じょっぴんかって
神通解読録 3/5
屋敷に住み着くのは、血縁とは限らぬ。
生まれも知らぬもの。
好き好みも知らぬもの。
果ては怪しきものまでも。
誰しもが、じょっぴんかってと唱えれば。
皆勝手に錠を下す。
「変な本見つけたW」
そんな見出しが目につき、画面をスクロールする指が止まる。
交友関係も乏しく、精を出すべき部活にも所属していない中学生男子にとって、放課後とは暇なものだ。
だがこのネット時代、スマホ一つあれば余計な出費もなく、かつ無限とも言える時間を浪費出来るSNSは最高の暇つぶしとなる。
今日も今日とてスマホ片手に我が安住の地、二段ベッドの下段へと滑り込み、ほぼ日課となりつつあるネットの海へと帆を上げる。
荒波の如く溢れかえる有象無象の投稿の中、燦然と現れたのが一枚の画像と添えられたその短い一文だった。
添付されている画像は本の一ページを写した物のようで、そこには古めかしい文体と達筆な字で何事かが書かれている。
見たところそれは何かの儀式やまじないのようなものであろうか。
一見すると意味のわからない古文書のようだが、時間をかければ何とか読めないこともない。
そんな画像に妙に興味を惹かれて、気づけば写真を保存してその内容を追っていた。
久しぶりに巡り会った面白そうな投稿に俄然胸が熱くなる。
画像の内容を詳しく読み込んだところ、この儀式は家に鍵を掛けてもらうもの、のようだ。
仰々しい割に実にくだらない内容だが、究極に暇を持て余している今の俺には最高のお遊びだ。
そして、この儀式を行うためには、いくつかの条件があるらしい。
簡単にまとめると。
家に一人で。
正面玄関以外の全ての鍵を掛け。
全ての明かりを消す、と言う物だ。
幸いにして両親は仕事で居らず、普段なら家に籠りがちな祖父母も都合よく町内のなんとかの会合でしばらく帰ってこない。
残る問題は‥この二段ベッドの上段で俺と同じく寝っ転がり、ゲームをしている弟の存在だ。
そう、今この家には弟と二人きり。
逆に言えば、こいつさえ家から追い出す事が出来れば条件が満たされることになる。
「儀式をしたいからしばらく家から出て行って?」
‥と素直に言ってみたら?
いや、何言ってんの?の一言で一蹴されるだろう。
俺でもそうする。
確実に、かつ自然に弟を家から追い出すには、何か一手を打たねばなるまい。
‥まずは軽いジャブを仕掛けるか‥頭の中で追い出し計画を練りつつ、二段ベッドの天井を足でつつく。
「なぁ、喉渇いたからコンビニでジュース買ってきて。」
「や〜だ〜。」
間延びした眠そうな声が帰ってくる、きっと相当なアホづらを晒しているに違いない。
だがここまでは当然予想していた展開だアホめ。
ヤツを動かすにはもう一押し足りないことは初めからわかっている。
お前をこの家から追い出すための完璧なプランは既に出来上がっているのだ。
すかさずベッドから起き上がりカバンから財布を取り出す。
「おつり、持ってっていいから。」
トドメの台詞と共に弟の目の前でお札がひらひらと舞う。
弟よ、俺はお前がじいちゃんに小遣いをねだっていたのを知っているぞ、断られていたこともな。
こう言えばお前は断れまい、お前が今プレイしているそのゲーム‥ポッケノクリーチャーの新作が欲しいんだろう?今は小銭の一枚でも欲しいはずだからな。
体裁を気にしているのかう〜だのあ〜だの唸っているが弟の目は踊る札に釘付けだ。
しっかりと罠に掛かったな、アホめ。
なけなしの小遣いだが、何やら楽しそうなことが待っていると思えば安いものだ。
案の定、エサに食いついた弟は渋々といった感じを装い重い腰を上げた。
そんなにジュースが飲みたいのか?などとぶつくさ言っているが、陰でほくそ笑んだのを見逃さなかったぞ。
