第23章
そして、共感と理解の絆が弱まるどころか一層強くなっていったこの秘密の関係が始まって数年後に、嵐が襲来した。予期せぬ勃発、青天の霹靂であり、個人の意図や意志はまったく関係がなかった。これは火事以外の何物でもなかった。遠くの火事――一八七一年十月七日のシカゴ大火。これはその都市――その広大な商業地区を焼け野原にして、瞬く間に、ことのついでに、アメリカの他の各都市に短期間だったが、たちの悪い金融恐慌を引き起こした。土曜日に始まった火事は、翌週の水曜日まで衰える気配もなく燃え続け、銀行、商業施設、港湾設備、広大な範囲に及ぶ土地建物を破壊した。最大の損失を被ったのは、やはり保険会社で、たちまち、多くの会社が――大半が――店を閉めた。これが損失を投げ返し、シカゴの商人だけでなく、シカゴと取引があった他の都市の製造業者や卸売業者まであおりを受けた。また、シカゴがすでにこの大陸のすべての都市と張り合うほどになっていた商業用や住宅用の豪華な建物を、過去何年も所有もしくは多額の抵当権を設定していた、東部の資本家の多くもかなり悲惨な損失を被った。交通機関は混乱をきたし、ウォール街、フィラデルフィアの三番街、ボストンのステート・ストリートの鋭い嗅覚は、初期の報道ですぐに事態の深刻さを察知した。取引所が閉まった後の土曜日と日曜日は何もできなかった。第一報が遅すぎたのだ。しかし、月曜日に続報がどんどん入ってきた。鉄道株、国債、路面鉄道株、その他のあらゆる種類の株式と債券を持つ者は、現金を調達するためにそれらを市場に放出し始めた。銀行は当然、融資の返済を要求した。その結果、二年前のウォール街のブラックフライデーに匹敵する株の暴落が発生した。
火事が発生したとき、クーパーウッド親子は町を出ていた。数名の友人――銀行家――と一緒に、融資対象の地元の蒸気鉄道の延長案のルートを下見に行っていた。馬車でルートの大部分を走り、日曜日の夕方遅くフィラデルフィアに戻る途中で、「号外」を売り歩く新聞配達の叫び声が耳に届いた。
「おーい! 号外だ! 号外だ! シカゴ大火の全貌だよ!」
「おーい! 号外だ! 号外だ! シカゴが焼け落ちた! 号外だ! 号外だよ!」
叫び声は長々と引き伸ばされ、不吉で、悲愴感があった。街が安息日の瞑想か祈りで静まり返ってしまったような、わびしい日曜日の午後の夕闇の中にいると、木の葉や空気に漂う年の瀬のようなあの気配と一緒に、人は何かぞっとする陰鬱なものを感じた。
「おい、君」クーパーウッドはこれを聞くと、新聞の束を小脇に抱えて角を曲がろうとする少年のみすぼらしい服が合ってないのを目にとめながら、声をかけた。「何だって? シカゴが燃えているって!」
新聞に手を伸ばし、重々しい態度で父親と他のメンバーを見て、それから見出しをちらっと見て事態が最悪なのを悟った。
シカゴ全焼
昨夜、商業地区で発生した火災、鎮火の目処立たず。銀行、商業施設、公共設備、廃墟と化す。直通電信、本日三時より不通。災害の終息、見通せず。
「かなり深刻なようだ」クーパーウッドは自分の連れに冷静に言った。冷たい圧倒的な力が彼の目と声に入り込んだ。その少し後で、父親に言った。「銀行と証券会社が一致団結しない限りパニックになりますね」
自分の突出した債務について、迅速に、鮮やかに、ありったけの知恵を絞って、考えていた。父親の銀行は、十万ドル分の路面鉄道株を評価額の六十パーセント、五万ドル分の市債を七十パーセント、で預かっている。父親は、これらの株式の市場操作をまかなっている現金を四万ドル以上出資してくれた。ドレクセル銀行は十万ドルの債権者として帳簿に載っている。よほど慈悲深くない限り、この融資は返済を求められるだろう。慈悲深いなんてことはあり得ないからだ。ジェイ・クック商会もまた十五万ドルの債権者だ。彼らも返済を求めるだろう。四つの小さな銀行と三つの証券会社に、五万ドル以下の債務がある。市財務官は五十万ドル近く関わっていて、これが露見すればスキャンダルに発展する。州財務官の分は二十万ドルだ。小口の口座が数百あって、金額は百ドルから五千ドル、一万ドルの範囲だ。パニックは預金の引き出しや融資の返済だけでなく、株の大暴落を引き起こすだろう。どうすれば、自分の有価証券を現金化できるだろう?――これが問題だ。財産が吹き飛ばされ、自分が破滅するほどの大幅安で売らずに済ますには、どうすればいいだろう?
