9日目 1
会議室に入って来た私を見て、4人の大老は言葉には出さないものの驚いた様子だった。
「会議に参加されたいというお話を伺ってはいましたけど、本当にいらっしゃるとは。何か気になる事でもありましたか?」
エイカーさんは自分の隣の椅子ーー円卓には元々四脚しかなかったので、他の部屋から椅子を持って来てもらったーーを私の為に引いてくれながらそう口を開く。
「いえ、特に何かあったわけでは無いんですけど......『理由』を探す手がかりになるかと思って。しばらくの間は毎日参加させてもらっていいですか?」
「儂は一向に構わんですなぁ。若いお嬢さんがおるだけでつまらん会議にも花が咲くというもんですのぅ」
「レイジエったら、それはわたくしに対する嫌味かしら?」
「ほっほっ。そう怖い顔をせんでもいいじゃろぅ。だいたいお前さんだってサイキ様を気に入っとったじゃないか」
「そうですわね。わたくしもサイキ様が参加されることを歓迎いたしますわ。『理由』に関わる情報があればよろしいんですけれど」
ううう......歓迎しますとか言いながら、こっち見てるニージークさんの目が鋭い気がするのは私の勘違いでしょうか。別にあなたのことを引き続き探ろうと思って来たんじゃないですから!
レイジエさんはニコニコしてるから本当に私が参加することに異議は無いようだけど。
「バルデナもいいですね?」
「構わない。どうせ俺がこの会議に出席する意味は儀礼的なものだけだからな」
「そうなんですか?」
バルデナさんの声を初めて聞いたよ!!お腹に響くようななかなか渋い声だ。
私の席はエイカーさんとバルデナさんの間に用意されているので、首をひねるようにして彼の方を向いた。
服の上からでも分かる筋肉質そうな太い腕を組んで、彼は机の一点を見ている。
「バルデナの管轄は軍部なので、行政に関わることが殆どの四大老会議では有事以外にあまり彼が議論する事柄が無いんですよ」
「その有事もここしばらくは無いからのぅ」
「国が平和でよろしいじゃありませんか。それこそバルデナが忙しくなればわたくし達だって暇では居られませんわよ?」
「俺だって会議で発言する事がないだけで執務はそれなりに忙しいぞ。いつも仕事が無いみたいに言うんじゃない」
厳つい顔を少し赤く染めて、こちらの方をちらちら伺って来るバルデナさん。
いや、別に私はあなたを暇人とは思ってないですから!!
「では、あまり無駄話をしていてもこの後の予定が押すだけなので会議を始めましょう」
エイカーさんの鶴の一声で皆の顔が引き締まる。
その空気に私も緊張してきてしまった。が、私は特に口を出す事もないので、皆の話を聞くだけだ。
そもそもの目的はこの腕輪を通して会議をレシュカくんにも聞かせることだし。
会議の内容は私に分からないことだらけだった。
財務がどうのとか、税金がどうのとか、貿易がどうのとか。
一つだけ理解できた議題はガルーダさんのお父さんである第二王子のことだった。
「またオルバ殿下の立太子を推す声があがってますわね。前回承認が得られず棄却されてからまだそんなに時間は経ってませんのに」
「儂はオルバ殿下の立太子には賛成なんじゃがのぅ。しかし本人も渋っておられるようなんであまり強く推すのもどうか、というところじゃなぁ」
「俺は反対だな。あの方の研究は国益に繋がるものだ。このまま続けて頂く方が国のためにもご本人のためにも良いと思う」
「そうは言っても王太子がいつまでも空位と言う訳にも行かないでしょう。今陛下に何かあれば国は混乱を避けられません。第一に体面も良く無い。いくら我が国が超大国と言われていても、国内に憂慮を抱えていては民は安心しませんし、他国に付け入る隙を与えかねないですからね」
「しかし継承権第一位であるオルバ殿下が議会の承認を得られないのであれば、他の王族を推挙したところで結果はそう変わらないのではなくて?」
堂々巡りって感じだなぁ。
結局八方上手く治まるいい案はなさそう。
「サイキ様のお国には王族が居ないと伺いましたけど、そうすると国家元首はどうなっているのですか?」
エイカーさんが急にこっちに話題を振って来たよ!!
