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聖女?悪役令嬢?それわたくしに関係ありますか?  作者: 佐古鳥 うの


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中編

不愉快なおっさんがベラベラ喋ります。



後日、王妃主導で先日の件の話し合いの場が設けられた。ホイットマン公爵家が国王の妹が嫁いだ家でガッシュバル侯爵家が王妃の親戚だったためだ。

そしてガッシュバル侯爵家はアルヴィルド伯爵家の寄親にしてラビーヌの母セリーヌの生家でもある。


「言い訳はおありかしら。ベルックス・アルヴィルド伯爵」

「わ、私にも何がなんやら…家のことは妻に任せきりでしたので」


集められたのは王妃と第一王子、宰相、書記などの王宮役人と、ホイットマン公爵、ガッシュバル侯爵、アルヴィルド伯爵、そして今回の関係者達だ。

ホイットマン公爵夫人と公爵令息、アルヴィルド伯爵夫人…パルフィーヌの母は欠席している。


王妃の斜め前にガッシュバル侯爵家が一列に並び反対側にはホイットマン公爵が、王妃の対面にはアルヴィルド伯爵が真っ青な顔で立っている。

まずい現状までは理解しているが彼はなんでこうなったのか理解してない顔で吹き出す汗をハンカチで拭っていた。


「それは没落した元男爵令嬢のことかしら?それとも子爵家の三女のことかしら?はたまた虹の橋を渡ったわたくしのいとこのことかしら?」


ずん、と空気が重くなる。伯爵は頭を押さえつけられているような錯覚を覚えた。


元々ラビーヌの母セリーヌとは今の宰相補佐という立場を手に入れるための政略結婚で為人に興味はなかった。なので子供を一人生ませたことで自分は役目を終えたとし仮面夫婦でいいと思っていた。

パルフィーヌの母とは学生時代からの付き合いでセリーヌが死んだ後、妻になりたいという願いを叶えるためすぐに迎え入れた。


しかし結婚した途端後妻に興味がなくなり他の女に走った。

肉体的にも精神的にも自分が気持ちよくなるための道具だと思っていた伯爵が自分の子供に政治の駒以外の興味を持つことはなく、使用人や後妻に任せておけば問題ないと思っていた。

なので家の内情は興味の範疇外でがうなっているのかまったく知らなかった。


「知らなかった、ではすまされませんよ。あなたの一人目の妻でありアルヴィルド伯爵家の正妻はガッシュバル侯爵家から嫁いだセリーヌなのですから。

その妻が毒殺されたと言うのにその事件を解決しないまま後妻を家に招き入れ、後継者であったラビーヌを死の淵に立たせるような危機に貶めたのです。

伯爵は貴族としても当主としても不適格であったと言うしかありませんわね」


「妻が、毒殺?……持病のせいではなかったのですか?!」


「持病とはどういうことだ?我が妹は健康であることを結婚前に証明している。その上で病を得たならそれは貴殿の家に嫁いでからだ。

それに持病と言うなら勿論診断書があるのだろうな?金目当てのヤブ医者ではなく王家公認の貴族専門の医者の診断書だぞ?」

「…え?あっ…」


セリーヌか妊娠してから更に家に寄りつかなくなっていたから定期検診していた医者すら知らなかった。自分と同じだろうと思っているが自分は王宮に出入りしている専属医師に診てもらっていたことを失念している。

その者に家族を診てもらうことはできるが書類申請しないと家族の診察はしてもらえないのだと今更思い出したし、口頭で頼んだことすらなかったことも思い出した。


妻の死は家令の報告で知った。

緊急の知らせに封を開けたものの家に帰ってこいと何度言っても一向に帰らないから死んだと嘘をつけば急いで帰ってくるだろうと浅はかな考えで家令に指示し送ってきたのだろうと決めつけた。


だがまぁそんな縁起でもない嘘をつくくらい帰ってなかったのは確かだったし多少なり罪悪感も芽生えたので、そんな愚かな嘘をついて家族のために忙しく働く私の邪魔をするな!と叱るつもりで帰ってやることにした。