クーパーウッドはてきぱき考えた。その一方で、我が身の窮地に愕然として慌てて立ち去る友人たちに手を振って別れを告げた。
「お父さんは帰った方がいいでしょう。ぼくは電報を打ってきます」(電話はまだ発明されていなかった。)「すぐに帰ります。この件を一緒に考えましょう。どうも雲行きが怪しくなってきたようです。話し合いが済むまでは誰にも何も言わないでくださいね。そのときに、どうすればいいかを決めましょう」
ヘンリー・クーパーウッドは混乱し困った様子で、すでに頬髯をむしっていた。息子と深く関わっていたため、息子が破産したら自分はどうなるのだろうと考え込んでいた。息子に便宜を図るために、すでに仕事でいろいろと無理をしていたので、怖くなって、今は顔色が少し悪かった。もしフランクが明日、銀行がしなければならなくなるかもしれない十五万ドルの返済請求に速やかに応じられなかったら、その責任と不名誉は自分がかぶることになるのだ。
その一方で、彼の息子は、市財務官との関係で自分が今置かれている複雑な立場と、自分一人では市場を支え切れない事実をじっくり考えていた。自分を助ける立場にいたはずの人たちまで、今や自分と同じくらいひどく困っている。状況全体が不都合なことばかりだ。ドレクセル商会は鉄道株を急騰させていた――それを担保に多額の融資をしていた。ジェイ・クック商会はノーザン・パシフィック鉄道を後押ししていた――事実上単独でその大陸横断鉄道の建設に全力を注いでいた。もちろん、この株を長期保有していたから、微妙な立場にいる。第一声で彼らは自分たちの投機的な持ち株を守るために、最も手堅い有価証券――国債など――を投げ売りするだろう。売り方はそこに目をつける。やつらは叩きまくるだろう。流れに乗って全部空売りしてくるはずだ。しかし、こっちはそれをするわけにはいかない。たちまち自滅するからだ。必要なのは時間だ。時間を――三日、一週間、十日――稼げさえすれば、この嵐は必ず吹きやむだろう。
クーパーウッドを一番悩ませていたのは、ステナーに投資を託された五十万ドルの問題だった。秋の選挙が迫っていた。ステナーは二期務めていたが、再選を目指していた。市の財政に関わるスキャンダルは大打撃になる。そうなれば、ステナーの公職のキャリアは完全に終わってしまう――刑務所送りになる可能性がかなり高い。共和党勝利のチャンスをつぶしかねない。これに大きく関係していたとして、確実にこっちまで巻き込むだろう。そうなったら、対策を考えなくてはならない政治家をかかえることになる。もし切羽詰まって破産したら、政治家たちが神聖視していた市の路面鉄道の領域に、借りた市の金で私が侵入しようとしていた事実や、この借り入れの問題が市議会選挙で政治家にツケを払わせることになりそうな事実が、すべて明るみに出てしまう。政治家がこのすべてを大目に見ることはないだろう。私は金利二パーセントで借りていたとか(このほとんどには自分を守るためにそういった予防線が張ってあった)、ステナーの代理人として行動していただけだとか、言えたとしても言うだけ無駄だろう。これは、外の世界の世間知らずには通用するかもしれないが、政治家に鵜呑みにされることはない。政治家はそういう連中と違って物知りなのだ。
しかし、この状況にはクーパーウッドを勇気づけるもう一つの側面があった。彼は、市政全般がどういうふうに機能しているかを知っていた。こういう危機では、どんな政治家がどれほど偉そうな態度で、横柄に、権柄ずくな物言いをしても無駄である。大なり小なり政治家はすべて、市の特権で何かしら利益を得ていた。彼の知るところでは、バトラー、モレンハウワー、シンプソンは、さまざまな契約で金を儲けていた――役得と見られるかもしれないが合法だった。また、土地の税や水の税といった税金の形で徴収された巨額の金からも利益を得ていた――こういう金は、市の公金の正規の預託先としてこれらの人たちに指定されたいろいろな銀行に預けられた。銀行は親切にも市の公金を金庫に保管し、利息を一切払わず、それから投資に回した――誰のためになるのだろう? クーパーウッドには文句のつけようがなかった。いい扱いをされていたからだ。しかしこういう人だちだって市の利益をすべて独占できるとは予想できなかった。彼はモレンハウワーやシンプソンを個人的には知らなかったが、彼らがバトラーと同じように、彼がやった市債の市場操作で金を儲けたことは知っていた。それに、バトラーはクーパーウッドに極めて友好的だった。この危機に際して、最悪の事態になっても、自分ならバトラーに洗いざらい打ち明ければ助けてもられる、と彼が考えたのも無理はなかった。ステナーの助けで密かに乗り切れない場合はこれでいこう、とクーパーウッドは腹を決めた。
