8日目 3
レシュカくんが言いたい事を話し終えると、護衛の人を残して他の二人は部屋を出て行った。
私は過ぎ去った恐怖に怯えながらも、のろのろとアイヴンさんの元へ寄り膝を着く。
静かに横たわる彼女の顔色はまだあまりよくない。
そっと髪を掻き分けると、首筋に本当に小さな、針で刺したような痕が残っていた。
彼女が自分で見る事は叶わない場所だし、他人が見てもよほど注意深く見ない限り気がつかないだろう。
大体彼女はいつも髪を下ろしている。
はやくこの忌まわしいものを取り去ってあげたい。
私の護衛に選ばれたばっかりにこんな目に遭うなんて、申し訳なくてじわりと涙が滲む。
「アイヴンが起きたら、ちゃんと今日の事は他言無用って念を押しておいた方がいいですよ。知らずに自分で自分の首を絞めるような真似させたくないでしょ?」
レシュカくんはソファの背もたれに肘をつき、こちらを眺めていた。
「わかりました......。でもここまでして.......レシュカくんは私に何をさせたいんですか?」
目の奥がじわりと熱い。でもこの子の前では泣きたく無かった。
質問は意外でもなんでもなかったんだろう。彼は少しも動じることなくその口に弧を描かせた。
「いずれわかると思いますよ。ま、強いて言うならあなたの持つ陛下をも超える権力でないと出来ないこと、ですかね」
「それは王太子が空位ってことと関係あるんですか?」
彼は二つ目の質問には答えず、やはりいつものように笑うだけだった。
私たちを部屋に案内してくれた女性が薄手のカーディガンを持って来たので、それを羽織る。
袖がすっぽりと手首を覆うくらい長いので、腕輪を見られることは無いだろう。
アイヴンさんをソファに移動させたかったけど、レシュカくんにも護衛にも手を借りたくなかったのでそのまま床に寝かせて置いた。
代わりに私も彼女の横に座り、目覚めるのを待った。
20分くらいそうしていただろうか。
抱えた膝に額を付けて項垂れていた私の耳にかすかなうめき声が聞こえた。
ハッとしてアイヴンさんの方を見ると、閉じられた瞼がピクリと動いている。
「アイヴンさん!!大丈夫ですか!?」
「うっ......サイ、キさま?......わたし、一体......」
彼女はまだ意識が混濁しているのか、苦しそうに眉を寄せながら体を起こそうとする。
慌ててその背中に手を添えて彼女を支えた。
アイヴンさんは何度か瞬きをして、周囲を確かめた後、ソファに座るレシュカくんに気付いたようだ。
途端にその顔を険しくし、私を背後に庇う。
「一体何の真似です、レシュカ様。この事は陛下にご報告差し上げますから覚悟なさって下さい」
「待って、アイヴンさん!......今日のことは誰にも言わないで下さい。お願いします」
「何故です!?この方があなたにした仕打ちは許されることではありません!いくらその身に彼の方の庇護があろうとも、あなたに刃を向けたことが既に罪です!騙す様にここにお連れしたことも!!」
「アイヴン、サイキ様の言う事に従えないのかな?彼女がいいって言ってるんだからお前は黙ってればいいんだよ。ナイフのことだってちょっとした好奇心だし、僕はサイキ様には何もしてないんだから。ね、サイキ様」
「そう、です......。えっと、結局何もされなかったし......あまり大事にしたくないんで、アイヴンさんも今日のことは忘れて下さい」
私はなんとか彼女が納得できそうな理由を考えたけど、結局何も思い浮かばなかった。貧相な想像力め。
アイヴンさんは何度も「本当にいいんですか?」と聞いて来た。
私だって出来ることならこの子の憎たらしい笑顔にグーパンチの一つでもかまして、王様のとこに引きずってやりたい。
それでも私は彼女に今日のことを口外させる訳には行かない。他でもない彼女のために。
本当は嫌だったけど、帰りもレシュカくんとその護衛と共に艇に乗った。
