほしいんです、ジョージ。だってそれが真実ですから。モレンハウワーが言うから何かをやるとかやらないとか言う前に、あなただって私があなたに言わなくてはならないことをよく考えたいでしょ」

 

 クーパーウッドは今ステナーの前に立って相手の目を直視し、自分の精神的手段の相手を動かす力を使って、最終的にそれがステナーに与える影響がどれほど少なかろうとも、自分(クーパーウッド)を救えるかもしれない一歩をステナーに踏み出させようとした。そして、もっと興味深いのは、彼は心配していなかった。このとき彼がわかっていたように、ステナーは、誰であろうとそのとき居合わせた相手の言いなりだった。モレンハウワー氏、シンプソン氏、バトラー氏を差し置いて、できればステナーを自分の手中に収めておこうとクーパーウッドは考えた。そして、まるで蛇が鳥を見るように相手を見ながらその場に立って、やれるのならステナーを私利私欲に走らせてやろうと決めた。しかしステナーはその時、手の施しようがないほどひどく怯えていた。顔はすっかり青ざめ、まぶたと目のふちは腫れぼったく、手と唇は湿っていた。ああ、何て穴におちてしまったんだ! 

 

「大丈夫だと言ってくれよ、フランク」ステナーは必死に叫んだ。「きみの言うとおりなのは私だってわかってるよ。でも、もしその金をきみに渡したら、私と私の立場はどうなる。彼らは私に何だってできるし何だってやるだろうよ。私の身にもなってくれよ。きみが私に会う前にバトラーのところへ行きさえしなければよかったんだ」

 

「あなたが鴨撃ちに出かけていたときに、私があなたに連絡を取りたい一心で、わかった場所に手当たり次第に電報を打っていたときに、まるで私があなたに会えたかのようですね、ジョージ。私はどうすればよかったんですか? 状況に合わせるしかなかったでしょ。それに、バトラーは実際よりももっと私に好意的だと思ったんです。でも、私がバトラーのところへ行ったことを今さら怒っても仕方がないでしょ、ジョージ、とにかく、今のあなたに怒ってる余裕はありませんよ。私たちは一蓮托生なんですから。沈むにしろ泳ぐにしろ私たち二人だけの問題なんです――他の誰でもなく――私たちだけなんですよ――わからないんですか? 私がバトラーにしてもらいたかったことは――モレンハウワーとシンプソンに市場を支えてもらうことは――バトラーにはできなかったか、やろうとしなかったんです。それどころか、売り叩いているんです。向こうには向こうの思惑があるのでしょう。私たちを振り払おうとしてるんですよ――あなたにはそれがわからないんですか? あなたと私が集めたものをすべて奪う気なんです。私たちを救えるのは、あなたと私だけなんですよ、ジョージ、だから私は今ここにいるんです。もしあなたが私に三十五万ドル――とにかく三十万ドル――渡してくれなければ、あなたと私は破滅します。私よりもあなたの方がひどいことになるんですよ、ジョージ、私はこの問題に一切関与していないんですから――とにかく法的には関係ないんです。でも、私が考えているのはそういうことじゃありません。私がやりたいのは、私たちを救うことなんです――向こうが何を言おうが何をしようが、私たちの残りの人生をすごしやすくすることなんです。私たち二人がそれを実現するためには、私が協力して、あなたが力を発揮しないとなりません。あなたにはそれがわからないんですか? 私は自分の事業を守りたい。そうすれば、あなたを救えてあなたの名前とお金を守れるんです」これがステナーを納得させたことを期待して、クーパーウッドは話をやめたが、ステナーはまだ震えていた。

 

「だけど私に何ができるんだい、フランク?」ステナーは弱音を吐いた。「モレンハウワーには逆らえないよ。そんなことをすれば私は起訴されちゃうんだ。とにかく、向こうにはそれができるんだ。だから私にこれはできないよ。私はそんなに強くはないんだから。もし向こうが知らなかったら、きみさえ彼らに言わなかったら、話は違ったかもしれない、でもね、こうして――」ステナーはしょんぼりと首を振った。灰色の目が青白い苦悩でいっぱいになった。