仕事が一段落し明日の準備もしてから帰宅した。家庭などという些事にかまけている暇はないのだ。

それに嘘をついてまで忙しい自分を呼び寄せようなんて巫山戯ている。家政ぐらいできて当然なのにそんなこともできないのか。しかも死んだだなんて悪質な冗談で私の気を引こうなど侯爵家で何を学んだんだ。


愚かな女を厳しく躾てやらないとならなければと勇み足で屋敷に入ったら本当に妻が死んでいて頭が真っ白になった。


なぜか現場はそのままにしてあり妻は毒を飲んで自殺したのだと言われ益々混乱した。


葬儀をしなければならないが周りにどう説明したらいいものか。

自殺なんて外聞が悪いし今まで積み上げた地位が揺らぐかもしれない。ならば自殺ではなく病気で死んだことにすればいいのではないか?持病持ちの妻のためにあくせく働いていたせいで死に目に会えなかったとすれば美談にならないだろうか。


いやダメだ。貴族の埋葬は土葬だから何かの拍子に調べられたら露見してしまう可能性がある。


そこへ使用人から疫病を患ったということにすればいいのでは?と言われた。


疫病は周囲への感染被害があるので火葬するのが主流だ。そうすれば誰かが気づくことも墓を暴かれても心配もない。

貴族院と教会には妻の持病が悪化したため儚くなったと報告し、追及された場合その病が疫病の可能性があったから内々に処理したと使用人達と口裏を合わせた。自殺なんて家の恥だし妻の醜聞になるからな。


生家にも連絡せず娘のラビーヌも部屋に閉じ込めたまま遺体を火葬し伯爵家の墓に灰を埋葬したのも今思い出した。


疫病かもしれないから早く火葬したほうがいいと訴えてきた使用人は誰だったか。

いや、そんなことよりも今は自分の身の潔白を証明しなければ。


「私は毒を盛っていませんしそれを今ここで初めて知りました!それに私はセリーヌが疫病にかかった可能性があると聞いたのです!迅速な対応をするのは当然のことです!」

「持病が疫病ですか……ならば後日気がついたでしょう?セリーヌ以外誰も病を得なかったのだから。

勿論調べたのよね?どこが発生源か。何が原因だったか。死因はどんな病だったか。根絶した報告を王宮にしたのよね?その書類の控えも勿論あるのでしょう?」


王宮には『伯爵夫人の病死』以外の追加報告はなかった。疫病だと言うならその証拠を出せと言われ伯爵は肩や背中に重石を乗せられた気分になり目を激しく動かしたが言い訳も出てこなかった。


「ああ。そういえば喪があける前に後妻を迎えたそうね」

「む、娘がまだ、幼かったので…は、母親は必要だと…」


「疫病と聞きながら直ぐ様後妻を迎えるなんてあなたの危機管理ってどうなってるのかしら?

そんなことをする暇があるなら休職するなりしてラビーヌを守るために色々と手を尽くすべきではなくって?あなたの唯一の跡取りだったのですから。彼女は長い時間とても寂しい想いをしてきたはずよ」


「はぁ。ですがラビーヌは嫁ぎますし家を継ぐのはパルフィーヌでして…」


よくわかっていないような気の抜けた返事と言い訳に王妃は目を鋭くつり上げ扇子をきつく握り締めた。

他の者も呆れた顔で伯爵から視線を外した。何言ってんだコイツ。と顔にわざと出しているが伯爵は理解できていないようだ。


仕方ないと思ったのか控えていた第一王子がついっと促すように視線を伯爵の後ろに動かした。

その視線誘導に後ろを振り返ればそこにはアルヴィルド伯爵家の使用人がいて目を見開いた。


しかもただの使用人ではない。(セリーヌ)愛人(パルフィーヌの母親)が妊娠した際に食指が向いて一度だけ手をつけたメイドだ。

仕事熱心で従順な彼女がセリーヌの侍女になりたいと立候補したので許可を出し、セリーヌが亡くなった後は娘のラビーヌについたはず。


そういえばセリーヌを疫病にして火葬を進言したのは彼女だったのではないか?そう思い至り顔が強張った。


娘達に関しても出迎えないのは反抗期で身を粉にして働き家族を養ってくれている伯爵を見下し陰口を叩いているからだと訴え『厳しく教育してもいいでしょうか?』と聞かれ生意気な小娘達だと許可を与えた気がする。


