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神通解読録  作者: オンダ ナオ
2/5

おまわりさん

神通解読録 2/5


火はおしなべて包み隠す。

おまわりさんが隠してしまう。

水をかけても、もう遅い。

燃した‥‥は、戻って来ない。

黒き狼煙が天まで届けば、

おまわりさんが来る合図。

「ねぇねぇ!これ見て!」

突き出されたスマートフォンが山田祐子の眼前に迫る。

「さっき見つけたの、図書室で!」

長い髪を二つに分けた女生徒。

松本あおいは屈託のない笑顔で、机に突っ伏す祐子の顔にスマホを押し付ける。

「おまわりさん、だって!」

近すぎる画面に何が映されているのか祐子には確認できないが、大方の見当はついている。

きっとまた、呪いやまじないの類。

それを実演したいのだろう。

あおいから期待の眼差しが飛んできている。

祐子自身興味がない訳ではなく、二つ返事で了承してしまってもいいのだが‥。

スマホを顔面に押し当てられた手前、ただ答えてしまうのもなんだか癪だ。

軽い意趣返しのつもりで、わざと伝わっていないふりをした。

「おまわりさん‥ってモシモシポリスメン?」

「違くて!」

祐子とあおいの付き合いはそれなりに長く、その出会いは幼少期に遡る。

コックリさんやエンジェル様、果ては怪しい呪いや黒魔術に至るまで、当時同年代の女子の間で流行していたおまじないの集まりに誘われて

以来、二人はすっかり摩訶不思議な世界に魅了されてしまった。

流行りも過ぎ人が離れていっても尚、二人で寄り合ってはネットや雑誌に転がるまじないの検証を行っている。

そんな関係が高校生となった今でも、変わらず続いていた。

「なんか〜誰かをあの世に連れて行く?みたいな?儀式?的な?感じのヤツを図書室で見つけたワケよ!」

曖昧な情報ばかりが並べられ、祐子は眉をひそめる。

「なんでそんなフワフワなの?本あったんでしょ?」

あおいは、ようやくスマートフォンを離したかと思うと、すぐさま画面を覗き込み何かの操作を始めた。

「なんか難しい字で書いてあんのよ。

フィーリングでなんとな〜く読めそうではあるんだけどね?手ブレもしちゃってるし。」

「本の写真撮ったの?借りてくればよかったのに‥」

その言葉を待っていました、と言わんばかりにあおいがにんまりとした顔を近づけてくる。

この顔はよく知っている、あおいが何かを要求してくる時、決まってこの顔と猫撫で声で迫ってくるのだ。

「今ね〜、私本いっぱい借りちゃってて〜。

一回返さないと次の本借りれないの!