 

「ジョージ」ここは厳しく言って聞かせない限り効果はないとようやく気づいたクーパーウッドは答えた。「私がやったことを蒸し返さないでください。私は自分がやらなければならないことをやったまでです。あなたは理性と勇気を失い、ここで重大なミスを犯す危険な状態にいる。あなたがそういうミスを犯すところを私は見たくないんです。私はあなたのために市の公金五十万ドルを投資に使ってます――一部は私のためですが一部はあなたのためです。でも私よりもあなたのためにしたことなんです」――ちなみに、これは事実ではない――「なのに、あなたはここでこういう時に、自分の利益を守るか守らないかで躊躇している。私にはそれが理解できない。これは危機なんです、ジョージ。株価は全セクターで暴落している――みんなの株がです。これはあなただけの問題ではない――私だけでもない。これは火事によって引き起こされたパニックなんですから。だから自分で自分の身を守らない限り、生きてこのパニックを抜け出すことはできません。モレンハウワーのおかげでこの地位があるとか、モレンハウワーのすることが怖いとあなたは言いますが、自分の状況と私の状況を考えれば、私が破産しない限り、向こうが何をしようと大して違わないことはあなたにだってわかるでしょう。私が破産したら、あなたはどうなりますか? 誰があなたを起訴から救うんですか? モレンハウワーか他の誰かが進み出て、あなたのために五十万ドルを市に返納してくれますか? あいつはしませんよ。モレンハウワーたちがあなたの利益を一番に考えるのであれば、どうして彼らは今日、取引所で私を助けてくれないんですか? その理由を説明しましょう。彼らは、あなたと私の路面鉄道株が欲しいんです。後であなたが刑務所に行こうが行くまいが関係ありません。さあ、あなたが賢明なら、私の言うことを聞いてください。私はずっとあなたに忠実でしたよね? あなたは私を介して儲けましたよね――たっぷりと。ジョージ、あなたが賢明なら、オフィスに行って、他の何をさておいても、とにかく三十万ドルの小切手を私宛に書いてください。それが済むまでは、誰にも会わず何もしないことです。親羊を盗めば縛り首なんですから、子羊を盗んだところで、もはや縛り首になりようがありません。誰もあなたがその小切手を私に渡すのを妨げることはできないんです。あなたは市財務官なんですよ。これさえ手に入れば、私にはこの窮地を脱する道筋が見えるんです。これは来週か再来週には全額返します――その頃にはこのパニックはきっと収まっていますから。それを金庫に返しておいて、少しすれば五十万ドルについても見通しは立てられますよ。私なら三か月かそれ以内で、あなたがお金を返納できるように用意できます。実際、私が再起すれば十五日でやれますよ。私が欲しいのは時間だけなんです。金さえ返してしまえば、あなたは持ち株を失うことはないし、誰もあなたを困らせることはできません。向こうだってあなた以上にスキャンダルを起こしたくはないんですから。さあ、どうします、ジョージ? 私があなたに強制できないのと同じように、モレンハウワーにもあなたがこれをやるのをとめられません。あなたの人生はあなたの手の中にあるんです。どうしますか?」

 

 自分の資産が血を流してなくなりつづけているのに、実は、ステナーは馬鹿みたいにそこに立って考え込んでいた。ステナーは行動するのが怖かった。モレンハウワーが怖くて、クーパーウッドが怖くて、人生や自分自身が怖くてたまらなかった。パニックや損失を考えても、自分の財産やお金にはあまり明確に結びつかないのに、地域社会での自分の社会的、政治的立場には結びつくのだ。資本家的な感覚を、強く発達させた人はあまりいない。富の支配者であることや、社会活動の源泉を解放することや、交換の媒体を持つことが、どういうことなのかを知らない。人はお金を欲しがるが、お金自体が目当てなのではない。人はお金で単純に楽に買えるものが目当てでお金を欲しがるが、資本家はお金が支配するものが目当てでお金を欲しがるのだ――威厳や影響力や権力の形でお金が象徴するものが欲しいのだ。クーパーウッドが欲しいのはそういう形でのお金だが、ステナーは違った。だから、ステナーはみずから進んでクーパーウッドに自分の代行をさせてしまった。そして、クーパーウッドが目論んでいる事の重大性がこれまで以上にはっきりとわかった今、彼は怖くなった。しかもモレンハウワーはおそらく反対して激怒するだろうし、クーパーウッドは破産するかもしれないし、本当の危機に立ち向かう能力が自分にはない、などが重なって理性が働かなかった。クーパーウッドの天性の金融の才能でも、この時のステナーを安心させることはできなかった。この銀行家は若すぎるし新人もいいところだ。モレンハウワーの方が年も財力も上だった。シンプソンもバトラーもそうだ。自分の富を持つこの男たちは、ステナーの世界の大きな力、大きな基準の象徴だった。そのうえ、クーパーウッド自身が、自分はとても危険な状態だ――切羽詰まっている、と告白したではないか。この状況ではこれしかやりようがなかったが、これはステナーに向かって言うには最悪の告白だった。ステナーには危険に立ち向かう勇気などまったくないのだから。