よくよく考えれば使用人如きが言ってくるのはおかしいし、本来なら女主人(後妻)か家令が言うべき発言だ。

だがあの時は後妻が聞いてこいとでも言われたのだろうと考え疑いもしなかった。彼女はラビーヌ付きだったはずなのに。


そういえば後妻の姿も随分見ていない気がする。そのことに気がつき背筋が凍った。

なぜここに後妻がいないのか。ラビーヌやパルフィーヌ()()()令嬢らに軽蔑した目で睨まれなければならないのか。


その後も彼の知らない話が続いた。

ラビーヌはエトナの指示で地下室に閉じ込められパルフィーヌが編入するまで学園を無断欠席をし続けた。

パルフィーヌが休学届を出したことで退学は免れたが醜聞には十分な期間だ。


その間何をさせられていたかと言えば使用人の真似事で給料も出なければ食事もまともに与えられていなかった。

二の腕の他にも折檻された痕が多く残っており一生残る疵も多数あると報告され伯爵は顔面蒼白になった。


但しそれは娘への心配や罪悪感からくるものではなく、婚約への影響やラビーヌの惨状を王家や寄親の親戚に知られたことへの恐怖だった。


パルフィーヌは学園に行っていたがラビーヌ同様多数の折檻痕があり持ち歩いている教材や文房具をエトナに隠されたり捨てられたりして教師陣の印象を悪くさせる誘導をされていた。


また本人が気づかないが周りの生徒が見たら気づくような制服への悪戯を繰り返し行われ辱められていた。

これはパルフィーヌがすぐ対策したが新しい制服の購入の許可が下りなかったため継ぎ接ぎの制服で通っている。


それらすべてをあのメイドが主導でしていたのだと知り愕然とした。


最悪なことはまだ続き、メイドの娘はラビーヌとして学園に通っていたらしい。そう指示したのはやはりエトナで学園にはラビーヌが復学すると報告していた。

マナーのない彼女に誰もが訝ったが友人もいなければ交流も殆どなかったためラビーヌの為人を知る者がほぼおらず判断が難しかったため誰も指摘できなかった。


それを聞いて娘がお茶会にすら出ていなかったことを今更知った。夫人ならば社交の重要性を理解できていただろうが、伯爵は自分の社交にしか目に入っていなかった。

エトナもまた目先のことばかりで社交の大切さを正しく理解していなかった。まぁ知っていてもわざと行かせず恥をかかせて嘲笑っていただろうが。


「元子爵令嬢でありアルヴィルド伯爵家に勤めてからそれなりに長い期間働いていたのに何が家の恥かまったく理解していないのが驚きだわ」


子爵家の教育のせいなのか学園の教育方針を見直すべきか悩みどころね。と王妃は呆れを隠さず零した。


ラフィーヌは学園で問題を起こさなかったので別人が通園していても学園側は気づかず咎めなかったが、同じ空間で授業を受けていた生徒達はおかしな空気を感じていたので遠巻きにしていた。


なにせ長子のラビーヌが休学しており家を継ぐ予定のパルフィーヌは元平民で義姉や誰かからいじめを受けているという噂が流れていたし、ラビーヌが復学してきたと思ったら所作もマナーも知性ですら平均未満の幼子になっていたのだ。


アルヴィルド伯爵家には近づかないようにしよう思うのは当然だし親にも報告している。そして先日の婚約破棄事件で親達から学園へ抗議の手紙が続々届いているそうだ。


なぜ学園側はアルヴィルド伯爵家に問い合わせをしなかったのか。

ラビーヌの偽者を入れたということは子息令嬢を騙った暗殺者が来た場合も学園に招き入れるのか。学園の防犯はどうなっている?!