まずは、ただちにステナーの家に行き、三、四十万ドルの追加融資を頼むことにした。ステナーはいつもとても扱いやすかった。今回の場合、五十万ドルの不足を公にしないことが、いかに重要かわかるだろう。それから、できるだけ多くの金を手に入れなければならない。でも、どこで調達すればいいんだ? 銀行や信託会社の社長、大手の株式仲買業者などに面会しなければならないな。それから、バトラーから預かっている借入金が十万ドルある。この請負業者の老人なら、これをそのままにしておくように説き伏せられるかもしれない。クーパーウッドは急いで自宅に戻り、馬車を確保すると、ステナー邸へ駆けつけた。
ところが、ほとほど困った狼狽する事態が判明した。ステナーは町にいなかった――鴨狩りや釣りをしに友人たちと一緒にチェサピークに出かけていて、数日戻って来そうもなかった。どこかの小さな町の奥の湿地帯にいるのだ。クーパーウッドは、最寄りの局に至急電報を打ち、さらに念のために近隣の数か所の他の局にも打って、すぐ戻るように要請した。しかし、ステナーが間に合うように戻るかは定かではなく、ひどく困惑してしまい、次の一手がどうなるかしばらく決まらなかった。どこからか、すぐにでも支援を受けなければならない。
突然、妙案が浮んだ。バトラー、モレンハウワー、シンプソンは地元の路面鉄道株を保有していた。この状況を持ちこたえて、自分たちの利益を守るためには団結しなければならない。彼らならドレクセル商会やクック商会などの大物銀行家に会って、市場を支えるように働きかけることができる。買い支えのグループを作って、事態を全体的に強化できる。もしそうなれば、彼らの下支えに隠れて、自分がこの場を切り抜けるのに十分な量を売って、さらに空売りして、ひと儲け――丸儲け――させてもらえるかもしれない。これは名案だ。もっと大きな立場が得られるかも。唯一の欠点は実現性が必ずしも確実ではないことだ。
クーパーウッドはすぐにバトラーのところへ行くことにした。唯一の気がかりは、これで自分とステナーの企てを明かさざるを得なくなることだ。再び馬車に乗り、急いでバトラー邸へと走らせた。
到着したとき、高名な請負業者は食事中だった。バトラーは号外の叫び声を聞いてはいなかったし、当然、火事の意味もまだ理解していなかった。使用人がクーパーウッドの来訪を告げると、バトラーは玄関に行き笑顔で迎えた。
「中に入って一緒にどうです? ちょうど軽い夕食を取ってる最中なんだ。コーヒーかお茶でも飲んでください――さあ」
「いえ」クーパーウッドは答えた。「今夜はそうもしていられません。立て込んでいましてね。ほんの少しだけお時間をください。私はまた出かけなくてはなりません。そう長くはお引き止めしません」
「まあ、そういう事情なら、さっそくうかがおうか」バトラーはナプキンを置きにダイニングルームに戻った。同じように食事をしていたアイリーンは、クーパーウッドの声を聞いて、会うチャンスをうかがった。夜分こんな時間に父に会いにくるとは何事だろうと考えた。すぐにはテーブルを離れられなかったが、彼が帰る前に会いたかった。この迫り来る嵐に直面してもなお、クーパーウッドは妻や他のいろいろなことを考えながら、アイリーンのことを考えていた。もし自分の仕事がいっぺんにつぶれたら、自分に関わった人たちまで大変なことになる。惨事もこの最初の雲行きの段階では、事態がどうなるかはわからなかった。彼はこれについて必死に考えたが、パニックに陥ることはなかった。生まれつき均整のとれた顔に、品のいい古典的な皺が刻まれ、目は冷めた鋼鉄のように険しかった。