お前は兄の手のひらの上で踊るピエロなのだよ。
‥
「さて、邪魔者はいなくなった。」
だらだらと家を出ていく弟を見送ると。
すぐさま家中の鍵をかけ、電気を確認して回る。
文書によるとこの後は鍵を全て家の中心となる部屋に集めるのだそうだが、今他の鍵を持つ家族は皆が出払っている。
つまり、鍵は自分が持つ一つと、非常用のスペアが一つ、この二つしか無いはずだ。
「存在するこの家の鍵全部ってことじゃないよな‥?」
手順書からは読み取れない細かな部分に不安は残るが、吟味している時間はない。
コンビニに行ったであろう弟が帰ってくるまでの時間を考えると、試せるのはおそらく一度だけだ。
二つの鍵をおおよそ家の中心にあたるリビングのテーブルに置き、再び手順書を確認する。
「この状態で‥玄関の外に出て、呪文を唱える‥か‥」
スマホを片手に玄関の前に立つ。
残る手順は呪文を唱えるだけ、なのだが。
夕方に差し掛かろうかという時間帯。
ここは人通りもまばらな住宅街。
家の前に立ち、妙ちくりんな呪文を唱える姿を誰かに見られでもしたら。
そう思うと、途端に恥ずかしくなってしまった。
「なるべく‥人がいない時に‥」
何度も辺りを見回し、人の流れが途切れるタイミングを見計らう。
人の気配が完全に消えたのを確認すると、玄関ドアの前に立ち、出せる限りの小声で呪文を唱える。
「じょ‥じょっぴんかって。
じょっぴんかって。
じょっぴんかって。
じょっぴんかっとらんべさ‥。」
思っていたよりも情けのない声が喉から絞り出されたが、手順通りの呪文は言えた。
成功していれば、何かしらの反応があるはずだ。
かれこれ待つこと数分はたっただろうか、見上げる家にさしたる変化は見られない。
儀式の手順を間違えた?
ポケットからスマホを取り出し、保存した手順書を何度も読み返すが内容は変わらない。
全て手順の通りにできているはずだ。
だが、期待したような現象が起こる気配は一向に見られない。
「‥何やってんだろ。」
冷静になって考えれば当然だ。
こんな程度のことで何かが起こるはずもない。
一時のテンションに身を任せ、くだらない投稿に釣られたバカは己だったか。
大きく肩が下がり、ため息が漏れる。
「千円‥」
失ったものの大きさを噛み締め、天を仰ぐ。
「SNS‥やめよう‥ 」
そんな決意を胸に刻み込んでいると、目の端に映る光景に違和感を覚えた。
「電気‥ついてる?」
先程まで自分たちが居た2階の角部屋、夕方とはいえ、まだまだ日は高く明るい。
少々見えにくくはあるが、その部屋の電気が確かに点いている。
部屋を見回った際、電気が消えていることは確かに確認した。
今あの部屋の電気が点いているのは明らかにおかしい。
訝しげに部屋を見上げていると、今度は部屋から繋がる廊下の電気が点いた。
「一番遠い部屋から‥玄関へ‥?」
手順書に書かれていた内容を思い出し、背筋に冷たい物が走る。
そうしているうちに。
廊下から、階段。
そして一階の廊下の明かりが次々と点灯する。
「これ‥成功したってこと?」
何かとんでもないことをやってしまったのではないかという恐怖感が、身体を震わせる。
やがて、廊下から繋がる玄関‥つまり目の前の扉の向こうで電気が点いた。
この場から離れた方がいいのか?
それとも扉の向こうを確認するべきか?
さまざま思考を巡らせるが、恐怖で硬直した身体は動かすことができず、目の前の扉から目が離せない。
そうこうしているうちに。
ガチャリ
と聴き慣れた音が聞こえてきた。
「あ‥」
毎日のように聴く音、玄関扉の鍵がかけられた音だ。
今、確かに鍵が閉まった。
だとすると、今玄関の扉一枚を挟んだ向こう側には鍵を掛けた何かが居るということか?