至極当然の抗議に学園長は頭を抱えているらしい。


「どちらにしても子爵家の責任は重大でしょう。処刑と取り潰しは免れません。

なにせ学園には公爵位の子息令嬢も通われていますし来年は弟も入園します。今のままでは入園を取り消さざるえませんが」

「そうね。そんな危険な場所に王子を通わせるなんてできないわ。たかが平民が高位貴族を侮り手玉に取ろうとするなんて許されることではないもの」


反逆罪を適用してもいいくらいだわ。淡々と刑を決める第一王子と王妃にエトナは悲鳴をあげ懇願しようとにじり寄ろうとした。が、手足を縛られていたこともありその途中で騎士に押さえつけられる。


「おま、お待ちください!娘は、ラフィーヌはホイットマン公爵令息の、マルクス様の御子を授かっております!!次期公爵の子です!何卒御慈悲を!!」


「あらまぁ」と扇子で口を隠した王妃が視線をくれたことで話を聞いてくれると思ったエトナが声高に叫んだ。


「それに!それに娘はわたしがいなくては生きていけません!なのでどうか!どうかわたし達だけでもお助けを!!」

「そう。……ホイットマン公爵、どうかしら」


必死の訴えにも凪いだ顔で近くで銅像のように立っていたホイットマン公爵に振ると彼は苦々しい顔で目を伏せた。


「マルクスという者はホイットマン家におりません。端女の虚言でしょう」

「なっそんな!待ってください!」


暴れようとしたエトナは顔を強く床に押し付けられ痛々しい音が響く。だが誰もそちらに目を向けなかった。


「あら。折角育てた嫡子をお捨てになったの?公爵は思いきりがよろしいのね。ですが、だからと言ってホイットマン家が犯した罪はなくならなくてよ?」


「重々承知しております。ラビーヌ嬢には後日改めて謝罪と慰謝料をお支払いいたします」

「ええ。公爵の誠意はラビーヌの心にきっと届くことでしょう」


ね、と視線を向けられたので目を伏して応えた。

そこで伯爵は誰がラビーヌかちゃんと理解できたのだろう。もしくはラビーヌという所有物が自分の娘だと思い出したからか。どちらにしろ慌てた様子で声を張り上げた。


「お、お待ちください!私は婚約解消を許した覚えはありません!それにこれは家同士の政略。王妃様でも黙っていただきたい!」


王妃に向かって頭を下げるホイットマン公爵に婚約を維持することは難しいと頭の片隅で理解したが、この婚約がなければ自分は宰相になれないと伯爵は焦った。


ラビーヌの母親と結婚した際に宰相への階段に足をかけられたが政治が偏らぬよう王妃の親族から宰相職を出すことはないと通達があったのだ。

ならば王妹が降嫁したホイットマン公爵家と繋がれば宰相になれるのではと組んだ政略結婚だった。その道を閉ざされてなるものかと前のめりに王妃を見つめた。

だが遮るようにガッシュバル侯爵が前に踊り出る。


「家同士と言うが貴殿こそ政略結婚の意味を正しく理解しているのか?ラビーヌにろくな教育も受けさせず伯爵令嬢としての品格も維持できていなかった。

その指示すらせず家の管理も怠っていた貴殿に王妃殿下のお言葉を退けられるだけの正当性があるとでも?」


「そそ、そんなつもりはありません!私は上位貴族の方々を常に敬い、心から」


「私の妹は元侯爵令嬢だ。そして現王妃殿下の親戚でもある。その事実は変わらないしその肩書きがあったからこそ貴殿も打診したのだろう?