「さて」戻ってくるなりバトラーは声をあげた。彼の表情は、今あるこの世界と明らかに良好な関係であることを表していた。「今夜はどうしました? 悪い知らせでないといいが。良すぎるほどの一日だったからね」
「あまり深刻なことではないと自分では願ってますが」クーパーウッドは答えた。「とにかく、数分でいいからお話したいんです。上のお部屋に行った方がよろしくはありませんか?」
「ちょうどそう言おうとしていたところだ」バトラーは答えた。「葉巻も上だしな」
二人は応接室から階段に向かった。バトラーが先にたってのぼると、シルクのフルフルを着たアイリーンがダイニングからやってきた。彼女の立派な髪は、首の付け根から額のラインにかけて、古風で趣のある渦状にまとめられて、赤みを帯びた金色の王冠を作り出していた。顔は色つやがよく、露出した腕と肩はイブニングドレスの暗い赤に映えて白く輝いた。アイリーンは何か悪い予感がした。
「あら、クーパーウッドさん、いらっしゃい」アイリーンは、父親が二階に上がるところへ出てきて手を差し出しながら声をかけた。クーパーウッドと一言でも交わしたくて慎重に足止めした。この大胆な行動は他の人たちに向けたものだった。
「どうしたの、あなた?」父親の物音が聞こえなくなるとすぐにアイリーンはささやいた。「心配事でもありそうな顔ね」
「大したことにならないといいんだがね」クーパーウッドは言った。「シカゴが炎上中なんだ。明日は大変なことになるよ。私はきみのお父さんと話をしなきゃいけないんだ」
クーパーウッドが手を引っ込めてバトラーの後を追って二階に上がるまでに、アイリーンは同情と悲嘆を込めて「まあ」と言う時間しかなかった。アイリーンは彼の腕を握ってから、応接室を抜けて客間に行った。これほど厳しく、不安げに、考え込む表情がクーパーウッドの顔に浮かぶのを見たことがなかったから、アイリーンは座って考え込んだ。彼の顔は良質の白い蝋のように穏やかで、冷たかった。そして深みがあって漠然としていて、何を考えているのか読めない目だった! シカゴが燃えている。彼がどうなるというのだろう? よほど大きく関わっているのかしら? クーパーウッドは彼女に自分のことを詳しく話したことがなかった。アイリーンにしてもクーパーウッド夫人とさほど変わらず、完全に理解することはなかっただろう。それでも、アイリーンは心配だった。何しろ、これは彼女のフランクの問題であり、しかも彼女は、切っても切れない縁だと彼女には思えるもので、彼と結ばれているのだから。
文学は文豪を除くと、愛人について、男性の魂を食い物にして喜ぶ狡猾で計算高い魅惑の女というイメージしか読者に与えなかった。当時のジャーナリズムや道徳を唱える冊子の作成者たちは、まるで党派的な熱をあげてこれを育てているらしい。人生への検閲が神によって確立され、その執行が完全な保守派の手に委ねられてしまったようだ。しかし、意識的な打算とは縁がない、別の形の男女の関係は存在する。そのほとんどに下心や悪意はない。愛情に支配され、恋愛の深みにはまった平均的な女性は、犠牲的な思考――与えたいという欲求――を除くと、子供以上のことはできないし、この状態がつづく限り、これしかできない。女性が変わるかもしれない――女性が裏切られたときほど怖いものはない、ともいうから――しかし、犠牲的、従順、思いやりのある態度は、しばしば愛人の際立った特徴である。そして、愛人を擁護するときにたくさんの傷を負わせるのは、成立した結婚の貪欲な正当性とは対照的な紛れもないこの態度である。男性であれ女性であれ、人間の気質はこの無欲で犠牲的な特徴の前にひれ伏して、敬意を払わずにはいられない。これは人生の大きな特質と言っていい。これは、芸術におけるあの最高の言葉、偉大な絵画や偉大な建築や偉大な彫刻や偉大な装飾から真っ先に伝わる特徴である、精神の大きさ、に関連しているようだ――つまり、それ自身、美しさを、自由に惜しみなく与えている。だからこそ、アイリーンのこの特別な雰囲気には大きな意味があった。