だから〜‥」

授業が終わり、二人は図書室の扉を開けた。

あおいの代わりに例の本を借りるためだ。

室内にはまだ数人の生徒が残っており、皆静かに机に向かっていた。

そんな空気を壊さないように、二人も静かに目的の棚へと向かう。

「‥背表紙がない本‥でいいんだよね?」

静まり返った空気に押され、二人の会話も自然と小声になる。

「なんか古そうな本でね?たしか〜神通力?とか、解読書?みたいな名前だった‥と〜思う?」

棚に指を滑らせながらあおいが囁く。

背表紙がない本というのはなかなかに珍しい、加えて棚の場所もわかっているならば、目的の本もすぐに見つかりそうなものだ。

なのだが、棚をいくら見直しても目的の本を見つけられない。

念のため近くの棚も見て回ったのだが、やはり本は見つからなかった。

仕方なく、カウンターで管理作業をしている生徒にわかる限りの本の特徴を伝えて探してもらったりもしたのだが、結果は変わらず。

それどころか、そんな本は見たことがない、と一蹴されてしまった。

「モノが見つからないんじゃ、さすがに借りれないよ?」

二人は図書室の机に落ち着き、向かい合う。

「う〜ん‥誰かに借りられた?でもカウンターではそんな貸し出し記録ないって言われたし〜‥」

あおいはスマホの画面を覗き込み、うんうんと唸っている。

「ホントに見たの?その本‥」

なんの気なしに言った一言だったのだが、よほど癇に障ったのだろう、あおいは食い気味に声を荒げた。

「見たに決まってんでしょうが!こうして写真も残ってるんですぅ!」

手にしたスマホを突き出して身を乗り出すが、周囲の視線が自分に集まっているのに気付くと、わざとらしい咳払いをして座り直す。

「とにかく、目的の本は見つからなかったって事でいい?」

口をへの字に曲げて不満気なあおいは机に突っ伏して再びスマホの画面に向き直る。

「試せるのはこれだけかぁ〜‥他にもいっぱい載ってたんだけどなぁ〜」

「もういいじゃん?それやろうよ、ケーサツ呼ぶんだっけ?」

「‥違くて、おまわりさんね?」

部活組や居残り組も帰り始め、人の姿が目減りした廊下を二人並んで歩く。

相変わらずスマホを離さないあおいは、祐子の腕にまとわりつきながら例の写真を見て唸っている。

「うーん‥手順としてはぁ‥あの世に送りたい人の写真を燃やしてぇ‥煙が黒くなったら呪文を唱える、‥って感じみたいよ?」

体重をかけられ、身体が傾きながら歩く祐子だが、慣れたことの様に気にする様子もない。

「火を使うの?‥中庭とか‥外でやった方がいいかな?」

傍から見れば仲の良さそうな二人‥かもしれないが、その会話の内容はなかなかに物騒なものだ。

「煙を出せって言ってんだから、室内じゃムリでしょうが。」

「あの世に送ってもらう?‥って写真とかもどうすんの?あおいの写真でやる?」

ああでもないこうでもないと話しながら歩いていると、不意に声をかけられる。

背後からする聞き覚えのある声に、二人は心底うんざりという顔を見合わせた。

「松本さんに山田さん?まだ帰ってなかったんですか?まさか‥また変なことをしようとしているんじゃないだろうね?」

声の主の方を振り返ると、近づいてくるのは二人のクラスの担任、金井だった。

金井には、二人が放課後に様々検証を行なっている所を何度も見つかっている。

その度に学校を追い出され、検証を中断させられた。

ある意味で二人の宿敵の登場に、今日はここまでか‥という空気が流れ始めたその時、祐子の頭にひとつの考えがひらめいた。

「‥写真‥」

ぽつりと呟きあおいの方を見ると、当のあおいも意思を汲み取ったのか、それとも同じ考えに至ったのか、にんまりと笑っていた。

機械音が響き渡り、印刷機から紙がゆっくりと吐き出される。

あおいは出てきた紙をさっと引き抜くとその出来栄えを吟味する様に唸る。

「どう?」

肩越しから祐子が顔を覗かせ、手にした紙を奪い取った。

「うわ‥A4 サイズ、そもそも私ら写ってる意味ある?」

大きく印刷された写真の中央には困惑顔の金井、そんな金井を挟むように祐子とあおいがピースサインで写っている。

「うるさいねぇ、こうすればいいでしょうが。」

そう言ってあおいは写真を奪い返すと乱雑に折り目をつけ、定規を当ててビリビリと破いていく。

あっという間に写真の三人は別れ別れになってしまった。

「これでぇ〜送りたい人のぉ〜写真完成〜!」

金井の困惑顔を高々と掲げたかと思えば、すぐに放り捨ててスマホに持ち替える。

「マッチも借りてきたし‥割り箸とか紙とか色々燃えそうなものもある‥準備はだいたいこんなもんよね?」

あおいの話を聞いているのかいないのか、祐子は机に散らばる三人をパズルの様に並べながら呟く。

「場所はどうするの?さすがにそこら辺で燃やすわけにはいかないでしょ?」

するとあおいは、フッフとわざとらしい笑い声を上げ、これまた芝居がかった大振りで窓の外を指差す。

「あるでしょうが!燃やしても煙が上がっても不審がられない場所が!」

何か察してほしいオーラを感じ、あおいが指差す方向‥校舎裏の景色を思い出そうとするのだが‥朧気に浮かび上がってきた記憶の中の校舎裏に、それらしい物は見当たらない。

回答を求めてだんだんとにじり寄ってくるあおいの圧に耐えかね、観念したように祐子の口から声が漏れる。

「えっ‥と‥どこ?」

「ジャジャーン!しょ〜きゃくろ〜」

喉を潰したようなダミ声を上げ、佇むそれを両手で仰ぐ。

そこにあったのは古い焼却炉だ。

長く放置されていたのだろう、鬱蒼と育った草木に隠された本体は無残に錆び果て、投入口からは枯れ枝や古い雑誌が見え隠れしている。

「こんなのあったんだ‥知らなかった‥」

あおいは自慢気に腕を組み、ふふんと鼻を鳴らす。

「教室の窓から偶然見つけたんだけどね?