そんな貴殿から上位貴族への敬意などという言葉が出るとは思わなんだ。

ああ、同性に対してだけで女性はその枠には入らないのだな。だから血の繋がった娘に愛情を抱かず何もせずとも勝手に育つと思っていたのか。

政治の駒であって人ではないから何もしてやる必要はないと思っていたのだな。さすがは我が妹を冷遇しながら毒殺し別れすらさせず物のように燃やして灰にした冷酷無比な御仁だ」


あけすけな物言いに伯爵は顔を真っ赤にしふるえたが言葉は出なかった。

刷り込まれた序列もあるが図星だったのだろう。セリーヌも娘もただの自分の都合でどうとでもなる駒でしかないと。



───私は宰相になるために忙しいのだから信頼している使用人達に任せておけば大丈夫だ──。


伯爵はそう考えていた。宰相になれば家は益々栄え自分の地位は更にあがる。それが回り回って娘の盾になるのだ。こんな誉れはないと喜んでくれるだろう。

今は気づけなくても嫁ぎ外に出ればきっと父親である私の偉大さを知るはずだ。


ラビーヌは聞き分けのいい娘だ。

セリーヌのように子供と交流しろだの、ろくに帰ってこないなら家政の権限を寄越せなどと愚かなことを言って伯爵の手を煩わせないし、世の子息令嬢達が起こすような馬鹿らしい問題も起こしたことがなかった。


私に似たのだろう。だから()の考えを理解し身の程を弁えしっかりと自分の役割を熟しているのだなと頷き娘達のことは書面の上でしか知らず、交流も思考する時間も信頼しているのだから無駄だと捻出しなかった。


しかし最近になって金遣いの荒さが目立つようになり教育も兼ねて欲しいものがあるなら婚約者に買ってもらえと従者に渡し小遣いを凍結している。


私に似ていれば伯爵家として恥ずかしくない行動ができただろうが、セリーヌに似たから金はわいてくるものと勘違いしているのだろう。

あれは爵位だけは高かったからな。自分を制御できるだけの理性が頭に備わっていないのかもしれない。


伯爵令嬢として日々の生活が十分できるだけの費用を家令に渡しているのだから余分なものはいらないはずだ。女の贅沢など身を滅ぼす悪癖でしかないのだからな。と家の帳簿を読み込むこともしなかった。


───それがこんなことになるなんて誰が想像できただろうか。


使用人に騙され、娘に裏切られたのだ。そのせいで宰相の席が遠退いてしまうかもしれない。


なんたることだ。なんたることだ。

たかが女の、小娘如きが父親に逆らうなど。あってはならない侮辱だ。


育ててやった恩も忘れ、父が用意してやった素晴らしい縁談に泥を塗りやがってと憎々しくラビーヌを睨んだが凪いだ顔のままピクリとも反応がない。

それどころか見下すような蔑んだ(ように見える)目に怒りがわいた。


「父の考えも理解できないのか馬鹿者が!何不自由なく育ててやったというのに王家まで巻き込みこんな醜態まで晒しおって!

恥を知れ馬鹿者が!親に対して恩を仇で返すなどアルヴィルド伯爵家の恥だ!

──貴様など、貴様など生まれてこなければよかったのだ!!母親を、セリーヌを殺したのは貴様だ!この親不孝者が!!」


怒りに任せてつい思ったことをぶちまけたがここがどこかを思い出し慌てて口をつぐんだ。

しかし誰も自分を叱責したり諭したりしてこないことに『私は間違ってないのでは?』と心が高揚した。


セリーヌが毒殺されたと言うならラビーヌがその前に助けてやればよかったのだ。同じ屋根の下にいたのに悪意に気づかずまんまと母親が殺されたのだ。

その時ラビーヌがいくつだったかもう忘れたがそれくらいできて当然だと理解しているのだろう。だから言い返すことができないのだ。


あの頃よりも大分育ったであろうラビーヌに言い返せるものなら返してみろと不遜な態度で娘を見遣れば、今にも伯爵の喉を食い千切りそうな殺気立った目で睨まれヒュッと息を呑んだのと同時に顔を背けた。


心臓が大きく乱れ全身から冷や汗が吹き出した。なぜ私はラビーヌを見て顔を背けた?たかが娘だぞ?歯牙にもかからないただの駒に、私が恐れている…?