 

 だから今、ステナーはクーパーウッドのそばで立ち尽くして、考え込んでいた――青ざめ、脱力状態だった。自分の利益の命脈を即座に見抜けず、はっきりと確実に力強くたどることができなかった――ステナーの事務所に向かう間はこんな調子だった。クーパーウッドは直談判を続けるためにステナーと一緒に事務所に入った。

 

「ねえ、ジョージ」クーパーウッドは真剣だった。「返事を聞かせてください。時間がないんです。一刻の猶予もありません。お金を渡してください。そうすれば私はすぐにこの状態を抜け出せるんです。言っておきますが、我々には時間がない。あいつらの脅しに乗ってはいけません。あいつらはあいつらのちっぽけな勝負をしていればいい。あなたはあなたの勝負をすればいいんです」

 

「無理だよ、フランク」ステナーは結局、弱音を吐いた。モレンハウワーのいかつい有無をも言わせぬ顔を思い出すと、自分の投資の行方についての彼の判断力はいったんねじ伏せられた。「考えないといけない。今すぐ実行するのは無理だ。ストロビクは、きみに会う前に帰ったばかりだし――」

 

「おい、おい、ジョージ」クーパーウッドは呆れて叫んだ。「ストロビクの話なんかよしてくれ! あいつに何の関係があるんです? 自分のことを考えてください。自分がどうなるかを考えるんです。自分の将来ですよ――ストロビクのじゃなく――あなたはそれを考えなくてはいけない」

 

「わかってるけどさ、フランク」ステナーは弱腰でも譲らなかった。「本当に、どうしたらいいのかわからないんだ。正直言ってわかんないよ。きみは自分でも、これをうまく乗り切れるかわからないって言ってるじゃないか。それにあと三十万、あと三十万って。できないよ、フランク。本当に無理なんだ。こういうのはよくないってば。それよりも、とにかく、まずモレンハウワーと話がしたい」

 

「おい、よくそんなことが言えるな!」隠しきれない軽蔑を浮かべた目で相手を見ながら、クーパーウッドは怒りを爆発させた。「じゃあ、そうすればいい! モレンハウワーに会えばいい! あいつの利益にしかならない自分の喉の切り方を教えてもらえばいい。私に三十万ドルの追加融資をするのは正しくないが、すでに貸した五十万ドルを守りもせず放置して失うのは正しいんですね。それは正しいんですね? あなたがやろうとしているのはそういうことなんです――それを失って、他のすべてのものまで失うんです。私はそれがどういうことかをあなたに話したい、ジョージ――あなたは正気を失っている。モレンハウワーからたった一言言われただけで死ぬほど怯えている。そしてそんなもののために、自分の財産も名声も地位も――すべてを――危険にさらそうとしている。私が破産したらどうなるか、あなたは本当にわかっているんですか? あなたは囚人になってしまうんですよ、ジョージ。刑務所に行くんですよ。このモレンハウワーという男は、今は素早く立ち回ってあなたに禁止事項を言うくせに、いったんあなたが倒れたら、絶対にあなたに手を差し伸べてはくれませんよ。でも、私ならどうです――私はあなたの力になってきたでしょ? 今まで私はあなたが満足できるようにあなたの仕事を手がけてきたじゃありませんか? 一体どうしてしまったんです? あなたは何を恐れているんですか?」