いつかなんかに使えるんじゃないかなぁ〜って思ってわけ!

これならなんか燃やしてても変に思われないでしょ!」

訝し気な顔の祐子は手頃な枝を拾い上げ、焼却炉の中へと突っ込む。

詰め込まれたゴミを掻き分けひっくり返すが、どれもこれも燃えた様子はない。

「‥これ、しばらく使われてないんでしょ?

煙が上がってたら余計変に思われない?

‥ってか、何かで禁止されたから使ってないんじゃ‥」

にんまりとした顔のあおいは祐子に詰め寄るとその手から枝を奪い取り、捲し立てる。

「さぁ!さぁ!祐子さん!めくるめく未知の世界が私たちを待っていますわよ?」

言うや否や手にした枝もろともさまざまな可燃物を炉に放り込む。

「うわぁ‥見つかる前に終わらせる気だ‥」

呆れたような態度の反面、自身も好奇心を抑えきれず、いそいそと落ち葉を拾い集めては焼却炉へと放り込む。

「見つからなきゃいいでしょ?

ほらほら、早く火つけて?」

いつの間に拾い集めてきたのか、小枝を両手に抱えたあおいが炉に流し込むように焚べていく。

「‥じゃあ燃やすよ?」

祐子はマッチを擦り、焼却炉へと放り込む。

ごうごうと炎が上がる姿を想像し、距離を置いて身構えていた二人だったのだが、焼却炉は弱々しい煙を吐くばかりで燃え上がる様子はない。

それどころか、今にも消えてしまいそうな勢いだ。

「ちょっと!なんで点かないのよ!」

あおいは不満気な声を上げて焼却炉に駆け寄り投入口を覗き込む。

「一応煙?‥は出てるけど‥これじゃダメ?」

後を追うように祐子も近づき、ゆっくりと覗き込む。

見ると、わずかに枝が燻り、ささやかな煙を上げている。

「こんなん全然燃えてないでしょうが!煙も白いし!黒い煙を上げなきゃなのよ?」

言うとあおいは、カバンから教科書を取り出し、火に向かって扇ぎ始める。

「ほら!ゆうもやって!消えちゃうでしょうが!」

「お、おう‥」

教科書を手に二人で懸命に扇いでいると燻っていた火はみるみる赤さを増し、瞬く間に煙の量が増えていく。

やがて焼却炉内に火が回ったのか、煙突から煙が溢れ始めた。

「もう疲れたし‥あっつい!」

祐子は扇ぐ手を止め、焼却炉から離れる。

程なく額に汗を滲ませながら扇ぎ続けていたあおいも離脱して、こんこんと上る煙を指差した。

「煙!めっちゃ上がった!けど白い!」

肩で息をする二人は地面にへたり込む。

息も絶え絶えなあおいが空を仰ぎながら呟いた。

「‥煙が黒くなるのは‥何でなんだっけ‥?」

祐子は手にした教科書を開き、数ページ捲ってみたものの、酸欠状態の頭では目的の情報を探し出す事は叶わない。

仕方なく教科書を放り捨て、わずかな記憶を手繰り寄せる事にした。

「え〜‥と‥不完全燃焼?

酸素が足りないとか‥後は、プラを燃やしたり‥だっけ?」

「プラ‥プラ‥ねぇ‥」

プラスチックで出来たペンケースをカバンから取り出し、あおいが呟く。

「‥あおいさん?さすがにダメよ?」

「何よ!何もしてないじゃない!

