9日目 2
この子は本当に私を混乱させるのが好きみたい。
あの馬鹿げた嘘っぱちの噂を流したのが、ディゲアさんの従兄でもあるレシュカくん?
とりあえず思った事。
「なんで?」
「一番の目的はあなたとディゲアを引き離したかったからです。僕が近づくのに邪魔そうだったし。あとはもちろんアイツを貶めるためですよ」
「だって......レシュカくんは王孫の中でもディゲアさんと仲が良いって......」
「あなたの言う通り王孫の中で一番親しいのは僕でしょうね。大抵の人間はディゲアの冷たい態度にそれ以上踏み込むのを止めますから。でも僕はそうしなかった。しつこくアイツに話しかけて、部屋を訪ねたりもしました。だから仲が良いと言ってもそれはディゲアが特別僕に心を許してる訳じゃなくて、ただ単に他の人間が近寄らないだけなんです」
「でもそんなに構うんなら少なからずディゲアさんに好意はありますよね?なんで彼の立場を悪くしようとするんですか?」
私を貶めたいって言うならまだ納得も出来る。
なんて言ってもぽっと出の平民だ。しかも異世界人。
でもディゲアさんは仮にも従弟なのに。
「サイキ様は僕とディゲアを見て似てるなって思いませんでしたか?」
「遠目に初めて見た時は何となく似てるとは思いましたけど......近くで見たら全然違いますよね」
「僕はね、ディゲアと同じ年で学院にも全く同時期に通っていたんです。そしてご存知の通りアイツはマリグェラ殿下が次期王太子にと望むくらいに優秀でした。何となく想像が付きませんか?同じ年なのに優劣の差がある王孫が二人、同時期に学院に通うとどうなるか」
それは......もしかしなくても比較されたってことだろうか。
「オルバ殿下はマリグェラ殿下と2つ年が離れていたにも関わらず、ずっと比べられて来ました。そして僕も学院にいた10年の間、ずっとディゲアと比べられて来たんです。優秀なディゲアと至って普通のレシュカって刷り込みのように何度も言われて来ました。僕だってそれなりに努力したんですけどねぇ。......小さい頃からずっと、暗い水の中で溺れているような息苦しさしか感じなかった」
レシュカくんはもう笑っていなかった。
そこに居たのは取り繕うことをやめた16歳の少年。
「でもね、そんなディゲアにも不得意なことがあったんですよ。アイツ愛想が無いでしょ?だから僕はアイツに当てつけるように明るく振る舞うようにしました。王族であることを驕らず、親しみやすいようにずっと笑顔で。そうするとね、最初はディゲアに媚び諂っていた奴らも結局は僕の周りに集まって来るんです。それからはわざとディゲアと同じ様な髪型にしたり服装にしたりして、より僕らの内面の違いを際立つようにしました。ディゲアに人心を掴むことが出来ないと知れば、誰も彼が王太子に相応しいとは思わなくなると考えて」
「レシュカくんはディゲアさんのことを憎んでいるんですか......?」
「憎んでいるというか、僕の前から居なくなればいいのにと思います。マリグェラ殿下が目をかける以前のアイツはただの無愛想な子どもだった。だから殿下が事故で亡くなられた時、もうアイツの居場所はこの城には無いと密かに喜んだんですよ。それなのにマリグェラ殿下が亡くなってもディゲアを王太子に推す声は未だに無くならない。だから噂を流したんです。さすがに国賓扱いのあなたに手を出したと噂されればアイツの立場も危うくなると思ったんですけど......さして影響は無かったみたいですね。もっと糾弾されればよかったのに」
「わざわざ噂まで流さなくても、ディゲアさんは王位継承権を放棄するつもりでいますよ」
「自分から放棄するのと、剥奪されるのとでは訳が違います。後者だと外聞は悪くなるし、何よりアイツの矜持を傷つける事ができる」
「まさか......それを私にしろって言うんじゃないでしょうね......」
「ご名答」
漸く笑顔を取り戻したレシュカくんは、組んだ足の上でパチパチと気の無い拍手をした。
こんなの言い当てたって嬉しくないわよ!!
「ディゲアさんは私を保護してくれたんですよ?そんなことできるわけないじゃないですか!」
「どうしてです?あなたは彼が継承権を放棄したいことを知ってるんでしょ?じゃあ一言『ディゲアには王の資質無し』って言えば終わりですよ。アイツの希望も叶うし、僕も満足。それにあなただってアイヴンを助けたいんじゃないですか?」
ハッとしてアイヴンさんの方を見た。
彼女はさっき移動した場所でずっとこちらを眺めていたようだ。
急に振り向いた私を訝しむようにその目を眇めたけど、私たちの会話が聞こえていた様子は無い。
「僕はもうアイツの後ろを行くのは嫌なんです。前を行く事が出来ないなら引きずり下ろすしかないですよね」
「どうして......ディゲアさんは何も悪い事なんてしていないのに、そこまでする理由がわかりません。彼が王族を離れたいって言うならそうさせてあげればいいじゃないですか......」
「アイツの罪はマリグェラ殿下を思う余り、答えを出さなかったことです。王位に興味がないなら王太子の仕事なんて手伝わなければよかったんですよ。とにかく僕はずっと比べられて来た挙げ句、傍系となって城を去り、王となるアイツを見るなんてご免です。ディゲアなら臣に下ってもなんとかやっていけるでしょうけど、僕には王族ということ以外には何も無いんです」
彼の心の悲鳴を聞いた気がした。
きっとレシュカくんは自分を認めて欲しいんだろう。
やり方は激しく間違っているけど。
「それでも継承権を剥奪なんて......」
「あなたは『理由』さえ片付けば自分の世界に帰るんでしょ?なら何の柵もないじゃないですか。ディゲアに恨まれたとしてもそれだけです。それとも噂はあながち間違いでもなかったですか?ディゲアに情でも湧いたんですか」
「情とかじゃなくて、恩があるんです。親切にしてもらったのにそれを仇で返すような真似出来ません」
「ディゲアを裏切るのと、アイヴンの人生を狂わせるのとじゃどっちが寝覚めが悪いでしょうね」
「そ、れは......」
「とにかく、僕の指示には従ってもらいますから」
彼の目が私に拒否権なんて無いと言っている。
足が張り付いたように動かない私を置いて、レシュカくんは一度も振り返らずに四阿を去って行った。
「サイキ様......」
「部屋に、帰ります......」
すぐ傍までアイヴンさんが来ていたことにも気がつかなかった。彼女が私の背を優しく撫でてくれて、漸く足が動き始める。
言いたい事を言えないのってこんなにストレス溜まるんだ。
王様の耳はロバの耳~って穴に向かって叫んでやりたいけど、それすら出来ないこの状況。
アイヴンさんを犠牲にしたくない。
あのカプセルが割れればアイヴンさんは苦しむことになる。一瞬じゃなく一生。
でもディゲアさんの継承権を剥奪しても彼のその後の人生を左右することは間違いないだろう。
もう本当に嫌だ。神様はなんで私をこんなとこに連れて来たのよ。