 

 ステナーがまた弱音を吐こうとしたとき、外の事務室のドアが開いて、ステナーの首席事務官のアルバート・スターズが入ってきた。ステナーはすっかり動転してしまい、このときは本当にスターズにまで気が回らなかったが、クーパーウッドがみずから対応にあたった。

 

「どうしました、アルバート?」クーパーウッドは親しげに尋ねた。

 

「モレンハウワーさんのところからセングスタックさんが、ステナーさんに会いに来られました」

 

 ステナーはこの恐ろしい名前を聞いて葉っぱのようにしおれた。クーパーウッドはそれを目撃した。三十万ドルを手に入れる最後の望みがこの瞬間に潰えたかもしれないと悟った。それでも、クーパーウッドはまだあきらめるつもりはなかった。

 

「では、ジョージ」ステナーがすぐにセングスタックに会う、という指示を受けてアルバートが退室した後、クーパーウッドは言った。「事情はわかりました。この男が気になって仕方がないんですね。今のあなたでは自分のために行動するなんて無理だ――怯えきっていますから。しばらくはそっとしておきますよ。でも私は戻って来ます。お願いだから、しっかりしてください。これがどうなるのかを考えてください。もしわからなければ、どうなるのか、私が正確に教えてあげますよ。行動すればあなたは押しも押されもしない金持ちになります。行動しなければ囚人になるでしょう」

 

 バトラーに再会する前に、街でもうひと頑張りしようと決心したクーパーウッドは、颯爽と外に出て、外で待機していた軽快なバネの効いた馬 車(ランナバウト)――脚を高らかとあげる若い鹿毛の雌馬に引かれた、座席が黄色い革のクッションの、黄色いぴかぴかのすてきな小型車――に飛び乗った。そして、クーパーウッドはドアからドアへと馬車を走らせ、無造作に手綱を放り投げ、銀行の階段を駆けのぼったり、事務所のドアに飛び込んでいった。

 

 しかし、すべて無駄足だった。どこも関心を示し、考えてはくれたが、事態はとても不透明だった。ジラード・ナショナル銀行は一時間の猶予もくれなかった。クーパーウッドはここでの株の評価損を補うために、手持ちの一番価値のある有価証券を大量に送らなければならなかった。二時に父親から、第三ナショナル銀行頭取として十五万ドルの返済を請求しなければならない、という連絡が入った。経営陣がクーパーウッドの株に疑いを抱いたのだ。クーパーウッドはただちにその銀行にある自分の預金五万ドルを原資とした小切手を書き、利用可能な事業資金二万五千ドルを取り崩し、ティグ商会に対して五万ドルの返済を求め、試しに手がけたグリーン=コーツ鉄道六万株をその価値の三分の一で売却し、このすべてをまとめて第三ナショナル銀行へ送り届けた。父親はある立場からは大いに胸をなでおろしたが、違う立場からは悲嘆に暮れて落ち込んだ。自分の資産がどれほどのものになるかを確認するため、正午に急遽外出した。ある意味ではこれをすることによって彼は自分の評判に傷をつけていた。しかし自分の金銭的な利害はもちろん、親心が絡んでいた。自宅を抵当に入れ、家具、馬車、土地、株式などを担保にして、現金十万ドルを調達し、フランクの信用を保つために自分の銀行に預けた。しかしこれは、渦巻く嵐の中で風上にとても軽い錨を投げるようなものだった。フランクは、借入金のすべてを少なくとも三、四日延ばしてもらおうと考えていた。月曜日午後二時、自分の状況を再考しながら、クーパーウッドは思案に暮れた厳しい表情で独り言を言った。「うーん、ステナーが三十万ドル貸してくれないとな――こうなるとそれしかない。それに、そろそろバトラーにも会わないとならない。さもないと三時前に金を返せと向こうから言ってくるぞ」

 

 クーパーウッドは急いで外に飛び出すと、一目散にバトラー邸へと駆けつけた。

 


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