いや、そんなはずはない。あれはどこまでいっても私の娘だ。結局親には逆らえない。貴族の娘とはそういうものだ。落ち着け。冷静に冷静に。

ああ、そんなことよりもこの場をなんとか凌がなければと視線を走らせホイットマン公爵と目が合った。


そうだ。今は愚かなラビーヌよりも婚約(契約)の立て直しだ。マルクスが浮気をしたようだが相手は使用人の平民(エトナの娘)だ。不貞の数には入らない。


ここで寛容なところを見せれば公爵も喜んで婚約を継続してくれるだろう。パルフィーヌとも懇意にしていると家令から報告があったしな。

丁度いい。婚約者をすげ替えれば万事解決、宰相の席も遠退かないはずだ。


「な、ならばパルフィーヌはいかがでしょうか?これにも私の血が入っておりま」

「貴殿の血にどれほどの価値があるのだろうな」

「……え?」


遮る言葉と軽蔑を浮かべた目に伯爵が驚いた顔で固まった。

ホイットマン公爵家からすればアルヴィルド伯爵家に価値はない。ガッシュバル侯爵の姪であるラビーヌになら多少なり政治的利用価値があったので婚約を組んだまでの話だ。


「パルフィーヌと言ったか?その者はセリーヌ夫人の御子ではないのだろう?平民が生んだ子の血などいらぬわ」

「…いや、ですが、パルフィーヌは正式なアルヴィルド伯爵家の娘で…」

「貴殿は我が公爵家に伯爵(アルヴィルド)家程度の血を入れても差し支えないと本気で思っているのか?」


もしそうならば侮辱もいいところだぞ、と怒気を膨らませた睨みに伯爵は己の失言に気づき脚をガクガクと震えさせた。


パルフィーヌは平民だが母親は元男爵令嬢だ。なので正しくはないのだがホイットマン公爵にとっては些末なことだし伯爵の足下を見た侮りが滲み出ていたのも確かなので誰も訂正しなかった。


「あら、アルヴィルド伯爵はまだ気づいていないの?それともまた都合よく解釈しているのかしら?

ホイットマン公爵があなたを拒絶するのはセリーヌの死が疫病でも持病でもましてや自殺でもないからよ」


毒殺だと言ったでしょう?と優しく諭してくる王妃に、そういえばとハッとした。


「セリーヌに毒を用意したのはお前の後妻よ?たかが平民が妻の地位に収まるために高位貴族を害したの。そんな犯罪者を家に引き入れ妻にしたのはあなた。その犯罪者の娘に政略の価値があると本気で思っているの?

政略結婚した上位貴族の令嬢を守ることもせずみすみす儚くさせ、死因の隠蔽までしたのに?その死因の元凶を受け入れて婚家を盛り立ててくれると本気で思っているの?

もしそうならあなたの頭の中には花が咲き乱れているのね」


乗っ取りを企てていると考えるほうが妥当ではなくて?

王妃の言葉に震えが加速する。


「知ら…知らなかったのです!私はただ真面目に仕事をしていただけ、国のために邁進していただけで…!家のことは使用人の責任です!

そうだ。ならばラビーヌをもう一度婚約者に……え?次男には別の婚約者かいるからいらない?