そんな事より煙見なさいよ!黒くなってきてんでしょうが!」

そう促され煙突を見ると、確かに先程よりも黒ずんだ煙が煙突から吹き出して来ている。

「うっそ!なんで?‥ってかもう出来るんじゃないの?」

早々とスマホを取り出し、画面を操作しているあおいに飛びつき、同じように手元の画面を覗き込む。

「写真!燃やすんだっけ?入れていいの?」

「まだ!‥煙が上がったら手を打って‥呪文‥それから写真を折って燃やす‥」

あおいは一人ぶつぶつと呟きながら焼却炉の前に立ち、ぱんと一度柏手を打つと、スマホの画面に映る呪文を読み上げた。

「おまわりさん、おまわりさん、かのものをごくもんにおさらしくださいませ。」

再び柏手を打ち、焼却炉に一礼すると「はい!写真!」と叫び祐子に向き直る。

「はい!」

祐子が跳ねるように駆け出し、手にした写真を炎に放り込むと、写真は瞬く間に燃え上がり灰となった。

「‥これで、終わり?金井に呪いがかかった?」

「儀式はこれで完了‥でも最後に大事な事がある‥」

「大事な事?」

あおいが振り向いた先は、未だ燃え続ける焼却炉。

手当たり次第に燃料を入れられ、こんこんと煙を上げる勢いは、しばらく収まる気配がない。

「バレる前に逃げる!」

「え〜、本日は、金井先生がお休みのため、私が代わりに出席をとります。」

翌日、二人が呪いをかけた金井は学校に来なかった。

「あ〜‥それと、昨日学校裏の焼却炉が誰かにイタズラされていました。

部外者の仕業かもしれませんが、心当たりある方は‥」

焼却炉の話題でクラスがざわめく中、祐子は血の気が引く思いだった。

偶然だろうか。

昨日の儀式の直後に、金井が来ていない。

まさか本当に儀式のせいで?

そんな不安を拭おうとあおいの席を見る。

すると彼女も同じ心境だったのだろう、青ざめた顔でこちらを向くあおいと目があった。

苦虫を噛み潰したような気分は晴れないまま昼休みを迎えた。

このままでは放課後までこの沈んだ気分が続いてしまう。

せめて金井が来ていない理由が分かればこんな気分から解放されるだろうか?

そう思い立ち、相変わらず浮かないあおいを連れ出すと職員室へと向かう事にした。

黙って後をついてくるあおいの姿は痛々しいほどで、その沈んだ空気に耐えきれず祐子が口を開く。

「‥何もこんなタイミングで休む事ないじゃんね?」

あおいは相当に堪えているようで、いつもの覇気が無く歯切れが悪い。

「ほんと‥タイミング悪すぎ‥私達、写真燃やしただけだよ?

まさかホントに連れて行かれた‥なんてないよね?」

「とにかく‥金井が何で休んでるのか聞いてこよ?用事があって休んでるだけだよきっと‥」

「‥うん。」

すっかり意気消沈したあおいの手を引き職員室の扉を開く、すると扉の向こうには異様な光景が広がっていた。

見慣れないスーツ姿の大人たちが数名、部屋の中を忙しなく歩き回っている。

何事かと呆気に取られていると、ホームルームを行った副担任の先生が駆け寄ってきた。

「山田さんと‥松本さん?

ごめんね、今ちょっと立て込んでてね‥」

放課後。

結局、落ち込んだ気分は一日中晴れることはなかった。

あの後すぐに二人は職員室を閉め出され、金井がなぜ来ていないのか直接聞くことは出来なかった。

だが職員室で話す大人たちの会話の節々から、不穏な言葉が確かに聞こえていた。

行方不明。

昨日から金井の所在がわかっていない。

「‥これって、やっぱり私たちのせいだよね?」

誰もいなくなった教室で、声を震わせるあおいは今にも泣き出しそうだ。

「違うって!偶然!

なんか嫌になってどっか行ったとか‥」

祐子は、憔悴しきったあおいを励まそうと思いつく限りの言葉を並べてみる。

だが、祐子自身も本当にあの儀式が無関係で、金井が気まぐれにいなくなっただけ。

とは思えないでいる。

‥かのものをあの世へ送る。

その言葉が頭から離れない。

もしこれが自分たちのせいなら‥

そう思い始めると背筋に冷たいものが走り、なんとも言えない焦燥感に襲われる。

そんな気持ちを振り払うように立ち上がると、うなだれるあおいに向かって声を張り上げる。

「わかんない事でへこんでたってしょうがないって!