バトラーの後に続いて二階の部屋に入ったとき、現状の組み合わせの微妙さのすべてがクーパーウッドを悩ませていた。
「さあ、かけたまえ。何か少し飲みませんか? あなたはやらんのでしたな。今、思い出した。まあ、とにかく、葉巻でもどうぞ。さて、今夜はどういったことでお困りなんでしょう?」
遠くの方、密集した住宅街の方で、声がかすかに聞こえた。
「号外だ! 号外だ! シカゴ大火のすべてが載ってるよ! シカゴが燃えてるよ!」
「あれなんですよ」声に耳を傾けながらクーパーウッドは答えた。「あのニュースが聞こえましたか?」
「いや、何を叫んどるんだ?」
「シカゴで大火災が発生したんです」
「ほお」バトラーは答えた。まだ事の重要性を理解してはいなかった。
「シカゴのビジネス街が焼け落ちているんですよ、バトラーさん」クーパーウッドは不気味な言い回しで続けた。「それで、明日はこっちの金融にも混乱が出ると思うんです。そのことでおうかがいしました。あなたの投資した分はどうなるでしょう? かなり巻き込まれますよね?」
バトラーは突然、クーパーウッドの表情から何か変だなと思った。大きな革の椅子にもたれながら、大きな手を上げて、口と顎を覆った。大きな指の関節と、分厚い軟骨質の鼻の上で、もじゃもじゃ眉毛の大きな目が光った。灰色の剛毛は硬そうに直立して、短い同じ長さで頭全体を覆っていた。
「そういうことか」バトラーは言った。「明日の騒ぎを心配してるんですね。あなたの方こそどうなんです?」
「この町の金持ちが正気を失って暴走しなければ、概ねかなりいい状態だと思います。明日は、いや今夜でさえ、うんと良識が求められるんです。我々が本物のパニックに直面していることはおわかりでしょう。バトラーさん、このことはわかっていた方がいいのですが、これは長くは続かないかもしれません。しかし、続いてる間はひどいことになります。明日は寄り付きから株価が十から十五ポイントは下落するでしょう。何らかの対策が講じられない限り、銀行は自分の身を守るために融資の返済を要求します。これは一人でできることではありません。何人かが団結しないとならないでしょう。あなたとシンプソンさんとモレンハウワーさんなら、それができるかもしれない――つまり、連携して市場を支えるよう大手の銀行関係者を説得できれば可能になります。地元の路面鉄道、鉄道――そういったものすべてが売り崩されるでしょう。支え切れなければ底が抜けてしまいます。私はあなたがこういう銘柄を長期で保有していることをずっと知っていましたから、あなたやモレンハウワーさんや他の方々は行動を望むかもしれないと考えました。もしあなたがたが行動しないと、正直言いまして、私はかなり大変なことになってしまうんです。これにひとりで立ち向かうほど私は強くありませんので」
ステナーに関するすべての真実をどう話すべきかについてクーパーウッドは考えていた。
「うーん、それはかなりまずいな」バトラーは、冷静に、考え込むように言った。彼は自分の問題を考えていた。パニックは自分にとっても好ましくないが、自分は絶望的な状況にいるわけではない。破産はありえなかった。多少は損をするかもしれないが、莫大な額ではない――対策を講じることができなくても。それでも損はしたくなかった。
「どうしてあなたが困るんですか?」バトラーは気になって尋ねた。地元の路面鉄道株の底が抜けると、どういうわけでクーパーウッドに深刻な影響を及ぼすのだろう、と不思議に思っていた。「あなたが保有しているわけでもあるまいし?」バトラーはつけ加えた。
嘘をつくか真実を打ち明けるか、ここが正念場だ。このジレンマの中でクーパーウッドは嘘をつくことの危険を文字通り恐れた。バトラーの理解を伴う支持を得られなかったら、自分は破産するかもしれない。いずれにせよ、破産すれば、真実は明らかになる。
「これについて、洗いざらい打ち明けた方がいいかもしれません、バトラーさん」クーパーウッドはこの老人の情にすがり、バトラーが高く買っている、あのさわやかな自信に満ちた態度で相手を見て言った。バトラーは時々自分の息子たちに感じるような誇りをクーパーウッドに感じることがあった。彼は自分が助けて、この男を今いる地位につけてやったと感じていた。