はあ、まぁ年が離れていますしラビーヌは年増になりますから後継者を生むのに支障が出るでしょうな。

あ。ならば公爵はいかがですか?公爵夫人ではもう子は望めないでしょうがラビーヌなら子を生めるはずです。多少目を瞑らないといけない汚い痣や傷があるようですが純潔には変わりありませんし。

疵持ちのラビーヌが新たに婚約を結ぶのも困難でしょう。私も一応頑張りますが公爵よりも良い縁談はないかと…。

ああ、公爵夫人の手前扱いに困るでしょうが末席でいいのです。末席で。ホイットマン公爵家に嫁いだアルヴィルド伯爵令嬢という肩書きがあればいいのです」


必要なのは王妹が降嫁したホイットマン公爵家が後ろ盾になったという肩書きだ。

現実がどうであろうと娘のラビーヌがホイットマン公爵家に嫁いだという事実があれば宰相への席が確実に自分にやってくる。

そう信じて本人はにこやかに、周りには歪んだ笑みにしか見えない顔で伯爵は公爵に縋った。


「何を言っているの?伯爵。マルクス・ホイットマンが婚約していたのはラビーヌ・ガッシュバルよ?」

「は???な、何を仰いますか。マルクスくんと婚約していたのは娘のラビーヌで」

「あなた貴族院からの報告を読んでいないの?ラビーヌはアルヴィルド伯爵家を出てガッシュバル侯爵家の養女になったのよ」


は????

まるで鈍器で頭を殴られた気分になった。娘が家を出た?侯爵家の養女?は?そんなこと許されるわけない。家長である私が許すものか!と叫んだがラビーヌは先日成人したことを初めて聞かされた。

誕生日が自分の母と数ヶ月の差はあったが一日違いだったことは覚えている。前後どちらかは今も思い出せないが。


だが成人したことで親の庇護がなくなり本人のサインのみで籍を抜けることが可能となる。

報告は滞りなく処理されたというただの事後連絡だ。だがそれすら読んでなかった伯爵は動揺し狼狽した。ならどうやって私は宰相になればいいんだ??


「おか、おかしいのでは?だって、婚約は政略結婚で、家同士の婚約ですよ?ならば婚約だってラビーヌではなくアルヴィルド家のはずです。ラビーヌを婚約させたのは当主である私なのですから!」


その自分が認めないと言っているのだからラビーヌはアルヴィルド家の娘のままだし、正当な理由がないのに養女にしたガッシュバル侯爵家は伯爵家に対し侮辱している!

親が生きているのに養子縁組なんて不当だ!娘を返せ!と訴えると王妃らは嫌悪を滲ませた顔で嘆息を吐いた。


「なら聞くけれど、ラビーヌは今何歳でいつが誕生日かしら」


ラビーヌさえ戻ってくればすべて丸く収まるとそればかり考えていた伯爵は想定外な王妃の質問に即答できなかった。


答えた誕生日も間違っていたし誕生会に駆けつけたこともなければ面と向かって祝ったこともなく、プレゼントを自分で選んだこともなかった。

お礼は使用人伝手に聞いていたが『誕生会は楽しかったか?』とか『行けなくてすまなかった』という謝罪は言わないし『次は行くから』なんて約束しても守れないから言い出したこともない。

というか来なかったことを責められるのが面倒で顔を合わせようとしなかった。


セリーヌ以上に接触もしていなければ為人も知らず、答えてもセリーヌが生きていた頃の話だったりパルフィーヌのことだったりエトナの誤情報だったりと正しく答えられなかった。

家令が提出していた報告書もエトナの使い込みをラビーヌのものとして書いていたり伯爵が誤解していただけで言えば言うほど王妃達を呆れさせた。


まぁ顔すらもぼんやりしか覚えておらず周りの情報を集めてやっとラビーヌを罵倒したくらいだから聞くまでもなかったが。

王妃から視線を受け呆れていた表情のまま目で答えると王妃も溜め息交じりに目蓋を閉じて応えた。


「アルヴィルド伯爵。あなたはセリーヌを失ってからそうやってありもしない記憶を振りかざして周りに迷惑をかけていたのよ。そこの使用人に心を不安定にさせる毒でも盛られていたのね。

だってあの者はガッシュバル侯爵家の娘だと騙り伯爵の妻として家を乗っ取ろうとした不埒者だもの。ラビーヌとパルフィーヌ、どちらが家を継いでも邪魔だからといずれ毒を盛られ殺されていたことでしょう。