明日また職員室に聞きに行こ?

なんなら、朝のホームルームで何かわかるかもしれないし。」

精一杯の虚勢をあおいにぶつけるのだが、あおいにはまったく響いていない様子で、そうだねと小さく返事を返すだけだった。

結局、二人はその後何をする気にもなれず、その日は解散する事となった。

翌日、祐子が重い気分を引きずりながら学校に到着すると、辺りは騒然としていた。

白黒の車が何台も押し寄せ、制服を着た人たちがあたふたと黄色いテープを伸ばしている。

その中には昨日職員室で見た人物もいるようだ。

「警察?」

規制線が張られ、警察が集まっているあの場所には覚えがある。

少し進んだ先、鬱蒼と生い茂る雑草の中にあるのは、あの焼却炉だ。

心臓が跳ね上がり、額に冷や汗が浮かぶ。

行方不明のこと?

それとも焼却炉のことで?

どちらにしても祐子にとっては身に覚えのある話だ。

髪を整えるような素振りで顔を隠し、制服姿の警官の前を通り過ぎると。

逃げるように教室へと向かった。

教室は、案の定警察の話で持ちきりだった。

強盗だの殺人だのありもしない憶測が飛び交う中を自分の席に向かう。

自分たちのせいかもしれない‥という一抹の不安を抱えてあおいの席の方をみるが、あおいはまだ来ていない。

あおいが遅刻ギリギリで教室に入ってくるのはいつものことなのだが、状況が状況だ、少しでも早くあおいの顔が見たい。

所が時間を過ぎてもあおいは姿を見せなかった。

それどころかホームルームを行うはずの副担任もやってこない。

そのまま十分、二十分と経ち。

教室がざわめき始めた頃。

ようやく姿を見せた副担任は、しばらく押し黙ると、重い口を開いた。

「えぇ‥と、みなさん、聞いてください。

昨日校舎裏で悲しい事故がありました。」

教室のざわめきが大きくなる。

生徒たちは皆思い思いの質問を投げかけているが。

それらに答えることもなく、副担任は話を続ける。

「その関係でこれから数日授業を行えません。

今後の予定はまだ立ってませんが、何日かお休みになるかもしれません。

今日の所はみなさんこのまま帰宅になります。」

祐子の中に嫌な予感が込み上げてくる。

未だ来ていないあおいの空席。

心臓がうるさい程に高鳴り、冷たい汗が流れる。

そんな祐子を差し置いて、降って湧いた休みに浮かれる生徒たちは、相変わらず質問攻めだ。

「それで先生?何があったの?」

「‥うちのクラスの松本さんが、‥その、倒れていたんです。」

ほんの数分前、登校してきた道を戻る。

先生は言葉を濁していたが、もうあおいはこの世には居ないのだ。

なぜ?儀式を行ったから?

だが呪いをかけられたのは金井のはずで、どうしてかけた側のあおいが?

それとも本当に呪いの儀式なんて関係なく、不幸な事故だったのだろうか。

さまざま考えを巡らせても答など出るはずもない。

ふと気がつくと視界の端に黄色い帯が現れる、先程も見た規制線だった。

手前には相変わらず制服姿の警官が立っている。

「‥この先で、あおいが‥」

昨日、最後に言葉を交わしたあおいの姿を思い出し、視界が滲む。

「‥あおい」

立ちすくみ涙を流す祐子に気付いた警官が、困惑顔で駆け寄ってきた。

「君、どうしたの?大丈夫?」

「すみません、大丈夫です。」

不意に声を掛けられ、急いで涙を拭う。

「あの、ここで何があったんですか?」

「ああ‥君、亡くなった子の友達かな?」

亡くなった‥改めて事実を突きつけられ、またも涙が込み上げてくる。

「痛ましい事件だよ。

あんな事になるなんて‥」

「‥事件?

あんな事にって?」

警官はいかにもバツが悪いという顔をすると、取り繕う様に続ける。

「すまない、友達の前で滅多な事を言うもんじゃないね。」

「あの‥教えてくれませんか?