「実は、私は路面鉄道株を買い付けていました。でも、正確には自分のためにではありません。私はこれから、自分がやるべきではないと思うことをやるつもりですが、仕方がありません。もしやらないと、あなたや、私が迷惑をかけたくない大勢の方々に迷惑をかけてしまいますから。私は、あなたが当然、秋の選挙の結果に関心を持っていることを知っています。実は、私はステナーさんと彼の友人のために大量の株を抱えているのです。すべての資金が市の金庫から出ているのかは知りませんが、その大部分はそうだと思います。私が破産した場合、ステナーさんや共和党やあなたの関係者がどういうことになるか私にもわかります。私はステナーさんが最初から独断でこれを始めたとは思いません――私にもみなさんと同じくらいの責任はあると思います――でも、これは他のことから波及したんです。ご存知のように、私はステナーさんのために、市債の問題を担当していました。やがて、彼の友人の数名が、自分たちのために路面鉄道に投資するよう私に持ちかけたんです。それ以来、私はずっと続けています。個人的に私がかなりの金額をステナーさんから二パーセントで借りてです。実は、最初はそうやって取引費用が捻出されたんです。今、私は誰かに責任を転嫁したいのではありません。責任は私に帰しますから、落ち着くところに落ち着かせるつもりです。ただ、もし私が破産すると、ステナーさんが責任を問われ、それが政権に跳ね返ります。もちろん、私だって破産などしたくはありませんが、私の行いには弁解の余地がありません。このパニックを除けば、私は人生でこれほど恵まれた状態にいたことがありません。私ではお力添えなしで、この嵐を乗り切れません。そこでご尽力願えないものか、知りたかったのです。もし切り抜けたら、市から出たお金は、元のところに戻すと約束します。ステナーさんは町を離れているんです。いれば一緒にこちらへ連れて来たのですが」
クーパーウッドはステナーを連れてくることに関して完全に嘘をついていた。それに、少しずつとか自分の都合のいい方法にならない限り、市に金を返すつもりなどまったくなかった。しかし彼の言葉は聞こえがよく、とても公正そうな印象を与えた。
「ステナーがあなたと一緒に投資に使った額はどれくらいなんだ?」バトラーは尋ねた。この不思議な展開に少し困惑した。これはクーパーウッドとステナーを見る目を変えるものだった。
「およそ五十万ドルです」クーパーウッドは答えた。
老人は姿勢を正した。「そんな大金なのか?」
「だいたいです――その少し上か下、どちらにぶれるかははっきりわかりません」
この請負業者の老人は、共和党と自分の請負契約の利益に与える影響を考えながら、この点に関するクーパーウッドの弁明をすべて厳粛に聞きとった。クーパーウッドのことは好きだったが、言っている内容は乱暴だった――乱暴で、頼み事が多かった。バトラーはゆっくり考えて、ゆっくり行動する男だったが、彼が考えると十分に成果はあった。バトラーはフィラデルフィアの路面鉄道株にかなりの金額を投資していた――おそらく八十万ドルに及んだかもしれない。モレンハウワーはおそらくそれ以上だ。シンプソン議員の保有量が多いか少ないかはバトラーにはわからなかったが、上院議員は相当持っています、と過去にクーパーウッドが話してくれたことがあった。彼らの持ち株のほとんどは、クーパーウッドの場合と同じで、借入金の担保としていろいろな銀行にあり、借入金は別の投資に使われた。この三人の中にはクーパーウッドほどひどい状態の者はいなかったが、こういう借入金を返済を求められるのは、好ましくも気分がいいものでもなかった。損失が出ないわけではなかったが、身を守ろうとして早まった行動を取らない限り、自分たちが大きな問題を抱えずに切り抜けられるのはわかっていた。
もしクーパーウッドがステナーの関与した額を七万五千ドルから十万ドルの範囲で言っていたら、バトラーはこれをそれほど大事だとは考えなかっただろう。それなら調整がついたかもしれない。しかし五十万ドルとなると話は違う!