完全に聞き役に徹してたから、まさか意見を求められるとは思ってもみなかった。
「え~と、私の国では議会の中で議席の多い党派のトップがそのまま総理大臣となって国を治めてます。王族じゃなくて皇族っていう元々国を治めてた一族なら存在してますけど、今は政治的権力は持ってないですね」
「議会がある点では我が国と同じようですのぅ。だが王が政治に関与せんというのは興味深い」
「あ、今も王制を取っている国は私の世界にもありますよ?ただ私の国はそうじゃないってだけで......」
「国の数だけ政治体制もあるということですわね。我が国では王制を続ける必要がありますけれど、王太子の話はわたくしたちだけでどうすることも出来ませんし、再度陛下の意見を伺った方がよろしいんではないかしら」
「俺もそれが良いと思う。いくら議会の方で話を進めても、陛下が否と仰ったらそれまでだ」
「陛下が決めかねておいでなのは承知じゃが、さすがに2年も待ったんじゃ。何がしかの答えは出してもらわんとのぅ」
「では次期王太子については議題に上げることは保留とします。陛下にはその旨を書面にしてもう一度催促するとして、今日はここまでにしましょうか。サイキ様も初めての四大老会議でお疲れでしょう?」
「いえ、色々と勉強になりました!分からないこともいっぱいありましたけど」
っていうか分からないことの方が多かったんですけどね!!
でも一々質問して中断させるのも悪いし、説明してもらっても理解出来るかどうか分からなかったからいいんだけど。
「サイキ様がお分かりにならない部分は説明してもいいんですが、きっと『理由』に関係は無いでしょうね」
「そうですよね」
わざわざ説明してもらわなきゃ分かんないような事が『理由』だったらさすがに私も神様を恨むよ。
会議室を出たところで待機していたアイヴンさんと合流する。
でもなんだかひどく固い表情をしている。何かあったのかな?
まさかカプセルのせいじゃないよね......?
「アイヴンさん、顔色が悪いみたいですけど大丈夫ですか?」
「いえ、実はたった今レシュカ様から連絡がありまして、屋上庭園でお話がしたいとお待ちのようです......。どうされますか?」
「レシュカくんが......?」
十中八九この四大老の会議内容を聞いたからだろう。
何か彼の知りたかった情報があったとか?
「今すぐですよね?行きます」
レシュカくんが私に何をさせたいのか分からないけど、彼の気が済めばカプセルを取ってくれるかもしれない。
レシュカくんは以前ディゲアさんと話していた四阿で私を待っていた。
いつもと同じ様な笑顔だけどなんとなく機嫌が良さそうに感じる。
「サイキ様~!!待ってましたよ!!」
「......話ってなんですか?」
四阿に取り付けられているベンチに腰を下ろしているレシュカくんは、私に気付いてブンブンと手を振っている。
でもそんな態度に騙されないからね!!あんたの腹が真っ黒だってことは私の脳みそにふかーく刻まれてるから!!
「アイヴンは下がっててくれるかな?心配だって言うなら僕の護衛も下がらせるし、なんだったらここが見えるとこに居てくれていいから」
「私なら大丈夫ですから少し離れたとこで待っていて下さい」
アイヴンさんが心配そうにこちらを伺いながらも、指示通り少し離れたところまで距離を取る。
本当は私だって傍にいてほしいんだけどね。
「四大老会議、ご苦労様。中々良かったですよ?これならそんなに長く出席する必要も無さそうですね」
「そうですか」
「僕はあなたの働きに満足してるんですよ?その特権を行使して頂く日も遠く無いかな~」
「......それが終わったらアイヴンさんのカプセルを取って下さい」
私が帰る時なんて、それこそディゲアさんに聞いた医師だった人みたくこっちに居着く事になったらどうすんのよ。
「う~ん。考えておきますね。今それをお約束することは出来ないんで」
日本人の私にとっては『考えておく=NO』なんですけど......。
こっちの人はそうでないことを祈るばかりだわ。
「で、話はそれだけですか?」
「いえいえ、まだありますよ。ねぇサイキ様。この城に来てすぐ、あなたとディゲアに不名誉な噂が流れましたよね?」
「ああ、そんなこともありましたね。言っておきますけど全く根拠の無い嘘ですよ、あれは」
「知ってますよ。だってあれを流したのは僕なんですから」
「は?」
レシュカくんがあの噂を流した......?
ディゲアがまだ出ない...。