あおいに何があったんですか?」

赤く腫らした目で詰め寄ってくる祐子に警官がたじろぐ。

「捜査上の事はあまり言えないんだが‥

亡くなった直接の原因は頚椎‥首の損傷だ。

ただ、それ以外に妙な所が多くてね。」

警官の視線が泳ぐ、どう伝えたものか思案しているのか言葉がはっきりとしない。

「とにかく、人の手でどうにかできるような状態じゃなかったんだ。

まるで、そうだな‥大きな重機に巻き込まれた‥みたいな。」

歯切れの悪い言葉に、だんだんと祐子の苛立ちが募り語気が強くなる。

「なんですか?それ。

校舎裏で重機に轢かれたってことですか?」

祐子の苛立ちを感じ取った警官は半ば諦める様に首をもたげると、まっすぐに祐子を見据えた。

「彼女、何かに髪の毛を引っ張られたみたいなんだ。

勢い余って首を折る程にね。

ただ、人が引っ張ったくらいではあんな事にはならないんだよ。」

「髪の毛‥なんで?」

「そこも分かっていない。

ただ、引きちぎられたと思われる髪も見つかっていないんだ。」

‥髪が見つからない。

その言葉で、祐子の中に一つの疑問が芽生える。

金井は相変わらず行方不明、そして今度はあおいの髪が消えた。

この二つは何か関係あるのではないか?

祐子は振り返ると校舎に向かって駆け出す。

その疑問を確かなものにするためには、あの本が必要だ。

あおいが図書室で見つけたと言う、この事態の発端と思われるあの本。

祐子は、警官の制止を振り切り再び校舎へと戻った。

事件の事もあり、生徒はほとんど帰宅して残っていない。

当然目的の図書室にも人はいなかったのだが、運の良い事に扉は施錠されていなかった。

教師陣も捜査協力だなんだでそれどころではないのかもしれないが、いずれにせよ今の祐子にとっては好都合だ。

「‥失礼しま〜す。」

誰に聞かせるでもない挨拶をして、図書室の扉をゆっくりと開けた。

つい先日あおいと通った道筋を辿り、目的の本棚へと急ぐ。

確かこの辺り、そして背表紙が無い本。

あまりにも少ない情報を頼りに本棚へと指を滑らせる。

両隣、裏側、果ては図書室中の棚を往復し。

カウンターに積まれた本までしらみ潰しに探し回ったのだが、それらしい本はやはり見つからない。

「やっぱり見つからない‥後、見れるとしたら‥」

思い起こされるのは先日までのあおいの姿。

本を見た張本人ではあるが、あおい自身も再び本を見つける事は出来なかった。

だが、あおいが肌身離さず持っていたスマートフォンには‥

「本の写真‥残ってる」

あおいは今日、校舎裏で見つかった。

なら、あおいの荷物もそこにあるだろう。

さっきの警官に事情を説明すれば見せてもらえるだろうか?

なんとかしてあおいのスマートフォンを見られないかと頭を捻りながら図書室の扉を開ける。開け放った扉の向こう。

本来ならまだ朝日が差し込む時間帯のはずなのだが、目の前の廊下は妙に暗い。

暗い‥と言うよりは、何かモヤ掛かっている様な‥

「何?これ。」

眼前の影に手を伸ばそうとしたその時、影の中に何者かの気配を感じ、手が止まった。

「‥みぃ‥つけ‥たぁ‥」

声とも音ともつかない不気味な囁きが耳元に響き背筋が凍る。

目の前の影は、ゆっくりと祐子に近づいてきた。

全身から冷や汗が吹き出し、直感が逃げろと警鐘を発している。

しかし、理解を超えた状況が祐子の足をすくませ、身体を動かす事が出来ない。

やがて、半端に上げられた祐子の腕にモヤがまとわりつくと。

ばちん、という痛みが手から全身に走り、そこで祐子の意識は途切れた。

目が覚めた時、祐子は見知らぬベッドの上だった。

包帯でぐるぐる巻きにされた右腕が天井から吊るされている。

「病‥院?」

状況が飲み込めず、ぼやける頭で記憶を手繰り寄せる。

蘇るのは図書室でのあの不気味な囁きと激痛。

思い出すだけで包帯に包まれた手がキリキリと痛む。

どうしていいかわからず、ベッドの上をもぞもぞと動いていると、物音を聞きつけたらしい医師らしき男があの警官を連れて入ってきた。

「目が覚めましたか。

ここは病院です、わかりますか?」

「あ‥は‥い。」

「意識はしっかりしているようですね。

これなら大丈夫かと、ただあまり長くは‥」

医師は後ろで控えた警官の方を向き数歩下がる。

「え〜と、山田祐子さん‥でいいかな?」

警官は軽く会釈をするとベッドの脇にある椅子を引き、腰掛ける。

「とりあえず、今の状態はわかるかな?」

「状況って、私のですか?