「そいつは大金だな」バトラーは言った。ステナーの驚くほどの大胆さについては考えたが、この時点ではこれをクーパーウッドの抜け目ない策略と結びつけてはいなかった。「そうなると考えないといかんな。朝からパニックになるのなら、おちおちしてはおれんぞ。市場を支えたら、あなたはどれだけ助かるんだ?」
「随分助かります」クーパーウッドは答えた。「もちろん、他の方法で資金を調達しなければなりませんが。私はあなたの十万ドルをお預かりしています。すぐにでもお入用でしょうか?」
「そうなるかもしれん」バトラーは言った。
「それを手放したら深刻な傷を負うほど、どうしても欠かせないものになりそうです」クーパーウッドはつけ加えた。「それでも数ある問題のひとつに過ぎません。もしあなたとシンプソン上院議員とモレンハウワーさんが協力して――あなたがたは路面鉄道株の大株主ですから――ドレクセルさんとクックさんに会えば、いろいろな事をまとめることができて、問題はかなり扱いやすくなるでしょう。融資の返済を要求されなければ私は大丈夫です。市場が大暴落しなければ私の融資が返済を求められることはないでしょう。もし暴落すれば、私の有価証券はすべて価値がさがりますから、私では持ちこたえられません」
バトラー老人は立ち上がった。「とんでもないことになったな。ステナーとそんな風に付き合わなきゃよかったんだ。体裁が悪いし、取り繕えるもんじゃないぞ。こいつはまずい、まずいことになった」バトラーは不機嫌な様子で付け加えた。「それでも、私にできることはしよう。大した約束はできんが、私はずっとあなたを好ましく思ってきたんだ。やむをえないとき以外は今さら見捨てたりはせんよ。しかし、すまんな――ほんとに。この町で物事を動かしているのは私だけじゃないんだ」同時にバトラーは、こうすることで自分の首を守っているとはいえ、自分の問題や市議会選挙のことをこうして事前に知らせたのはクーパーウッドが道義をわきまえているからだ、と考えていた。バトラーは自分にできることをするつもりだった。
「私がどうなるかわかるまで一日か二日、ステナーと市の公金の問題を伏せたままにしておいてはくれませんか?」クーパーウッドは用心深く提案した。
「それは約束できんな」バトラーは答えた。「私は自分にできる精一杯のことをしなければならないんだ。これ以上自分の手に負えない事態にするつもりはない――任せたまえ」もしクーパーウッドが破産したら、ステナーの犯罪の影響をどうすれば乗り越えられるかをバトラーは考えていた。
「オーエン!」
バトラーはドアのところへ行って、開けながら、手すり越しに声をかけた。
「はい、お父さん」
「軽装馬車の支度をして玄関に回すようダンに言ってくれ。お前も帽子と上着を用意しろ。私と一緒に来てほしい」
「はい、お父さん」
バトラーは戻って来た。
「確かに、つまらんことでひと波乱ありそうだな? シカゴが燃え始め、このフィラデルフィアで私は心配をせにゃならん。やれやれ――」ここでクーパーウッドが立ち上がり、ドアに向かった。「それで、あなたはどこに行くんですか?」
「家に帰ります。私に会いにくる人が何人かいますので。でもよろしければ、後でこちらに戻ってきますが」
「ああ、いいとも」バトラーは答えた。「いずれにせよ、私は真夜中にはここにいる。まあ、気をつけて。後でまたな。結果はそのときに話すよ」
バトラーは何か用があって部屋へ戻り、クーパーウッドはひとりで階段を降りた。応接間の入り口の掛け物からアイリーンがこっちへ来てと合図した。
「大したことじゃなければいいんだけれど」アイリーンはクーパーウッドの厳粛な目をのぞき込んで同情した。
恋愛にかまけている場合ではない、とクーパーウッドは感じた。
「何でもない」クーパーウッドは冷たく言った。「そうはならないと思う」
「フランク、このことであたしをずっと放ったらかしにしないでよ。しないわよね? あたし、あなたをとっても愛してるんだから」
「まさか、しないとも!」クーパーウッドは真剣に、すばやく、それでいてうわの空で答えた。
「そんなはずないだろ! そんなこともわからないのかい?」クーパーウッドはキスしかけたが物音がしたので思いとどまった。「しっ!」
クーパーウッドがドアに向かい、アイリーンは一途な同情の目で彼を見送った。
あたしのフランクに何かあったらどうしよう? もし何かがあるとしたら、何かしら? あたしはどうしたらいいのかしら? アイリーンはこんな調子で悩んでいた。フランクを助けるために、あたしは何をすればいいのかしら、何ができるかしら? 彼の顔色はとても悪く――緊張しているように見えた。