扉の裏、そこに立つ何者かの姿を想像するだけで冷や汗が頬を伝う。
「兄ちゃん?」
その時、不意に背中から肩を掴まれ、硬直していた身体が飛び跳ねる。
叫びそうになったのを間一髪で抑え、慌てて振り返ると、そこに居たのはコンビニの袋を下げた弟だった。
「何してんの?そんなにジュースが待ち遠しかった?」
こいつめ、人の気も知らずに呑気なものだ。
「電気‥点いた!あと鍵!」
焦りのせいか、言葉が出てこない。
少しでも落ち着こうと、弟が手に下げた袋からジュースを奪い取り、一気に飲み干した。
「炭酸一気飲みしなくても‥」
「うる‥!オエ‥うるさい!
家の電気が点いたんだよ!
扉の前になんかいるかもしれないんだよ!」
「電気?何?点いてないけど‥?」
不思議そうに家を見上げる弟に釣られて、同じく家を見上げる。
弟の言う通りさっきまで点いていたはずの電気は全て消えていた。
「え?‥あれ‥?」
気にはなるが、今はそれどころじゃない、おかしいのは電気だけではない。
今まさに目の前の扉の向こうに得体の知れない何かがいるかもしれないのだ。
弟の背中を押して玄関扉へと近づき、弟を扉の前に待機させるとドアノブに手をかける。
「いいか?俺が開けるから!中を確認しろ!」
「えっ?!何?何か出たの?!ゴキブリ?!」
玄関扉へと追い込まれた弟は困惑の表情だ。
何が出たかって?
それをお前が確認するんだよ!
安心しろ、もしお前の身に何かあっても骨くらいは拾ってやる‥兄としてな!
「よし‥開けるぞ?」
コンビニの袋に入ったままのボトルをバットのように構えた弟に合図を送る。
弟からの視線をゴーの合図と取り、静かにドアノブを回した。
「開かない‥」
動転していてすっかり忘れていたが、この扉は儀式を行い鍵が閉められた。
入るには当然、まず鍵を開けなければならないのだ。
「‥鍵、開けて?」
弟の方に向き直り、ドアから離れる。
近場とはいえ、買い物に出ていたのだ、鍵くらい持って行っているだろう‥と思っていたのだが、甘かった。
「えっ?!持ってないよ?!」
その言葉を聞いて、さっきとは別の意味で身体中の血の気が引いていく。
「兄ちゃん鍵持ってないの?!
どうやって閉めたのさ?!」
弟は袋を振り回して激しく詰め寄ってくる。
とてもじゃないが、鍵をかける儀式をやっていてこうなった。
とは言い出しにくい状況だ。
なぜそんなことを‥。
と責められるだろうか?
それとも成功したっぽい?
ということに驚くか?
‥いや十中八九責められるだろう、俺でもそうする。
「二階の窓は?窓開けてたよね?そこから入れない?」
弟のくせに素晴らしい打開策だとは思うが、そのルートにはほんの少し問題がある。
「‥窓は‥閉めた」
「‥兄ちゃんマジで何やってたの?」
弟の視線が痛い、俺が兄でなければ白状して土下座で平謝りしていたことだろう。
だが俺はこの件に関して黙秘を貫き通すぞ、兄だから!
「誰か帰ってくるまでこのままってことぉ?」
弟はぐったりとかがみ込み、ため息を漏らしている。
そのなんとも居た堪れない姿にさすがに罪悪感が込み上げ、取り繕うように声を上げた。
「安心しろ、もうすぐに父さんが帰ってくる。」
そう言うとポケットからスマホを取り出し、時刻を確認する。
すぐに‥とは言ったものの、明らかにいつもの父の帰宅時間までは、まだ1時間以上ある。
俺は再び、心の中で強く決意した。
SNS、やめよう!
じょっぴんかって 神通解読録 より