平民と(エトナ)の子を公爵家に嫁がせあなたとの子を作ってアルヴィルド家の後継者に据えるつもりだったに違いないわ」


淡々と、ありえないことを述べる王妃に目を見開いた。まさか、と振り返るとメイドが違うと泣きながら頭を振ったがその涙に同情する様子はなかった。


「伯爵、あなたにとって宰相補佐の仕事は身の丈に合っていなかったのでしょう。

あなたは仕事を言い訳にして家に帰ることを疎かにしていましたが家庭崩壊するまで働かせるようなことはしていませんし、させておりません。

あなたがしたことは仕事を言い訳にした責任放棄です。そのような無責任な者ならば居ても居なくても仕事に差し支えはないでしょう。引き継ぎ無しでも構いませんわね?」


「はい。問題ありません」

勝手に答える宰相にふざけるな!と叫びそうになったがなんとか飲み込み言葉を選びながらも王妃に迫った。


「ま、待ってください!私は、私は宰相になりたいのです!そのために私はいろんなことを耐えてきました!犠牲にしてきました!

なのにそれを全部なかったことにするなんて…!それに私は正常です!毒なんか盛られていない!」


「いいえ。あなたは毒に冒されているわ。正常ならばなれもしない宰相職のために後継者を家から追い出すような愚かなマネなどしなかったはずです。

以前王宮から言われたはずよね?わたくしの縁者は宰相にはなれないと。セリーヌと結婚しなければ宰相補佐にすらなれなかったのに犠牲だの取り上げるなど責任転嫁しないでほしいわ」


「そんな…ですが、」


「家族も家も守る気のない無責任なあなたに更に責任が重い国の政治を任せるなんてできません。陛下も同じことを仰るでしょう」


血の重さを理解しない者が血を語らないで、と冷たく返され伯爵は心が折れそうな顔をした。


「アルヴィルド伯爵夫人が毒殺されたという事実を使用人ぐるみで隠蔽、犯人を匿い後妻の地位を勝手にあてがった。

それだけでも存続が危ぶまれる罪に問われるというのに家族に対し何年にも渡って虐待されていたことを黙認し続け、犯罪者の娘を後継者に据え、王族も通う学園にラビーヌを騙った第三者(平民)を侵入させた。

それによって学園の風紀が乱れたのは明白でありラビーヌの名誉を著しく傷つけた。これを放置すれば社交界のみならず国を揺るがす問題に発展していたことでしょう。ベルックス・アルヴィルド伯爵、すべてあなたの責任よ」


家長なら使用人が犯した罪を背負う責任があるわよね?と厳しく指摘され伯爵の顔色がどんどん白くなっていく。


今にも泣きそうな声で違うと否定したが、

「そこのエトナという使用人はあなたの正妻で、ラビーヌを虐待したのはあなたの指示だったと言っているわ」

と言われエトナに顔を向けた。床に顔ごと押しつけられていたエトナは乱れた髪と涙でぐしゃぐしゃになった顔を破顔させ伯爵の名を愛しげに呼んだ。


まるで物語の王子様が現れたような上擦った声色にラビーヌとパルフィーヌは怖気がして鳥肌が立った腕を擦った。

ここにきても彼女は伯爵に守ってもらえると思っているのだろう。もしくはラビーヌとパルフィーヌを貶め傷つけたことを褒めてもらえると勘違いしているのかもしれない。


だが出世欲の塊だった伯爵が宰相になる道を閉ざさせた原因のひとつであるエトナを許すはずもない。


「こんな女知りません。うちの使用人だとしてもあれが勝手にやったことです。…私には、関係ないことだ!」


伯爵の拒絶は静かな部屋でよく響き、エトナは絶望の底に突き落とされたような顔をした。





◇◇◇


諦めの悪いおっさんにお付き合いいただきありがとうございました。

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