えっと、図書室‥の前で倒れてた?」

正直に黒い影を見て気絶した‥と言っても誰も信じてはくれないだろう。

祐子は最低限の客観的事実だけを語り、事実を伏せて話した。

警官はポケットからメモを取り出し、祐子の話を聞きながら何事かを書き残している。

「うん、それだけかな?

他には誰かいなかった?」

警官の視線が痛い。

嘘は言っていないとは言え、あまりにも身のない話なのは祐子自身もわかっている。

「君の手がそうなったのは?

原因に心当たりはない?」

「‥わかりません。」

警官は軽くため息を吐くと、そばにいた医者と一言二言交わし、ゆっくりと話し始めた。

「さっき友達の髪が見つかってないって話をしたよね?

実は、君が倒れていた場所でも君の指が見つからなかったんだ。」

祐子の身体が強張る。

仰々しい包帯を巻かれ、今も僅かに痛む手には指が無いらしい。

「それと、金井さんが行方不明になっている件も。」

衝撃的な話を立て続けに聞かされ半ばパニック状態の祐子だったが、金井の名を聞いて我に返る。

あおいの荷物を見た?儀式ことを知られた?

憶測が頭を駆け巡り冷や汗が流れる。

「金井‥先生も、何か無くなっていたんですか?」

警官は顔を上げると目線を泳がせ、口どもる。

「無くなっていた、と言うかなんと言うか。

残っていた‥のかな。」

「残ってた?」

「金井さんの自宅で、その‥脚‥が残っていたんだ。」

「えっ‥」

「本人確認が出来ていないんで、今はまだ行方不明扱いになっているんだけど。」

そこまで言うと、じっと祐子の顔を見る。

「変な話だけど君、何か知らないかな?」

心臓が破裂しそうな程高鳴っているのがわかる。

このままではすぐに儀式の写真も見つかり、自分たちが金井に呪いをかけたことが知れ渡るだろう。

祐子は観念したかのようにうなだれ、打ち明ける。

「あおいのスマホ、その中の写真‥」

「何か知ってるのかい!写真って?」

「金井先生に呪いをかけようって、二人で儀式をしたんです‥」

「儀‥式?なんだい?それ。」

警官の顔色が明らかに変わり、困惑が見て取れる。

「おまわりさんが呪った相手をあの世に連れて行くんです!

私とあおいで、金井先生に呪いを‥!」

気がつくと警官の反応はどんどん冷めたものになり、しらけた目で祐子を見ている。

見かねた医者が割って入ってきた。

「今日の所はここまでにしてくれませんか?

強いストレスで錯乱しています。」

どうやら、祐子の告白は二人には妄言と取られていたらしい。

「その、儀式?

‥の証拠が友達のスマホに?」

「‥はい」

「‥わかった、友達のスマホを確認してみるよ。

話を聞かせてくれてありがとう。」

そう言うと、警官は医師と一緒に部屋を出ていった。

その後も、祐子の元に何度か警察が話を聞きに来た。

祐子は全てを包み隠さず話していたのだが、その根拠となる本はもちろん、あおいのスマートフォンに残っていたはずの写真すらも見つかることはなく。

儀式を行ったとされる焼却炉にも僅かな灰が残るばかりで何も出てくることはなかった。

やがて日が経ち、この件は原因不明のまま日常に戻って行く。

以前のように、とはいかないものの。

祐子の周りも静かになっていった。

人差し指と中指のない手でカバンを開け、千切れた紙を取り出す。

あの日、あおいが三枚に破いた写真だ。

真ん中の金井は焼失し、残された二片にはピースをして映る祐子とあおいの姿。

だが祐子の指先は千切れ、金井に寄りかかるあおいの髪もまた途中で千切れていた。


おまわりさん 神通解読録 より

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