でも行きと違って誰も口を開かなかった。
風景に目をやる余裕も無く、私は腕輪の部分をカーディガンの上から強く握る。
私の手首の少し上の部分にぴたりと張り付くように留まっているそれが、何かの拍子に外れやしないかと気が気ではなかった。
城に着くと、レシュカくんは何事も無かったかのように護衛を連れて去って行った。
「また今度遊びに行きますね!」とあの屈託の無い声で別れを告げて。
ほんと二度と来なくていいですから。
自室に帰ると、アイヴンさんはやっぱり納得がいかなかったのかイライラした様子で人払いをする。
きっと私を問いつめて来るんだろうなぁ......。納得がいかないのは私も同じなのよ、って言ってしまいたい。
「まず、本日のことをお詫び致します。わたしの怠慢のせいでサイキ様を危険な目に遭わせてしまいました。でもどうしてレシュカ様のことを不問になさるんです?確かに天上の方の庇護のおかげで何事も無く済みましたけど、それでもあの方のはたらいた無礼は許されるものではないです。......このような事態になったことは護衛のわたしの落ち度でもありますからどんな罰も受けます。ですからレシュカ様のこともご報告させて下さい!」
「アイヴンさん......」
どうしよう、この会話も聞かれてるんだよね?
彼女の怒りも十分に理解できるけど、レシュカくんを刺激したくない。
「お願いです、もう今日のことは一切話さないでください。誰にも絶対に言わないで欲しいんです」
「......わかりました。もう二度とこの話は致しません。あなたのご命令に従います」
アイヴンさんの顔には『不本意』とデカデカと書いてある。
彼女が私の言う事を命令と捉えても仕方ない、とにかくこの事を他の人に知られないことが大事だ。
「それでですね、アイヴンさん、実はお願いがもう一つありまして......。明日から四大老の会議とやらに私も参加したいんですけど......」
レシュカくんに言われた指示の一つ、四大老の会議に出席すること。
どういうものかは知らないけど、出ろと言われたら出るしか無い。
アイヴンさんは私のお願いに、眉をピクリと動かした。
「それはレシュカ様に要求されたことですか?」
ギックーン!!!
っていうかこの流れではそう思いますよね!!
「ちちちちち違います!!ほら!もしかしたら『理由』の手がかりもあるかもしれないし!!!」
「............」
「おねがいします~!!」
ああ!アイヴンさんの視線が痛いです!!
私にはやっぱり腹芸は出来ないみたい。でもでも、ここで引き下がる訳には行かないのよ。
年上の同性にやられてもグラっとはこないだろうけど、私は両手を組んで必死に訴えた。
「......了解しました。明日から参加できるように手配致します」
はぁ、と溜め息をついて折れてくれたアイヴンさん。やっぱり女神!!
この厄介な腕輪のせいで、いちいち会話に気を付けないといけないのが面倒くさい。
どこかでポロっとレシュカくんの気に入らないことを言ったりしなければいいけど。
口に出せないイライラを携帯にぶつける。
とりあえず今日起こったことを整理するためにも。
・レシュカくんは私の特権を利用したい。
・王太子を選んで欲しく無い。
・私に死んだ王太子のことを調べられたく無い。
・四大老の会議に出席させたい。
最初の2つはなんとなーく関係があるように思う。
王太子を選んで欲しくないってことはやっぱり自分か母親を立太子させたいから?そうすると特権の利用もそれってことになるよね。
でも死んだ王太子のことを調べられると困るのはなんでだろう。レシュカくんは王太子の事故に関わってたとか?それにしたって王太子が死んでもディゲアさんが死んでも彼が得することなんてあるんだろうか。
それと四大老の会議。
これはどんなに考えても目的が分からない。
一体彼らの何を知りたいんだろう。




